エリア99+1 〜最凶メタモンと最弱メタモン〜 作:77493
ソフトクリームもしろくまも美味しいですよね。私はスキです(なんの話)
ハナダシティ。カントー地方の北東に位置する、青や水色で彩られた屋根やタイルが神秘的な印象の、高台に位置する街だ。わたしはブルーバッジを手に入れた後はあまり来なかったけど、ヨッちゃんは時計台や花壇の花が素敵だからって理由で手持ちと寄ることが多かったみたい。
実際に、夕暮れ時に見下ろしたハナダシティは凄く綺麗なところだった。
でも、ヤマブキシティほどじゃないけど避難し始めている人もいてちょっと雰囲気は物々しい。急に現実味が押し寄せてきて、わたしはきゅっと目を閉じる。
ぱっと見、地震の影響はなさそうだけど……ブルーベリーに降ろしてもらったとき、足元のタイルが一部ひび割れているのに気がついた。爪先で小突いてみるけど、剥がれたりはしてこない。なんとなくほっとした瞬間、視線を感じた。見上げた高台の先で美人なおねーさんが手を振っている。
「ねえ、もしかしてバイトの子ってあんたなの? 久しぶりじゃない! その子、前にわたしと対戦したときにはいなかったわよね?」
茶色の髪は下ろされていて、前より背だって伸びた人。羽織ったパーカーを揺らしながら降りてきたのは、ハナダシティのジムリーダーだった。
素直に伸ばされた手を握り返す。「おてんば人魚」の通り名をもつ彼女は、変わらない人懐っこい笑みを浮かべてみせた。
「ドウモです、カスミさん。お元気そうっすね! なんか、ますます美人になっちゃって!」
「まあねー。ハナダジムのおてんば人魚とは、あたしのことよ! ……こういうときこそ明るくしていかないとね。あんたこそ、元気そうでよかったわ」
ジムリーダーのカスミさん。セオリー通りにいけば二枚目のバッジ、ブルーバッジを預かっているみずポケモンのエキスパートだ。
いうて挑戦者とポケモンリーグとの折り合いから、実際にわたしが彼女とやり合ったとき、彼女の手持ちのポケモンたちはそれなりのレベルでしかなかった。ガチの手持ちだとどれくらい強いんだろ? 見下ろした先で、わざわざ屈んだ彼女がブルーベリーの頭を撫でている。
「わたし、みずポケモンに目がないからメタモンは手持ちにいないのよねー。カワイイのは分かるんだけど。それにしてもこの手触り! おもしろーい」
「うわぁ……ブルーベリー。きみ、その『そうだろそうだろもっと愛でていいんだぜ!』顔はどーかと思うよー」
「ふーん、満更じゃない感じ? まっ、きみがどんなに可愛くっても、わたしのスターミーの可愛さには敵わないけどねっ!」
ほっぺムニムニされてるけどブルーベリーは満更でもなさそう。ニヤァ笑いが隠せてない。ジムリーダーにも上から目線で、ほんと我が道しか行かないなぁ。
そういえばカスミさんはカスミさんで「今すぐ泳げます」スタイルだけど、ジムテストでもあるのかな? 首を傾げたタイミングで、
「――カスミ。そのメタモンが例のメタモン、ブルーベリーよ。戯れているところ悪いけど、そろそろ仕事の話を始めましょう」
聞き慣れた声にぱっと顔を上げると、いつの間にか見知った美人さんパートツーが近くまで来ていた。いつもの黒のカラーシャツにタイトスカート、赤い髪の一本結び。でも、今日はこの前と違ってウエストポーチを着けている。
カンナさんはわたしたちを見下ろして、一瞬、ほんのちょっとだけ口角を綻ばせた。
「カンナさん! えっとー……」
「また会えたわね、ヤヨイさん。急な呼び出しで悪かったわ。……あなたを呼び出したのは、わたしの仕事仲間のキクコさん。ゴーストタイプの専門家よ」
わたしとカスミさんは立ち上がった。ブルーベリーはちゃっかりカンナさんに撫でられに行っている。やっぱりニヤァ笑いが隠れてない。
