勇者の孫娘とコウモリ少年 人と獣人との黒き事件簿   作:ごぼう大臣

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手段を選ばぬ者

 

――『その人は、冒険者ギルドで若くしてパーティーのリーダーをしています』

 

――『三日ほど前に近くの山に行ったはずなんです』

 

 

 だんだんと空気も暖まってくる午前のただ中。

 アイリスとロキはある人物の捜索依頼を受け、二人で王都から徒歩数時間ほどの小さな山に来ていた。

 草が青々と茂り、野花も点々と華やぐのどかな山あいだったが、あいにく二人はそれどころではなかった。

 踏み入った山中で、予期せぬ凄惨な光景を目にしていたのだ。

 

「胸を……刺されていますね」

 

「ああ、それも複数回。服まではぎ取られている」

 

 斜面に横たわるその遺体は身につけていたであろう胸当てを外して打ち捨てられ、シャツは破かれてその下の胸元に巻いたサラシまで強引にズラして剥かれていた。素肌のさらされた柔らかな胸部には刃物の刺し傷が十箇所以上も密集し、赤黒い血が胸覆いのように広がって固まっていた。

 

 

――『髪は短くて、細目で小顔。中性的な感じの方でした』

 

 

「……とは言ってたけど……」

 

 依頼者の言葉を思い出しながら、遺体の顔を確認するアイリス。しかし注視する表情は引きつっていた。

 というのも、その遺体は確かにベリーショートの短髪だったが、顔はなんと見るも無残に焼き潰されていたのだ。額からアゴにかけて深いヤケドが赤黒く広がり、腫れあがっている。とても特徴を照らし合わせるどころではなかった。

 

「他のところも酷いありさまだよ」

 

 アイリスと同じように遺体を観察していたロキが苦笑いしながらぼやいた。遺体の頭と腰のあたりを見回してから、彼も依頼者の言葉を思い返す。

 

 

――『フサフサとした、大きめの尖った耳が頭のてっぺんにあります。それから短い房のついた尻尾があります。黒と茶の混じった色です』

 

 

「……獣人だったんだろうな、ってのは分かるけど」

 

 依頼者の情報では、捜索対象は動物の特徴を持っていた。しかしロキが確かめても本人かどうかは分からなかった。

 遺体の一部が切り取られていたのだ。獣耳があったであろう箇所、尻尾があったであろう箇所。いずれも根本から刃物のようなものでブッツリと切り取られ、わずかな名残が痛々しい傷口を広げている。

 さまざまに傷ついたその遺体を一通り観察し、ロキはアイリスの方を見た。アイリスはげっそりした顔でロキに言う。

 

「……この方が、依頼にあった行方不明の人なんでしょうか?」

 

「それはまだ分からない。ただ気になるのは……」

 

 ロキは言葉を切り遺体の"ある箇所"を見る。それは何故かズボンを脱がされ露出した遺体の下半身だった。

 末広がりの腰回りと白くガッシリとした太もも。その太ももの根本で、普段なら秘している部分が晒されていた。

 

 丸出しにされた下腹部には大きく肉がえぐられたような跡があり、赤黒い皮膚の下がぽっかりと広がっている。その下には女性特有の割れ目があった。

 一見して、両方の性の特徴を備えていたかのように見えるその下半身。アイリスは若干目のやり場に困りながらロキへささやいた。

 

「ロキ、探していた方って……」

 

「"ハイエナ"の獣人だよ。今ハッキリした」

 

 ロキは答えもそこそこに目の前の遺体をにらむ。アイリスもやりにくそうにしつつも、同じように遺体を注視していた。

 

「いったそう……」

 

 女とも男ともつかない遺体の無残な姿に、ロキは引きつった笑みを浮かべていた。何故なら遺体の()()()()()が切り取られたのを、ロキはちゃんと知っていたからだ。

 

 

――

 

 

「捜索依頼が出ていたのはジェシー。王都の冒険者ギルドで活躍していた青年だ」

 

 ……数時間のち、アイリスとロキは現場から教会のある一室へ移動していた。白い石造りの小さな部屋で、中央には石造りの寝台が置かれている。

 その寝台に寝かされているのは山で発見したあの遺体だった。それを傍らから注意深く観察するのが、小柄な体をオーバーサイズな純白の修道服に包み、赤髪を背中で三つ編みにした研究者。別名"聖者"と呼ばれる女性で研究者のモニカだった。

