この世界には「異能」と呼ばれる特異な力を持つ者が稀に産まれる。それは、前世の知識を持って生まれる人間よりも更に稀少だという。私の持つ異能は「不老再生」。どんな傷も病も、そして老いさえも十分なエネルギーさえあれば無効化してしまう力。これは単なる超常現象なんかじゃなくて、私にとってはむしろ当たり前の日常の一部だった。
産まれた時から記憶があった。前世は、日本でアニメをこよなく愛する中年の独身男性だった。それが気づけば金髪碧眼透き通るような白い肌の女の子として産声を上げていた。両親は実に美しい白人夫婦で、その遺伝子を完璧に受け継ぎしかも最上の組み合わせで造形されたのが私だ。ミルクティー色の長い髪は光の下で金色に輝き、碧い瞳は祖母から譲り受けたエメラルドのようだった。だが私たち家族は日本の永住者であり家では完璧な日本語を話した。国籍も日本で、家庭の言語もまた日本語。それでも私の外見が日本で珍しいことに変わりはなかった。
幼稚園の頃から周囲の子ども達とは感覚が違った。精神年齢が実年齢よりも遥かに成熟しているのは当然として、小さな淑女は静かに微笑むだけで存在そのものが「別格」として扱われた。「変わった子」と言われても、それが異質さゆえの冷たさを帯びることは決してなかった。むしろその静かなたたずまいが私を「気味が悪い」ものから隔てていた。
前世でどれだけ努力しても叶わなかった最難関試験も十二の私にとっては物足りない頭の体操だった。知識を惜しみなく吸収し、標準化された思考フレームを破壊し別角度から問題解決に至る。私の知性そのものが異能のように見えたのも無理はない。小学生の間、男子からは恋の的になり女子は私を崇拝の対象のように扱い嫉妬の感情すら抱かなかった。中学、高校と進み県下最高峰の偏差値を有する学校で常に最高得点を取り続け、東京大学理科三類も満点で首席入学。卒業までその座を譲らなかった。
医師を選んだのはただ、目の前の生命を守るというシンプルな使命感からだった。その中でも産婦人科を選んだことには死と生の瀬戸際に立ち会う真摯なドラマへの憧れがあった。数年経ち、院内で「美人すぎる白人女性医師」として有名になった。妊婦を診察するとき、やたらと付き添いをしたがる夫たちが絶えなかったが私は飄々と対応し、本題を見失わなかった。
自分の外見を意識し始めたころ、密かに始めたのがコスプレだった。前世の中年男が「いや、どう見ても俺には無理だ……」と諦めていた世界が、今は現実の舞台として目の前にあった。材料を集めミシンと格闘し、寸法を測りながら衣装を自作する時間は至福だった。ただし露出の多いデザインは即座に却下する。私のコスプレはどこまでも「健全な再現」を目指していた。やがて私は「謎の白人X」の名でSNSや即売会に現れるようになった。名付け元は言わずもがな、かのアルトリア顔をした謎のヒロインXだ。FGOの美麗なキャラクターが現実に現れたかのような再現度しかも外国人のリアルな容姿とあって、私の噂は瞬く間に広まった。
だがやはり、女医の私と「謎の白人X」を結びつける者はすぐ現れた。小さな掲示板の書き込みは口コミで広がり、いつしかTVの情報番組が「美貌の産婦人科医、その正体は大人気コスプレイヤーか」と取り上げるに至った。病院がパニックに陥ることはなかったがイベント会場で直撃インタビューを試みる輩も現れた。当然そういう不埒な参加者は警備員に連行された。だが世間の反応は思いのほか寛容だった。私のコスプレがあくまで品のあるラインを維持していたからだろう。「むしろ産婦人科医だからこそ応援したい」という声さえネット上をにぎわせた。
それから数年。私は三十路を迎え不思議と現実的な恋に落ちた。相手は二十五歳の心優しい男性で、仕事帰りにアニメの話で盛り上がるのが常だった。穏やかな夜私が時折うっかり前世の口調で語っても、彼は困惑しつつ笑ってくれた。私たちは結婚し毎夜、身体が溶け合うほどの熱い愛を交わした。子を望む営み。私の異能は老化を止めるだけではない。肉体のあらゆる負荷をも跳ね返す。だから、出産も決して苦ではなかった。
私がぽっこりと膨らんだお腹で買い物をしていたとき、誰かがそれをこっそり撮影した。「妊婦アルトリア」――掲示板に投稿された写真にはそんな見出しが踊った。私は無遠慮な盗撮に眉をひそめはしたが、同時に少しだけ笑みがこぼれた。前世で憧れた推しの姿をこうして私自身が思いがけない形で体現してしまう。何とも言えない滑稽さと、淡い幸せがあった。
十人の子どもたちに囲まれたリビングで、私はアニメのオープニングを鼻歌で歌いながら夕食を作る。外見は永遠の若さを閉じ込めた白人の麗人中身は日本人の中年男の記憶を宿したまま。不思議なものだと思う。異能も記憶も才能も、結局はただ生きていくためのただの小道具に過ぎない。大切なのはこの瞬間私の作ったカレーを美味しいと笑う家族の顔だ。
「ママ、またアニソン歌ってる」
「いいだろ別に。ママはアニメが大好きなんだから」
私はそう返してかつて独り部屋でスクリーンを見つめていた自分に思いを馳せる。心はいつだってあの頃のままだ。でも今は、隣に愛する家族がいる。異能がもたらした人生は孤独な憧れを共有できる誰かとの時間で溢れている。
――不思議な世界で紡ぐ、幸福の形は意外なほど静かであたたかい。