エリア99+1 〜最凶メタモンと最弱メタモン〜 作:77493
フレンドリィショップはバージョン次第で外装、内装に微妙に差があるみたいです。実際にぬいぐるみ売ってるかは不明です(…)
店内に入ってすぐ、カンナさんは盗品と被害状況の確認に行ってしまった。待つように言われたけど当然ブルーベリーは黙ってない。
ぬいぐるみコーナーを見上げて訝しむように口角を歪めたり、クチバシティならではの港町モチーフの焼き菓子を見て『コレ買って!』のおねだりをしたり。特に、メタモンのぬいぐるみを見たときにはしばらく固まってた。なにを考えてるかは分かんないけど、首を傾げてるあたり『可愛い』とは思ってなさそう。
そんなこんなでブルーベリーの歩みは遅かった。わたしはどれもこれも軽くあしらいながら、店をぶらつきつつカンナさんの帰りを待つ。
……前にヤマブキシティのフレンドリィショップで見たときより、品ぞろえが悪い。手持ちとして人気が高いポケモンのグッズはほぼ売り切れちゃっている。このところ、クチバシティ周辺は地震の影響でちょっとした津波が観測されるようになっていたから……つまりはそういうことなんだろう。
「待たせたわね、ヤヨイさん。退屈じゃなかったかしら」
カンナさんが戻ってきたのは、店に入って三十分くらい経った頃だった。よっぽど急いで来たのか、ちょっと呼吸が乱れてる感じがする。
「あぁいえ、大丈夫っす。カンナさんは大丈夫なんですか、さっきの……」
「そっちは片付いたわ。二度目というのもあるけど、ここの店長はライチュウを手持ちにしているの。よほどのことがなければ防犯面は問題ないのよ」
電撃を喰らうコソ泥さんたちを想像して、わたしはニヤァと笑っておいた。愛想笑い的なイメージだったんだけど、カンナさんは眉間に指を押し当てている。
なんか、気のせいじゃなかったら「あなた日に日にブルーベリーに似てきているわよ」って言われてるような……。ばんなそかな。わたしフツーのJKですから! あんな小賢しいのと一緒になりたくないよ!!
「そ、それでカンナさん。カンナさんが欲しいものって、なんなんすか?」
わたしは強引に本題に移ることにした。はたと気づいたカンナさんも、やっと表情を和らげてくれる。
「そうだったわね。幸い、欲しかったものはまだ残っているようだから……ちょっと厳選していかないとね」
「厳選っすか?」
「それはそうよ、これだけ種類も数もあるんだからね。今回こそ、きちんと予算内に収めないと」
つまり平たく言えば、普段その欲しいものを買うときは金に糸目はつけてないってことになる。なんか意外、カンナさんってしっかりしてるイメージなのに。
わたしの疑問を余所に、カンナさんは周囲を警戒しながら通路を進み始めた。よっぽど見つかりたくないのか背筋も丸まっている。わたしはなんとなく彼女の背後に立って、その姿が窓越しに漏れ出ないように振る舞った。気づかなかったのか、カンナさんは急に足を止める。
「……? え、これって」
視線の先のコーナーは、さっきわたしとブルーベリーが眺めていた一角でもあった。カンナさんはおもむろに目の前の商品を手繰り寄せる。
「クッ……なんてこと! ミニリュウのクチバシティ特別デザインに更にその色違いですって……!? あざとい、あざとすぎるわ! 分かってるじゃない!」
そう言って彼女がさっと抱きかかえたのは、一対のぬいぐるみだった。
元になっているポケモンはミニリュウ。二段階の進化先をもつドラゴンタイプだ。可愛らしい見た目をしてるけど、この時点で二メートル弱もの体長を誇る。
ぬいぐるみのサイズは十分の一スケール、通常の水色と、色違いのピンク色二匹分。どちらもしっかり抱きしめて、カンナさんは両方に顔を埋めて嘆息した。
そりゃミニリュウて可愛いけども――わたしは思わず隣のブルーベリーと顔を見合わせていた。ブルーベリーはニヤァと笑い始めている。
「……あのー、カンナさん?」
「はっ!? わ、わたしとしたことが……そうね、そうよね、ここは『こおり使いのカンナ』らしくこおりタイプで攻めないと……!」
「いやわたしが言いたいのってそーゆーことじゃなくて。カンナさーん? もしもーし?」
カンナさんはミニリュウを大急ぎで陳列棚に戻して、ワゴンケースに並べられたぬいぐるみ群に向かった。ミニリュウ、ラスイチらしいけどいいのかな?
