もっとおもしれー女っぽさを出したかったけれど、難しかった
今日の任務もなかなかにハードだった。ずっと剣を振り回しっぱなしだったせいで、全身の筋肉が悲鳴を上げている。
アーツも尽き果て体力の限界。一時は本当に危なかった。テンニンカが治療アーツを使ってくれたおかげでなんとか窮地は乗り切ることができたけれど、あれがなかったらと思うとゾッとする。
テンニンカには機会があったらお礼を言っておこう。今日は自分もアーツを多用した後だから、あまり彼女に近づくのはまずい。
アーツの副作用がドゥリン族にも作用するのかはわからないけれど……もしそうなったら、きっと自分は今ごろ懲罰房行きだろう。下手したらパゼオンカあたりに即刻処刑されるかもしれない。
――ときどき、自分の体質がイヤになる。
戦場で生き残るために使うアーツに、こんな副作用があるなんて最初は思いもしなかった。アーツを戦闘で使い始めた頃は、自分と行動を共にする女性の様子がおかしくなる理由がわからず戸惑うばかり。
ロドスで働くようになってから、ケルシー先生に原因は自分のアーツの副作用だと教えてもらった。結局のところ、対処法はアーツを使用した後はなるべく女性オペレーターとの接触を避けるしかない、とのこと。
まあ、不治の病である鉱石病に苦しむ人たちと比べれば、自分の境遇はまだマシだ。少なくとも死ぬようなことはないのだから。
あとはなるべくトラブルに巻き込まれないよう、女性とは距離を取るよう心がけないと。でないと女性トラブルで命を落としかねない。
「ハイゼさん、ちょっといいかしら」
……とはいえ、女性の方から近づいてくるのはどうすりゃいいんだ。シャワーを浴びて休もうと通路を歩いていたら、ループスの女性に声をかけられた。
薄桃色の髪をなびかせ、険しい表情でつかつかと歩み寄ってくる。どこか高貴な雰囲気を漂わせるループスの女性。
「ごめん、今は急いでるんだ」
戦闘でアーツを使った後だから、早く着替えてシャワーを浴びたいんだが。とはいえパゼオンカは解放してくれなさそうな雰囲気だ。腕を組んでこちらをじっとにらみつけてくる。
「……どうしてテンニンカさんと一緒に任務に出ていたのですか」
またか、と心の中でため息をつく。こうしてパゼオンカに絡まれたのは一度や二度ではない。
「知りませんよ、編成を決めたのは俺じゃない」
パゼオンカはどこかで俺のアーツの副作用のことを聞いたらしい。ドゥリン族に対して並々ならぬ庇護欲を抱えている彼女にとって、俺は性欲にまみれた獣のように見えているんだろう。
こっちだって、望んでそんな体質になったわけじゃないっていうのに。
「あなたがドゥリン族のみんなを大切にしているのは知っているよ。でも言いがかりはやめてほしい」
「そんなの信用できませんわ。あなたは複数の女性と関係を持っているのでしょう」
言葉に詰まってしまう。たしかにまあ、それは事実だと言えなくはないのだけれど。
「……もちろん、同意の上だよ。やましいことはない」
「相手の同意さえ得られれば、ドゥリン族の子たちに手を出すのかしら?」
「だから、するわけないってば」
さすがにドゥリン族の子たちに手は出さない。というか……そもそも
いやいや、こんなことを妄想してしまうだけで犯罪に近い。ドゥリンはダメ、ゼッタイ。
「こうして釘を刺しておかないと、きっとあなたはドゥリンの子たちにあんなことやこんなことを――」
パゼオンカは視線をずらすと言葉を止めた。俺も彼女の視線の方向に振り返る。フードとバイザーで顔を隠した異様な姿。そこに立っていたのはドクターだった。
「編成を決めたのは私だ。それに、ハイゼはむやみに女性オペレーターを傷つけるような男じゃない」
「ですが、ドクター」
「テンニンカがいれば他のオペレーターが動きやすくなる。それに今回の任務は投入できる人数が限られていたから、いざという時に治療もできるテンニンカが適任だった、というわけだ。パゼオンカ、君は――私の戦術指揮に何か意見があるというのかな」
パゼオンカは憮然とした表情のまま。しかしドクターに反論はできなかった。ドクターの戦術指揮にケチをつけたなんて噂が広まれば、このロドスではだいぶ肩身が狭くなってしまうから。
「君がドゥリン族のオペレーターを大切に想っていることは良く知っている。だが――他のオペレーターを侮辱するのは看過できない」
ドクターに注意を受けたのがショックだったのか、パゼオンカははっとした表情を浮かべた。
「……申し訳ありませんわ」
へにょり、とパゼオンカの獣耳が力なく垂れる。ドクターが立ち去ると、パゼオンカはがっくりと肩を落とした。
「ま、まあ俺はそれほど気にしてないから。それじゃあこれでっ」
