社会人だってリア充になりたい   作:アンドレアス

3 / 8
第三話「特別な週末」

 

土曜日、誠一は朝から家事に勤しんでいた。一人暮らしのワンルームは、平日は帰宅するだけの場所でしかないので、休日になって初めて、部屋の隅に溜まった埃や、洗濯物に手を付ける。

 

ベランダで、スマホから流れる音楽を聴きながら洗濯物を干していると、不意に曲が止まり、着信音が鳴った。

 

物干し竿にシャツを引っ掛けたまま、誠一は洗濯物カゴの中からスマホを引っ張り出す。画面には「河合」の文字。

 

「もしもし」

 

《おう、黒田。久しぶり》

 

家事の途中に邪魔が入ったこともあって、声は自然と素っ気なくなった。

 

「久しぶりだな。元気か?」

 

《元気元気。そっちは?》

 

「可もなく不可もなくかな」

 

《なんだよそれ、ははっ。相変わらずだな》

 

洗濯バサミを脇に挟みながら、誠一は次のタオルを取り出す。

 

「それで、なんか用事でもあるのか?」

 

《ああ!用事なんだけど。黒田、彼女はできたか?》

 

「俺にできるわけないだろ」

 

《あ! よかった! ……いやいや、よくはないけど、ごめん》

 

河合の慌てた声に、誠一は思わず苦笑した。

 

《実はさ、マッチングアプリで知り合った子に「2対2で会いたい」って言われてて、一緒に行ってくれる人を探してるんだよ》

 

「お前、彼女は?」

 

《先月別れたよ。それで、マッチングアプリでめっちゃ可愛い子と連絡しててさ。頼むよ黒田》

 

河合とは大学時代からの付き合いだ。誠一が今も社交的でないのは学生の頃から変わっていないが、そんな誠一を輪の中に引っ張り込んで、いつもフォローしてくれたのが河合だった。今は地方公務員として働いている。良い奴だがデリカシーがないのか、彼女とはあまり長続きしてないようだ。

 

「仕方ないなぁ。あまり乗り気はしないけど、付き合うよ」

 

《よっしゃ! ありがとう! ちゃんとした格好で来てくれよ》

 

「分かったけど、いつなんだよ?」

 

少し間があった。

 

《……明日は空いてる?》

 

「ちょうど空いてる」

 

《さすが黒田様!》

 

「いつも暇なんだろ、って言いたいのか」

 

《まあな。じゃあ待ち合わせ場所や時間は、また連絡するから頼むぜ》

 

「おう、分かった」

 

通話を切って、誠一はカラオケでよく歌う曲をセレクトして、音楽を流した。

 

正直、気は進まない。休日を割いてまで、初対面の女性と気を張った会話をするのは、想像するだけで疲れる。

 

それでも、河合は社会人になっても連絡を取ってる唯一の友人だ。大学時代も学部内で回ってる試験対策のペーパー等もいつも河合から情報をもらい世話になっていた。

 

「……まあ、たまには休日も頑張るかな」

 

誠一は残りの洗濯物を、いつもよりテンポを上げて干していった。

 

***

 

翌日の夕方、誠一は練馬駅から西武池袋線に乗り込んだ。

 

練馬から池袋までは、電車で十分ほど。窓の外を流れる景色が、住宅街からビル群へと変わっていく様を、誠一はぼんやりと眺めていた。

 

駅の改札を出ると、河合がすでに立って待っていた。

 

「おう、黒田」

 

「ごめん!待たせたか?」

 

「いや、俺も今来たとこ」

 

近況を軽く交わしながら、二人は個室居酒屋へと向かった。

 

案内された部屋には、まだ誰も来ていなかった。

 

「今日の相手は、どんな子なんだ」

 

「小森さんっていう子と、その友達の高梨さんって子。マッチングアプリで知り合ったの、小森さんの方な」

 

話を聞くと2人とも都内の会社に勤めていて、誠一らと同じく大学時代の友達らしい。ただ、彼女らの大学の方が、偏差値は圧倒的に上らしい。

 

「すみません、遅くなりました」

 

二人の女性が入ってくる。誠一は反射的に立ち上がりかけたが、河合がすでに慣れた様子で席を勧めていたので、腰を浮かせただけで留まった。

 

「小森唯です」

 

小柄で、人懐っこそうな笑顔の女性が先に名乗った。どこか誠一のシルキーを素朴にしたような雰囲気がある。その隣で、もう一人の女性が軽く会釈する。

 

「こんばんは。高梨美咲です」

 

茶色のセミロングを軽く揺らしながら頭を下げる仕草に、誠一は一瞬、言葉を失った。整った顔立ちに、どこか芸能人と見紛うような華やかさがある。こういう場に自分のような人間が同席していいのだろうか、と場違いな不安がよぎった。

 

料理と飲み物が運ばれてきて、誠一もようやく我に返る。会計はあらかじめ割り勘と決まっているらしく、河合が最初に人数分の会費を集めた。

 

