「はぁ……」
「そんなに落ち込まなくても……」
レリチアの宿屋のとある一室。二人の男女がいた。一人は部屋に備え付けられている椅子に座り、大きくため息をついている青年サフラ。もう一人はベットに腰掛け、足をぷらぷらとさせている少女リウム。
彼らは酒場に向かうも門前払いを受けた為、宿屋に向かい部屋を取った。
「そういえば俺の姿は子供に見えてるんだった……」
「まぁ、ギルドの受付嬢さんは子供に見えてても真面目にやってくれてたから忘れちゃうのも無理ないよ。現にかけてた私だって忘れちゃってたし」
リウムはサフラに元に戻って貰うために励ましの言葉をかけ続ける。その状態を続けて十分程経つとサフラはようやく調子を取り戻したのか俯かせていた顔を上げる。
「……そうだな。失敗をいつまでも引きずったままでいるのは良くないな」
「うん! サフラに暗い顔でいられるのは嫌だよ」
「……よし、この時間を有効に使おう」
「そうしよう!」
サフラはその体をリウムへと向かわせ、リウムもサフラの方へ体を向ける。サフラは口を開く。
「俺が言った事が本当だったら答えにくいかもしれないが、一応聞いておく」
「……うん、何かな?」
サフラのその様子に何を聞かれるのか察したリウムは遅れながらも返事をする。サフラはリウムに問う。
「魔法の事を伝えなかった理由、教えてくれるか?」
「うん、いいよ」
「そうか、やっぱり答え…………いいよ?」
「うん、いいよ」
まさかの返答にサフラはリウムの言葉を復唱する。リウムはそれにも返答をする。
「いや……いいのか?」
「うん、いいよ。もうバレちゃったし、これ以上この事で迷惑かけるわけにもいかないし」
リウムはベットから立ち上がり、サフラと目を見合わせる。
「サフラに魔法が使えないことを言わなかったのは……」
「…………」
サフラは黙ってリウムの目を見る。するとリウムはその口をモゴモゴとさせ始める。
「…………からだよ」
「何だ? 何て言った?」
サフラはなんと言ったのか再度リウムに問いかける。するとリウムは覚悟を決めたのかぐっと目を瞑り、口を開く。
「恥ずかしかったからだよ!!」
「…………は?」
サフラはリウムから発されたその発言に呆けた声を出す。しかしサフラは頭を振り、リウムにその言葉の真意を問う。
「……それは、あれか? やっぱり俺には本当の事は話せないとか……」
「いや? 本当の事だよ?」
リウムはすぐさまサフラの言葉を否定する。サフラはリウムと目を見合わせる。サフラは誤魔化しているのではないかと目を合わせ見抜こうとする。だが、サフラはそこに嘘や誤魔化しはないと感じた。そう感じたサフラは一旦別の事を聞く。
「……なら、その恥ずかしいって何だ?」
そう聞くとリウムは指と指を突き合わせ、目を泳がせながら話す。
「ほら……私がこの旅を始める時に言ったじゃん? 魔法の腕は落ちたけどまだまだ役に立てるってさ」
「……そういえば言ってたな」
「うん。でも、その後で魔法が使えないことが分かっちゃって……その事がバレたらなんか嘘つきみたいに思われるかなって……」
「……俺の考えは外れてたってことか?」
「そうじゃないって言おうとしたのにサフラ遮ってきたじゃん?」
「………………」
サフラは急激に顔が熱くなる。咄嗟にリウムから顔を背け後ろを向く。その様子にリウムは首を傾げる。
「どうしたの?」
「いや……何でもない。とりあえずリウムは俺の事を信用していないわけじゃないんだな?」
「うん! だって私の為にこんなに頑張ってくれてるのに信用しないってのはとんでもなく不義理だしね。それに……」
「それに?」
サフラは顔の熱が冷めてきたのかリウムの方へと顔を向け直し、リウムの言葉を復唱する。
「サフラは言ってくれたもんね。酔ってたとしても一度した約束は破らないって! 今日、サフラの事をたくさん知れた。私は私の見たサフラを信じるよ!」
そう言うリウムの顔は満面の笑みであった。それを見たサフラはそこに自分に対しての不信感など微塵も感じることはなかった。
「それはそれですぐに人の事を信じすぎだと不安になるが……」
「……さっきまで信用してほしいって言ってたよね? あと別に考えなしに信じてるわけじゃないからね?」
リウムはサフラの言い分に納得がいかないのか頬を膨らませる。その様子にサフラはその口角を少しだけ上げる。
「そうだな……信じてくれているのに文句をつけるのは良くなかったな。すまない」
