勇者の孫娘とコウモリ少年 人と獣人との黒き事件簿   作:ごぼう大臣

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二つとない宝物

「ぐぶっ……はなせ、このっ………!」

 

「死ね……死ねっ!」

 

 鬱蒼とした森の奥。四方を木々に囲まれ日もほとんど差さない薄暗いその一角で、一人の男性のうめき声が響いている。

 そこは地面がぬかるみ所々に水たまりが出来ているような泥沼がざっと数メートル四方にまで広がる湿地だった。悲鳴の主はその沼の中に全身を浸したまま、バタバタと腕を振り回している。しかし暴れるほどに男の体は沈み、ついには顔まで泥に埋もれてしまった。

 

「はあ、はあっ……」

 

 そんな危機的状況の男のそばでは、何者かが息を荒くしていた。目の前で男がもがく度にバチャバチャと泥が飛び散り、必死に伸ばす腕が視界の端を行ったり来たりする。

 しかしそれを見つめる何者かは男を助けるどころか、逆に上から頭を押さえつけて沼に沈めようとしていた。次第に男が死にものぐるいに腕で宙をかき頭を突き上げようともがくと、何者かはさらに強く自身の腕に力をこめた。

 

「ぉッ……おごッ」

 

 低くうなり、男は視界まで泥に埋もれた状態で頭を押さえる相手の手をつかんだ。何者かは鬱陶しげに振りほどこうとしたが両手で手探りにあちこちを必死に引っかき、つかもうとする。

 すると何者かは舌打ちしたかと思うと手近にあった石を手に取り、腕にすがる男の手と頭を力任せに殴りつけた。

 

「ぁぐ、むぐぁっ!?」

 

 男の驚いた悲鳴。痛みでとっさに手を離した彼は、殴られた箇所からじわりと血を流す。

 

「はっ……」

 

 その血を見て何者かが息をのむ。そしてまるで失敗を悔やむかのように苦い顔をし、眼下の男をにらみつけた。

 一方で、男は痛みに気を取られたせいか残っていた部分までズブズブと沈みだす。そしてとうとう片手の手のひらのみが上を向くのみとなり、それも少しずつ沼に呑まれてしまっていた。

 

「ふぅー……ふぅー……」

 

 それを確認した何者か、もとい殺人犯は石も沼に放り捨てると、震えながら細い呼吸を繰り返す。罪におびえる我が身を必死に落ち着かせ、やがてせき込んでから息を整える。

 少しの間そうして、殺人犯はその殺害現場を見つめていた。男が間違いなく沈んだと思えるまで目の前を凝視する。

 

 ……その恐ろしい"底なし沼"を。

 

 

――

 

 

「何か引っかかったぞ! 多分これだ!」

 

 その翌日、底なし沼の周囲には十人以上の冒険者が集まっていた。皆が大ぶりなザルや返しのついた銛を手にし、泥だらけになりながら沼の中をこぞってさらっている。

 その様子を遠巻きに見つめるのは、ギルドマスターのデボラだった。

 

「聞いていた通りだ……。皆を呼んで正解だったな」

 

 何やらそうつぶやく視線の先には、沼のある地点で何かを探り当てた冒険者たちがいる。すると同じ場所を見つめる新たな影が二つ、デボラのそばに歩み寄る。その中の一つがデボラに言った。

 

「頼もしいね。行方不明者が出た次の日に捜索なんて」

 

 そう言って笑うのはロキだった。冒険者たちが沼を探って立ち働いているのを人ごとのように見ながら感心している。

 デボラはそれを横目にたしなめるように言った。

 

「ギルドの管理者としての務めだ。君も手伝ったらどうなんだ」

 

「いやぁ、肉体労働は苦手で……」

 

 ロキはわざとらしく肩をすくめる。デボラがため息をついていると、そこに体のあちこちに泥のついたアイリスが駆け寄ってきて、言った。

 

「お二人とも、来ていただけますか? 上がった方が探していた冒険者かどうか、確認したいのです」

 