ふたりきりになると気まずい事この上ない。俺はパゼオンカを残し、そそくさとシャワー室へと逃げようとしたのだが。
がしっ、とパゼオンカに肩をつかまれる。
こちらはいきなりのことに戸惑うばかり。もしやさっきドクターに注意を受けたのを逆恨みしているわけじゃないだろうな。
「少し……確かめておかないといけませんわね」
「た、確かめる?」
「先ほどから妙に落ち着かないのです。もしかして、あなたのせいではないかと思いまして」
確かに任務でアーツを使ってからまだ着替えていない。副作用がパゼオンカに影響を及ぼしている可能性はある。
距離を取ろうとした矢先、むしろパゼオンカは距離を詰めてきた。
「なるほど、これは……やっぱり、危険かもしれません」
「あっ、ちょ、近いって」
すんすんとパゼオンカが鼻を鳴らす。逃げようにも両肩をがっしりつかまれてしまった。彼女はかなり身長がある。自分と同じか、もしかしたらわずかに高いかも。そんな彼女に抑えつけられてしまえば、簡単には逃げ出せそうになかった。
「大丈夫、これはあくまであなたの体質がドゥリンの子たちに危険性がないか確かめているだけですわっ」
「いや大丈夫じゃないって。むしろ君の方が危険だから!」
やたらとパゼオンカの息が荒いし、熱でもあるかのように顔が真っ赤だ。アーツの副作用で発情している。これはどうにかして止めないとマズい。
人通りが少ない通路とはいえ、もしこの状況を見られたら。パゼオンカが発情しているのはすぐにバレるし、ナニかしようとしていたのかと疑われてしまう。いくら何でもそこまでのスリルは求めていない。
「なるほど、これは……クセになりますわね」
「もういいでしょ、放してっ」
「ダメ。まだ足りませんわ」
「ひ、人を呼びますよ!」
ダメだ、こちらの言葉を聞いてくれそうにない。いっそ本当に助けを呼ぶか。女性に襲われて抵抗もできないとはなんとも情けない話だが、下手に暴れて彼女にケガをさせるわけにもいかないだろう。
すぐそばに火災報知器のボタンがあった。もしかしたら始末書を書くハメになるかもしれないが、このまま何もしないよりは――
「レッド、助けにきた」
するり、と赤い影が飛び込んできた。突然現れたレッドに驚いたのか、パゼオンカは固まってしまっている。その隙に拘束から逃げ出しその場を離れた。
「ありがとう……助かったよ」
なんでレッドは俺の居場所を知っていたんだ、とは聞かないでおく。これ以上懸案事項を増やしたくない。
「ん……お礼、ほしい」
「もちろん。何が欲しいのかな」
「……今夜、行っていい?」
「いやぁそれはちょっとなあ」
「レッド、ひとり……さびしい」
しゅん、とレッドは尻尾を丸めた。ああもう、そんな寂しそうな顔をしたら断われないじゃないか。
「ケルシー先生には、絶対に言っちゃダメだよ。二人だけの秘密だ」
まあ、余計なことをしなければ大丈夫だろう。甘やかして寝かしつければいいだけだ。まだ精神年齢の幼いレッドに手を出すほど飢えちゃいない。
……逆に自分が手を出される可能性を考えておくべきだった、と後悔したのは翌朝のことだった。
【pm9:20 ロドス本艦 バーに改装された活動室】
パゼオンカに襲われかけた翌日。
たまの気分転換にバーで飲むことにした。それに他のオペレーターのいるところなら、飢えたオオカミに襲われる心配もない。
「何になさいますか」
「ハイボール。レモンを少しいれてもらっていいかな」
今日のバーテンダー担当はイグゼキュターだった。寡黙に淡々と酒を作ってくれるタイプだから、ひとりで静かに飲むのにぴったりだ。
「お待たせしました」
「ありがとう」
グラスの中の氷が踊り、からからと涼し気な音を立てた。バーの店内にはしっとりとしたピアノのBGMが流れている。やはりバーで飲む酒はいい。いつも自室で飲むのとは味が違う気がする。
3杯目のハイボールを楽しんでいたら、こちらに近づいてくる気配があった。
「あの……ご一緒しても、よろしいかしら」
薄桃色の髪、背の高いループス。まさか昨日会ったばかりのパゼオンカに、バーで出くわすとは。
「その、お邪魔だったかしら」
「邪魔ってことはないよ」
スツールを引き、パゼオンカが隣に座る。
「昨日のこと、謝っておこうと思いまして」
「いいよ、気にしてない」
「いいえ、気にしますわ。興奮して冷静さを失い、あなたには失礼な言動をしてしまいました。どうか、今夜は私に払わせてくださいませ」
まあ、彼女が興奮したのは俺の体質のせいなんだけれど。ここは大人しくご馳走になろう。たぶんこのヒト、簡単には引かないだろうし。
「それじゃあ、ご馳走になろうかな」
「ええ、遠慮なく。マスター、
「ございます。飲み方はどうされますか」
「ロックでお願いするわ」
