エリア99+1 〜最凶メタモンと最弱メタモン〜 作:77493
六花が舞う。寒い、なんかもう、すっごい寒い。歯なんか噛み合わなくなってきた。
バトルフィールドを囲むブロック塀に掴まりながら、わたしは相手のラプラスとの間合いを詰めいくブルーベリーの背を見送った。変身元に劣らない、優雅かつ力強い泳ぎ。いつの間にこんな技を身につけたんだろう? まるでボールの中から今までのバトル全てを観察していたみたいだ。
はっとしてポケモン図鑑を開く。予想通り……ブルーベリーのレベルはとんでもない数字を示してた。顔を上げて、悠然と進む姿を目に焼きつける。
「ちょっと……ブルーベリー。きみ、ナニモノなの?」
「どうしたの、ヤヨイさん! そのメタモンとは、まだ上手く連携がとれていないのかしら!?」
「おねっ……カンナさん」
「来ないならこちらからいくわよ。覚悟はいいかしら? ラプラス、『あやしいひかり』!」
空間が歪んだ、ように見えた。ラプラスの目が一瞬暗く光って、煙……モヤみたいな、文字通りのあやしい光が宙に溶ける。
ゴーストタイプの変化わざだ! あれを浴びると、精神だか平衡感覚だかがおかしくなって「こんらん状態」になっちゃう。それくらいはわたしも知ってる。
避けて、なんて言えなかった。わたし、動揺してるんだ……ぎゅっとラプラス入りのボールを握り込んだとき、ブルーベリーは猛然と身を翻した。
「!? なっ、どこに!」
「ちょっ、うわっ、水飛沫がぁ……!!」
バトルフィールドは、いまは海水を満たすために入場したときより高低差が深くなっている。つまり、ポケモンたちがいる場は擬似的に海を再現してるんだ。
ブルーベリーは、わたしが指示を出すのも待たずに波に紛れて「潜行」した。確かに、ラプラスのすがたならそれも可能なんだろうけど……。
当然「あやしいひかり」はブルーベリーに当たらない。回避に成功したことに、わたしは無意識にホッと息を吐く。でも、そのまま五秒、十秒、三十秒……ブルーベリーは一分経っても浮上しない。まさか飽きたんじゃ、わたしだけじゃなくカンナさんも身を乗り出した。
「ブルーベリー!? ねえ、どうし……」
声を張り上げた瞬間。カンナさんのラプラスの目と鼻の先で海面が盛り上がった。そこ、カンナさんの一声が響き渡る。
「来たわね、間合いよ! ラプラス、『のしかかり』!!」
「ブルーベリー!! うっ……!?」
派手に水飛沫が舞う。また、目の前を雪の結晶が過っていった。
わたしが目を見開いた先。カンナさんのラプラスが半身を持ち上げた瞬間、海上に現れたのはブルーベリーじゃなかった。青白い稲光を纏った、真っ白な凍てつく冷気の光線――「れいとうビーム」だ。「のしかかり」の体勢に入っていたラプラスが、目を見開いたのが見える。
「ブルーベリー……じゃ、ない!? 海中からわざを撃ったの!?」
波はまだ荒れている。カンナさんのラプラスのわざで、空気は極限に冷やされて視界も煙っている。なのに、ブルーベリーの「れいとうビーム」は全然威力と狙いを失わないままラプラスを「獲り」に行った。
でも、流石はカンナさんのラプラスだ。「のしかかり」の発動直前、強引に身を捻って直撃を避けている。ごく僅かに体表をビームに削られて、即後退した。
また間合いが開いた。ブルーベリーの姿は、まだ見えない。
「ふふふ……そら恐ろしいわね。まさか、わたしのラプラスと水上戦をしようだなんて」
「そっ、そんな、そんな大層な狙いとかないと思いますけどぉ……っ!?」
「どうかしらね。評価は正しくなされるべきよ、ヤヨイさん」
カンナさんの腕が前に振られる。ラプラスは怯まずに直進して、フィールドの中央を陣取った。
「ラプラス、『れいとうビーム』! あぶり出して!」
「ちょっ、ますます寒いぃ……もうっ、ブルーベリー!! どこ行っちゃったのー!?」
ラプラスは躊躇なく、海面に「れいとうビーム」を放出した。バキバキと音を立てながら、水面が、波が、勢いよく凍りついていく。
あれじゃ、カンナさんのラプラスも身動きが出来なくなるんじゃ……わたしはボールを握ったまま目を懲らした。無意識に一歩だけ、前に進んだ瞬間――
『――クォオオオオウン!!』
海中から、恐ろしい声量が迸る。わたし側の海面が盛り上がり、ようやくブルーベリーが浮上した。同時にあの子も負けじと「れいとうビーム」を解放する。暴風がすごすぎてわたしは目を開けていられない。カンナさんも顔面を片腕で防御したほどだった。
バトルフィールドが、トキワジムが悲鳴を上げている。縦横無尽に走るブルーベリーの「れいとうビーム」は、波も水飛沫も、空気さえ凍らせていった。
相手のラプラスが顔を歪めたのが見えた。互いに出力を抑えることもなく、青白い光線だけが場を塗り尽くしていく。
「うっ、く……こ、ここまでとは……!!」
「ちょ、さむ、寒い……ッ!」
なんでだろう……どうしてか、このときわたしはブルーベリーの肉声を間近で聞いたような気がした。
『凍らせて身動き出来なくするなんてふざけたことを言うのなら、もっと高威力の氷結で元凶を塗り固めてしまえばいい』。わたしは、はっとして顔を上げ直した。
