でも書いててものすごく楽しい
天気のいい日くらいは太陽の光を直に浴びたい。居住区のすみっこ、窓のない部屋に住んでいる身なのでなおさらだ。
ロドスの甲板に出る。太陽の光を久しぶりに浴びて、思わず目を細めた。太陽ってこんなにまぶしいものだったか。
あまり人の来なさそうな隅っこまで移動し、甲板に座って足を投げ出した。保温タンブラーに入れたお茶をひと口飲む。パフューマ―が茶葉を分けてくれたお茶だ。たしかカンザシグサ……イカリソウだったか。心身の疲れをとり元気になれるらしい。
甲板で浴びる日の光と風が気持ちいい。なんだか少し眠たくなってきた。ロドスの駆動音を子守歌がわりに、そんな風に何もない時間を楽しんでいたら――。
「……おい」
「え、ちょ、なに?」
突然声をかけられ、お茶の入ったタンブラーを落としそうになる。声のした方に振り返れば、小柄な少女がこちらをじっと見つめていた。ペッローよりも少し大きくて尖ったループスの耳。
たしか何回か任務で一緒になったことがある狙撃オペレーターだ。名前はルナカブ……だったか。
「なあ、お前。何か食べ物持ってないか」
そういえば、この子は何回か食糧庫に忍び込んで騒ぎになっていたな。なかなか食い意地の張った子にようだ。同じ荒野で育ったヴァーミルはそんなことはないんだけど、育った環境の違いなんだろうか?
「悪いが、お菓子くらいしか持ってないよ」
ポケットにあるのはクランチチョコと、細長いプレッツェルくらい。ルナカブのお腹を満たせるかは微妙なところだ。
「うぅ……」
「お腹すいてるの?」
ルナカブの尻尾が力なく垂れる。表情もなんだかしょんぼりしていた。
「厨房から美味しそうな匂いがしたから、こっそり食べようとしたのだ。そうしたら、料理を作っていた……ユー? って奴に見つかって……。ものすごく怒られた。誰かのためにこしらえた料理を勝手に奪おうとする奴は、絶対に許せないって」
「それはまあ、大変だったな」
ユーといえば、チョンユエやウァンと同じ一族ではなかったか。そんな存在にはさすがに狩りの得意なルナカブでもまず敵わないだろう。
「で、逃げ回って甲板まで来たと」
「そうだぞ」
「お菓子はあげてもいいけどさ、条件がひとつ」
「何なのだ?」
「ユーにはちゃんと謝った方がいい。この先ロドスの食堂で美味しいご飯が食べたいならね」
ロドスの厨房に立つオペレーターは敵に回さない方がいい。食事は数少ない楽しみなのだから。つまらないことで食堂に行きづらくなれば、きっとルナカブ自身がつらい思いをするだろう。
「……わかった」
「そうしたほうがいい。じゃあ、お菓子をどうぞ」
「いいのか!?」
取り出したお菓子は、あっという間にルナカブに取られてしまう。まあ嬉しそうな彼女の表情を見ていると腹も立たない。なんだか小動物を餌付けしている気分だ。
「なあ、もっとないのかっ」
あっという間にお菓子はなくなってしまった。
「悪いけどこれで最後だよ。……って、何してんの」
あろうことかルナカブが俺の服のポケットをまさぐってきた。そのせいで、ほとんどルナカブにのしかかられるような体制になってしまう。
「ちょ、おい、いい加減に離れてくれ」
ルナカブの手がズボンのポケットをまさぐる。慌てて彼女の身体を離そうとしたけれど、力が強くてなかなか離れない。
これは非常に危険な状況だ。ルナカブの身体が密着してしまっている。くそっ、この子意外と出るところは出てやがる。それに薄手の服を着ているせいで、感触がダイレクトに伝わってくるのだ。
まずい。
このままでは俺の45ミリ都市防衛副砲が発射体制になってしまう。自慢じゃないが俺のサイズは人並みよりかなりデカいのだ。
「おっ、ズボンのポケットに何か入っているのだ。これはソーセージか?」
