エリア99+1 〜最凶メタモンと最弱メタモン〜 作:77493
カンナさん戦のその後、トキワシティにて。
前半後半、どちらも視点が変わります。前半はカンナさん、後半は不在→帰ってきたジムリーダー視点。
「……排水バルブ異常なし、逆流なし、塩害なし。ったく、コーティングしておいてよかったぜ! でなけりゃ今頃サビだらけになってたからな」
「あら、手厳しいわね。天下のトキワジムよ? 雑な管理は出来ないでしょう」
ヤヨイさんと勝負をしたその日、出向任期を終えたジムリーダーが帰ってきた。まさか仕事終わりに、ピジョットに乗って飛んでくるとは思わなかったけど。
真面目なのね、素直に感心してそう言えば、そりゃ仕事だからな、なんてひねくれた声がこぼされた。
いつも以上に彼は淡々としている。わたしがジムを貸し切って勝負をすることになっていたから「レッド」と共に帰ることを断念してふて腐れた、とか……。うーん、と思考を唸り声に乗せたところで、確認したいことがあったんだよ、と「邪推するな」と言いたげに返された。
「ログを見させてもらったぜ。あのメタモン、普通じゃねえな」
振り向いた青年の顔は、ジムリーダーのものではなかった。強者を求めてやまないトレーナーの顔だ。ぞくりと背筋が冷えて、わたしは失笑する。
「そうね。わたしも名乗っていなかったからほとんど抜き打ちになったけど……ラプラスにラプラスをぶつけるだなんて、面白いわ」
「『こおり使い』と『最強のメタモン』ねえ……レッドだったらどうしただろうな。あいつなら『考えただけでワクワクする』とか言うんだろうが」
同じ顔をしているわよ、とわたしは言わない。それは彼らにとって野暮なことでしかないだろうから。
わたしに背を向けたジムリーダーは、ジムの管理システムから件の一戦の映像をモニターに呼び出した。見返すほど、あのメタモンの異常性がよく分かる。液晶の中で、仲間のすがたにへんしんしたメタモンが四方八方に「れいとうビーム」を乱射していた。
わざの使用回数を気にも留めない立ち回り。地形を逆手に、こちらの戦術を即模範する応用力。へんしんと同時に変身対象を完全にコピーしきった挙動……。
「トレーナーに飼われている」状態でこれなら、あれが野生のままであればどんな顛末に至っていたか。セキチクシティの外周をメタモンの軍勢に包囲された光景を想像して、わたしは肘に添えた手のひらに力を込めた。
「何も変わりはしないわ、これまで通り挑まれたなら応じるだけよ。どのみちあの力量なら並のトレーナーでは相手が勤まらないでしょう」
「違うな。オレが言ってるのは、能力値の高さのことだけじゃない。仲間がやられたことをより強い火力でやり返す……その執念がおかしいんだって話だよ」
「……グリーン?」
「このトレーナーだってそうだぜ、他とは違うってことには気づいていたハズだ。だがこいつはここに『連れてこない』選択をしなかった」
モニターを見上げる貌が凶悪に歪んでいく。目の奥に狂気じみた喜びが垣間見えて、わたしは口を閉ざしていた。
「面白い話だよなあ? それでいてバッジは七枚しか持ってない、ポケモンリーグにも興味がないときた。ふざけたことを言ってくれるぜ」
「……、グリーン。ポケモントレーナーがどんな道を目指すか、ポケモンとどう歩むか……その選択は個々自由であるべきよ」
「ハッ、詭弁だな。メタモンのレベルは見たのかよ? そんな悠長なことを言ってる場合じゃねーと思うけどな」
表示されているレベルは八十九。本来であれば、クリムゾンバッジはおろかゴールドバッジによるポケモンとの制約の範囲を軽く越えている。
言われてみれば、あのメタモン「ブルーベリー」を恐れもしないヤヨイさんもどこかおかしいのかもしれない。そうでもなければ、あんな傍若無人なポケモンと一緒にいられるはずがないのだし。でも……。
「彼女はごく普通のトレーナーよ。話してみれば分かるわ、面白い子だってことが」
わたしは声に出してから、自分が無意識に言い放った反論に驚いていた。こちらを見返すグリーンも目を剥いている。
「……擁護するわけじゃないけどね。あのポケモンを従わせる、コツでもあるのかもしれないわ」
「へえ、コツってか。で? それは一体、どういう代物なんだ」
「意地が悪いわね、一度戦ったくらいで分かるはずないでしょう。あなたもバカンス帰りの頭で考えてみたらいいんじゃないかしら?」