 

 モニカは顔を上げ、部屋の壁際で見守るアイリスとロキを見て言う。

 

「それで、こやつがそのジェシーだと言うワケか?」

 

「それは分からない。ただ事故死には見えないから調べなきゃと思ってさ」

 

「しかしこの遺体は女じゃぞ? そもそも性別が違う」

 

 鼻を鳴らすモニカ。するとアイリスが戸惑いながら口をはさんだ。

 

「待ってください。その遺体の方は女性で間違いないんですか?」

 

「ああ。骨格、骨盤が女のそれじゃし、胸もわずかながら膨らんでおる。それに女にしかない器官も備えておる」

 

「しかし私が見る限り下半身には……その……オ、オチン……が切り取られたような」

 

「ああ、それなら問題ない」

 

 言いよどむアイリスへ、ロキが遺体へ歩み寄りながら言った。

 

「アイリスが言っているのはおそらく"疑似性器"だろう」

 

「疑似……え、ニセモノですか?」

 

「そ。耳や尻尾は切り取られていたけど、遺体がハイエナ獣人だと考えれば筋は通る。ハイエナのメスは一部の性感帯が大きく発達していて、まるでペニスみたいに見えるんだ」

 

 そうだろ、とロキはモニカへ話をうながす。モニカはうなずいて説明をついだ。

 

「ワシは書物でしか知らぬが、その性感帯で出産までするらしい。あとはメスどうしの序列づけで睦んだりもな」

 

「へぇ……ハイエナってすごい」

 

 アイリスは初めて聞く生態に思わず感心する。しかしすぐ我に返ると、ロキへこう確認した。

 

「ん……? という事は結局、この遺体はジェシーさんとは別人だと?」

 

「いや、そうとも言い切れないよ」

 

 ロキは首を横に振って言った。

 

「冒険者として登録する際に、男と偽ったかもしれない」

 

「何故わざわざそんなウソを?」

 

「メリットがあるんだよ。荒事をやる職業じゃ女は舐められやすいし、振られる仕事にも制限が出る。ジェシーってのも男女ともによくある名で偽名だろう」

 

「名前までウソなんですか」

 

「仕方ないさ」

 

 ロキは同情の目つきで少し笑って言う。

 

「モニカが言ったけど、ハイエナは本能でメスどうし交わるからね。獣人当人にとっては単なる序列づけでも、はたから見れば女どうしの肉体関係だ」

 

「実際、教会は同性愛を罪としておる。表向き獣人側が男のフリをする方が安全というワケじゃ」

 

「ははぁ……」

 

 苦い顔をしながらのモニカの説明に、アイリスは渋々といった表情でうなずく。するとロキは仕切り直すように言った。

 

「とりあえずこの遺体の身元だけでも確認しないと」

 

 そして彼は部屋の扉に手をかけると、開けたすき間から顔を出して声をかけた。

 

「お待たせ。心の準備は出来たかい?」

 

「は……はいっ」

 

 続けて聞こえる男性らしき返事。扉が大きく開かれると、室内には一人の若いやせた男性が入ってきた。冒険者らしく革の防具を身に着け剣をたずさえているが、その表情は気弱そうで黒い前髪の陰で瞳をそわそわと彷徨わせている。

 借りてきた猫のように小さくなって歩を進めるその男性へ、アイリスが穏やかな声で言った。

 

「わざわざ来ていただきありがとうございます。レオさん」

 

「あ、いえ……。もともと捜すよう頼んだのは僕ですから」

 

 男性レオはぎこちなく微笑み頭を下げる。そんなレオへモニカが口を開いた。

 

「確認するが……おぬしはジェシーと何度か仕事で組んだという話じゃったな」

 

「はい。ジェシーさんは女の子ばかりとパーティーを組んでいて……僕らのパーティーの力を借りたいと頼んできたんです」

 

「なぜ女の子ばかりと組むんです?」

 

「ジェシーさんのやり方なんですよ。他人に助力を頼んだり、途中まで誰かがやりかけた依頼を代わりに終わらせたり……そういう方針でいくのに、女の子たちの方が文句を言われないんです」

 