「おっと、今行く」

 

「僕も」

 

 デボラは気を取り直してアイリスについていく。ロキも後を追った。そうして彼らは今しがた沼から引き上げられたモノのそばに来た。

 

「……やはりか。見覚えがある」

 

 デボラがそれを見下ろして表情をくもらせる。剣と防具を身に着けた若い青年。全身が沼に沈んでいたせいで泥まみれで、明るい金髪まですっかり土色になっていた。

 肌は青白く、水を吸ってブクブクと膨れている。その哀れな姿にアイリスは思わず息を呑んたが、その一方でロキはしげしげ観察し口を開く。

 

「レナードだね……やっぱり行方不明だったヤツだ」

 

「……早く見つかったのがせめてもの救いか」

 

 その死体、レナードだったものをしゃがんで観察するロキと、痛ましげに十字を切るデボラ。その横でアイリスがいまだにたじろいでいると、気づいたデボラが穏やかに説明した。

 

「レナードの仲間に伝えてやらねば。昨日から心配しているはずだ」

 

「は、はい」

 

 デボラが優しく背をさすってやると、アイリスは踵を返して走り出す。その直後、先ほど沼地を捜索していた冒険者たちが口々に気怠げな口調で言った。

 

「なあマスター。俺らそろそろ帰っていいスか?」

 

「いきなり駆り出されてヘトヘトなんですよー」

 

「ああ、皆すまなかった。ありがとう」

 

 デボラはサッと笑顔をつくり、冒険者たちに答える。そしてそろって疲れた表情の彼らにこう告げた。

 

「沼からさらった中に金目のモノもあったろう。報酬としてそれを受け取ってくれ」

 

「いいんですか!」

 

「ただし、皆で公平に分けるんだぞ」

 

「ひゃっほー! マスター話が分かるっ!」

 

 沼で引き上げたよけいなモノを詰めておく箱がその一帯にはいくつも置かれていた。その内で今までたくさんの人が落としたままだったであろう金や宝石、武具などに冒険者たちは我先にと群がる。

 その様子をデボラが母親のようなまなざしでながめていた。

 

「…………」

 

一方、ロキは遺体を再び観察していた。泥にまみれて少し分かりにくいが、片手と頭部に殴られた痕がある。くわえてロキはその手元の指先に注目した。

 爪のすき間に、何か白く薄いモノのかけらが挟まっている。例えるならば水ぶくれなどで白くなった皮膚片に似ていた。

 ロキがそれをジッと見つめていると、アイリスが急いでその場に戻ってきた。

 

「すみません、お待たせしました」

 

 そう言うアイリスの後ろには、レナードの仲間であろう三人の男女が並んでいた。その三人を順番に見てロキとデボラが会釈する。

 

「来てくれたか。この場所を教えてくれたのも君たちだね?」

 

「ショックだろう時に済まないが……話を聞かせてくれるか」

 

「はい……」

 

 連れて来られた三人は不安げに視線を交わし、小さくうなずいた。そこへロキが進み出て、まず目の前の一人に話しかける。茶髪でくせっ毛の青年だった。

 

「まず……デニスだね。レナードはどんな人だった?」

 

「うーん……悪人じゃないけど、チャッカリしてるというか。正直ちょっとがめつかった、かな」

 

 デニスは遠慮がちに言う。すると隣の女性が沈んだ顔で話に割って入る。

 

「ここで宝探ししたりねぇ。一人でやってた分には良かったけど……こんな事になるなんて」

 

 三人が悲しげに目を伏せる。するとロキは先ほどの女性へ目を向けた。長い黒髪の、細身の女性だった。

 

「あなたは確かシェリルだったっけ。レナードはよく沼地に?」

 

「うん……。沼に落ちた落とし物や、死んだ人の持ち物が沈んでるからって、よく一人で来てたんです」

 

「一人で……ですか」

 

 気になる言葉にアイリスが一人つぶやく。するとパーティーの残った一人が口を開いた。

 