見透かされた、とばかりに相手は口籠もった。だからわたしは彼に対する「まだ子供っぽいところがある」といった評価を変えられないのだ。「グリーン」はばつの悪い顔を浮かべると、悪かったよ、と聞き取りにくい声で呟いた。……わたしは大人だから、そう、とだけ返して謝罪を受け入れる。
とはいえ、ブルーベリーが危険なポケモンであることはわたしも承知しているつもりだ。「グリーン」が危惧する理由も分かる。
彼は、トキワジムというカントーの公式ジムのジムリーダーだ。最後のバッジを守る番人であり、勤勉であることやポケモンへの愛情深さでも知られている。
ブルーベリーを危険視することはヤヨイさんを守ることにも繋がっている。もっとも、彼女らが何を思って行動を共にしているかまでは分からないけど。
「そうね……今日は土曜日だったでしょう。彼女、もしかしたらまだトキワシティにいるかもしれないわ」
「おっと、そういや学生だったんだったな。なんだよ、ジムテストに備えた武者修行か?」
「どうかしら? そこまで深く考えていないと思うわ。学業とバイト代稼ぎで忙しいんですって、各地に赴くのも勉学の気分転換を兼ねてるそうよ」
「なんだそりゃ? バイトって……居住地区でやればいいだろ、そういうのは」
「そうもいかないらしいのよ。リーグから捕獲依頼や調査を頼んでいる関係もあるし、それに彼女のメインの稼ぎ口は『野良トレーナー狩り』だそうだから」
「グリーン」の顔が、面白いくらいに渋くなった。ヤヨイさんに見せてあげられないのが残念だわ。
「……分かった、訂正してやる。あのメタモンだけじゃない、そのトレーナーも十分おかしなやつだな」
「そうね。そこはわたしも同意するわ」
「にしても、メタモン……変わり者のメタモンか。『セキチクと二十二番道路もそんなに離れていなかった』よな……なにかあるのか?」
また考えごとが始まった。それでもモニターを見上げることをやめないあたりに、彼のトレーナーとしての才能を感じる。もし、ヤヨイさんが「グリーン」と対峙する日がくるとすれば……間違いなく面白いことになるでしょう。
つられるように口角を上げて、わたしは小さく咳払いした。訝しむように目だけで振り返るジムリーダーに、わたしはひらりと手を振り返す。
「わたしも『レッド』に二十二番道路の再調査を依頼するためにトキワに残っているの。捕まえておけるようなら、あなたに確保しておいてもらいたいわね」
「オレはあいつの保護者か何かか? ……ジム周りの点検と運営の確認が終わってからなら、考えてやってもいいぜ」
「グリーン」は目だけで笑った。やはり、まだ「ブルーベリー」のことで気分が昂ぶっているように見える。
とはいえ、本音を言えばわたしも同じだ。最強のポケモン、それを無自覚に連れ歩くトレーナーに、それでいて長年のつきあいがあるかのような自然な応酬。興味深くもあるし、なにより見ていて面白い。これで彼女らが弱かったなら……また話は違っていたんでしょうけど。
思い出し笑いを堪えるわたしの前で、「グリーン」は別の液晶にタウンマップを数枚表示させた。十二年前……グレン島が噴火する直前のものもある。
検証する眼差しが真剣さを帯びていく。わたしは、彼が知る「特別なメタモン」がブルーベリーとは別の個体であることを、このときまだ知らなかったのだ。
結論から言えば、そのメタモンとの邂逅の機会は早いうちに訪れた。
カンナとの情報交換を終えた翌日、トキワジムの再起動とメンテナンスを出来るところまで済ませた「オレ」は、ジム周りの施設の確認をするため外に出た。
アローラ地方からトキワに戻ってくるのはかれこれ数年ぶりだ。マサラともども、街並みが変わっていないことに安堵する。最初のうちは往復もできていたんだが、「オレ」と「レッド」が揃って同じ場所で挑戦者を待っている、なんて話が広がったらそんな暇もなくなっちまった。
まあ、帰ったら帰ったでジムの運営で忙しくなるってことくらい、端から分かっちゃいたんだが。
「ねーねー、この『抹茶ティラミス』! めっちゃおいしーんだけど!」
……トキワジムは、あのロケット団の隠れ家にされていた過去がある。
同じマサラ出身のトレーナーと共闘して奪還した後、「オレ」が新リーダーとして就任した。かなり前の話になるが、一度ついた印象ってのはなくならない。
ジムの評判はポケモンリーグの参加率にも直結する。悪評を払拭するために「オレ」は各地のジムリーダーの協力を仰ぎながら再建に努めた。