 アイリスの問いに、レオは無意識にか鼻の下をのばして言った。利になる事は何でもやる、そんなところはまさにハイエナだなとアイリスは頭の隅で思った。

 そんな思考をあわてて振り払い、彼女はこう質問する。

 

「あの……ちょっと気になっていたのですが、ジェシーさんがいなくなったのは三日前ですよね?」

 

「はい。それで心配になってあなた方に話しました」

 

「こう言ってはなんですが、気が早くありませんか? ご心配なのは分かりますが、知り合いの間柄で探偵に依頼するまで三日とは……」

 

「入れ込んでるのは否定しません……。ただ、ジェシーさんのパーティーの女の子たちがあんまり必死なものでして」

 

 レオは心なしか恥ずかしげに視線をそらして答えた。そこへ今まで黙っていたロキが質問する。

 

「そのパーティーメンバーのほうは何してるんだい?」

 

「三人いらっしゃるんですが、今は三人とも王都を出ています。ジェシーさんが遠出してるかもしれないと」

 

「ふむ……」

 

 レオの言葉にロキは眉をひそめる。三日かけても見つからないからと捜索範囲を広げるのはおかしくない。ただ考えようによっては、パーティーメンバーは三人とも三日間も外部に頼らず街の外に出ていったのだ。

 彼は頭のすみで邪推しかけるが、咳ばらいしてレオに言った。

 

「……色々と聞いちゃったけど、この死んだ人を見てもらえるかい? 件のジェシーの可能性がある」

 

「……分かりました」

 

「お辛いでしょうが、どうかお願いします」

 

 意を決してうなずくレオへ、アイリスが心苦しい様子で頭を下げる。そしてモニカが遺体へかぶせていたシーツを取ると、レオは近づいてその遺体を注視した。

 

「……」

 

 最初、彼はその焼きつぶされた顔に驚愕し、怒りの表情を浮かべた。それでも唇を噛んで衝動を押し殺し、レオは口を開く。

 

「……おそらく、ジェシーさんです」

 

「本当かい? 女の子だけど」

 

「性別の件は、実は聞いた事があるんです。男のフリをしているって」

 

 レオは感情の無い声で答えた。そこへロキが質問を重ねる。

 

「念のため聞くけど、この遺体の特徴とかは知らないかい? 本人と断定できるような」

 

「そう……ですね」

 

 顔が焼き潰され、獣人の耳と尻尾が切除されるなど損壊された遺体のせいか、レオはしばらく遺体から特徴を見出そうと観察する。そしてロキへ顔を上げて言った。

 

「右の肩と左脇腹のところに、タトゥーがあったはずなんですが……」

 

「どれどれ」

 

 ロキたちは言われた場所をそろって観察する。しかしそこは皮膚が削り取られたような傷口があり、タトゥーは見当たらない。

 アイリスが眉をしかめてつぶやく。

 

「これ……偶然でしょうか」

 

「いや、誰かがナイフか何かでそぎ落としたんだろう」

 

「しかも死後にやったようじゃ。生前に皮膚を削るなんぞしたら炎症を起こすはずじゃからな」

 

 ロキとモニカが険しい顔をする。ロキはレオに聞こえない声でつぶやいた。

 

「誰かがジェシーと分かる特徴を消したがったのかもしれないね。特定を遅らせたかったとか」

 

「しかし、誰がそんな事を?」

 

「さあね。今はとにかく……」

 

ロキはアイリスの疑問を流し、レオの方を見て言った。

 

「言っとくけど、確認できる特徴を挙げてもらえるかい? こっちもキチンと照合しなきゃいけないからさ」

 

「あ……それは」

 

「じゃないと、別人の遺体をジェシーと偽ってると思われるよ?」

 

 ロキが念押しすると、レオは神妙な表情でうなずく。そしてにわかに頬を赤くして言った。

 

「その……オヘソの下に、ホクロが三つありました」

 

「ホクロ?」

 

「はい、縦に三つ並んでいました。間違いありません」

 

 レオはハッキリと答える。ロキたちが再び遺体を見ると、ヘソから膝上あたりの部分はシーツがまだかかっていた。その部分は無意識のうちに隠したままにしていたのだ。

 これで特徴を言い当てていたらなるほど本当だ、とロキたち三人はシーツをめくり中をのぞき込む。そして言われたヘソの下を凝視した。結果は……。

 