「ゴーストタイプ? えっとー……んぐぐ、聞いたことあるよーなないよーな」
「ちょっと! あんたね、キクコさんっていったらカントーリーグの四天王の一柱じゃない! 逆になんで知らないのよ」
「そう言わないで、カスミ。ヤヨイさんはポケモンリーグに関心がないのよ。このへんは人それぞれだからね……それで二人とも、今日の仕事のことだけど」
カスミさんは悶絶していた。リーグに関心ないのにあんだけ強いのおかしいでしょ、とか言われたけどないものはないんだからシカタナイネ。
カンナさんはカスミさんの反応に小さく笑ってから、ポーチから折り畳まれた書類を取り出した。受け取って覗き込む。さっきのおばあちゃん、キクコさんから送信されたものと同じスケッチだった。ただ今回は、海エリアそのものが大きな丸印で囲まれている。
「カスミには事前に話してあるわね。ついてこられているかしら」
「もちろん、大丈夫です。わたしなら、このへんの海に生息してるポケモンのすみかのことならだいたい把握してますから」
「すみか? カンナさん、これ、海で何かするってことっすか」
「ヤヨイさん、驚かないで聞いてほしいの。異例の話になるけれど、今日あなたたちに頼みたいのは水棲ポケモンの乱獲なのよ」
乱獲。……いま、乱獲って言った? ポケモンリーグの四天王とリーグ公認のジムリーダーが?
聞き間違いかと思って顔を上げたけど、カンナさんもカスミさんも真剣な表情を崩してなかった。本気で言ってるんだ、わたしは恒例のうへぁ顔を隠さない。
「事情があるのよ。どうしても急ぎで野生のポケモンたちを捕獲しなければならないの。今回は水棲ポケモンだけど、他も同様にね」
「なんで……リーグから配信するポケモンの手配とか、そんなんっすか? でも、いつもだったらそんな……」
「ねえ。もしかしてわざと言ってる? 最近の災害の影響に決まってるでしょ。わたしだって、自然の中で暮らしてる子たちにこんなことしたくないわよ!」
カスミさんが声を荒げて、わたしは一瞬胸のあたりがざわついた。これは驚いたのと、あと、ちょっと反射的にイラッとしたからだ。そんな八つ当たりみたいなこと言われても、困る。混乱してるのはわたしだって一緒なんだし……。
言ってから我に返ったのか、カスミさんははっとして「ごめん、言い過ぎたわ」って謝ってくれた。わたしもつられるようにして、三回くらい首を縦に振る。
その間、ブルーベリーはわたしたちの顔を交互に見上げていた。さすがにニヤァ笑いはしてないけど、たぶん話の中身が分かってない顔をしてる。
「あなたたちが困惑するのも無理ないわ。今回の依頼はポケモンリーグとポケモンセンターからの正式依頼なの、非公開だけどね」
「カンナさん……なんでそんな話になってんすか? わたしたちが避難どうこうって話なら聞いてますけど」
「それと同じよ、ヤヨイさん。わたしたち人間は逃げる場所を選べるけど、ポケモンたちはどうかしら? リーグとしては看過するわけにいかないの」
いやな予感がして、顔が引きつる。カンナさんは肯定するように小さく頷き返した。
「災害は地震に留まらないの。遠方では熱風や巨大台風、津波も観測された。じき、カントー地方も同じような状況に陥ると予想されている」
「でもカンナさんっ、あくまで予想じゃないですか。まだそうなるって決まったわけじゃないんでしょ?」
「言いたくなるのも分かるわ、カスミ。けど、同じように構えていた地方があっという間に酷い干ばつに見舞われたの。多くのポケモンが犠牲になったのよ」
「……、……マジっすか。それ、ほんとならわたしが聞いていい話じゃないっすよね? カンナさん」
わたしは、自分でも自分の声が震えているのを自覚する。カンナさんはいつものように笑い返してさえくれない。