ほどなくパゼオンカのもとにグラスが運ばれてきた。お互いのグラスをかちん、と軽く合わせる。
黙っているのも何だか気まずいので、少し気になっていたことを聞いてみることにした。どうしてパゼオンカはあそこまでドゥリン族のことを大切にしているのか、と。
「……今思えば、わらわの思い上がりですわ。無垢で疑いを知らないドゥリンの子たちはテラの世界では生きられないと思い込んでいましたから」
「ドゥリンの子たちって、意外とけっこうたくましいよね」
「まったく、その通りですわ。最近すこし思うのです。守るべき存在だと、勝手にわらわが決めつけていただけではないかと。本当は気づいておりますの……わらわがいなくとも、ドゥリンの子たちはきっと地上でも生きていけると」
寂しそうに眼を細めながら、パゼオンカはグラスをあおる。アルコールが回ってきたのだろうか、ほんのりと頬が赤い。
空になったパゼオンカのグラスにまた蜂蜜酒が注がれる。彼女は半分ほど飲み干すと、ほぅっと小さくため息をついた。
「あと、ほんの少しだけ……うらやましいのです」
「うらやましい? ドゥリンの子たちが?」
「はい。小動物のように誰からも可愛がられ、愛される。そんな彼らを羨ましいと心の奥底で感じていたのです」
「ああ、そういやこの前ドクターがテンニンカにお菓子をあげてるのを見かけたなあ」
「べ、別にうらやましくなんてありませんわ! マスター、もっと強いのを出してくださいまし!」
「では、蜂蜜酒をウイスキーで割ったものをお作りしましょう。ジンで割ることもできますが」
「両方! 両方ですわ!」
出された酒をパゼオンカは次々と飲み干していく。すごく酔っぱらいそうだけど大丈夫だろうか。
蜂蜜酒で強い酒を割ったら、飲みやすいから気をつけろと聞いたことがあるけれど。
数十分後――。
「どうせぇ、わらわみたいな女よりぃ、ドゥリンの子たちの方が可愛らしいですし……」
めんどくさい酔っぱらいができあがっていた。
とろんとした目つきはいかにも酔っぱらいのそれだ。頬をふくらませてすねている表情は、ドゥリンに負けないくらい可愛らしくはあるけれど。
「可愛いと思うよ、パゼオンカも」
「ほ、本当にそう思っていますのっ」
もちろん本心ではある。黙っていれば美人だし。それにどこか儚げな雰囲気を醸しているから、なんとなく放っておけないのだ。
「そ、そんなに見つめないでくださるかしら……」
「ごめん、つい」
酔って顔を赤らめた姿に見とれていた、とは言わないでおく。自分もだいぶ酔いが回ってきたみたいだ。
「ああ……ずいぶんと酔ってしまいましたわ」
「はい、お水。自分の部屋まで歩いて帰れる?」
ふらりと身体を傾けたパゼオンカをとっさに支える。彼女の身体が近づいた瞬間、なんとも言えないいい匂いがした。
「……部屋まで送ってはいただけませんか。わらわの部屋は個室ですから、邪魔は入りませんわ。それに、これだけ酔ってしまったら、ちゃんと歩けるかどうか……」
とろんとした目。酒気で赤らんだ頬。パゼオンカほどの美人にそんなことを言われた、たいていの男なら冷静ではいられないだろう。
――とは、思うのだけれど。
「まいったなあ、誰かに送ってもらおうか」
正直、眠いし面倒くさい。
レッドなら呼べば来てくれそうな気がするんだが。なんならその辺の天井裏に潜んでないだろうか。
「ハイゼ様、おそらく心配は必要ないかと」
ふと、バーテンダーを担当しているイグゼキュターが話しかけてきた。
「パゼオンカ様は、酒豪と呼ばれるドゥリン族に勝るとも劣らないくらいアルコールの耐性を持っています。今日飲まれた量であれば、艦内の移動くらいなら支障はないでしょう」
たしかにイグゼキュターの言うとおりだ。パゼオンカは酒飲みぞろいのドゥリン達と共に暮らしていたんだから、酒に弱いはずがないか。パゼオンカはイグゼキュターに何か言いたげな表情をしているけれど。
「ならよかった。じゃあ俺はこれで帰る――」
スツールから立ち上がろうとして、がっしりと腕をつかまれる。指が喰いこんでいて普通に痛い。
「……ませんわ」
肩をぷるぷると震わせるパゼオンカの顔は、火が出そうなくらい真っ赤だ。しかもループスの尻尾をピンと立たせている。たしか尻尾を立てるのって、怒っている時か発情している時じゃなかったっけ。
「許せませんわ……わらわに恥をかかせて、このまま無事に帰すとでも?」
パゼオンカにそのまま引きずられていく。これではまるで肉食獣に噛まれて引きずられる獲物だ。
飢えたオオカミを怒らせてはいけない。ましてや酒が入っているならなおさら。
後悔しても、すでに遅かった。
次回は未定。
ルナカブあたりで考えていますが、変わるかもしれません。