「本当……ですね」

 

 アイリスが息をのむ。そこには確かに大小のホクロが数珠つなぎのように三つ並んでいたのだ。三人はレオに向き直り真剣な顔になる。

 

「協力ありがとう。……いや、先にお悔やみを言うべきかな」

 

「つらい役目をお願いして申し訳ありません」

 

「あー……いや、大丈夫です」

 

 レオは何故か歯切れ悪くうなずいた。そして相変わらず赤い顔をふっとそらす。

 三人のうち、アイリスはキョトンとして顔首をかしげる。そして一瞬おくれてある事実に気づいた。

 ヘソの下、そんな場所のホクロなぞ見る機会は限られているはずだ。少なくとも単なる知り合いならまず見せない。という事は……。

 

「あっ……」

 

 今さらレオとジェシーの関係に気づき、アイリスまで顔を赤くした。レオが言いにくそうにしていた理由と自分がデリカシーに欠けていた事実に気づき、彼女は内心で立ち尽くして顔を覆い、恥じらう。

 一方でロキはそれにまるで気づかず、レオへ礼を言った。

 

「助かったよ。犯人は必ず捕まえてみせる」

 

「……すみません。おいとましても?」

 

「あっ、大丈夫です! はい!」

 

 涙声になりながら気丈に振る舞うレオへ、アイリスはあわてて返事をする。そしてレオは背を向けてトボトボと出口へ向かった。

 

「……誰があんな事を」

 

 うなだれてつぶやき、レオは部屋を出ていった。一拍おいて、アイリス、ロキ、モニカらは顔を見合わせた。

 最初に口を開いたのはロキである。

 

「とりあえず、遺体がジェシーなのは確定だね」

 

「でも……レオさんも言ってましたが誰がこんなむごい事を」

 

「それはまだ調べないといけない。ただ考えられるのは……」

 

 ロキはちらと天井を見て、アイリスにこう問う。

 

「この遺体を見つけた時、服が脱がせてあったろ」

 

「は、はい」

 

 刺された胸や、取り除かれた疑似性器が露出していたのを思い出し、アイリスはうなずく。それを受けてロキは言った。

 

「今思うと、あれは女性の遺体だと強調したかったんじゃないかな。いくら胸を刺したいからって肌までさらすのは不自然だし、下まで脱がしていたし」

 

「あ……じゃあ男のフリをしていたジェシーさんは」

 

「遺体とは別人だと誤認されてたかもね。実際、僕らもレオの確認がなきゃジェシー本人と断定できなかった」

 

「ワシの見た限り性暴力の痕跡もなかった。服を脱がした理由はおぬしらの言う通りかもな」

 

 モニカも横から補足する。アイリスは考えをまとめようと目を見開いて周りの二人を交互に見た。

 それを汲んでロキはまた話しだす。

 

「まとめると、犯人は多分ジェシーを女性と知っていて、タトゥーの場所まで分かっていた」

 

「じゃあ、犯人はジェシーさんのお知り合いだと?」

 

「おそらくね」

 

 ロキは鋭い目をしながら答える。するとアイリスは不意にハッとして叫ぶように言った。

 

「あ! まさかレオさんが怪しかったりしませんか!?」

 

「さっきまで犯人が目の前におったというのか?」

 

「だって! 犯人が疑いを逸らすためにわざと被害者を(さが)させるって、あり得そうじゃないですか!?」

 

 興奮して周りに問いかけるアイリスだったが、ロキは黙って首を横に振った。

 

「そういうケースも聞くけど、今回は違うと思う」

 

「え……何故です?」

 

「わざわざ被害者を捜させる犯人はいないはず、って盲点を突くヤツは確かにいるさ。けどレオは依頼で『ジェシーは三日前に山へ行った』ってキチンと話したろ」

 

「つまり?」

 

「捜索を依頼するだけならまだしも、時間や場所はそうそう言わないよ。捜査が進展するだけ不利になるんだし」

 

「そうですか……ふむ」

 

 ロキに言われてアイリスは得意げな顔をシュンと曇らせた。するとモニカが口をはさむ。

 

「ロキ、おぬしは心当たりがあるのか?」

 

「そうだね……やっぱりジェシーと組んでた女の子たちが怪しいよ」

 

「その根拠は?」

 