ちょっと……いや、かなりわたしの中のカンナさん像が音を立てて崩れ始めてる。でもってブルーベリー、きみはそのニヤァ笑いやめなさいってば。誰だって趣味のひとつやふたつあるもんでしょーに。そこをツッコんだら負けだって。
「待って……今日に限ってラインナップが……これは新作のパモット? こっちはアローラのライチュウですって!? クッ……舐められたものね……!」
あー、なんか分かってきた。要はカンナさんってぬいぐるみが大好きで、買い集めたい気持ちはあってもどれにしたらいいかが決められないんだ。
きっと今頃自宅はぬいぐるみで溢れかえってるに違いない。わかるわかる、ポケモンのぬいぐるみって可愛いもんね。
『……!』
「だからそのニヤァはやめんしゃいって。カンナさーん? 予算は気にしなくていいんすかー?」
「やっ、ヤヨイさん……わたし……わたしは……ッ!!」
カンナさんの両腕にはすでにアローラライチュウとアローラナッシー、カラナクシ二匹セットが抱えられていた。いやどれもこおりタイプじゃないですやん。
わたしはツッコミたい衝動を堪えながら――恐らくお役目である「予算の提示による制止」を試みるけど、カンナさんの目は虚ろに揺らめいている。
アカン。多分これ聞き入れる流れじゃないっぽい。わたしはいよいよ面白くなってきて、つい悪戯心でさっきの陳列棚に手を伸ばしていた。ミニリュウぬいぐるみをきゅっと抱っこして、それぞれの首をちょこっとだけ摘まむ。そのまま少し前のめり気味に動かして――
「な……! ヤヨイさん、あなたいったい、何を……!?」
――通常個体と色違い個体に「ちゅー」をさせ合った。口のところとほっぺのところ、ダブルパンチね。
その後はミニリュウぬいぐるみに顔を隠して、上目づかいでちらっとカンナさんに畳みかける。そう、まるで『買ってくれないの……?』みたいな感じで。
カンナさんは大きくよろめいた。こうかはばつぐんだ! 抱えていたぬいぐるみ群が一旦手放される。そのまま彼女はスマホを取り出した。
……なんか、どこかに電話かけてる。いいのかこれ? 繋がった先の声が、どこかで聞いたことがある気もするんだけど……。
「――もしもし。わたしよ、今ちょっといいかしら?」
『……どうした? 調査は終わったんだろう』
間違いない。さっきカンナさんが連絡をとってた人だ。ってことは、ポケモンリーグの関係者……もしかして四天王とか、そんな感じなんじゃなかろうか。
ちょっとしたイタズラのつもりだったのに、なんか大事になってきた気がしてわたしは震え上がった。
「『ワタル』。あなた、ミニリュウなら通常カラーと色違い……どっちが好みなのかしら? 今すぐ選んでちょうだい」
『なに? どうしたんだいきなり。ミニリュウか、どちらもおれのカイリューの進化元だからな。どちらかと言われても、ううむ……悩んでしまうな……』
「……使えないわね。いいわ、自分で決めるから」
ブチコッ。
通話が終了した。どーしたんよカンナさん……っていうかよく分かんないけど、ワタルって人もとばっちり加減でカワイソス。
カンナさんはミニリュウぬいぐるみズと、さっき保留にしたはずのぬいぐるみ群もまとめて抱えてレジに向かった。ちょ、ちょっとカンナさん、予算とは?
うろたえるわたしを余所に、カンナさんは店員さんに向かって「いつもの手はずでよろしく」とか言っている。カード支払いー、からのー、自宅へ郵送ー……おとなのおねーさんならではの支払い方法だとは思うけど、わたしが一緒に来た意味とは……。
その頃ブルーベリーは、やっぱり陳列棚の一番上に乗せられたメタモンぬいぐるみを見上げて首を傾げまくっていた。
おーい。誰も止められないんかーいっ!!