「おうふっ」
ポケットの中のルナカブの小さな手が、俺のソーセージをつかもうとする。その刺激が強すぎて思わず変な声が出てしまう。
「なんで痛がるのだ! 早くそのソーセージを出すのだ!」
「出したら捕まっちまうんだよ! このおバカ!」
腰を引いてもおかまいなし。ルナカブは俺のポケットに手を突っ込んでまさぐるのをやめようとしない。
近くに助けてくれそうな人もいないし、なんとかしないと。ルナカブはとにかく腹を空かせているのだ。ご飯をあげれば満足してくれるんじゃないだろうか。
「待て待て、食堂に行こう。その方が美味しいごはんを食べられるぞ」
「でも……ルナカブが行っても大丈夫なのか?」
しょんぼりとルナカブはうつむいてしまった。そういや厨房でユーの作った料理をつまみ食いして怒られたんだったか。
「心配しなくていい。でも3つのルールを守ってほしい」
「……3つ?」
そう、3つだけでいい。
「料理を作ってくれたヒトに感謝すること。『いただきます』と『ごちそうさま』を言うこと。あとは……さっきのソーセージの話はしないこと」
「ソーセージ」
「絶対だぞ。ソーセージの話を他のヒトに聞かれたら、ご飯を食べる前に俺が捕まっちまうからな」
「うー……わからないけど、わかったのだ」
ルナカブはなんとなく釈然としていないようだが、仕方ない。君がさっきソーセージだと思って取り出そうとしていたのはチン〇だよ、なんて説明するわけにもいかないし。
いずれ気づく時が来るだろう。
甲板から食堂へ向かう途中、二人連れの男性オペレーターとすれ違った。ひとりはズボンのポケットに手を突っ込んでごそごそと股間周りをまさぐっている。
「おい、どこいじってんだよ」
「ちょっとポジションがな。ズボンに擦れて気になっちまって」
「マジかよ、お前のチ〇コはそこまで気にするほどデカいってか!」
「うるせーよ!」
下品な会話を人のいるところでするなよ、なんて思いつつ。おそらく今の会話を聞いていたであろうルナカブの様子をちらりと見てみる。
「……あ、そ、その……」
まるでトマトみたいに顔が真っ赤になってしまっていた。視線を合わそうとしても目をそらされてしまう。
どうやら、さっきの会話を聞いて気づいたみたいだ。俺のズボンのポケットをまさぐって取り出そうとしていたのが何だったのかを。
「さっきの……ソーセージじゃ、なかったんだな……」
見ていて気の毒になるくらい顔を赤くしながら、ルナカブはしぼり出すようにつぶやいた。いずれ気づく時が来るだろうとは思っていたが、まさかこんなに早く来るとは。
「あー、まあ気にしないで。それよりたくさん食べよう。おごるからさ」
こくり、とルナカブは頷いた。まだ顔は赤いが、美味しいものを食べればきっと元気になるだろう。
食堂にたどり着くと、小走りでルナカブは厨房へ向かった。見ればユーが鍋を振るっている。慌てて俺も追いかけた。ルナカブが変なことを言ってまたユーを怒らせないだろうかと心配だったから。
ルナカブが厨房に近づくと、気づいたユーが鍋を置いた。ユーはルナカブを見て少し怪訝な表情を浮かべている。
「さっきは料理を勝手に食べて、ごめんなさい」
頭を下げるルナカブにユーは面食らっているようだったけれど、やがてふっと口元を緩めた。
「いいよ。でもね、次からはきちんと料理を作った人のことも考えるようにね」
「わかった! ちゃんと食べる前には『いただきます』って言う!」
ほぅ、とユーが少し驚いた顔をする。
「あの時はためらいなく私の作った料理を盗んでいったのに、どういう心境の変化なんだろうね」
「食べ物があるからって、なにも考えないで食べようとしたらダメだって学んだのだ……」