 たずねるモニカへ、ロキは死体を見て答える。

 

「胸を何度も刺すのは女性の特徴だ。それに疑似性器をちょん切ってたのを考えると、それに執着するほど身近な存在だったかもしれない」

 

「となると……組んでいた三人のうち誰かが犯人なんでしょうか」

 

「ああ、そいつらの足取りを追ってみよう」

 

「ようし、手遅れにならないうちに行きましょう!」

 

 使命感に燃えるアイリス。しかしそこへモニカが水をさす。

 

「じゃが、候補が三人となるとなかなか骨じゃないか? 何か他に手がかりがあれば良いがの」

 

「それはこれから探すんですよ!」

 

「しかし……」

 

「手がかりならあるよ」

 

 心配するモニカと意気込むアイリスとで言い合ってたところに、ロキがさらりと笑って言う。他の二人が目を丸くすると、ロキはまた死体に目をやって話す。

 

「骨だろうがなんだろうが、ハイエナは骨まで噛み砕く。こっちも情報は漏らさず捉えなきゃ」

 

「回りくどいですよ。何の話を……」

 

「噛み砕く……あっ!」

 

 アイリスがもどかしげにするが、その一方でモニカは何か思い出したように叫ぶや死体のそばへ駆け寄る。そして口元を凝視しだしたかと思うと、歯列を指でそっとなぞった。

 それから指についたモノをロキたちへ掲げて言う。

 

「忘れるところじゃった。牙に革のかけらが付いておる」

 

「革のかけら?」

 

「悪い悪い、ゴチャゴチャと話しすぎちゃったね。とにかくジェシーは死ぬ前に犯人へ噛みついたと見える」

 

「ハイエナの豆知識を言ってる場合じゃなかったの。はは……」

 

 気まずそうにするモニカ。それを無視してロキは改めてアイリスへ言う。

 

「さ、早く行こう。例の三人は街の外だしね」

 

「憲兵隊の方々にも協力してもらいましょう」

 

 二人はうなずき、部屋を飛び出した。

 

 

――

 

 

 ……それからロキとアイリスは、ジェシーの仲間たちの足取りを追った。聞き込みをしようと向かったのは主に3カ所だ。

 

 

①王都冒険者ギルド・ギルドマスターであるデボラの証言。

 

『ジェシーのパーティーなら、三日前の夕方に確かに帰って来たよ。……だが少し妙でな。()()()()()()()()()()()()()

 

――いなかった?

 

『うむ。かわりに仲間の女の子三人がそろってギルドに来てな。なんでも"ジェシーは疲れたので先に宿に帰った"と……』

 

――「先に帰った、ね……」

 

 

②ジェシーのパーティーが利用していた宿屋の女将さんの証言。

 

『三日前ねぇ……帰って来たはずだよ。ただ私は宿に入ったのを見てないんだよねぇ』

 

――その後には目撃しましたか?

 

『それが、顔は見てないんだよ。組んでる三人から"ジェシーが風邪をひいて、伝染るかもしれないから部屋を開けないで"ってキツく言われてね。ジェシーだけ休んでいたはずが、何がどうなったやら……』

 

 

③ジェシーらの行きつけだったレストランの店員の証言

 

『ああ、きのう三人組が来ましたよ。"ジェシーが来なかったか"って』

 

――「他には何か話していましたか?」

 

『んー、見つかったら教えてくださいとか。日付つきで張り紙までしていきましたよ』

 

――「日付つきで……」

 

 

 ……そして、聞き込みを終えて。

 

「ふぅー……」

 

 アイリスたちが追えた足取りは、そのレストランが最後だった。まばらに埋まったテーブルの一つにアイリスは腰を下ろし、気がかりな目で周りを見回す。店員の言った通り壁にジェシーを探している旨の張り紙が貼ってあるが、誰も目に留めない。

 深刻な顔のアイリスはテーブルに目を落とし、無言。そこへロキが向かいに座って言う。

 

「……気づいたかい」

 

「ええ、さすがに……。ジェシーさんの仲間は、ここ三日ずっと固まって行動している。しかも肝心のジェシーさんだけがいない」

 

「ああ。しかも日付け入りで張り紙を作るなんてアリバイを主張するようなものだ」

 

 アイリスとロキは顔を見合わせる。先に口を開いたのはアイリスだった。

 

