社会人だってリア充になりたい   作:アンドレアス

13 / 14
第十三話「カードパック」

 

土曜の昼、西新宿駅東口を出てすぐの居酒屋で、誠一と河合は早々に昼飲みを始めていた。

 

「高梨さんと、まだ続いてんのかよー!」

 

河合がジョッキを片手に、身を乗り出すようにして声を上げた。周囲の客が一瞬こちらを見たが、河合はまるで気にしていない。

 

「お前が?」

 

「なんだよ、その言い方」

 

誠一が苦笑いを浮かべ、美咲のことを思い出した。今週も美咲とは会う予定だったが、急な予定があるとのことで、迷宮探索は休みになった。そして金曜の夜に河合から連絡が来て、こうして昼から酒を飲んでいるのだった。

 

河合は身を乗り出して、さらに畳み掛けてきた。

 

「それにさ、サキュバスを召喚できるアイテムまで手に入れて、やばいな。黒田にもとうとう幸運の波が押し寄せてきたなぁ」

 

「サキュバスのカードほどの価値はないけどな」

 

「まあまあ、細かいことはいいから」

 

河合は聞く耳を持たず、枝豆を口に放り込みながら続けた。

 

「とにかく、お前は上手くやってるってことだろ」

 

「……まあ、それなりに」

 

誠一は照れくさそうに答えながらも、内心では悪い気がしていなかった。美咲との関係のことを、こうして友人に冷やかされるのも、今までの人生では味わったことのない感覚だった。

 

ひとしきり盛り上がった後、河合はふと真顔になった。ジョッキをテーブルに置き、少し考え込むような表情を見せる。

 

「……なあ」

 

「なんだよ、急に」

 

「黒田の運、俺にも分けてくれないか」

 

「は?」

 

先ほどまでとは打って変わって、河合はいつになく真面目な表情になっている。

 

「小森さんもダメだったし、ここ一ヶ月、マッチングアプリで五人くらい会ったけど、全員脈なしだったんだよ。俺の好みじゃなかったのもあるけどさ」

 

「お前が面食いだからじゃないのか」

 

誠一が茶化すように言うと、河合はムッとした様子で反論した。

 

「確かに、小森さんと高梨さんを見て、俺のハードルが上がったかもしれないけど。それでも、当たりが悪すぎるんだって」

 

「……で?」

 

「そこで、考えたことがあるんだ」

 

河合は、思い切ったように真剣な顔で切り出した。

 

「俺も、冒険者に登録しようかと思って」

 

「おー! マジか」

 

誠一は素直に驚いた。

 

「俺で良かったら、手伝うよ」

 

「いや! そんな本格的に探索するつもりはないんだ」

 

河合は慌てて首を振った。

 

「ただ、冒険者って、金回りが良いイメージあるだろ? 地方公務員って、逆に金がないイメージあるらしくてさ。実際、そこまで高給取りでもないし」

 

公務員の給与はわからないが、今の誠一ならFランク迷宮なら半日で攻略できる。Fランク迷宮一回あたりの利益は五万から十万円。確かに休日のバイトとしては破格の金額だ。

 

「それで、冒険者登録して、箔をつけたいっていうか」

 

誠一は思わずジョッキを置いた。

 

「お前……公務員って副業は禁止なんじゃないのか」

 

「知らないのか。申請すれば冒険者なら問題ない。実際に迷宮に最も詳しい自衛隊も公務員だしな」

 

誠一は詳しい話は知らなかったが、河合なりに色々と真剣に調べてきていることはわかった。

 

「そこで、お前に一つ頼みたいことがある」

 

河合が、いよいよ本題に入るように、身を乗り出した。

 

「黒田には、カードパックを一緒に買ってほしいと思って」

 

「カードパック?」

 

誠一は思わず聞き返した。

 

カードパックとは、ギルドで販売されている、ランダムに十枚のモンスターカードが封入された箱のことだ。開けてみるまで中身が分からない、完全な運任せの商品で、一パックあたり百万円。決して安くはなく、当たれば大きいが、外れれば手痛い出費になる、いわば博打に近い代物だった。

 

「俺は、堅実にいきたいから買わないぞ」

 

誠一が即座に断ると、河合は食い下がった。

 

「まあ待てって。お前、宝くじで一等が当たる確率って知ってるか? 二千万分の一だぞ」

 

「知らないよ、そんな細かい数字」

 

誠一は呆れたように返すが、河合の表情は揺らがない。

 

「カードパックでBランクカードが出る確率は〇・一パーセント程度、Cランクに至っては一パーセントだ。宝くじと比べたら、かなり現実的な数字だろ」

 

「た……確かに、数字で見ると検討する価値はあるな」

 

河合の勢いに押され、誠一は思わず頷いてしまった。数字だけを切り取って聞くと、なるほど、悪くない確率のようにも聞こえてくる。

 

「それに、今日話を聞いて確信したが、今、ノリに乗ってる黒田――いや、黒田様なら、幸運を引き寄せられると思ってさ」

 

「うーん……」

 

誠一は唸った。上手く乗せられているのは分かっていたが、それでも、河合の縋るような目を見ていると、無下に断るのも忍びない気持ちになってくる。

 