これには思わず心の中で苦笑いした。食べ物を手に入れようと他人のポケットをまさぐって恥をかくハメになった、なんてことはさすがにユーには言わないでおこう。
「ほら、座りなよ。とっておきのを出してあげるからね」
「ほんとか!? つまみ食いじゃ足りなかったのだ!」
しょんぼりしていたルナカブがいきなり元気になった。やはり彼女は食べることが大好きみたいだ。
「なあ、何が出てくると思う!? ルナカブは肉がたくさん食べたい!」
「はは、きっと何が出てきても美味しいに違いないよ」
待ちきれなさそうなルナカブを気遣ってくれたのか、ユーはまず炒飯を持ってきてくれた。美味しそうに炒飯をほおばるルナカブを見ていると、なんだか心がほっこりしてくる。
それから
するとユーが厨房から出てきた。
「きちんと『いただきます』が言えるようになった君に、私からのご褒美だよ」
皿にのって出てきたのは、すごく……大きなソーセージだった。聞けば
「あ……あぅ……」
ソーセージを前にルナカブは固まってしまった。頼むから顔を赤らめるのはやめてほしい。なんだかこっちまで恥ずかしくなってしまう。
「食べないの? 万人向けに香辛料を調整しているから、きっと君も気に入ると思うよ」
ユーに促され、ルナカブはソーセージにかぶりついた。この野生児がわざわざナイフとフォークを使うはずもないから、もちろん手づかみで。
「ん、んっ」
よほど美味しいのか、咥えたソーセージをがんばって咀嚼している。その光景はなんだか……ちょっと卑猥に見えてしまった。ユーはなんでまたソーセージを加工せずに一本ままで出してきたのだろう。見た目のインパクトでルナカブを喜ばそうとしているのだろうか。
「ん……すごく、太いっ……」
顎が疲れたのか、いったんルナカブが肉の棒から口を放す。いったんひと息ついてから、また一気に肉の棒を咥えこんだ。
――ヤバい。
自分のソーセージがなんだか元気になってきてしまった。落ち着け、無知な野生児が肉の棒を食べているだけなのだ。邪心を捨てろ。料理を作ってくれた人には感謝しなさいと、自分で言ったばかりじゃないか。
それに最近、なんだか変に気分が昂ってしまうことが多いのだ。パフューマ―にイカリソウのお茶をもらうようになってから、そんなことが増えたような気がするのだけれど。
「……っ! んんっ!」
ルナカブが突然苦しみ始める。ソーセージを喉に詰まらせたか。テーブルにあったコップはどれも空だった。
そうだ、タンブラーにお茶がまだ残っていたはず。急いでフタを空けてルナカブに渡す。その間に給水機へと水を汲みに走った。
「げほっ、げほ……ごほっ」
汲んできた水を飲ませ、背中をさすってやる。
「し、死ぬかと思ったのだ……」
「気をつけような。よく噛まないと消化にも悪いし」
どうやら落ち着いたみたいだ。残った料理を食べようと、背中の手を止めたのだが――。
「あっ……」
「どうした」
切なそうな、どこか物欲しそうな。そんな顔でルナカブがこちらを見つめてくる。
「もっと……なでてほしいのだ」
「いや、そりゃちょっとなあ。ここは他の人もいるし」
さっきルナカブが喉を詰まらせたとき、何事かと周りの注目を集めてしまった。できることなら、さっと食べて食堂を離れたいのだが。
「じゃ、じゃあ人のいないところならいいのかっ」
やたらルナカブが食いついてくる。ぴーんと立った耳、高く上げられた尻尾。そして上気して赤くなった顔。
おいこれ、発情のサインじゃないか。
俺はアーツを使っていない。ということはたまたまその周期が来たのか、もしくはその他の外的要因か。
そういえばーーふと、思い当たることがあった。ルナカブはさっき喉を詰まらせたとき、俺のあげたお茶を飲んでいた。
パフューマ―からもらった、イカリソウのお茶。まさか、と思いつつ端末で検索してみる。
