ハーメルンの投稿にまだ不慣れのため、タイトルやタグをいじったりしています。
ついpixivと同じような感じでやってしまう……どうかご了承ください。
バクダンムシの始末、慣れれば簡単。ナイフで切り裂いて、息の根を止める直前、ヤツらは腹を膨らませる。
その瞬間、すぐに離脱すれば――
「レッド、上だ!」
他のオペレーターが叫ぶ。レッドはとっさに頭上を向いた。気づいた時にはドローンから放たれた黒い物体がすぐ目の前に迫っていた。
クソ、油断した。
地上を這いずり回るバクダンムシの対処に集中する瞬間を、空から狙われた。敵はドローンも用意していたんだ。できる限り距離をとるために地面を蹴った瞬間――轟音が炸裂した。
衝撃波が鼓膜を破壊する。真っ白になった意識の中、地面に叩きつけられたような感触はあったが痛みはなかった。痛覚も麻痺してしまったのか。
声が、出ない。
目を開けているはずなのに、真っ白で何も見えない。至近距離の爆発の衝撃で、身体の感覚が失われてしまっていた。
何も見えない。何も聞こえない。敵はすぐそこにいる? それすらわからない。
世界にたったひとり取り残された気がした。敵地の真ん中で、たったひとり。
死にたく、ない。
死ぬことは怖くない。でも、こんな死に方は絶対にイヤだ。敵の中には重装兵もいた。今の状態なら、あっさりと殺されてしまう。
いや、殺されるならまだマシ。敵に捕まって、慰み者として弄ばれるかもしれない。尊厳を奪われて生かされるくらいなら、いっそのこと――
いきなり身体が浮いた。誰かが自分を担ぎ上げたのだ。
視覚も聴覚もまだ直っていないから、自分を担いだのかが誰なのかわからない。ただ担ぎ方が思ったよりも乱暴ではなかったから、たぶんきっと味方のはず。今はそう信じるしかなかった。
そんな極限状態の中――ただひとつ生き残っていた嗅覚が、不思議なニオイを嗅ぎ取った。
今まで嗅いだことのない匂い。何の匂いなのかはわからない。けれどその匂いを嗅いでいたら、なんだか……ヘンな気分になってくる。こんな死にかけている状態なのに、身体がやけに疼いている。
それから少しして、地面に降ろされた。いや、硬い地面じゃない。たぶん野営地で使うような折り畳み式の簡易ベッドだ。きっとロドスの医療オペレーターのいるところまで運ばれたんだろう。
あいかわらず目も耳も使えない。自分をここまで運んでくれたオペレーターの顔もわからない。
でも、レッドは覚えた。
あの不思議なニオイのするヒトは、レッドを救ってくれた。あの不思議なニオイ、絶対忘れない。
【pm11:15 ロドス本艦 居住区エリア】
ハイゼの自室は、ロドスの居住区のかなり奥まったところにある。食堂も購買部からも遠いし、かなり不便だ。
でも文句は言えない。なにせ自分はたいして偉くもないのに個室を使わせてもらっているのだから。
基本的に、ロドスのオペレーターは相部屋を使うことが多い。ただ自分の場合アーツの特性上、相部屋はあまり好ましくない。アーツを使うと周囲の女性が発情してしまう、というなんとも理解しがたい副作用があるからだ。
一応男性には効果がないはずだが、それも100パーセントとは言い切れない。万が一があってはマズい、というケルシー先生の判断で自分は分不相応な個室を使わせてもらっている。
女を連れ込むために個室を与えたわけではないぞ、とケルシー先生にはしっかり釘を刺されたが。
そろそろ寝ようか、とベッドに向かい――何かの気配を感じた。天井を見上げる。見上げた先には、天井の点検口があった。おそらく天井の上を走る配線やら空調やらの保守点検のための点検口。
そばにあった愛刀を手に取る。まさかロドス艦内で命を狙われるなんてありえるだろうか。まさか女性関係……? なんて疑念が頭をよぎる。
そんなはずない。複数の女性と関係を持っているのは俺だけじゃないっていうのに。発情期を発散させるために、スポーツ感覚で身体を重ねることは珍しくないのだから。