眼鏡の奥で、あの日クチバシティで見た夕焼けと同じ色の目が微かに潤んでいた。
「リーグとセンター、他にも特別なプログラムを考案した人物と研究チームが協定を結んだの。乱獲と話したけどあくまで『保護活動』の一環なのよ」
「保護活動? わたしたち人間と一緒に逃げる、っていうわけにはいかないんですか?」
「残念ながら、最悪の事態も想定しなければならないわ。野生ポケモンも含めてできる限りのポケモンを捕獲し、一括で同一箇所で保護しようという試みね」
言われて、折り重なっていた二枚目の資料に目を落とす。雑誌のスクラップをまとめたものだった。
環境保護プロジェクト「ポケライフ」に、ポケモンセンター発行の「ポケモン保護プロジェクト」、他にも「宇宙移住計画」なる紙面がつぎはぎされている。色々ツッコミたいことはあるけど……特に最後のやつ、何? 宇宙移住って……やっすいSFモノじゃあるまいし。
ちらと見上げた先で、カンナさんは至極真面目な顔をしていた――ウソでしょ。今の話もこの記事も、全部「マジ」ってこと?
「……言いたいことは分かるけど、凄い顔をしているわよ。ヤヨイさん」
「ウッ。す、すんません。つい」
「カンナさん、この、ポケライフってなんなんですか? 今回の災害となんの関係が……」
「そうね。きちんと説明したいところだけど、時間もないわ。追って話をするから、今は乱獲の方を進めましょう」
案内されるまま、海岸線に向かった。浜に着くと同時、カンナさんはいつものラプラスを呼び出して背中に乗る。
カスミさんは手持ちのスターミーだ。っていうか、わたし実はジムテストくらいでしかスターミー見たことないんだよね。分類は「なぞのポケモン」だしさ。
とりあえず、わたしもスズランの背中に乗せてもらう。カンナさんは沿岸に乗り出して、例のマップ片手に指先で目的地点を指し示した。
「手はず通りにいくわよ。カスミとわたしであぶり出すから、ヤヨイさんはこれを」
放られたショルダーバッグには、山盛りのモンスターボールやスーパーボールが詰められていた。捕獲に使えってことかな?
カンナさんたちは「なみのり」を駆使して海上を一気に進む。わたしは先に行きすぎないように、ノロノロと後ろから着いていった。
「いくわよ、マーイステディ! 『うずしお』!!」
現役四天王とジムリーダー。二人をかけ合わせたらどんな感じになるんだろ、なんて思ってたけど、実力は確かみたい。
スターミーの宝石が光った瞬間、海が逆巻いた。彼……いや彼女かな、分かんないけど、腕っぽい部分が振られて、つられるように海流がうねりを上げる。地上だったら地盤の形が変わってるくらいの力の流れだ。面白いくらいに海水が束になってまとめられて、一息にとぐろを巻く。
信じられない話だけど、目の前の海水が全部「うずしお」に持っていかれた。海底の砂地が見えるくらいで、スターミーの底力……超能力っぷりを感じる。
「ちょ、うぉおおお……! すごっ、凄すぎッ、か、カンナさん!」
「驚くのは早いわよ、ヤヨイさん! ラプラス、スターミーに合わせてちょうだい。『れいとうビーム』、そのまま『ぜったいれいど』!」
今度はカンナさんの番だ。海水が元の形に――海そのものに戻るより先に、カンナさんのラプラスの氷結の放射が始まった。
ビキビキと水が軋む音がして、一気に表面から凍らされていく。外側から冷え固まって、立て続けに放たれた超低温が内側まで完璧に凍結していった。
「あっ、みずポケモンたちが出てきたわ! チャンスよ、ヤヨイ!」
「ヤヨイさん、好機よ。捕獲作戦を開始して!」
「……えぇー……あぁ、はい……」
何コレ? ナニコレ珍百景? チームびっくり人間かなにか?