――イカリソウ。花の形が船の錨と似ている。炎国では淫羊藿と呼ばれ、精力増強に効果があるとされている――
パフューマ―のやつ、とんでもないものを飲ませてくれたな。どうりで飲んだ後にやたら下半身が昂るわけだ。
マズい、知らずにルナカブに飲ませてしまった。あれは事故だ。喉が詰まったので仕方なかったのだ。
「ほら、食べ終わったから早く行くぞっ」
「い、行くってどこにだよ」
「さっき言っただろ、人のいないところだ」
「いや、ダメだってば」
このまま勢いに流されるのはまずい。ましてやさっきのお茶のせいで興奮しているルナカブに手を出すわけにはいかない。
さすが荒野育ちの
このままではパゼオンカに襲われた時の二の舞か――と少しあきらめ始めた時。ふわり、と花の香りがただよった。
「はい、落ちつこうか。お姉さんと医療部に行こうね」
パフューマーがいつの間にかルナカブの背後に立っていた。手に持ったハンカチでルナカブの口元を覆うと、みるみる大人しくなっていく。
「大丈夫? 変な事されなかった?」
「ああ、俺は大丈夫だけど……ルナカブは大丈夫、なんだよな?」
大人しくなったルナカブは椅子に座り込んでいた。ぐったりとして動かない。目つきは眠たそうにとろんとしていた。
「うーん、ちょっとラベンダーが効きすぎたかな。申し訳ないけれど、医療部に運ぶのを手伝ってくれない?」
「わ、わかった」
すっかり大人しくなったルナカブを背負い、パフューマ―とともに医療部へ向かう。
「……間に合ってよかったわ。また悪い狼にあなたを食べられてしまうところだったから」
パゼオンカとのことを知っているのか。もちろんパフューマ―にはそのことは話していない。いったいどこで知ったんだ。
それにさっきルナカブに嗅がせたのは、本当にラベンダーだったんだろうか? あれだけ興奮していたルナカブが一瞬でぐったりとするぐらいなのだから、よほど強力な成分が使われている気がする。
俺に作ってくれたあのイカリソウのお茶にも、他に何か入っていたんじゃないか? 気になるけれど、聞く勇気はない。あたりさわりのない世間話をしているうちに医療部に着いた。
「お疲れさま。空いているベッドに寝かせましょう」
背中のルナカブはすっかり眠ってしまっていた。指示通りベッドに寝かせる。背負っていたルナカブの体温のせいで、背中は汗でぐっしょり濡れてしまっていた。
「疲れたでしょう? これ、少し食べてみて。クワの実なの。元気が出るわよ」
「あ、ありがとう。後で食べるよ」
「今食べて。感想を聞きたいの」
言われるがまま真っ黒なクワの実を口に運ぶ。黒い小さな粒が集まったような見た目は、正直あまり美味しそうには見えなかったのだけれど。
「……あ、おいしい」
酸味は少しあるけれど、ちゃんと甘みもある。あっさりとしていて食べやすい。
「でしょ? ビタミンも豊富だし、目にいい成分も含まれているの」
「ありがたくいただくよ。いつももらってばっかりで悪いな」
「気にしないで。療養庭園で採れたものだから。でも、あなたに食べて欲しくて持ってきたのよ。最近、なんだか疲れているみたいだから」
「ありがとう。外勤任務があったら、お土産でも買ってくるよ」
パフューマ―にあらためて礼を言い、医療部を出る。部屋に戻ったら、さっきもらったクワの実でもつまみながらのんびりしよう。
まさかとは思うけれどこのクワの実、何か細工がしてあったりしないよな。飲み物ならともかく、果物にそんなことはしないか。
まあでも一応――後でクワの実のことは調べておこう。何かおもしろい効能があるのかもしれないから。
クワの実の花言葉 「ともに死にましょう」
次回はアロマの予定です。
この子、プロファイル読んだら生い立ちや背景がしっかり書かれてて面白かった