「誰か、いるのか」
ほんの少し声が上ずってしまった。安らげる場所であるはずの自室で、知らない誰かが天井裏に潜んでいる。
背中を嫌な汗が湿らせていく。物音はしない。でも感覚を研ぎ澄ませば、確かに息づかいを感じる。いるのだ、そこに。
息を殺して愛刀に手をかけた――その瞬間。
がばっ、と天井点検口の蓋が開いた。同時に点検口から赤い影が音もなく舞い降りてくる。
剣を抜く反応が一瞬遅れた。その赤い影は、どこかで見た記憶があったからだ。
「待って!」
点検口から飛び込んできた、赤いフード付きのジャケットを着た少女がこちらを制する。
「レッド、敵じゃない」
レッド、とは少女の名前か。少女の頭上の耳がぴこぴこ揺れる。銀髪のループス。やはり見覚えがあった。
「ああ、思い出した。前にドローンの爆弾を食らったオペレーターを助けたことがあった。君は、その時のオペレーターだね」
お礼を言いに来た、というなら何で点検口から入ってきたのか? その疑問はとりあえず置いておく。
それにこのレッド名乗る少女とは、助けた時を除いてまったく面識がないのだ。救護所まで運んだ時も言葉を交わしてはいない。そもそも、あの時は呼びかけてもまったく反応がなかったから。正直、助からないかもと思ってしまっていた。
「ケガは直ったんだな、よかった」
スニーキングで侵入してくるくらいには元気なのだから、身体は大丈夫なんだろう。
「レッド、ずっと探してた。助けてくれたヒトのニオイ、ずっと探してた」
「匂い……? 匂いで探してたって、どういうこと――」
こちらの言葉が言い終わるのを待たず、レッドが飛び込んできた。
「やっと会えた……! レッドのこと、助けてくれたヒト」
抱きついたまま、レッドは俺の胸元に鼻をこすりつける。小動物に懐かれたみたいでなんだかいじらしい。
「あのニオイ、ちゃんと覚えてる。うまく、説明できない……嗅いでいたら、ヘンな気分になるニオイだった」
そういえば――思い出した。レッドを助けた時は周囲に重装兵がいたから、アーツを使ったんだった。レッドが覚えていた時はその時の匂いか。
すんすん、とレッドが鼻を鳴らす。小動物が匂いを確かめるみたいに。
「おかしい。あの時のニオイ、ほとんどしない」
レッドは不満そうに眉をよせた。
「俺のこと、ずっと探してたのかい。匂いだけしか手がかりがないのに?」
「うん。ケルシーには止められたから、ナイショでこっそり探してた。更衣室、洗濯室、シャワー室とか……いろいろ」
ケルシーは俺のアーツの副作用を知っているからレッドを俺と接触させたくなかったんだろう。それにしてもまさかロドス艦内のあちこちで、使用ずみの衣類の匂いを嗅ぎまわっていたってことか。
「あんまり、そういうのは……ね。よくないと思うよ」
一応、やんわりと注意をしておく。ロドスの同僚としてそれくらいは言っておかないと。
「でも、レッドもう一度会いたかった」
ぐりぐりと鼻を胸元に押し付けられる。ああもう、こんな風に甘えられたら強く言えないじゃないか。
そもそもこの子、発情期とかまだ知らないんじゃなかろうか。しゃべり方とか、見た目に対してずいぶんと幼い感じがするし。
とりあえず落ち着かせようと、少し癖のある銀髪をそっとなでた。なるべく耳には当たらないように気をつけながら。
「んんっ……」
レッドがやけに艶めかしい声を出したが、聞こえなかったことにしておく。リラックスして気持ちよさそうに目を細めているから、つい気がゆるんでそんな声が出ただけだろう。お風呂に浸かったときについ声が出てしまう時みたいに。
なんだか小動物を甘やかしているみたいで、レッドの頭をなでるのをなかなかやめられなかった。少女はループスのふさふさとしっぽを揺らしながら、じっと抱きついたまま離れようとしない。
ちらりと時計を見れば、もう夜中の12時近くだ。さすがに自分の部屋に帰さないと。
