社会人だってリア充になりたい 作:アンドレアス
約束の週末、誠一と美咲は千葉県内のEランク迷宮の前に立っていた。
「私、今日でEランク迷宮は二回目なんです」
美咲が少し緊張した面持ちで言う。
「色々偉そうなこと言ってましたが、俺も今日で2回目なんです」
「そうなんですね。じゃあ、お互い慎重に行きましょう」
美咲がふっと笑うと、それまでの緊張が少し和らいだ空気になった。
***
迷宮に入ると、誠一はまずカードを召喚した。
「出てきてくれ」
四つの魔法陣が同時に展開する。シルキー、リビングアーマー、ボアオーク、そしてハイコボルト。シルキー以外はそこまで人気は無いが、堅実に数を揃えたデッキだった。
美咲もカードを取り出す。
「よろしくお願いします」
淡い光の中から現れたのは、白い毛並みのクーシー、亜麻色の毛並みの妖狐、小柄なケットシー、そして――誠一の目が思わず見開かれた。
大きな翼を持つ、鷲の頭と馬の体を併せ持つ幻獣。
「ヒッポグリフ、ですか」
「はい。うちのエースです」
さらりと言う美咲に、誠一は内心で動揺していた。誠一の手持ちの中に、Dランク上位に匹敵するようなカードはない。デッキ全体の戦闘力を単純に比較すれば、美咲の方が明らかに上だ。
「……すごいデッキですね」
「そうですか?」
「はい、正直、俺のよりだいぶ強いと思います」
誠一が素直に言うと、美咲は少し照れたように笑った。だが、誠一のカードたちを見ても、美咲は特に何の反応も示さなかった。馬鹿にするでも、気を遣うでもなく、ただ自然にそこにあるものとして受け止めている。その様子に、誠一は少しだけ肩の力が抜けるのを感じていた。
***
探索は、順調に進んだ。
森の奥から現れるモンスターは、誠一のボアオークとリビングアーマーを装備した誠一が前衛を固め、美咲のクーシーとヒッポグリフが的確に仕留めていく。
「誠一さんって、戦う時、雰囲気変わりますね」
不意に美咲が言った。誠一は拳を振り抜いた体勢のまま、少し照れくさそうに振り返った。
「そうですか?」
「はい。普段はもっと、こう……大人しい感じなのに」
美咲の言葉に、誠一は曖昧に笑い返すことしかできなかった。
不意に、亜麻色の狐が耳をぴくりと動かし、美咲の方を振り返った。
「美咲、こっち」
妖狐が短く声をかける。美咲は頷いて、その方向へ視線を向けた。
「この先、大丈夫そうです」
「今の、罠を察知したんですか?」
「はい。妖狐が、なんとなく嫌な感じがする方向を教えてくれるんです」
誠一は少し驚いた顔をした。
「そんな直感のスキルだけで分かるものなんですね」
「はい……でも、絶対じゃないので、油断はできないですけど」
美咲がそう付け加えると、誠一も少し表情を引き締めた。頼りにはなるが、絶対の保証ではない。その危うさに、誠一もどこか身の引き締まる思いがした。
***
戦闘の合間、誠一は後ろを歩くシルキーに、念話で相談を持ちかけていた。
《どう思う、あの人》
《すごい人だと思うよ。カードも強いし、モンスターの扱いも丁寧》
《俺、なんか話しかけるタイミング分かんなくて》
《誠一、さっきから黙り込んでるの、傍から見ると変だよ。もっと普通に話しかけな》
シルキーのアドバイスに背中を押されるように、誠一は美咲に声をかけた。
「あの、今の連携、良かったですね」
「はい! うちのクーシーと、そちらのボアオークさん、相性良さそうです」
そんな他愛のない会話の積み重ねが、探索のペースを自然と整えていった。
昼休憩中の間は、シルキーが活躍していた。誠一が敷布を広げようとする動きに合わせて、シルキーが水筒やお弁当を取り出している。誠一が地図を確認する視線の先に、シルキーがすでに次のルートを指差している。
「息が合いますね」
美咲が、思い切ったように言った。誠一とシルキー、その呼吸の合った動きを見つめる美咲の目には、ほんの一瞬、何かに気を取られたような影がよぎった。
「誠一さんと、シルキーさん」
「あ……そう、ですかね」
言われて、自分たちが念話でやり取りしながら動いていることを、美咲は知らないのだと、誠一は改めて自覚した。
***
無理をすれば、その日のうちに迷宮を突破できたかもしれない。実際、七割ほど進んだところで、モンスターの手応えはまだ十分に対処できる範囲だった。
それでも、誠一は足を止めた。
「今日は、ここまでにしましょうか」
「え、私はまだ大丈夫ですけど?」
美咲が意外そうな顔をする。
「無理すれば行けそうな気もするんですけど、昇級試験でもないので焦って失敗するのが一番怖いので。今日はここで切り上げましょう」
「……そうですね。賛成です」
美咲は少し感心したように頷いた。
***
迷宮を出る直前、誠一はシルキーからの念話で勇気を出すように励まされていた。
《誘っちゃいなよ、ご飯》
《いや、でも》
《いいから。押されて困る人じゃないでしょ、あの人》
出口の光が近づいてくる。誠一はシルキーの言葉を頭の中で反芻しながら、意を決した。
迷宮を出ると、夕方の空気が二人を包んだ。
「あの、この後、もしよかったら、ご飯でも――」
「ごめんなさい!」
言い終わる前に、美咲が申し訳なさそうに手を合わせた。
「明日、ちょっと用事があって、今日は早めに帰らないといけなくて」
「あ……そうなんですね。すみません、急に」
「いえ、誘ってもらえて嬉しいです。また今度、ぜひ」
美咲はそう言って微笑むと、軽く頭を下げて駅の方へ歩き出した。
誠一はその場に立ち尽くしたまま、頭の中でシルキーに問いかけようとした。
《なあ、今の……》
だが、返事はなかった。
迷宮の外に出てしまえば、シルキーの声はもう届かない。カードはポケットの中で、静かに黙ったままだ。
(誘ってもらえて嬉しい、なのか、また今度、なのか。どっちが本音なんだよ)
答えの出ない自問自答を抱えたまま、誠一は迷宮の入り口へと、来た道をゆっくりと引き返した。