「『俺のお気に入りの場所だ』とか言って、ギルドのメンバーにも教えなかったのさ」

 

 そう言った人物にアイリスたちは目を向ける。黒髪を短く切った若い青年。切れ長の目はどこか不機嫌そうに細められている。

 そして、彼にはある特徴があった。頭から腰までは防具を身に着けた普通の人間なのだが、腰から下は長く巨大な蛇の尻尾が2メートル近く伸びている。ムチのようにしなやかな下半身が上体を支え、尖った先が落ち着きなく動く。下半身は茶色の鱗に覆われ黒い紋様が刻まれていた。

 蛇の獣人である。

 

 その全身を確認し、ロキが獣人の青年に確認する。

 

「セス……だね。メンバーは君で最後?」

 

「ああ、もうレナードに入れてもらって一年になってたかな」

 

 獣人セスは面倒そうに答える。するとロキは四人を見回してたずねた。

 

「まずはお悔やみ申し上げます……。それで早速なんだけど、恨む相手とかに心当たりは?」

 

「いえ……自分の知る限り、全然」

 

「ケチではあったけど、悪い事する人じゃなかったよねぇ」

 

 デニスとシェリルは顔を見合わせそう答える。セスも少し首をひねったがこう答えた。

 

「強いて言えば、死んだヤツの持ち物とか漁ってヒンシュク買ってたかもしれないけど……もう持ち主いないし」

 

「まあ冒険者なら、使えそうなモノは使うなり売るなりするよねぇ」

 

「そういう世界だし、それで恨むまではいかないよな」

 

 三人は皆レナードをそこまで悪く思っていないようだった。それを確認したアイリスはロキへささやく。

 

「……実は事故だったりしませんか? 宝探しに夢中になりすぎて沼にはまったとか」

 

「いや……さっきみたら新しい打撲傷があった。明らかに誰かが傷を負わせてる。それに……」

 

「それに?」

 

「いや……」

 

 ロキは言いかけた言葉を何故か飲み込む。そして気を取り直すように次の質問をした。

 

「じゃ、昨日レナードがいなくなった日に君らがどうしていたか聞いていいかい?」

 

「な、疑っているんですか?」

 

「レナードがよくここに来るのは三人とも知っていたんだろう? 一応くわしく聞かないと」

 

 デニスが反発するがロキは涼しい顔で答えをうながす。デニスら三人は視線を交わし、しぶしぶ話し出す。

 

「確か最初は、普通に森で薬草を採ってたんだよ」

 

「そうそう。大した用でもないし、皆バラバラになってね」

 

「まあレナードは相変わらず、この沼でお宝あさってたワケだけど」

 

 どうやらレナードだけはずっと沼地にいたようだ。ロキはそこへ質問を挟む。

 

「という事は、君ら三人はバラバラに行動してたのかな?」

 

「いや、そうでもないんだ」

 

「と言うと?」

 

 首を横に振ったのはデニスだった。ロキが聞き返すと、デニスはこう話す。

 

「途中でセスが俺を探して言ったんだ。『ちょっと森の入り口で休んでる』って」

 

「休む?」

 

「ああ。爬虫類の獣人はあまり頻繁に動き回るように出来てないから。よくあるんだよ」

 

 なあ、とデニスが仲間へ確認すると、シェリルもセスもうなずく。ロキも話を進めた。

 

「それから、君らはどこで合流したの?」

 

「さっき言った森の入り口だよ。結局セスはずっとそこで休んでいたから」

 

「ふむ……セス、君はどのくらいそこで待ってた?」

 

「へっ、一時間近くかな……? 先にシェリルが戻ってきて、次にデニスが来て。それからレナードが戻って来ないのに気づいたんだ」

 

 セスの返事にロキはまたうなずき、今度はデニスにたずねる。

 

「昨日は君らだけで探したんだよね? 何か変わった事は?」

 

「いや別に……。俺は最初からこの沼地にいるかと思って皆と探したんだが、見つからなくて。森の中も回ったがダメだったんだ」

 

