俺は下町に生まれた。そこは地獄だった。急激に成長していくケイジュダリアについていくことが出来なかった者がたくさんいた。そこにいる多くの大人は子供だろうが何だろうが、容赦なく食料を、金を、そしてその命を奪っていく。国からは食料の供給などがあるがそれ以上下町に何かを施すことはなかった。
そこに生まれた俺は何もなかった。俺に両親はいなかった。物心つく頃には俺の近くにそんな人間はいなかった。俺が両親からもらったのはサフラ・ラークスという名前だけだった。
しかし、生まれたばかりの子供がこの下町で親の庇護もなく普通に生きる事など出来ない。自分より何倍も大きい大人達に殴られ、蹴られ、少ない食料を奪われる。
そんな毎日が続くなかで、俺は限界を迎えてしまい、つい俺を殴る大人に殴り返した。俺が殴るとその大人は吹っ飛んでいき、壁に叩きつけられ、気絶した。大人を殴り飛ばした俺を大人達は全員で俺に殴りかかってきたが俺はその全てを返り討ちにした。そして、その大人達から食料を奪った。
俺は気づいた。奪われないためには奪えばいいと、奪うための力があるのだと。
その日から俺は暴力を振るうようになった。俺から奪おうとする大人から奪われないために、舐められないように、人から奪いながら生きてきた。
そんな生活を続けて十年程経った時、俺の前にある男が現れた。その男はケイジュダリアの騎士団長だと言った。ここに訪れたのは俺に騎士団に入ってほしいというものだった。俺はこの誘いを断っていた。騎士なんて俺には向いていないと思ったし、なにより、下町の状況になにもしない国に忠誠心など欠片もなかったからだ。しかし、その男は毎日懲りずに訪れ、その度にこう伝えてきた。
「君が騎士団に入ってくれれば私に出来る範囲で君の願いを叶えよう」
下町の状況に見て見ぬふりを続けた国の、最も近い場所にいる人間。そんな人間が下町の人間にここまでの条件は出さないに決まっている。
しかし、それと同時にこの男は俺が今まで出会ってきたどの大人とも違うと感じていた。この男は自らこの下町に来ている。町の中央にいる人間のほとんどはこの下町を好んではいない。だというのにこの男は毎日来るどころか、下町の人間の悩みを聞き、次に訪れた時、その悩みを解決してみせた。
俺はその姿を見て、少なくとも人を無下に扱う人間でないと考えた。そして俺はこの男の出す条件に惹かれていた。この男は自分に出来ることなら何でもするといっていた。俺はその地位を利用したいと思う気持ちもあった。だから、俺は_________
(何だ……!? この状況……!? 何だ……!?)
部屋の中をぐるぐると回りながらテンパっている男がいる。それはサフラ・ラークス、若くして騎士団最強と目される男。なぜ彼がこのような状況になったのか、その原因は彼のベットの上にある。それは。
「う~ん、うるさいなぁ、まだもうちょっとベットを堪能したいんだけど……」
ベットからそれは体を起こす。それは少女だった。紫色の髪に赤いメッシュを入れた長髪。誰もが目を止めるだろう美しい顔。そして背中から黒色の、悪魔のような尻尾を持っていた。
少女はサフラの方を見るとその顔を笑顔へと変え口を開く。
「おはよう、サフラ、よく寝れた?」
その言葉を聞き、サフラは部屋を回るのを止めてこの少女に向き直る。いつもは表情を変えないサフラはその顔を青くして、目をギュッと閉じて、床に膝をつく、そして少女にひとつ問う。
「すまない……ひとつだけ、ひとつだけ、聞いていいか?」
「うん? ひとつどころか何回でも何個でも聞いていいよ?」
「そうか……ならまず最初に君はなぜこの部屋にいるんだ?」
そう聞くと少女は驚いた表情をした後、数秒間を置いて答える。
「何でって……サフラがこの部屋に連れてきたんでしょ? それがどうかしたの?」
「そうか……なら」
サフラはそういうと床に突き刺さる勢いで頭を下げる。その姿を見るなり、少女は固まり、そしてすぐに頭を上げるようにサフラに伝える。
「いや何してるの!? そんな勢いで頭を下げたら危ないよ! それに何でサフラが頭を下げるの!? むしろ頭をさげなくちゃいけないのは私……」