「ふふ、別に怒ってないよ。魔法使えないことがバレてもサフラは怒らなかったのに、こんなことで私が怒るなんて出来ないよ」
リウムはそう言うとその胸を張り、サフラに誓いを立てる。
「これ以上サフラに迷惑をかけるなんて出来ない。だからここで誓うよ。もう私達の間で隠し事はしないって!」
「別にそこまで言わなくてもいいが……」
「ううん! これ以上は迷惑をかけないってサフラに……何より自分に誓う為の宣誓なの!」
「……そうか。リウムが納得出来るのならいい……そうだな、なら……」
そう言うとサフラは椅子から立ち上がり、床に膝をつき、左手を自身の右胸に当て、リウムと視線を合わせる。その姿はまさに真っ当な騎士の様であった。するとサフラはリウムと同様に誓いを口にする。
「俺、サフラ・ラークスもリウム・リネに隠し事はしない、そして決して約束を反故にはしないと誓う」
「………………わぁ」
その姿にリウムは驚く。リウムが今まで見てきたのは酒に酔って感情のままに粗暴な発言をしたり、肝心な時にドジを踏むような姿であり、騎士とは真逆のような姿ばかりであった。
しかし、今目の前で膝をついている姿はまさに騎士の鏡のような姿。その姿にリウムが驚き、固まっているとサフラは立ち上がり、リウムに話しかける。
「どうした? やっぱり似合わなかったか?」
「……えっ!? いやいや逆だよ! すごく似合ってたけど、そんなことするように見えなかったからびっくりしちゃって」
「まぁ、間違ってはない。この作法もラニに聖騎士なら最低限出来なければ駄目だと言われ、教えられたから覚えただけで殆ど使ってないからな」
「そ、そうだよね! サフラはこういうの苦手そうだもんね!」
「……まぁ、そうだが」
「あぁ、そういう風に見られるのは嫌なんだ」
サフラはそう思われるのは嫌なのか、少しばかりその眉間にシワをよている。リウムは案外騎士そのものは好きなのかもしれないと感じた。
「……というか、何でサフラも? 別にこれは私が勝手に誓った事で、別にサフラに強制してないよ?」
なぜサフラも誓ったのか、疑問を持ったリウムはサフラにその行動の意図を聞き出す。するとサフラはなんの事でもないようにすぐさま口を開く。
「リウムが隠し事をしないと誓ったのに、自分は隠し事をするかもしれないなんてのは筋が通ってないと思ったからだ」
「もう一つの方は?」
「改めてリウムに伝えておこうと思ってな。俺はリウムの約束を果たすまで離れるつもりも見放すつもりもないと」
「どういう事?」
サフラの言っていることがいまいち理解できないリウムは再度聞き返す。
「今リウムは俺を信用してくれているのは分かったし、魔法の事を伝えなかったのは恥ずかしかったというのも本当なのだろうと思う。だが、それとは別に不安だったんじゃないかと思った」
「不安?」
「あぁ、恥ずかしかったという思い以外にも俺が魔法を使えないリウムの事を置いていくのかもしれないと不安を抱えていた……と考えた」
「…………」
「まぁ、さっきも言ったし、分かっていると思うが俺は人の心の内を察する力が弱い。全然違う事を言っているのかもしれない、全くそんな事を考えてないのかもしれない」
サフラは言葉を紡ぎ続ける。自分の考えを相手に知って貰うために。
「だが、その可能性が少しでもあるなら、それを解消するために行動をしたい。それがさっきの誓いだ」
「…………」
リウムは黙ってサフラの話を聞いていた。するとリウムは口を開く。
「うーん……そうだねぇ……」
「何だ? 納得できなかったか?」
「いや、めちゃくちゃ納得したし、私の事を本当に考えてくれてるんだって分かったよ。ただ……」
「ただ?」
サフラがリウムの言葉を復唱し、続く言葉を待つ。するとリウムはしかめっ面をして、サフラを見る。
「サフラってもしかしてだけど私の事をか弱い乙女だと思ってる」
「…………」
サフラはその言葉に黙りこくってしまう。その様子を見てリウムは大きくため息をつき、言葉を続ける。
「サフラが私の事を大事にしてくれてるのは分かってるし、それはとっても嬉しい。でもね、それはそれとして伝えておこうと思うの」
「……何を?」
サフラは聞き返す。何を言いたいのか、何を自分に伝えたいのか耳を傾ける。
「私は二十年禁書の中にいたんだよ? 何もない空間でずっっっっと一人で、たまに禁書の近くを魔法で見てたけど、会話することは出来ない。そんな場所にいたら普通はどうなると思う?」
「……気が狂ったりするかもな」
「そう、普通は耐えられない。でもサフラから見た私はおかしくなったように見える?」