「沼地で嫌な予感はしてたけど、まさかあんな風に沈んでるなんて考えたくなかったし……」

 

 シェリルが悲しげな表情で言う。その様子にアイリスが歩み寄ろうとすると、セスがいら立った口調で言った。

 

「なあ、意味あるのかこの時間? 言っとくが、この辺は日が沈んだら盗賊とか出て来るんだぜ?」

 

「すみません。もうしばらく……!」

 

「ああ申し訳ない。聞きたい事が色々あってね」

 

 アイリスがあわてて制止するが、ロキは何食わぬ顔。そして三人をジッと見据えて言った。

 

「……さっきの話だと、結局君たちは合流して二人以上になるまで、互いの行動は把握していないワケだ」

 

「っ……どういう意味だよ? 俺は休んでたって」

 

「その場を誰も見ていないんじゃ、何しても分かりゃしないよ。ずっと一ヶ所で休んでいたと言い張っても、証拠はどこにもない」

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!?」

 

 セスやデニスがあわてて詰め寄る。他の皆もいよいよ緊張した面持ちになっていた。中でもデニスは不満げな顔でロキに食ってかかる。

 

「さっきから聞いてれば。マジで俺たちが犯人だって言うんですか!?」

 

「だから言ったじゃん。レナードの居場所を知っていた時点で怪しいって。もっと言えば……」

 

 ロキはいったん言葉を切り、ある一人に視線を向けた。

 

「セス、今のところ君が一番疑わしいかな」

 

「なっ……?!」

 

 セスは目を見開きロキを見返す。そこへシェリルが眉根を寄せながら割って入った。

 

「待って待って! 理由を聞かせてよ!」

 

「……ロキ、私にも聞かせてくれ。当てずっぽうでギルドメンバーを疑っているんじゃないだろう?」

 

 黙って成り行きを見守っていたデボラも重い口調で問いかける。はたから見てもはなはだ緊迫した状況だったが、ロキは笑みさえ浮かべて語りはじめた。

 

「昨日レナードが消えた時に、デニスは『最初にこの沼を皆で探した』らしいじゃないか。シェリルもそうだけど、殺人犯なら別の場所に誘導するはずだ」

 

「なら、俺だって誘導なんかしてねえよ」

 

「けどレナードの消える前に、君は自分から理由をつけて移動してる。そうしているのは君だけだ」

 

 反発するセスに平然と疑いをぶつけるロキ。二人がにらみ合うと周りの者たちも心配そうに視線をかわし合う。それを察してかセスは新たな反論をはじめた。

 

「じゃあ言うけどよ! こんな沼地に入ったら足元が泥だらけになるだろ?」

 

 セスが足元を指さして叫ぶ。確かにその場にいる皆の靴は沼を踏んだ泥にまみれていた。続いてセスは仲間たちを見てこう問いかける。

 

「思い出してみろよ。あの時俺らの靴や尻尾はどうなってた? 泥なんて付いてたか?」

 

「えっと……いや付いてない」

 

「確かにそんなの無かったよね」

 

 デニスやシェリルは、セスに同調する。初めにこの件を持ち出さなかったあたり口裏を合わせたのではなさそうだ。また実際にデニスらの靴を見ても泥汚れは新しいそれしかない。

 セスは迷惑そうにロキへと向き直る。

 

「さあどうだ? この辺は日も射さないし、いつも地面はグズグズだ。来たら必ず足は汚れるぜ」

 

「なるほどね」

 

「ちなみに靴を替えたりも出来やしないさ。こっそりそんなもの用意してたらレナードがいつの間に買ったのか詰めてくるかんな」

 

 勢いこんでロキを問い詰めるセス。少し旗色が悪くなったかとアイリスは気まずくなったが、肝心のロキはまるで動じなかった。肩をすくめ、容疑者らを見回してこう言った。

 

「そう焦らないで。きっと何かしらの証拠は出てくるよ」

 

「何を根拠に……」

 

「騙されたと思って、この森を探してみよう。特に沼と他の部分の境界線あたりを」

 

