社会人だってリア充になりたい   作:アンドレアス

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第四話「迷宮デート?」

 

翌朝、営業車を運転していた誠一のスマホが震えた。信号待ちのタイミングで、画面をちらりと確認する。

 

《すみません。お酒あまり得意ではなくて、昨日は帰ってからすぐに寝てしまってました。よかったら、冒険者の話を色々聞かせてください》

 

その一文を見た瞬間、誠一の眠気が一気に吹き飛んだ。

 

信号が青に変わるまでの数秒間、誠一は返信の文面を頭の中で組み立てようとしたが、うまくまとまらないまま発進することになった。

 

(返信、早すぎると気持ち悪いかな)

 

そんなことを考えながら営業先を回り、結局返信を打ったのは昼休みになってからだった。

 

コンビニ弁当を車内でかき込むように食べ終えると、誠一はスマホを取り出し、今度はじっくりと文面を考えた。何度か打っては消してを繰り返し、ようやく送信ボタンを押す。

 

《こちらこそ、昨日はありがとうございました。俺でよければ、いくらでも》

 

送ってから、「いくらでも」はさすがに気合いが入りすぎだったかと少し後悔したが、後の祭りだった。

 

***

 

先週の食事の話の流れで、美咲は毎週のように迷宮に潜っていることが分かった。それなら、と誠一が提案し、今週の土曜日、東京郊外にあるFランク迷宮へ、試しに一緒に行くことになった。

 

前日となる金曜日、誠一はいつも通り「直帰します」と事務所に電話を入れ、いつもの埼玉北部にあるFランク迷宮へと車を走らせた。

 

草原でカードを掲げる。

 

「出てきてくれ、シルキー」

 

淡い光の中から、シルキーが姿を現した。誠一は敷布の上に腰を下ろすと、開口一番、そのことを切り出した。

 

「明日、なんて話したらいいと思う?」

 

「誠一、考えすぎ。普通に喋ればいいじゃん」

 

「いや、普通ってのが一番難しいんだよ」

 

「はいはい」

 

軽くあしらいながらも、シルキーは誠一の隣に腰を下ろした。しばらく黙って誠一の顔を見つめていたが、やがて何かを決めたように口を開いた。

 

「じゃあ、明日は私がアドバイス伝えるよ」

 

「どうやって?」

 

「実は前から感じてたんだけど――誠一の気持ちが、なんとなく分かるようになってたの」

 

シルキーの声のトーンが、いつもより少し真剣だった。誠一は思わず居住まいを正す。

 

「気持ちって……」

 

「その、誠一が気持ちよくなった時とか」

 

シルキーがそう言いかけて、少し気まずそうに視線を逸らした。二人の間にだけある、ある種の記憶を思い出しているのだろう。誠一も、それ以上追及しなかった。

 

「それ、いつから」

 

「分かんない。多分、結構前から。今回、はっきりそれだって確信できただけ」

 

誠一には、それが何を意味するのか分からなかった。冒険者の知識といっても、迷宮の基本的なルールと、自分のカードのステータス程度しか頭に入っていない。こういう現象について、専門的に語れるほどの知識はなかった。

 

「それって……普通にあることなのか?」

 

「さあ。少なくとも、私は今まで感じたことなかったよ」

 

シルキーも、はっきりとした答えは持っていないようだった。

 

「試しに、何か伝えてみようか」

 

「伝えるって、どうやって」

 

「分かんないけど……こう、頭の中で強く思う、みたいな?」

 

シルキーはそう言うと、誠一の手をそっと取った。

 

***

 

近くの安全地帯に移動してから、小一時間、二人は手探りで試行錯誤を続けた。

 

最初はうまくいかなかった。誠一が「緊張するな」と頭の中で念じても、シルキーには何も伝わらない。シルキーが「元気出して」と念じても、誠一には届かない。

 

「なんかコツとかないのかよ」

 

「知らないよ、私も初めてなんだから」

 

苛立ち半分、面白がり半分で何度も繰り返すうちに、少しずつ変化が現れ始めた。

 

「……あ、今の」

 

シルキーが不意に声を上げた。

 

「何が」

 

「なんか、ちょっとだけ伝わった気がする。誠一が『疲れた』って思った瞬間」

 

「マジか」

 

半信半疑だったが、そこから先は驚くほど早かった。感覚が一度掴めると、二人の間に、言葉にならない何かがやり取りされるようになっていく。

 

〈――誠一、聞こえる?〉

 

不意に、頭の中に直接、シルキーの声が響いた。誠一は思わず飛び上がりそうになった。

 

「聞こえる! うわ、マジで聞こえる」

 

「でしょ?」

 

得意げなシルキーの声が、また頭の中で響く。誠一は自分のこめかみを指で押さえながら、この感覚にどう慣れればいいのか分からず戸惑っていた。何かの規格外なスキルなのか、あるいはもっと単純な、二人の間だけの何かなのか――誠一には判断のしようがなかった。

 

しばらく練習を重ねるうちに、誠一の方からも、簡単な単語程度ならシルキーに伝えられるようになっていった。

 

「これで、明日は完璧だね」

 

満足げに言うシルキーに、誠一は苦笑した。

 

「俺は、待ち合わせとか、迷宮の外が心配だよ」

 