「ブルーベリー! ……『のしかかり』!!」
『クォオオオン!!』
いつの間にか。気がつけば、カンナさんのラプラスとブルーベリーの距離がものすごく近くなってる。間合いだ――あの子は丸ごとフィールドを凍らせる「ついでに」、相手に必殺の一撃を当てに行こうとしていたんだ。
わたしは腕を伸ばした。暴風雪に掻き消されてロクに聞こえなかっただろうに、ブルーベリーは応じるように大きく吠え返す。そのまま半身が持ち上がった。
「……!!」
回避に転じようとしたカンナさんのラプラス。その水色の体が、急に動かなくなった。見れば、彼女の胴体から下の海面がすっかり凍りきっている。逃れようにも、周りを氷で固められていて身動きが出来なくなっているんだ。
ブルーベリーの狙いは、コレだったんだ……わたしは震え上がった。それと同時に、気づいた頃にはブルーベリーの体が相手のラプラスに覆い被さっていた。氷がひしゃげ、砕かれる音が鳴り響く。当てる直前、助走までつけて渾身の力を乗せに乗せた、ブルーベリーの「のしかかり」。
カンナさんのラプラスはそのままブルーベリーもろとも海中に沈んでいった。激しい海面の揺らぎが、二匹が水中でなお揉み合っている様子を語っている。
「どっ……」
「どうなったの……ラプラス!!」
わたしたちは固唾を呑んで見守るしかなかった。やがて細かく割れた氷片が波にさらわれて、ようやく海中の様子が少しだけ見えるようになる。
先に浮上してきたのはブルーベリーだった。大きく首を巡らせて、バトルフィールドに轟かせるような大音量で咆哮する。三秒経って、カンナさんのラプラスも海上に戻ってきた。ダメージが深いのか、呼吸は絶え絶えで、目も虚ろに俯き加減になっている。
二匹は、また間合いを開けて向かい合った。睨み合いの姿勢は続いていたけど、モニターに表示されている体力はカンナさん側の方が大きく削られている。むしろもう一、二ポイントくらいしか残ってない。この場に留まっていられるのは彼女なりの意地なんだ、わたしは遅れてそう気がついた。
「凄まじいわね……とくこう、すばやさだけじゃなく判断力や応用力にも富んでいる。これほどの力、あのあたりのメタモンを統率することも容易なわけね」
「えっ? カンナさん、今なんて……」
「なんでもないのよ。さて、ヤヨイさん。わたしのラプラスは見ての通りだけど、まだやれるわ。次で決めましょう」
まだやるんですか、わたしはその一言を皆まで吐けない。カンナさんは容赦なく片腕を伸ばして、彼女のラプラスもその指示に当然のように付き従う。わたしは彼女たちに合わせるしかない。
どこか肩の力を抜いたようにゆるっとした空気を滲ませていたブルーベリーは、突進してくるラプラスを見て首を傾げた。
あの子やる気あるのかな――思わず眉間にぎゅっと力を込めたわたしだったけど、次の瞬間、二匹のラプラスは「なみのり」を駆使して間合いを計りだした。
「う、これっ、もしかしてまた……!?」
水飛沫が視界を悪くする。予想していた通り、二匹は真っ正面から対峙した瞬間大きく口を開きあった。何度目かの「れいとうビーム」。二匹とも今度は空気や海面なんてまだるっこしいものを狙わずに、互いの体そのものを獲りに行く。
ものすごい速さと威力だ、あたりが一気に冷やされて息苦しくなる。これじゃ、まるで「ふぶき」だよ……わたしは、文句が出そうになるのを懸命に堪えた。
『……!!』
海面までもが凍てつき始めた刹那。ブルーベリーはいきなり半身を反転させて、ラプラス相手に背を向けた。
わたしもカンナさんもぎょっとして目を剥いたけど、ブルーベリーはまた海中に潜り込む。続けて、ならうようにカンナさんのラプラスも潜行し始めた。
どうするつもりなんだろう、海中を凝視すると水中でビームを撃ち合っているのが分かった。紺碧に青白い光が明滅して……正直、綺麗すぎた。
「ラプラス……!」
「ブルーベリー!」
二匹は浮上。間合いなんて煩わしい、そう言わんばかりに二匹は超至近距離で対峙する。
どちらが先に言いだしたか分からないけど、わたしたちはほとんど同時に「のしかかり」を指示していた。それぞれの青色が起き上がり、互いに影を落とす。
轟音、震動。激しく海面が波打って、わたしはまともに目を開けていられない。やがてなにかの音を耳が拾って、やっと目を開いたときには――カンナさん側のラプラスが、海上に崩れ落ちる姿が見えた。
「……まさか、逃げ場を奪った上で『のしかかり』をしてくるとはね。ラプラスのカタキを討ちたかったのかしら?」
先鋒が戻されていく。カンナさんのラプラスが姿を消したと同時、わたしはブルーベリーがくるっと身を翻したのを見て固まった。
いやでも自分の眉間に皺が寄っていっているのが分かる。……あの子、なんでコッチに戻ってきてるんだろ? わたし、呼び戻した覚えはないんだけど……。
「なに? どしたの、ブルーベリー」
『……!』
目の前まで来られて、フンッ、ともう一度鼻を鳴らされた。いや分からん。何が言いたいの?