 森を探す。その急な提案にセスたちは疑わしげな顔を見合わせる。アイリスも戸惑った口調でロキへ言った。

 

「ロキ、急に何を言い出すんですか?」

 

「ちゃんと勝算はあるよ。森を探せばおそらく証拠は見つかる」

 

「えぇー……」

 

 根拠があるのか無いのか、平然としているロキにアイリスはあぜんとする。一方でセスはいら立った様子で反発した。

 

「さっき言ったろ。遅くなると盗賊とか出てくるって……!」

 

「いや、一応調べてみよう」

 

 それをさえぎったのはデボラだった。難色を示す視線に気づくと、彼女は微笑んでみせて言った。

 

「大丈夫だ。いざとなれば私が守ってみせるさ」

 

「本気ですか……? あなただって暇じゃないでしょうに」

 

「乗りかかった船だ。君たちだって、覚えのない疑いはさっさと晴らしたいだろう?」

 

 優しい声色で言われ、セスやデニスは何も言えなくなる。そこへロキが笑いながら口を出した。

 

「心配しないで。いざとなればアイリスもいるし」

 

「ロキは私を何だと思っているんですか……もう!」

 

 無責任な言葉に抗議するアイリスだったが、ロキは無視してさっさと歩き出す。アイリスはため息をつき、しぶしぶその後を追う。それを見てデボラたちも薄暗くなりはじめた森を動き出したのだった。

 

 

――

 

 

「……どうだ? 何か見つかったかよ?」

 

「うーん……特に変わったモノは……」

 

 それから30分ほどのち。ロキたち一行は相変わらず森を歩き回っていた。セスたち容疑者にはデボラが目を光らせ、ロキとアイリスは茂みや木の陰を忙しく探す。しかしさすがにしびれを切らしたようで、シェリルやデニスが遠慮がちに言う。

 

「あの……もう夜になっちゃうよ?」

 

「暗くなったら、見つかるモノも見つからんのじゃないですか?」

 

 その言葉にアイリスも不安げにロキを見る。森を探そうと言った張本人はマイペースで近くの草をかき分けたりしている。その腹の立つ背中へアイリスは叫んだ。

 

「ロキ! まだ証拠は見つからないのですか!?」

 

「うーん、まだだねぇ。見つかったら教えるから」

 

 ロキは振り返りもせず茂みをガサガサと探っている。その姿に焦れたらしいアイリスは、顔を向けて来ないのも構わずこうたずねて。

 

「……本当に、彼らの足に泥が付かなかった理由が分かるのですか」

 

「もちろん。目星はついてるって」

 

「じゃあそれが何なのか教えてくださいよ。汚れた古靴でも見つかるかと思いましたけど、ついぞありませんし」

 

「だから靴の替えなんぞ無いって」

 

 焦れったい口調のアイリスへ口をはさむセス。アイリスはそんなセスへ煙ったそうな視線を向けると、指をさして続ける。

 

「それにセスさんに関してはどうなるんですか。靴すら履いていなくて下半身は生身ですよ。あの2メートル近くの尻尾をどうやって汚れから守るんですか」

 

 アイリスの指先が口調とシンクロしてセスの尻尾をまっすぐ示す。デニスやシェリル、デボラも同じく疑問に思っているのか、ロキの方をチラチラとうかがった。

 

「……うーむ、こっちかな……?」

 

 ところがロキは我関せずと自分しか正解の見えない証拠探しを続けている。いら立ちがつのりアイリスがズカズカとロキへ駆け寄ると、気配に気づいたロキが顔だけを彼女へ向けた。

 ロキは参ったな、とまるで悪びれない笑顔で口を開く。

 

「それならヒントをあげるよ。あのレナードの遺体の指先。あそこに何か付いてなかった?」

 

「はい? 何かって……」

 

「爪のすき間に白いのが詰まっていたろう」

 