「……まさか、このわたしをここまで追い込むとはね。なかなかやるわね、ヤヨイさん」
長いようで短かったバトルを終え、フレンドリィショップの外で潮風に当たりながら。いつの間にか茜色に染まった景色に髪色を溶け込ませながら、カンナさんは眼鏡をカチャッと持ち上げつつしみじみと呟いた。わたしはもう笑うしかない。
ブルーベリーはぬいぐるみ群のついでに買ってもらったサイコソーダを飲んで、ひとりだけニヤニヤしている。
「いや……いいんすけどわたしは別に……カンナさんがよければ……それで……」
「そうね。今回も負けてしまったわ……迷うのがよくないのかしら。それとも前もってリスト化すべき? けど、前に試したけどダメだったのよね……」
うぉーい全然厳選できとらんやんけー。この場にツッコミ不在です、ほんとうにありがとうございました。
「……ヤヨイさん。ポケモンリーグだけじゃなく今や世界中の研究者が地震の解明に乗り出しているわ。大変なこともあるでしょうけど、頑張りましょうね」
わたしははたとカンナさんの顔を見上げた。カンナさんは柔らかく笑っていたけど、目の奥に元気がない。
実をいうと、ショップを出る直前にまた小さな地震があったんだ。南西方面、マサラタウン付近が大きく揺れているのが見えてわたしたちは息を殺した。
落ち込んでいるのは……不安がってるのは、わたしたち子供たちだけじゃないんだ。もちろん、日夜問わずトラブル対応に駆り出される疲労だってあるはず。
でも、カンナさんは余計なことは一切言わない。揺れが収まった頃に「大丈夫?」って手を貸してくれただけで、わたしを注意深く見守ってくれている。そんな彼女を見て、この思い出した頃に不意に発生する地震や津波は簡単には収まらないんじゃないかって……わたしは気づけてしまった。
もしかしたらカンナさんたちはなにかしら情報を持っているのかもしれない。でも、それをここで教えてくれないってことは――
「――大丈夫っすよー。いざとなったら、通帳持って『そらをとぶ』で逃げちゃいますから」
にへっ、と笑ったわたしを見てカンナさんは赤瞳を大きく見開いた。数秒も経たずに、それはいいわね、なんて言って目尻を下げてくれる。
変な間が空く。でも、わたしもカンナさんも、もちろんブルーベリーだって、それを繋ぎとめるような他愛もない話を持ち出さない。
これでいいんだ。わたしとカンナさんはアルバイトを通じて知り合ったけど、なんでも話せるオトモダチってワケじゃない。さっきのワタルっていう人の方が、まだカンナさんの日常に近しい人なんだろうって、そう思う。よくいう「住む世界が違う」ってやつだ。
わたしはブルーベリーの頭を撫でてから立ち上がった。うんと伸びをして、クチバの穏やかな夕日と潮風に目を細める。
「や、地震怖いっすよねー。この際だし学校、休みにならないかなぁ」
「切実な話ね。生き埋めにでもなったら困るでしょうに」
「困るどころの話じゃないですよー。ポケモンリーグからも打診してもらえません? カリキュラムが大事なのも分かるんすけど、命あっての物種ですって」
「そうよね。同僚方にも、相談してみるわ」
夕焼けの中で笑うカンナさんの眼差しが、ちょっぴり眩しい。わたしは「やったぁ」なんて言いながらにへっと笑い返した。
状況が状況だ。本当ならカンナさんみたいな四天王とかそういう人たちは、忙しくても暴動が起きたくらいじゃセキエイ高原から出てこられないハズなんだ。でも今は、わざわざ手持ちのポケモンまで連れ出して全員で事態の収拾に努めてる。わたしにだってこれが異常事態だってことくらい分かるんだから。
本音を言えば、分かってたまるか、って感じだけど。
「ヤヨイさん。改めて、つきあってくれてありがとう。またお茶しましょう。今度はゆっくり、落ち着いてね」
カンナさんはそう言って手を差し出してくれたけど、わたしは「うん」とは言えなかった。ただ無言で手を握り返して、頷くことくらいしかできなかった。
ブルーベリーは、なにか勘づいているのか……わたしの顔を見上げて小さく首を傾げていた。
なんかメタモン特有の間抜け顔が癪だったから、カンナさんが止めようとするまでの間、ブルベカラーの頭をぽむぽむ連打しておく。
「気が済んだかしら、ヤヨイさん。悪いわね、家まで送ってあげられなくて」
「いえいえ、じゅーぶんですって。なんなら、ブルーベリーに任せて『そらをとぶ』するのも楽しいですし」
「そう……では、気をつけてね。アルバイトもいいけど、無理はしないこと。いいわね?」
どっちかっていうとカンナさんの買い物の仕方の方が危ないと思いますよー……そんな軽口、とても言えない。
ブルーベリーに掴まりながら手を振ったわたしに、カンナさんは気楽な感じで手を振り返してくれる。もう一度根気よく振り返して、わたしは空に浮上した。
……結局、この後わたしたちが「このクチバシティ」に立ち寄ることは、二度となかった。
寄ろうと思えば寄れたのかもしれないけど、それどころじゃなかったんだ。わたしの家があるヤマブキシティにも……異変の影が、迫りつつあったから。
サイト掲載日:2026/09/17