「それじゃあ、夜も遅いしもう帰ろうな」
「……?」
抱きついたまま、上目づかいの視線が返ってくるだけ。
「いやね、レッドが俺の部屋にいることを知られたらいろいろとマズいんだよ。個室を与えたのは女を連れ込むためじゃないぞ、ってケルシー先生にも言われてるし」
「知らない。ケルシー、関係ないっ」
ちょっとだけふてくされたように、レッドはまたぐりぐりと鼻をこすりつけてきた。
「助けてくれた時ほどじゃないけど……レッドの好きなニオイ、する」
さりげなくレッドを引き離そうと思ったけれど、どうにも無理っぽい。相当鍛えているらしく、こちらが本気を出してようやく引きはがせるかどうかだ。
とはいえ、そこまでして引き離すのは気が引ける。なんだかレッドを拒絶して突き放してしまうような気がしたから。
「しょーがない。眠くなったら自分の部屋に戻るんだよ」
「ん……なら、寝なければずっとこうしててもいい?」
「いや、それは――」
ダメだよ、と言おうとしたところでいきなり部屋のドアが開いた。ロックはかけていたはずなのに。
「ここにいたのか、レッド」
「げっ」
思わず声が出てしまう。開いたドアから姿を見せたのはケルシー先生だった。上位権限のIDでドアのロックを解除したのか。
「ハイゼ。私に質問に完結に答えろ」
「は、はいっ」
絶対零度の視線。それが恐ろしくてしょうがなかった。
「レッドに何かしたか。アーツを使ったのか? ずいぶんとレッドはお前に懐いているようだが」
「使ってません! 寝ようと思ったら、いきなり……レッドが天井裏から飛び込んできて」
ちらりとレッドの方に視線を送る。彼女が証言してくれないと、疑いは晴れようがないからだ。
たどたどしい説明ではあるけれど、レッドはぽつりぽつりと事情を話してくれた。俺の匂いをたどるために洗濯物まで漁っていた、と話したらケルシーはものすごく険しい表情をしていたが。
「そうか……あの戦闘ではレッドは至近距離で爆風を受け、視力と聴力を一時的に失っていた。お前が迅速に救護所まで運んでくれたおかげで、後遺症もなく治療ができた。その点については感謝する。……レッド、そろそろその男から離れろ」
おずおずとレッドは俺から身体を離した。耳がふにゃりと倒れているのを見ると、相当名残惜しかったのがうかがえる。
「お前のアーツの副作用はタチが悪い。レッドのようにあまり男性経験のない者にとっては毒に等しいだろう。ましてや私の直属であるレッドに手を出すようなことがあれば――ハイゼ、お前の身の安全は保障しかねる。前にも言ったはずだ。個室を与えたのは女を連れ込むためではない、とな」
「……肝に銘じておきます」
天井裏から入り込んできたんだからしょうがないだろ、とは言わないでおく。ケルシー先生に口答えをすると後が怖いから。
「信用ならんな。他のオペレーターとも関係を持っているんだろう。こちらの情報網を甘く見るなよ。お前のようなタラシはいっそ独房にも閉じこめておくか」
ぴこぴこ、とレッドの耳が動く。
「ハイゼ、他にもツガイ、いる?」
「いや、
「――ケダモノ」
ケルシーの吐き捨てるようなひと言が突き刺さる。これ以上は余計なことは言わない方がよさそうだ。でないと本当に独房に入れられかねない。
「ん……なら、レッドが見張っておくっ」
ふんす、とレッドがやけに張り切り始めた。これにはケルシーも少し驚いていた。
「ハイゼが女を連れ込まないように、レッドが見張っておく」
「いや、見張るって……どうやって?」
「レッド、潜入は得意。尾行も得意。大丈夫、問題ない」
大丈夫じゃない、問題だ。それだとむしろレッドとの距離が縮まってしまうじゃないか。ケルシー先生は眉間を指でつまんで黙ってしまった。私はもう知らん、とでも言うかのように。
……とりあえず、天井裏の点検口はどうにかして塞いでしまおうか。
次はパゼオンカで考えています。