 言われてみると、レナードの爪に白い皮膚片が詰まっていたとアイリスは思い出す。「あれが一体……」と彼女は疑問が口をついて出かけたが、ロキはすでに探索に戻っていた。

 アイリスは渋い顔をし、プイとそっぽを向く。こうなればロキの言うヒントの意味をつかんでやろうと彼女は思索にふける事にしたのだ。

 

 少しずつ疲れの見えはじめた他のメンバーをよそに、アイリスはアゴに手を当てて考える。すぐには良いひらめきもなく、彼女は思考しながら知らず知らずその周囲をウロウロと歩きはじめた。

 

「ん〜〜……」

 

 しばしそうして、アイリスの踏み出した足がとある茂みに突っ込んだ、その時。

 

「ふわっ!?」

 

 突如、アイリスが足を思い切り滑らせて転倒する。すっとんきょうな悲鳴とともに尻もちをついた彼女へ、ロキ以外の驚いた視線が集中する。

 

「い、いたた……っ」

 

「おい、大丈夫か?」

 

 腰をさすってうめくアイリスの元へデボラが駆け寄る。横から支えて立ち上がらせてやりながら、デボラは言った。

 

「ケガはないか? 暗くもなってきたし気をつけないと」

 

「だ、大丈夫です。ただ……」

 

 態勢をなおしたアイリスは小さくかぶりを振ると、なにやら先ほど転んだ場所を指さした。

 

「そこに、なんだか滑るものが……」

 

 妙な言葉にデボラは首をかしげる。デニスやシェリルもキョトンとした顔をするばかりで、転んだ照れ隠しかと半信半疑でアイリスを見つめる。

 ただ、セスだけは何故か真剣な顔でアイリスの示す場所をにらんでいた。

 

「お、どうかした?」

 

 そこへ今さら気づいたような口調のロキがすたすた歩いてくる。アイリスは怒った視線を送るが彼は気にせず、辺りをゆっくりと見回した。

 そしてあるモノを目に留める。

 

「おおっ!」

 

 その瞬間、急に歓声をあげてロキは目の前にしゃがみこんだ。アイリスその他が困惑する中、ロキは茂みの暗がりを両手で探って何かをつかみ上げた。

 

「あった、これだよ! これで泥を防いだんだ!!」

 

 つかんだモノを掲げてはしゃぐロキ。アイリスたちが目をこらすと、ロキの手には何やら白く半透明の、薄く大きな皮のようなモノがあった。

 その物体を見てアイリスは思わずたずねる。

 

「あの……それは?」

 

「ふふん、見てごらん」

 

 ロキは胸を張って持っているモノを広げて突きつける。その皮は細長い袋状をしており、袋の口はちょうど成人男性の腰回りくらい。そこから反対側にかけてだんだんと細くなり、長さ2メートルはあろうかという円錐形をしている。外側のあちこちが泥で汚れており、一見ゴミにしか見えない。

 その奇妙な物体をアイリスはしげしげと見つめる。他のメンバーもおおむね一緒だったが、唯一セスは険しい顔で押し黙っていた。

 それを知ってか知らずか、ロキは言う。

 

「これは抜け殻だよ。 蛇獣人の脱皮した皮だ」

 

「だ、脱皮ですか?」

 

「そう。蛇の抜け殻はこんな風に袋になって脱げるんだ。脱いだ本人ならサイズが合って当たり前さ」

 

「本人って……」

 

 ロキの言葉を反芻しながらアイリスは振り向く。デボラ、デニス、シェリルもおそるおそる同じ人物を見た。

 

「……っ……」

 

 その場にいる蛇獣人、セスである。皆の視線をいっせいに受け、セスは冷や汗をかきながら言った。

 

「な、何だよ……なんで皆で俺を見る!?」

 

「セス、お前まさか……」

 

「ち、違う! そんなワケないだろ!? その抜け殻が俺のだって証拠はあんのか!」

 

 たじろぎつつ怒鳴るセス。そんな彼へロキは近づき、手に持った抜け殻を差し出す。そしてこんな事を言い出した。

 