「いや、どんな理由だろうと自分の部屋に見知らぬ少女を入れ、ましてや同じベットに寝てるというのは。俺は君に殺されても文句はいえない。だからその前に最大限の謝意を示している」
そう言われて少女はどうしようかと考えるも、サフラの話にひとつ疑問があるのか、頭を下げているサフラに話しかける。
「……もしかして、サフラは昨日の事覚えてないの?」
そう言われてサフラは体を跳ねさせ、すこしだけ間を置いて、口を開く。
「あぁ……昨日の事は何も覚えていない。そしてその原因にも目星はついている」
そういうサフラはある一点に視線を向ける。そこには手のひらに乗りきらないほどの大きさをした瓶が横向きに倒れていた。しかし、中身を見ることは出来ないが、そこから中のものが溢れてこないところを見るにおそらくすでにその中身は空っぽなのだろう。
「おそらく俺は昨日の夜に酒を大量に飲んでしまい、その泥酔した状態で君をここに連れてきてしまったのだろう。酒で酔っていたとはいえそれは何の言い訳にもならない、本当にすまない。俺に出来る事なら何でもしよう」
「なるほど……昨日の事を……」
少女はその言葉を聞き、すこし思考を巡らせながら。サフラに向けて話し始める。
「じゃあ昨日何があったのか、サフラに教えてあげるね。まぁでも、あくまで私が見たところまでだけど」
昨日の夜、サフラはこの城の地下に来ていたの。このイベリア城の最も地下深くまで来てたの。何で来てたのかはわからないけど、サフラは誰かに対する不満をいいながら地下に入ってきた。
「ったく……何が国を豊かにするためだ、そのためだったら何でもしていいのかよ」
サフラはすごく怒っていて、今思うと多分だけどお酒に酔っていたことで感情の制御が効かなくなっていたんだね。
そのままサフラは地下を進んでいって、その最奥にたどり着いたの。そこは今までいた地下とは大きく違ったの。そこにはクモの巣や埃がひとつもなく、そしてなにより目をひいたのは真っ白の台座の上に置かれた真っ白な本があった。
「何だ……ここ? それにあの本は……?」
サフラはそのまま台座に近づいていく、そしてその上にある本を見るとサフラは何かを思い出したのかその本を手に取る。
「何も書かれていない真っ白な本……これって先代騎士団長が言ってた国の最奥にあるっていう悪魔を封じ込めたっていう禁書か?」
サフラはその本のページをペラペラとめくり、それが国の保管している禁書だと結論付けた。
サフラはひととおり禁書を見ると、何かを思い付いた。彼はその手にある禁書を再び開き、そして。
その禁書のページを破り始めた。
「そして、その禁書から出たのが私、その後サフラは私を連れて自分の部屋に入って寝たの。これが昨日の出来事。それに私を連れてき後はサフラはすぐに寝たから変なことはしてないよ。だから頭を下げなくていいよ」
サフラはその事を聞いてひどく安心した。確かに部屋に連れていった事実はあれど、一線は越えていなかった事に。しかし、それとは別にまた別の問題が発覚した。
「なぁ……その、俺が破った禁書は今どこに?」
「え、どこってそこにあるけど」
少女の指差す先にはサフラの机がある。そこの上にそれはあった。真っ白なににも書かれていない本が置かれていた。サフラはそれに近づきページを開く。そこにあるはずのページはそのほとんどがビリビリに破かれており、修復するのはとても難しい状態であった。サフラはその本を置く。そして少女に問う。
「これ……直せる?」
「……結論をいうと無理だね。そもそもその本自体が特殊なものだからね、直すにも特殊な手順がいるだろう」
「そうか……」
その返答に力なく返答するサフラ。どうしたものかと考えていると。ひとつ疑問が浮かんできた。
「なぁ、今思ったんだが、何で騒ぎになってない。国の禁書なんだろう。そんな地下深くにあるってことはそれほどに大事なものだろう。無事なのかどうか確認するものだと思うが?」
「……あぁ、そっかそれも覚えてないか、それは私があそこを出るときに魔法を使ったからだね」
「魔法?」
「そう。あそこにはまだ本があるように見えるようにしてるの。例えばこんな風に」