ポケモンのわざを使って自然の形まで変えちゃうって、それってどうなの? わたし、いま何に付き合わされてんの? うへぁ顔が隠せない。っていうか、ここまできたら隠せなくても無罪放免だと思う。ブルーベリーはブルーベリーでワクテカ顔でスズランに同乗してるし。
そりゃ確かに、二人とその手持ちのおかげで野生のポケモンも出てきちゃってるけどさぁ。あれってぶっちゃけ、逃げ惑ってるってことなんじゃないの?
……とはいえ、仕事は仕事だ。わたしはモンスターボールとスーパーボール、ハイパーボール各種をまとめて指同士の間に挟んで身構えた。
「えーい、もぉー! ヤケだよヤケ、ヤケっぱちー!! なんとかなれーッ!!」
とりあえず片っ端から捕獲開始! コイキング、シェルダー、ニョロモにコダック、タッツー、メノクラゲ。トサキントにアズマオウ、たまにヤドラン。
イーッって言いながら捕獲しまくってたらボールが少なくなってきた。顔を上げると、今度はカスミさんからバッグが投げて寄越される。……つまり途中棄権はダメってことっすか。そーっすか。ソーナンスぅ……。
「いい調子じゃない、ヤヨイ! ボールが足りなくなったらまだあるから、遠慮しないで言いなさいよねっ!」
「カスミ、第二フェーズに入るわよ。今度は沖合いまで距離を伸ばすわ」
「了解です、カンナさん! ほらほら、もたもたしてたら置いてくわよ! スターミー、追加の『なみのり』、よろしくねっ!」
「わたしたちも続くわよ、ヤヨイさん。こんな機会、普通なら絶対にないからね!」
こ、こいつら……楽しんでやがるぅーッ!!
ヨッちゃんとお昼食べたり、学校帰りに買い物したり、花冠作ってキャッキャしてた平和な頃が懐かしい……最後のは現実逃避がてら捏造した記憶だけども。
わたしはふうっと意識を遠のかせかけながら、それでもスズランの呼びかけに応える感じで持ち直した。
ちらっと見た先で、カスミさんのスターミーがキラッと宝石とツヤツヤボディを煌めかせたのが見える。エスパータイプってみんなあんなんじゃないよね?
……わたし、これ以上手持ち増やさないようにしよ。個性豊か(?)なポケモンはブルーベリーだけで十分だし……。
「逃がさないわよーっ、ゴー! マイステディ!! 『うずしお』!」
「ヤヨイさん、今度は東の沖合いに出るわ。捕獲、無理しない程度に! ……ラプラス、『れいとうビーム』!」
海水と水飛沫と冷気と六花がジャンジャンバリバリ舞いまくる。さっきのしんみりした感じは一体なんだったワケ?
わたしは繰り広げられるエンターテイメント捕獲劇をスルーできない。何故なら仕事だから。繰り返すけど、仕事は仕事だ。うまく逃げきれないときもある。
でも、これで稼いだお金はきっとわたしを裏切らない。詳しくは聞かされてないけど、捕獲すれば捕獲したぶん報酬は上乗せになるハズ。
「なんか……なんかもう……なんかもうっ、ごめんねーっ!! はい捕獲、捕獲ゥーッ!!」
ビックリした野生ポケモンのうち何匹かが襲ってくるけど、スズランのすがたにへんしんしたブルーベリーが「のしかかり」で軽くいなしてくれる。待って待って、頼むから手加減してクレメンス。その隙に、わたしはワーキャー逃げ惑う彼らをボールに回収していった。
時間はあっという間に流れてく。気がついた――ハッと我に返った頃には、東の空に朝日が煌めきだしていた。
スターミーの宝石が煌めいて、わたしはイラッとしながらカンナさんたちの誘導に従う。災害予想なんて嘘みたいに、よく晴れた朝だった。
サイト掲載日:2026/09/24