「三人で監視しあってるのでしょうか?」

 

「だと思う。共犯か、少なくとも身内の殺人を隠ぺいしているんだろう」

 

「どうしましょう。三人分の殺人や隠ぺいの証拠なんてどうやって見つけたら……」

 

 アイリスが手を落ち着きなく握り合わせる。するとロキがさらりと笑って言った。

 

「心配しないで。ちゃんと考えはある」

 

「本当ですか?」

 

「ああ。とりあえず……」

 

 アイリスの問いにうなずき、ロキは自分のすぐそばに来た店員を呼びとめた。

 

「すまない。ワインを一杯もらえるかい?」

 

「あ、はい。ただいま……」

 

「それと」

 

 注文を伝えようとする店員を制止し、ロキはたずねる。

 

「変な事を聞くけど……ジェシーと組んでた女の子たちの中に、"噛み傷"のある者はいなかったかな?」

 

 

――

 

 

「さて……まずは取り調べに協力、感謝するよ」

 

 それからさらに三日ほどのち。ロキはある建物の中にいた。王都の憲兵隊詰め所、その内部の六畳ほどの取り調べ室である。

 小さな机に対面する形で備えられた椅子が二つ。ロキは出口に近い方の椅子に座り、隣にはアイリスが立っている。そして奥の椅子には壁を背にして女性が一人立っていた。

 

「……あなたは誰? 憲兵隊の関係者?」

 

 女性はトゲのある態度でたずねる。金髪のショートボブの下で青い両目が鋭く光った。彼女の背後の壁には冒険者用に造られている双剣がワンセット立てかけられている。

 女性の睨みにもひるまず、ロキは首を横に振る。

 

「いや、僕らはしがない探偵さ。僕がロキ、こちらはアイリス。憲兵隊には君……ベティを捕まえてもらっただけだ」

 

「探偵? そんなヤツにこうして取り調べする権限があるの? それにアイシャやパメラはどこ?」

 

「落ち着いて。権限についてはまあ、僕が憲兵隊へ融通を利かせた。お仲間は口裏を合わせない為に一人ずつ拘束してる」

 

 冒険者の仲間らしき名前を持ち出すベティへ、ロキは平静な口調で答える。そしていざ本題と言いたげに前へ体を取り出して言った。

 

「で、だ。君らと組んでいたジェシーさんの事を聞きたい」

 

「それは……私たちだって探してたわよ」

 

「おや残念。まるっきり見当違いな場所で死んでたよ? ()()

 

 ロキの言葉にベティはウッと小さくうめく。そしていまいましげに視線をそらした。

 その様子にロキが追及を始める。

 

「あまり驚かないんだね」

 

「何日も行方不明だったら……誰でも最悪を考えるわ」

 

「それだけじゃない。"彼女"と呼んだのも訂正しなかった」

 

 ロキの指摘にハッと顔を上げるベティ。そしていら立たしげに彼女も身を乗り出し、顔を突き合わせ言った。

 

「組んでたら分かるわよ、本当の性別ぐらい!」

 

「そうとも。君を含めた三人はジェシーの身近にいた。だから疑ってる」

 

「ふざけないで! 証拠はあるの!?」

 

 いきり立って机に両手を叩きつけ、立ち上がるベティ。アイリスはあわててそれを制止するが、ロキの視線はある場所に向かっている。

 

「……」

 

「……あっ」

 

 ロキの視線が注がれているのは、ベティの右手。そこには包帯が巻かれている。ベティは何故かそれを左手でとっさに隠した。そこを指さし、ロキは言う。

 

「それ、見てもいいかい」

 

「コレがどうしたのよ」

 

「……すいません。少しいいですか」

 

 たじろぐベティへアイリスが言い、机に一枚の紙を広げる。そこには人間の歯列を上から見た図が描かれていた。それを指さしながらアイリスは続ける。

 

「モニカという子が、ジェシーの歯型を描き取りました。もしあなたの手に噛み跡があるなら見せてください」

 

「か、噛み跡ですって?」

 

「覚えがないかい? 革の手袋の上から噛んだようだけど」

 

 ロキが横からたずねるとベティは手を押さえて黙りこんだ。ロキはさらに追撃する。

 

「仲間の手を噛んだりするなら、それはよほどの事態だろうね。例えば殺されそうになったとか……」

 