そういうと少女は自身にに向けて手を向ける。するとその少女の手のひらが発光し始める。なんだと思い、身構える。次に視線を少女に向けるとそこには。
「何が……ッッ!」
「どう? これが幻覚の魔法。この魔法を人か場所に仕掛けると術者の思うがまま周りの人間に幻覚を見せることが出来るの」
先程までいた少女は大柄な男。白色の髪に一筋だけ、紫色の髪をした、サフラ・ラークスの姿があった。部屋の中に同じ顔のものが二人いるが、片方は驚き目を見開かせ、もう片方は得意気にしている。
「君は、魔法が使えるのか……」
「ふふん、凄いでしょ。何てったって私は魔法の天才だからね。……おっと、いつまでもこの姿じゃ困るね」
次に瞬きをサフラがした時目の前のサフラは元の少女に戻った。魔法を目にしたサフラはその凄さを実感し、これなら禁書の事もばれないと考える。そしてその事を予想していたかのように、少女は告げる。
「でも、今の私はあんまり魔法は使えないの。だから地下に張った魔法も多分だけど今日の夜には解ける」
「……そうか。じゃあどのみちバレはするのか」
サフラはもうどうしようもない現実にどうすればよいのか考える。すると少女はその様なサフラの様子を見て告げる。
「だから、サフラにお願いがあるの」
「お願い?」
「そう、昨日の夜にあなたと約束したんだけど、覚えてないのなら改めて伝える。そしてどうするかを今のあなたが決めて」
サフラは身構える、今からなにをお願いされるのか。何を昨日の俺は約束したのか、これまでの彼女の行動から必要のないことかもしれないが、それはそれとして彼女は禁書に封印されていた悪魔である。警戒しないで損はない。そして彼女は口を開くそこからは……。
「私の記憶を取り戻す手伝いをしてほしい」
ケイジュダリアを出てすぐの平原。そこに、一人の少女が立っていた。その少女はどこまでも続く平原を見渡しながら誰かを待っていた。そこに一人の男が訪れる。男は後ろから少女に声をかける。
「すまない、待たせたか?」
「いや、大丈夫。久しぶりの外を堪能してたから。もうちょっと遅れてくれてもよかったくらいだよ。……用事はすんだのかい」
「あぁ、終わった。渡したかった物も渡せたしな」
その男、サフラは後ろを振り向きケイジュダリアにいる騎士の事を思い浮かべる。そんな彼の様子に、少女は口を開く。
「……あの時も伝えたけど、私を国に引き渡せば無罪は無理でも、多少の温情はあるかも知れないよ? 本当にいいの。これで?」
そんな彼女の言葉にサフラは迷いなく言葉を告げる。
「いや、いいんだ、ラニももう立派な騎士だし、これからは俺がいなくても大丈夫だ。それに元々騎士団に俺は向いてないと自分でも思ってた。丁度いい機会だなと思ってな。後……」
「後……なに?」
少女は首を傾げてサフラに問いかける。するとサフラは少し顔を背け言う。
「覚えてないし、酔っていたとはいえ一度した約束を破るような真似はしたくないからだ」
それを聞いた少女はその顔に笑顔を浮かべた。
「……ありがとう! サフラ!」
「……どういたしまして」
少女はサフラに感謝を告げる。サフラも顔を背けたままだが返事を返す。そして二人はケイジュダリアを離れようとしたとき少女は思い出したかのように口を開く。
「そういえばサフラに私の名前教えてなかったね。色々考えなきゃいけないことがいっぱいあって忘れてたよ~」
「……なら改めて俺も自己紹介しておくか」
二人は向かい合い目を合わせる。
「俺の名前はサフラ・ラークス。五年間ケイジュダリアの聖騎士をしていた。これから先様々なモンスターと出会うだろうが、戦闘は任せておいてくれ。これでも騎士団の中では強い方だったからな」
「ふふっ、頼もしいね。じゃあ次は私が」
「私の名前はリウム・リネ、二十年前に禁書に封印された魔族。二十年の間封印されてたから魔法の腕は落ちてるけど、それでも十分役に立てると思う。この記憶を取り戻す旅は大変なことがたくさんあると思うけど、精一杯頑張るから、よろしくね、サフラ!」
禁書
ケイジュダリアの国王や大臣、そして騎士団長などの地位の高い者達に教えられる、この国の秘密。国民には禁書があると伝えられてはいるがその詳細は伏せられている。