社会人だってリア充になりたい 作:アンドレアス
木々の隙間から差し込む光が、地面に細かい模様を落としている。
「来るよ、誠一!」
シルキーの声と同時に、茂みの奥から複数の影が飛び出してきた。ゴブリンが三体、その後ろにコボルトが二体。数の多さに、シルキーは素早く収納から警棒を取り出す。
誠一からもらったものだ。見た目こそシンプルな金属棒だが、実用性を考えて誠一が選んでくれた品だと思うと、シルキーはいつもより少しだけ力が入る。
先頭のゴブリンが飛びかかってきた瞬間、シルキーは身を低くして懐に潜り込み、下から顎を突き上げるように警棒を振るった。乾いた音と共に、ゴブリンの体が光の粒になって砕け散る。
「二匹目!」
振り向きざま、背後から迫っていたコボルトの頭を叩き潰す。だが、その隙を突いて、もう一体のコボルトが横から爪を振り上げていたが、シルキーの意識は別物を捉えていた。
「はっ!」
低い掛け声と共に、誠一が割り込んできた。リビングアーマーを装備した誠一の拳が、コボルトの側頭部に叩き込まれる。骨の軋む音がして、コボルトが吹き飛んだ。
【種族】リビングアーマー
【戦闘力】340(MAX)
【先天技能】
・生きた鎧
・鎧化:初等クラスの装備化スキル。他のカード、あるいはマスターへと憑依することで、自身の戦闘力の四分の一を加算させることができる(マスターへの装備化の場合はすべての戦闘力とスキルを共有できる)。
・武術
【後天技能】
・忠誠
これが、いつもの誠一からは想像できない一面だった。会社では一歩引いた立ち位置で振る舞い、美咲の前ではぎこちなく言葉に詰まる誠一が、戦闘になった瞬間、まるで別人のように動く。装備化スキルによる身体能力の底上げもあるが、それだけでは説明できないほど、動きに無駄がない。
残った二体のゴブリンが同時に襲いかかってくる。誠一は片方の攻撃を最小限の動きで躱すと、そのまま拳を叩き込んで一体を沈黙させ、返す刀――ならぬ返す拳で、もう一体の胴を打ち抜いた。
普段から周囲を伺い空気を読むことに長けている性格と武術スキルによるセンスの向上が上手く合わさって、戦いの中で常に最適解を選ぶことができている。
「よし」
誠一が短く呟いた時には、周囲にはもう、光の残滓だけが漂っていた。
(誠一、こういう時だけは、変に格好いいんだよなあ)
シルキーはそんなことを思いながら、警棒を収納に戻した。
***
戦闘が終わり、二人は敷布の上に座り込んだ。誠一の息はまだ少し荒く、額に汗が滲んでいる。だが、その表情はどこか晴れやかだった。
「今日も、いい感じにストレス発散になったな」
「うん。……ねえ、誠一」
シルキーは水筒を差し出しながら、ふと気になっていたことを口にした。
「今週は、美咲さんと続きの攻略、しなくていいの?」
「ああ、それなんだけどさ」
誠一は水筒を受け取りながら、少し困ったような顔をした。
「高梨さんの方が、罠解除のカードを手に入れるのが先にしようって言ってて」
「そうなんだ……」
シルキーはしばらく考え込むと、思いついたように言った。
「私が、彼女のカードに罠解除のコツを教えましょうか?」
「た、確かにその手もあったな」
誠一が目を丸くする。シルキーは少し得意げに頷いた。
「はい。コツさえ掴めば、いずれはスキルとして取得できると思います。時間はかかりますけど」
「……考えたこともなかったな」
誠一は驚いた様子で、しばらく黙り込んだ。それから、何かを思いついたように顔を上げた。
「なあ、それってさ、俺のハイコボルトに指導してくれないか?」
「え?」
「大学時代に、あいつにも罠解除を仕込もうとしてたんだよ。結局、うまくいかなかったんだけど」
「私も幼い時に、色々と仕込まれてたもんね」
シルキーがぽつりと言うと、誠一は一瞬きょとんとした。
「え、そんなことしたか?」
「私にも。ブラウニーだった頃」
「あー! ……幼いって、そういうことか」
誠一は少し気まずそうに頭を掻いた。
「あの時は、俺も必死だったから。お前が上達したら良いなって思って。……ごめんよ」
素直な謝罪に、シルキーは思わず笑ってしまった。
「一生懸命でしたから」
短くそう返すと、誠一も安心したように笑い返した。責める気も、恨む気も、シルキーには最初からなかった。
***
誠一が別のモンスターの様子を見に立ち上がった隙に、シルキーはぼんやりと空を見上げた。
ブラウニーだった頃の記憶が、ふと蘇る。
あの頃の誠一は、まだ大学生だった。冒険者部の先輩に連れられて、初めて迷宮に足を踏み入れたばかりの、頼りない新人。シルキー――というより、まだブラウニーだった頃のカードは、誠一が最初に手に入れたEランクモンスターだった。
不器用な誠一は、ブラウニーを鍛えることに人一倍熱心だった。罠解除の練習と称して、木箱の開閉を何十回も繰り返させた。最初のうちは失敗ばかりで、シルキー自身、何度も心が折れそうになった。
それでも、誠一は諦めなかった。
「大丈夫、絶対にできるようになる」
そう言って、頭を撫でてくれた誠一の手の感触を、今でも覚えている。あの頃から、誠一はいつも、不器用なりに真剣だった。要領がいいように見えて、本当に大事なものに対しては、驚くほど不器用な向き合い方をする。
そんな誠一が、自分をシルキーにするために貯金の大半を使ったと知った時、驚くと同時に、どこか納得もしていた。
(誠一らしいな、って思ったんだよね)
金の使い方が下手なのではない。ただ、誠一は自分の気持ちに、真っ直ぐすぎるほど真っ直ぐなのだ。
そして、その真っ直ぐさが、今は違う方向にも向き始めている。
シルキーは、美咲のことを考えた。誠一が彼女といる時、いつもより少し早口になったり、些細なことで一喜一憂したりする様子は、離れていても手に取るように分かる。
嬉しい、と思う。誠一がそうやって前を向いて、誰かと過ごす時間を大切にできるようになったことが。ずっと会社と迷宮の往復だけだった誠一の世界が、少しずつ広がっていくのを、シルキーは素直に喜んでいた。
――それと同時に。
こうして、誠一と二人きりで過ごす時間が、少しずつ減っていくのかもしれない。そう思うと、胸の奥に小さな影が差すのを、感じていた。
嬉しさと寂しさ。矛盾するはずのその二つの感情が、なぜかシルキーの中では、当たり前のように同居していた。
「どうした?」
誠一の声に、シルキーは我に返った。
「ううん、なんでもない」
「そうか?」
「うん。……ハイコボルトの件、任せて。ちゃんと仕込んであげる」
そう言うと、誠一は少し照れくさそうに笑った。
「頼むよ」
草原フィールドを渡る心地よい風が、2人の間を静かに通り抜けていった。