「まさか!」

 

「じゃ、君の傷はいつ出来たんだい? ジェシーの牙には衣類の革の一部が着いてた。そんなもの噛んでからいつまでも放置するワケない」

 

 ベティの目に憔悴の色が浮かぶ。手の包帯にもう片方の手で落ち着きなく爪を立てていた。 それを見てアイリスが再度念押しする。

 

「お願いですベティさん。傷と歯型を照合させて……」

 

「いいわ。必要ない」

 

 ところがアイリスの言葉をさえぎり、ベティが吐き捨てる。ロキがしてやったりと目を細めたと同時に、ベティは重々しい口ぶりで吐く。

 

「確かに私はジェシーを殺した。間違いないわ」

 

「認めるんだね」

 

「けど! 私一人でやったんじゃない! 皆も同じよ!」

 

 ロキの確認にベティは声を張り上げた。部屋中に響く大声にアイリスがひるみながらも言う。

 

「……前々からあなたはパーティー三人と固まって動いてた。それは共犯だからでしょう?」

 

「そう! そうよ! 三人でやった! 私に噛み跡があるからって、私だけ犯人扱いしないで!!」

 

 ベティは必死になって訴える。それに心なしかウンザリした顔になりながら、ロキが口を開く。

 

「しかし分からないな。三人がかりでジェシーを狙うような動機は一体?」

 

「……っ」

 

 ベティは苦い表情で歯がみする。そしてロキやアイリスの目を警戒した視線で何度もうかがうと、ためらいながらも話しだした。

 

「……私たちは、他のパーティーとよく手を組んで知り合いが多かった。それで最近、ジェシーはある男に近づいたの」

 

「もしかして、レオさんの事ですか?」

 

「知ってたのね……。そう、あのおめでたい男に猫をかぶって良い仲になったの。でも、ジェシーには目的があった」

 

 ベティの言にアイリスたちが注目する。ベティは続けた。

 

「一週間前になるかな……。ジェシーは私含めた女の仲間三人を集めてこう言ったの。『もうじき、私は他のパーティーに入れてもらうから』って」

 

「つまり、君ら三人は用済みだと?」

 

「そうよ。『レオと寝たおかげで他のパーティーに潜り込めるから、そこからもっといい男を捕まえる。アンタたちは邪魔になる』とも言ってたわ」

 

 ベティから語られるジェシーの本性に、アイリスは息をのむ。一方でロキはたんたんと続きをうながした。

 

「それが殺した理由?」

 

「違う! 確かにみんな怒ったけど、ちゃんと話し合おうとしたのよ! でも、そしたらジェシーは……」

 

 ベティは急に金切り声をあげた。そして目の端に涙を浮かべたかと思うと、これてもかという怒りの形相となって言った。

 

「『アンタたち、私の疑似性器(モノ)をそろって受け入れたでしょ?』『あれ、ハイエナの習性だって話したけど、教会から見れば同性愛と同じ、罪人あつかいだよ』って」

 

「……なるほど、ジェシーがバラせばみんな捕まるってワケか」

 

「許せなかった……! 獣人の習性も、パーティーの解散も納得させてくれるならまだ良かった。でも……体で弱みを握って、濡れ衣を着せようだなんて……!」

 

 ベティは嗚咽をもらして泣きだした。取り調べ室はその泣き声だけがしんみりと響き、アイリスは苦しげに同情の目つきをベティによこしている。

 そんな時、ロキがポツリと言った。

 

「……今のところ、ハッキリした証拠があるのは君だけだ」

 

「!」

 

「君にはジェシーに噛みつかれた跡がある。半面、他の二人……アイシャとパメラだっけ? ソイツらは三人で固まって口裏を合わせたぐらいしか疑う材料がないんだよね」

 

「そ、そんな! 三人とも実行犯よ! この目で見たもの!!」

 

「それを他の二人も証言してくれればいいんだけどね。君に脅されただけとか、ごまかそうとするかもしれない」

 

「……じゃあ、どうすれば……」

 

 ベティは呆然とつぶやいた。しかしアイリスは戸惑いながらロキを見つめる。なぜなら三人ぶんの証拠が弱いという事はあらかじめ話していたはずなのだ。その上で"いい考えがある"と言ったのはロキではないか。