「C以上のカードが出たら、黒田のものにしていい」

 

「え!?」

 

「その代わり、Dランクカードが出たら、俺に優先的に選ばせてくれ」

 

河合からの提案は、そういうものだった。互いの資金を五十万円ずつ出し合い、パックから出たカードの扱いを、ランクに応じて振り分ける。C以上が出れば誠一のものとして河合には代わりにDランクカードを融通する。Dランクカードが出れば河合が優先的に選べる――そんな取り決めだった。

 

「俺は、普通に百万円貯めて、ボアオークでも買った方がいいと思うけどな」

 

「いや! 今さらボアオーク一枚持ってたところで、あからさまって感じがするだろ? ある程度、人気のあるカードを持ちたいんだよ」

 

「贅沢な話だな……」

 

「黒田、頼む。お前の幸運に縋りたいんだ!」

 

拝み倒すように頭を下げる河合の姿に、誠一は思わずため息をついた。

 

その時、誠一の頭の中で、ふとした妄想が働いた。もし、本当にCランクのカードが出れば――青銅鏡の交換分と合わせて、二枚のCランクカードを所持することになる。

 

三つ星冒険者への道が、一気に現実味を帯びてくることを意味していた。

 

青銅鏡のカード化で百万円を使った今、誠一の貯金はちょうど五十万円残っていた……悩んだ末、誠一はゆっくりと頷いた。

 

「……分かった」

 

「マジか! ありがとな、黒田!」

 

河合の顔が、パッと明るくなった。

 

***

 

昼過ぎの新宿の街は、休日らしい賑わいに満ちていた。大荷物を引いた外国人観光客の合間を縫うようにして、誠一と河合は近くのギルド支部へと足を向けた。

 

新宿ギルドの入り口をくぐると、休日ということもあり、多くの人の出入りがあった。受付にも列ができている。誠一と河合は、その最後尾に並んだ。

 

「緊張してきた」

 

河合が、柄にもなく神妙な顔で呟いた。

 

「お前が言い出したことだろ」

 

「分かってるけど、いざ現実味を帯びてくるとな」

 

順番が回ってくると、誠一は受付のカウンターに冒険者カードを差し出した。

 

「カードパックを購入したいのですが」

 

「何パック買いますか?」

 

窓口の女性職員が、事務的な口調で尋ねてくる。

 

「……一パックで」

 

誠一が答えると、河合が横から慌てて割り込んできた。

 

「あ、いや、俺の分と合わせて、一パックを折半で払います」

 

職員は少し不思議そうな顔をしたが、特に何も言わず、手続きを進めた。

 

***

 

会計を終え、ギルド内の人気の少ない一角で、二人は向き合った。

 

河合の手にある箱は、百万円の価値があるとは到底思えない、質素なものだ。二人は思わず息を詰めた。

 

「じゃあ、一枚ずつ見ていくからな」

 

河合はゆっくりと箱の蓋を持ち上げる。カードは裏向きに並べて入っているようだった。河合は伸ばした手を途中で止める。

 

「あぶなかった! 黒田、お前が持って確認してくれ」

 

河合の焦った姿は、何も知らない人から見れば大袈裟な態度だったが、ギルド内ではよく見られる光景だった。

 

誠一は慎重に一枚目のカードを手にする。表を向けると、これまで何度も見てきたカード。Fランクのゴブリンだった。両手を合わせ、祈るように覗き込む河合の横で、誠一は残りのカードを慎重にめくっていく。

 

二枚目、ウルフ、Fランク。三枚目、コボルト、Fランク。四枚目、スケルトン、Fランク。

 

河合が握りしめる両手の力が、次第に強くなっていくのが分かった。いや、お酒のせいもあってか、力を込め過ぎて河合の指先は小刻みに震えている。

 

五枚目、ローパー、Fランク。六枚目、ウルフ、Fランク。七枚目、ゴブリン、Fランク。八枚目、ゴブリン、Fランク。

 

残りは二枚。ここまでのカードは驚くべきことに全てFランクカードだったが、逆に残りのカードへの期待が二人の間で高まっていく。

 

(これは本当にあるかもしれない)

 

誠一は、いつになく頭がぼーっとしていた。なのに、不思議と思考だけはクリアになっていくのを感じる。これはシルキーと念話をするときの感覚と似ている。もしかしたら……。

 

九枚目、ゴブリン、Fランク。

 

指先が最後の一枚に触れた瞬間、なぜか妙な熱を感じた。

 

(……もしかして、このカードが俺を呼んでいる)

 

心臓が、やけに大きく音を立てているのが分かった。まさか、この最後の一枚で――そんな淡い期待が、頭の中を過ぎる。

 

震える手で、そのカードを表に返す。

 

 

 

 

「……ゴブリン」

 

呆気ないほど、あっさりとした結果だった。

 

誠一は、しばらくその場から動けなかった。心臓の音は、まだ大きく響いている。だが、それはもう、期待からくる高鳴りではなかった。

 

(……中学の時、初めて好きな子に告白して、振られた時に匹敵する喪失感だ)

 

そんな場違いな比喩が、頭の中に浮かんでは消えていった。

 

誠一は、隣に立つ河合の顔を見ることができなかった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。