眉間に皺だらけキャンペーンを始めたわたしの前で、ブルーベリーはバトルフィールドから『ヨッコラショ』って感じで這い上がった。ブロック塀の内側に来て元のメタモン姿に戻ると――今度はくるっと宙で一回転して、別のナニカに「へんしん」する。
「ふぁ!? なっ、何それ! どこで覚えたの!?」
「あらあら……可愛いわね」
カンナさんののーんびりした声が聞こえた。わたしはそれに「ハイそうですね」なんて応える余裕もない。
ブルーベリーがへんしんしたのは、青紫のゆるふわなツインテールがキマってる、一人のおんなのこのすがただった。
着ている夏仕様のコーデといい、どこかで見た覚えしかない。……というか、ぶっちゃけ、はっきりキッパリ言ってしまえば、それは「わたし」の姿だった。背丈はかなり低め、肌色はわたしと同じ、服装髪型瓜二つ。なお顔面はニッコニコのメタモンフェイスの模様――って、なんじゃそりゃ!?
『……!』
「へぇ、凄いね、上手いね瓜二つだよ! って、違う違う! そうじゃない……!!」
『……!!』
思わず流されかけた(?)けど、今はまだポケモンバトルの真っ只中だ。なんでフィールドから戻ってきやがりなさったのか、なんで今このすがたに変身しなくちゃいけなかったのか……意味が分からない。
ブルーベリーは、『いやなんで分かんないかな?』と言うように鼻を鳴らして背伸びした。腰に右手左手を添えて、いかにもフンッ、とばかりに胸を張る。
……もしかして、これ『褒めろ』って言われてんのかな? マジで? バトルの真っ最中なのに?
「……」
わたしは困惑と呆れをない交ぜにしながら、そっと青紫色に手を乗せた。そのまま撫で撫でしていると、ブルーベリーはより顔をニコニコさせる。
あ、これ撫でるで正解なんだ……なんか、ちゃんと喜んでるっぽい。まあ、バトル頑張ってくれたしそこは有難いんだけど。有難い……んだけど。まだバイト終わってないし、なんならわたしと似すぎてて自分で自分を撫でてるみたいですごい嫌。
よく分かんないけど、恥ずかしい。
『……!! ……』
ブルーベリーは、一通り撫でられて満足したみたいだった。
トコトコと可愛らしい歩き方でわたしの隣に寄ってくると、次の瞬間――ヤツは、またゴージャスボールの中に戻っていった。
「え? ……は? はぁああああっ!?」
「ふ……ふふふ、あははっ!! いやだ、戦闘放棄しているじゃない! 自由なのね、そのメタモン」
いや自由とかそういう問題じゃぁなくない!? と、わたしはカンナさんに反論できない。
ブルーベリーの身勝手さの方が強すぎて、ツッコミが間に合わないんだ。オロオロとその場でうろたえてると、またカンナさんの笑い声が聞こえた。
「ヤヨイさん。これ一応ポケモンバトルだから、途中棄権は敗北扱いになるのよ。バイト代に響くと思うけど、どうかしら。ここでやめておく?」
「ちょ、ちょっと、そんなっ……そんなのイヤです! まっ、まだ控えのポケモンいますんで!!」
わたしはつい反射で言い返してしまっていた。またカンナさんは笑い出して、なんかもう、すっごく居たたまれなくなる。
指先を動かして、手にしたままだったラプラスのボールを一旦腰に戻した。次に出す手持ちを選ぼうとして、ふとゴージャスボールの表面に手が触れる。
「……はぁ、そっすか」
ボールの中で、ブルーベリーは『はあーひと仕事終わりましたぁー』みたいな感じでだらだらといつも通りくつろぎ始めていた。カチンときたわたしは光の速さでゴージャスボールをスルーして、次に控えているブースターに手を伸ばす。
「もー! 行っちゃってっ、ホオズキ!!」
「なるほど、ほのおタイプね。わたしたちにとっては致命的かしら? 頼んだわよ、ジュゴン!」
わたしたちは、次鋒のポケモンを呼び出してまた向かい合った。
その一方で、ブルーベリーはくつろぎの片手間ながら、外の世界をボールの中からジッと観察し続けている。
サイト掲載日:2026/09/02