 アイリスが内心でやきもきしていると、ロキが神妙な口調で言う。

 

「実を言うとね。教会の人らは君たちの同性愛を疑ってる」

 

「へ? だからそれは誤解だって……」

 

「けど、じっさい目をつけられてるんだ。仮にこの取り調べが長引けば、教会の一部が実績を挙げようと君らをレズの三人組に仕立て上げようとするだろうね」

 

「なっ……」

 

「最悪の場合、君らは殺人の罪はもとより、改悛(かいしゅん)のためと称してムチで百叩きされて、アンチ同性愛のプロパガンダに使われて最後は利用し尽くされて処刑……」

 

「ロキ!!」

 

 おびえるベティへ恐ろしい予想をペラペラ語るロキを、アイリスは一喝する。そして彼女は息をととのえ、ロキが振り向いてから口を開く。

 

「いい加減にしてください。何が言いたいんですか」

 

「ああすまない。つまりね」

 

 ロキは咳ばらいし、ベティへ改めて言った。

 

「ごまかしたり、三人の証言が食い違ったりして取り調べが長引けば、かえってありもしない罪を着せられる。おそらくね」

 

「……」

 

「だから、やった事だけをさっさと認めてしまう方が得策だ。僕から他の二人にも伝えておく」

 

「……分かったわ」

 

 ベティは小さくうなずいた。ロキはそれを確認してアイリスと視線を交わしてから、ベティへ改めて告げた。

 

「じゃ……君をジェシー殺害の罪で拘束する」

 

 

――

 

 

「なんだか、後味の悪い結末になってしまいましたね」

 

 二人が帰路についたのは夜半であった。月明かりの下、寒々とした夜風を浴びながら彼らが石畳の道路を歩いていると、アイリスがポツリとつぶやいた。

 それにロキはちらと振り向き、背を向けて歩きながら言う。

 

「そりゃ後味がいいワケないでしょ。殺人だし」

 

「けど、脅して自白させた感があるのは何とも……」

 

「強引になったのは謝るよ。けどあの三人に教会のでっちあげる罪まで被せたくないし、周りがのんびり待ってくれやしない」

 

 仕方ないだろ、とロキは鼻を鳴らす。しかしアイリスの表情は晴れなかった。被害者のジェシーが決して良い人物ではなかった事、そのジェシーと親しかったレオが裏で利用されていた事……さまざまな胸の悪くなる事情にアイリスが心を痛めているだろう事は、ロキにも察しがついた。

 そこで、ロキはくるりと振り返りこんな事をほざいた。

 

「そうだ、気晴らししたけりゃ他のハイエナ獣人たちに会ってみる?」

 

「はい?」

 

「メスのハイエナ獣人に疑似性器がついてるのは見たろ? それを活用しているお店があるんだよ」

 

「なっ!?」

 

 サラッとした口調でとんでもない事を言われギョッとするアイリス。しかしロキは冗談めかしてその話をさらに続けた。

 

「もちろん公には話せないけどね。実は男女問わず客は来るんだ。その気があれば僕のツテで……ふぎゃっ!?」

 

 滑らかだったロキのセリフは唐突に中断された。聞いていたアイリスの視線がみるみるゴミを見るそれに変わり、ロキの頭へ無言のチョップを打ち下ろしたのだ。

 

「ぐおぉ……」

 

 けっこう本気だったらしく、ロキは背を丸めて悶絶していた。それから上目遣いにアイリスを見て、彼は小さく笑って言う。

 

「スッキリしたかい?」

 

 その言葉にアイリスは意外そうな顔をした。もしかしたら先ほどの言動は自分をガス抜きさせる為のものではないか、と彼女は内心で気づいたのである。

 アイリスは一瞬だけ表情を和らげたが、それでも拗ねたように眉尻を上げてロキの脇を追い抜いていった。

 その後ろからロキが小走りで追いかけ、わざとらしくヘラヘラした口調で言う。

 

「もう、そんなに怒らないでよ。冗談だって」

 

「明日まで話しかけないでください。全くあなたという人は……」

 

「やれやれ、この調子じゃ僕らもいつか解散しちゃうかもな」

 

 先ほどよりも歩調を早くして、二人はまた帰路を進んでいった。ほんの少しのたわむれを経て、彼らはまた気持ちを新たに仕事を続けるのだ。

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