言ってから、誠一は自分の言葉の意味に気づいた。この力は、迷宮を出た瞬間、シルキーがカードに戻ってしまえば使えなくなる。頼れるのは、迷宮の中にいる間だけだ。

 

「大丈夫でしょ。今日みたいに、迷宮の中でならいつでも練習できるし」

 

その言葉に、誠一は少しだけ安心した。完璧ではないものの、シルキーからのアドバイスがあれば固まって喋れなくなってしまうこともない。

 

***

 

そして迎えた当日、待ち合わせ場所で美咲と顔を合わせた瞬間、誠一はふと、シルキーのことを思い出した。今この場にはいない。カードはカバンのポケットに収まったままだ。

 

それでも、昨日の練習のおかげか、以前よりは幾分か肩の力が抜けている自分に気づいた。

 

「初めまして……じゃないですね、こんにちは」

 

待ち合わせ場所で、美咲が少し照れたように言い直す。誠一もつられて笑った。

 

「こんにちは。今日はよろしくお願いします」

 

思っていたよりも、ずっと自然に言葉が出てきた。

 

 

***

 

迷宮に入ると、美咲がカードを取り出した。淡い光の中から現れたのは、白い毛並みの大型犬と、小柄な猫の獣人だった。

 

「クーシーと、ケットシーです」

 

「よろしくお願いします」

 

誠一もシルキーとリビングアーマーを召喚する。シルキーは美咲のカードたちに軽く会釈すると、いつもの調子で誠一の隣に立った。

 

Fランク迷宮ということもあり、出てくるモンスターは軽くあしらえる程度のものばかりだった。ゴブリンが一体現れても、クーシーが一噛みで片付けてしまう。

 

戦闘の合間、二人の会話は自然と互いの身の上話に及んでいった。

 

「黒田さんって、大学時代は何してたんですか?」

 

「経済学部で冒険者サークルに参加してました。その他に特に語れるようなことは……高梨さんは?」

 

「私は経済学部で、就活も割と普通にやって、今の商社で働いてます。」

 

シルキーからの補助という保険があるからか、誠一は肩の力を抜いて話せていた。

 

***

 

二人にとってFランク迷宮は、ちょっとした運動程度のものだった。二、三時間ほどで探索を終えると、二人は迷宮近くの喫茶店へ向かった。

 

「初めてなんですけど、こういうのって報酬はどうするんですか?」

 

「チームによって違いますけど、俺が大学の冒険者サークルにいた頃は、収入は山分けで、アイテムやカードが欲しい人がいたら報酬から差し引く、みたいなやり方でしたね」

 

「なるほど……」

 

「今回はFランクで、特に欲しいものもないので、全部売却でいいですか?」

 

美咲は少し考えるそぶりを見せてから、口を開いた。

 

「あの、ローポーションだけ、もらってもいいですか?」

 

「え、ローポーションですか?」

 

意外な申し出に、誠一は思わず聞き返した。

 

「お肌に良いっていうじゃないですか。黒田さんも、朝と夜に美容液代わりにつけてみてください。三歳は若返りますよ」

 

「そうなんですか……」

 

これまで自分の見た目に頓着したことなどなかったが、こうして女性と過ごす時間が増えると、少しくらい気にした方がいいのだろうかと、誠一は柄にもなく考え始めていた。

 

「俺も、試してみます」

 

「はい。感想聞かせてください」

 

美咲がそう言って笑うと、誠一の胸の奥が、また小さく跳ねた。

 

しばらく他愛のない会話が続いた後、美咲がふと真剣な顔になった。

 

「黒田さんは、なんで冒険者になったんですか?」

 

「うーん……あんまり深い理由はないんです。大学生の時に、なんとなく始めたのがきっかけで」

 

「高梨さんは?」

 

「私も、深い理由はないんです。身内に勧められて始めました。あんまり趣味もないので、休日の運動がてら毎週潜ってたら、日課になっちゃって」

 

軽い口調だったが、誠一はそこにわずかな緊張のようなものを感じ取った気がした。

 

「でも、」

 

誠一は少し真剣な表情になった。

 

「罠解除がないうちは、Eランクには潜らない方がいいです。その時は、俺を誘ってください」

 

「いいんですか」

 

「はい」

 

「じゃあ……来週、Eランクに一緒に行きませんか?」

 

「ぜひ」

 

美咲の誘いに、誠一は内心で小さくガッツポーズをした。

 

***

 

喫茶店を出ると、時刻は十七時を回っていた。

 

このまま夕食に誘えたら――そんな考えが誠一の頭をよぎったが、結局言い出せないまま、二人は駅で解散することになった。

 

「今日はありがとうございました」

 

「こちらこそ。……また来週」

 

美咲の背中を見送った後、誠一は特に用もないままギルドに寄り道をしてから、帰路についた。

 

カード以外の相手と会話する週末が、こんなに満たされた気持ちになるものだとは、思ってもみなかった。

 

高ぶったテンションは、自宅に着いても、なかなか収まらなかったので、また迷宮に行ってシルキーに会おうかとも考えたが、そこまでの体力はなかった。

 

誠一は布団に入り、部屋の静けさの中で、昂った気持ちを持て余しながら、やがて静かに目を閉じた。

 

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