最初のうちは、河合が場を回していた。持ち前の明るさで、小森を中心に会話を広げていく。誠一は相槌を打つ役に徹し、料理を口に運びながら時間をやり過ごしていた。

 

「黒田さんって、休みの日、何してるんですか?」

 

不意に、小森が誠一にも話を振ってきた。答えあぐねていると、河合が先に口を開いた。

 

「こいつ、会社員やりながら冒険者兼業しててさ。二つ星なんだよ」

 

その一言に、それまで穏やかに料理をつついていた美咲の箸が、ぴたりと止まった。

 

「黒田さんも冒険者なんですか?」

 

美咲からの問いかけに誠一は一瞬返答に詰まった。だが、美咲はそんなことなど気にした様子もなく、身を乗り出してきた。

 

「私も先日、二つ星になったんです!」

 

テーブルの空気が、一瞬止まった。小森と河合が顔を見合わせている。

 

「本当ですか」

 

誠一の声が、無意識に一段上がった。

 

「はい。まだDランクカード4枚しか持ってないですけど」

 

「俺なんか3枚しか持ってないですよ」

 

心臓が、さっきからずっとバクバクしている。

 

こんなに綺麗な女性と話したことなんて、今まで一度もない。普通なら、とてもじゃないがまともに会話できていなかったと思う。

 

それでも何とか会話できているのは、シルキーと話すようになってから、少しだけ女性との会話に慣れたからかもしれない。

 

「ええっ! 逆にすごいです! よくDランクの主、倒せましたね」

 

先ほどまでと変わり、楽しげな表情を浮かべる美咲に誠一はなんとか会話を続けるので精一杯だった。

 

「め、珍しいですよね、女性で冒険者やってる人。しかも二つ星まで」

 

「そうですか? 最近は結構増えてる気がしますけど」

 

「い、いや、俺の周りだと本当に珍しいと思います」

 

河合が何度か話に割り込もうとする様子が、誠一の視界の端に映った。

 

「高梨さんって、休みの日は迷宮以外だと何してるんですか?」

 

「あ、そうですね……部屋のお掃除とかですかね。あんまり迷宮以外のことしてないかもしれないです」

 

軽く流されて、河合が肩を落とすのが分かった。美咲の関心は、明らかに誠一との冒険者トークにしか向いていない。

 

「私、罠解除のカードがいなくて、いつもヒヤヒヤしてるんです」

 

「え!それは絶対に危ないので辞めた方が良いですよ」

 

二つ星冒険者が潜るEランク迷宮には罠が仕掛けられている。Eランク迷宮の罠は落とし穴や、矢が飛んでくるなど古典的なものから魔法によるダメージや状態異常など、モンスターとの戦闘中に運が悪くかかれば、Eランクとはいえ全滅の危機もあり得る。

 

「私、冒険者の知り合いがいなくて、よかったら色々と基本を教えてください」

 

「もちろん、俺で良ければ」

 

気づけば、テーブルの端で、河合が小森に何やら話しかけていたが、誠一の耳にはほとんど届いていなかった。

 

***

 

飲み会がお開きになったのは、二十二時を過ぎた頃だった。

 

「黒田さん、連絡先交換しましょう」

 

美咲が差し出したスマホに、誠一は自分の連絡先を登録した。手が少しだけ震えていることに、自分でも気づいていた。

 

「今日、楽しかったです」

 

改札の前で、美咲がそう言って軽く手を振った。誠一もぎこちなく手を振り返す。

 

「……はい。また」

 

2人の背中が人混みに消えていくのを見送っていると、隣で河合が大きくため息をついた。

 

「小森ちゃんも可愛かったけど、高梨さんは信じられないくらい美人だったなぁ」

 

河合が変わらぬ様子で話しているが、誠一は、人生で初めて女性と連絡先を交換したことにそれどころではなかった。

 

「ああ……何だよ、遠慮して俺は連絡先交換辞退したんだから、ちゃんと上手くやれよ」

 

「……なんかあんまり実感湧かなくてさ」

 

誠一は正直に答えた。ここまで踏み込んで会話ができたこと自体、自分でも意外だった。

 

「小森ちゃんも脈なさそうだったし、俺は帰りに喫茶店で一人反省会して帰るよ」

 

そう言いながら、河合の手元のスマホには、すでにマッチングアプリの画面が映っていた。

 

「……ほどほどにしとけよ」

 

「うるせぇ! さっさと帰って美咲ちゃんにお礼の連絡しとけよ!」

 

いつもと変わらない調子でそう言われて、誠一はなんだか妙に懐かしい気持ちになった。学生の頃から、河合のこういうところは変わらない。

 

***

 

帰りの電車の中、誠一は何度も文章を打っては消してを繰り返していた。

 

「今日はありがとうございました。楽しかったです」

 

短い一文を送るのに、三十分近くかかった。

 

送信してからも、スマホの画面を何度も確認してしまう。それでも、返信は来なかった。練馬の自宅に着いても。布団に入っても。

 

誠一はその夜、なかなか寝付くことができなかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。