初心者向けの講義や実戦指導の開催、ポケモンの育成はもちろん、スタッフの教育強化や、必要とあれば他の地域に出張講座をしに飛び回ったこともある。他にも手当たり次第に試してみたが、そのうちいくつかは大当たりしてくれた。そのうちの一つがコレだ。
「分かるー!! この『グリーンバッジ』がカワイイよね。これ考えたの、実はトキワジムのグリーンさんなんだって。才能ヤバくない?」
「バトルが強くて、イケメンってだけじゃなくてスイーツも作れちゃうとか!? もー、ファンになっちゃうよー」
「ちょっと、あんた元々レッドさん派だって言ってたじゃん! ミーハーなんだから……」
すれ違いざま、好きに物申してくれるグループの率直な感想に失笑が漏れる。
「疲れてるときは甘いものだよ!!」、なんて豪語する幼馴染みのアドバイスでジムの敷地内に開業させたカフェの、オリジナルメニューに対する高評価だ。
「トキワはみどり、えいえんのいろ」。トキワシティのキャッチコピーに、更にバッジもグリーンだからってことで統一感を持たせることは容易だった。あとは抹茶やらマメやらを使った緑色を多用したスイーツを考案してみたら……これが思いのほかウケた。特にバッジを模したチョコの評判がすこぶるいい。
幼馴染みにも好評で、そこがまた嬉しいような腹が立つような……最終的に「リーフ」は試食担当を自称し始めるし、「レッド」も喜んで食ってるし。特に「レッド」、あいつ店長にタダでお土産までもらったーとか言ってやがったな、あのアホめ……。
さておき、「オレ」がやったことといえばデザインと材料の指示だけで、実際の功績はパティシエ連中にあるんだよな。何回説明しても分かってもらえねー。
「あっ!? ぐ、グリーンさ……!」
「え、ジムリーダー……」
「よお、……」
今日の目的は、あくまで点検。抜き打ちの監査になっちまってる部分もあるが、勘弁してもらうしかなさそうだ。こっちに気づいた店員やスタッフが声をかけてこようとしてくるが、「見回りだ」って口に指を立てて返していたら全員スルーしてくれるようになった。
おかげで視察が捗る。現場の声を聞く機会ってのはなかなかないし、「オレ」の気分転換にもなる。一石二ポッポってワケだな。
「――ん?」
そうして「オレ」は、戻ったジム内に併設されたカフェの近くで足を止めた。
この店舗はイートインも用意してあるから、特に客足が絶えない。宣伝にもなるからってことで、幼馴染みの助言でショーウインドーも大きく展開してある。
そのうちのひとつ……レジ横のガラスケースの真ん前に、どこかで見た覚えのある紫色がべったりと付着していた。
「ちょっ、ちょっとぉ……!? 離れてっ、離してぇえええ! 恥ずかしいってば……!!」
……メタモンだ。半ば液状化しかけたやつが、ショーウインドーに張り付いて周囲の視線を独り占めしている。
そいつのでろでろを掴んでなんとか剥がそうとしているのは、トレーナーらしき人間だった。まだ若い女で、恐らく女子高生か女子中学生くらいの歳だろう。
『……!! ……!』
「だぁあああ! ダメだってば、さっき『抹茶ラテ』買ってあげたでしょー!? わっ、わたしのっ、バイト代がぁー!!」
このへんで、周りからクスクスと笑いが聞こえ始めた。悪気がない幼児が双方を指差して、「ママー」なんてやり出してすらいる。ママらしき女性は顔を逸らして肩を震わせていた。
女子高生は、涙目になりながら必死にメタモンを鷲掴みにする。顔なんか真っ赤にしちまってるってのに、メタモンが剥がれる気配は未だにない。
……相手がトレーナーならそろそろ言うことを聞きそうなもんなのに、あのポケモンには命令に従う素振りってのが一切ない。
「……これは……『当たり』か? もしかして」
無意識に呟いた瞬間、分かったー、買うから、買ってあげるからー! そんな悲痛な悲鳴が聞こえた。
それを聞きたかったのか、あれだけシンクのしつこい脂汚ればりにガラスにしがみついていたメタモンは、ペロンとあっけなくケースから離れていった。
青紫の髪の女子高生は、べそを掻きながら体を縮こまらせて店に入っていく。その横にご機嫌な様子のメタモンが並んでいる。山のような抹茶スイーツをお持ち帰りに指定して、一人と一匹は店を出ていった。どうやら、どこか別の場所で食べるつもりでいるらしい。
これが四天王カンナと話をした翌日の出来事だ。間違いねえ、当たりだ――「オレ」は静かに、騒がしい連中の後を追った。
サイト掲載日:2026/09/02