「……いや、すこぶる元気に見える」
「その通り! 私は乙女だけど、か弱い訳じゃないの。だからサフラもそんな所にまで気を遣わなくていいんだよ。私を気遣いすぎてサフラの負担が増える方が私は嫌だから」
「………………」
サフラは考える。リウムの言葉を噛み締めながら、今までの行動を。確かに自分は彼女に対して必要以上の気を遣っていたのかもしれない。自分がリウムと同じ立場であればそれはあまり好ましいものではないとサフラは気付いた。
その様に考えているサフラにリウムは口を開く。
「確かに戦闘とかだと魔法が使えない私はサフラの足を引っ張っちゃうし、守って貰うしかないのかもしれない。でもそれはサフラに頼りきりになる理由じゃないと思うの!」
リウムはサフラに自身の考えを共有する。
「だから私は今日からサフラと一緒にこの旅の計画を立てるよ!」
「一緒に?」
その言葉にサフラは首を傾げる。構わずリウムはサフラに喋り続ける。
「今までサフラは一人で計画を立ててたでしょ? それを私達二人でやろうよ!」
「……別に俺が一人でやってもいいぞ? リウムはこの外を楽しんでくれればそれで……」
サフラはそこまで言うとリウムが口を挟む。
「違うの! これはね、サフラに頼りきりにならないための第一歩なの!」
「俺に?」
「私がこの旅を楽しむためにはサフラ。あなたと一緒に楽しめないと駄目なの!」
リウムがサフラに自分がこの旅における必要条件を話す。
「サフラは私の事を外に出してくれた。それだけでサフラには感謝してもしきれない。なのに、あなたがこの旅を楽しめないなんて、私は納得出来ないし、その横で楽しむなんて出来ないの! だからサフラと一緒に楽しめるようにその負担を私にもさせてって言ってるの!」
「……確かにそれはそうだな」
サフラはリウムの考えに同意を示す。恩人が自分の旅について何から何までしている横で物事を楽しむなんてのはとんでもなく難しい事だと。サフラは数秒目を瞑り、意を決した様にリウムに話す。
「リウム」
「ハァ……ハァ……何?」
先程まで熱弁していたことで息が切れているのか呼吸が荒いリウムにサフラは声をかける。
「リウムは二十年禁書の中にいた。だから俺はリウムに外の事を楽しんで貰うために余計な事は考えないようこっちで何とかするつもりだったし、それがこれからも最適な行動だと思う」
「…………」
サフラからの言葉にリウムはその顔を床に向け、黙ってしまう。しかし、サフラはその状態のまま言葉を続ける。
「だが、この旅はリウムの旅だ。それなのにその旅の事をリウムが知らないというのは良くない事だな」
「! じゃあ……!」
それを聞いたリウムはその俯かせていた顔を勢いよく上げる。そこには表情こそあまり変わらないものの優しげな目をしたサフラがいた。
「あぁ、これからは俺達二人で計画を立てよう」
「やったー! ありがとうサフラ!」
サフラがそう言うとリウムは飛び上がるように喜ぶその様子をサフラは観察し、落ち着いた頃にサフラは椅子を立ち上がり扉に向かっていく。するとリウムはサフラに呼び掛ける。
「どこ行くの? お手洗い?」
「いや、宿屋を出て野宿だが?」
サフラがそう言うとリウムは驚く。
「えっ!? 何で!? せっかくの宿屋だよ! 何で外で野宿するの!」
「何でって……部屋が一つしか取れなかったからだろう。明日の朝には来るからその時にこれからの事を話し合おう。じゃあ俺は行ってくる」
「いや、別に私は気にしな……行っちゃった」
サフラはそれだけ伝えると足早に部屋から出ていく。リウムは閉まった扉を見ながらしょうがないかと一人ベットに寝転がる。
「まぁ、サフラの事だし、モンスターなんかに襲われても返り討ちに出来るか……」
リウムはそんな独り言を言い放つと、その目をゆっくりと閉じる。
「今日は……戦闘もしたからすごく疲れたなぁ……」
リウムはそのまま一分程で眠りについた。その尻尾を体に絡めながらゆっくりと夢の世界へと旅立って行った。
「まずい……やってしまった……」
宿屋を出てレリチアの外で野宿の出来る場所を探していたサフラ。そんな彼は今とんでもなく焦っていた。何故焦っているのかそれは。
「うぅぅぅぅ……」
目の前に転がる頭に大きなたんこぶが出来た首から銀色のプレートをかけている青年が倒れているからだ。
ありし日のサフラとラニ
「サフラ先輩って騎士としての作法ちゃんと分かってます?分かってないなら私が教えますよ」
「知らないし、必要ない」