「じゃあ試しに履いてみなよ。ちょっとでもサイズが違えば疑いは晴れる。なんせ被害者が消えたのはつい昨日だ」

 

「や、やめろ! 近寄るな!」

 

「疑いを晴らすのには最適だろ? 一度履いてみるだけでいいんだ」

 

「よせ! やめてくれ!」

 

 ロキが抜け殻を突きつけるとセスはあからさまに取り乱す。その様子を見るにつれ周りの表情も少しずつ変わりだした。

 しかし何度も拒否されたロキはふと立ち止まり、からかうように言う。

 

「そんなに協力が嫌かい?」

 

「あ、ああそうとも! だいたい、俺は疑われるの自体が不愉快だ!」

 

「そっか、それなら……」

 

 ロキはさも残念そうに眉尻を下げ、少しして思いついたように言った。

 

「しょうがない。被害者の爪の皮膚片を調べようか」

 

「疑ってるじゃねーかッ!! ……あっ」

 

 踵を返したロキへの、セスの鋭いツッコミ。しかしセスは直後、表情を凍らせた。

 対してロキは余裕の笑みを浮かべて振り返る。そしてたずねた。

 

「あれ? どうしてあの皮膚片を調べるのが、君を疑う事になるんだい?」

 

「うっ……」

 

「僕はあくまで探し物のヒントにアレを挙げただけだ。例えば皮膚片が君のモノだとかは……言った覚えがないなぁ」

 

 わざとらしく肩をすくめるロキ。セスはわなわなと震えて視線をめぐらせ、アイリスとデボラ、そして組んでいた仲間たちも今や同様に疑いの目を向けているのに気づく。

 セスはうつむき、しばらく悔しげな表情でジッと地面をにらみ、やがてガックリとうなだれた。

 

「……そうだよ……俺がやった」

 

 ついにセスは犯行を認める。ロキは真面目な顔になってうなずき、静かに確認する。

 

「おそらく、レナードは現場から逃げる君の尻尾をつかんだんだろう。それで履いていた抜け殻を引っかいて、皮膚片がはがれたんだ」

 

「……くそっ、最後までしつこいヤツだったよ」

 

 開き直って毒づくセス。アイリスはそんな彼に詰め寄りかけたが、それを遮るようにロキが話しはじめた。

 

「つまり……君は昨日、パーティーに休憩するとウソをついて一人でレナードの元へ向かった。抜け殻を履いて泥を防ぎ、沼地に来たのを悟られないようにして」

 

「……」

 

「そしてレナードを石か何かで殴って沼に沈め、汚れた抜け殻はここにコッソリ捨てて何食わぬ顔で森の入り口へ戻り、あたかもずっとそこで休憩していたかのように見せかけた。そうだね?」

 

「……ああ」

 

 セスは力なくうなずく。緊張した空気の中で、デニスがまだ信じられないといった表情で進み出て、問う。

 

「……けど何故こんな事を? レナードと何があった?」

 

 その焦った口ぶりは本当に心当たりが無さそうだった。シェリルの表情を見ても同じ。ロキやアイリスが見つめる中、セスは重い口調で話しだす。

 

「……皆と組むより前にな」

 

「へ?」

 

「別の奴らとパーティー組んでたんだ。あまりその話はしてなかったけど」

 

 セスが急に打ち明けた過去に、デニスとシェリルは困惑する。それでもセスは話し続けた。

 

「4人ほどのチームだったが、その中で仲良くなった女がいてさ。小さなアクセサリーとか何度かプレゼントしてた。けど、ある日この森で……」

 

 セスは唇をかみ、一瞬だけ目をつむる。

 

「……盗賊に襲われたんだ。パーティーに女はその親しい一人だけで、ソイツと引き換えに見逃してもらうハメになった」

 

「……どうにもならなかったんですか?」

 

「命がけでやればチャンスはあった。でもケガをしたら生業に関わるんだ。だから女を差し出した」

 

「それからは……」

 

「会えなかった。二度とな」

 

 セスはためらいなく答える。それはかえってさっさと答えてしまいたいという苦痛のあらわれに見えた。

 辛そうなセスへロキをのぞく面々が言葉をかけにくそうにしていたが、シェリルが意を決して言った。

 

「でも、それがなんでレナードを殺しちゃう事になるの? そこからどう繋がるの?」

 

「ああ……それはな」

 

 セスはため息をついて天をあおいだ。

 

「あの沼地でな……偶然見つけたんだ。あの女にあげたネックレス。もしかしたら他人が同じものを落としたのかも知れないけど、そっくりだったんだ」

 

「もしかして、そこにレナードさんも……」

 

「ああ、見るなり拾っちまった。その時からヤツは変わってなくてな」

 

 表情に怒りをたたえ、拳を固く握ってセスは続ける。

 

「俺は言ったんだよ。知ってる女の形見かも知れないから売らないでくれって。新入りだったけどなりふり構わなかった」

 

「それで、レナードさんは?」

 

「売っ払ったに決まってるだろ。『どうせたまたま似てるだけだろ』なんて言って、取り合ってくれなかった」

 

「アイツめ……」

 

「よりにもよって本人の前で」

 

 デニス、シェリルがやりきれない顔をする。そんな中、ロキが冷たい口調で言った。

 

「でも当人のじゃない可能性があったのも事実だろう。そんなので人の命を奪ったのかい」

 

「そんなのとは何だ!!」

 

 ロキの言葉に激昂するセス。そしてせきを切ったかのような勢いで彼は怒声を発した。

 

「見つけたのが形見だろうが、形見じゃ無かろうが! アレが無くなったら俺には何も残らないんだよ! 本人どころか持ち物一つ、見る事すら叶わないんだ!!」

 

「……ダメ元で言うけど、どうせ形見じゃなかったと割り切る気にはなれなかった?」

 

「出来るかそんなもん! 他人事だと思って……!」

 

「ロキ、言い過ぎですよ」

 

 アイリスはロキの方を制止する。ロキも無神経を自覚してか小さくため息をつき、無言になった。

 すっかり暗くなった森の中で重苦しい空気が流れる。黙りこんだセスを皆が同情と忌避の目で見つめていると、デボラがゆっくりと進み出た。

 

「……君の動機は理解した。辛かっただろう」

 

「……」

 

「だが殺人を許すワケにはいかない。人間と獣人として最低限のルールだ。分かるな?」

 

「……はい」

 

 セスは小声で答え、子どものようにうなずいた。そして両手を挙げ、頭の後ろで組む。

 

「あいにく縄は持ってきていないし、このまま付いてきてもらうぞ」

 

 デボラはセスの背を押して先を歩かせる。その周りを囲むように自然とデニスやシェリルが左右につき、彼らは森の出口へ向けて歩き出した。

 その背中を見ながら、アイリスがつぶやく。

 

「拾ったモノを売らないように出来ないでしょうか。ギルドに届ける決まりをつくるとか……」

 

「無理だね。その日暮らしの冒険者がそんな決まりを守るもんか」

 

 つれなく言ってロキは先に歩き出す。そして後をついてくるアイリスへ、言って聞かせるように歩きながら彼は続けた。

 

「デボラが言ったろ。殺しを許さないのが最低限のルールだって。僕らはそんな世界で、罰を課す一助をするだけ」

 

「それは……分かりますが」

 

 悲壮な顔で言いよどむアイリス。ロキはそれを聞きながらこう付けくわえた。

 

「ま、そう割り切るしかないさ。少なくとも"今は"ね」

 

「今……」

 

「君のお祖父様は戦争で文字通り世界を変えた一人だろ? 期待してるよ」

 

 ロキは適当な、言わば期待半分という口ぶりで言った。それぐらいの気構えでいるのがちょうどいいのだろう。

 

「…………」

 

 アイリスは相変わらず悲しい表情をしながら、せめて今日は一人が罪を認めたのを功績だと思い直し、ロキの後をついていくのだった。

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