教えていただけるうえに修正まで簡単にできるとは……ありがたい
ところでヤンデレといえばやっぱり長い台詞回しですよね
なおこのお話はアロマのプロファイルをベースに書いております
ハイゼの自室には、他のオペレーターの部屋にはない設備がある。
「さて、そろそろ洗わないと……」
洗濯機だ。異性を発情させてしまうというハイゼにアーツの副作用を少しでも何とかするため、ケルシーがエンジニア部に設置させたのだ。
「げ、洗剤がもうないな」
ロドスのほとんどのオペレーターは共有の洗濯室を利用する。家電付きの部屋に住んでいる一部のオペレーター向けに、購買部で洗剤は売っている。けれども、そこで洗剤を購入することはほとんどなかった。
ハイゼは端末を取り出す。メッセージアプリを立ち上げ、いくつか並んだ連絡先から「アロマ」の文字をタップする。彼女の実家はクルビアで消臭フラグランスとクリーニングを生業としている。アーツを使った後の匂いを消すのにいい洗剤はないか、と探していたところで出会ったのが彼女だった。
『洗濯洗剤が切れたんだけど、またお願いできるかな。お返しに欲しいものがあったら教えて』
チャットを送って数秒もしないうちに端末が震え始めた。
「うぉ、早っ」
通話の着信だ。まさかこんなに早くかかってくるとは。
『もしもし、ハイゼさん? 今どこにいますかっ』
「自分の部屋にいるよ」
『実はちょうど試作品ができたんです。今から届けに行きますから』
「え、今から来るの? ちょっとそれは……」
『……私が部屋に行って、何かマズいことでもありますか』
ワントーン低くなった声に、思わず言葉が詰まる。やましいことは何もないんだけれど。ただ洗剤を届けてもらうだけだし。
ただ、俺の部屋に女性が入るところをあまり見られたくはなかった。他のオペレーターから何を言われるかわかったもんじゃない。
「食堂あたりで待ち合せないかい? ついでに何かご飯でもおごるよ」
『でも、ふたりでご飯食べてるところ見られたら……ウワサされませんかね』
「いやぁ、まあ……」
『お腹がすいてるなら、何か持っていきますね。それじゃあまた!』
「えっ、ちょっ――。あぁ、切られちまったか」
端末を抱えたまま途方に暮れる。確かにアロマの言う事も間違ってないけど、俺の言った事も間違ってないよな。お世話になってる人に食事をご馳走することは別に普通だし。むしろ部屋で会ってるところを見られた方がまずい気がするんだが……なんだか自分の認識に自信がなくなってきた。
よっぽど俺の部屋に来たいのか? そんなはずはないと思うんだけれど。
仕方ない、とりあえずできる限り部屋を片付けるか。アロマは綺麗好きで特に匂いに敏感な女の子だ。彼女が提供してくれた洗濯洗剤を試し始めたころは、よく匂いがちゃんと落ちたかチェックされたんだよなあ。洗濯した後の俺の服に顔を埋めている姿は、見ていてなんとも言えない気分になったもんだ。
ある程度部屋を片付け終わったころ、ドアをノックする音がした。アロマが来たようだ。
「お待たせっ。食堂に寄ってサンドイッチをもらってきたの。一緒に食べよう」
ドアを開けて彼女を招き入れる。ふわり、と透き通った柑橘系の香りが鼻をくすぐった。実家がフレグランス工房なだけあって、彼女はいつもいい香りがする。
「悪いね、食べ物まで持ってきてもらって」
「いいの、気にしないで。どうせなら誰かと一緒に食べたかったから」
はにかんだようにアロマが微笑んだ。
「でもその前に洗濯機を回しちゃおうか。今日持ってきた洗剤はね、ムスクの香りがするの」
「ムスクか。香水とかにも使われてるんだっけ」
「うん、洗浄力は前のとそれほど変わらないけど、部屋干ししてもいい香りがするようにしたの。もちろん香りが強すぎないように調整してあるよ。ほのかに香って、あなた自身の匂いと混ざるとちょうどよくなるはずだから」
「うん……? うん、そっかぁ」
俺の匂いを混ざるとちょうどよくなるのか。そういう調合ができるということはアロマは俺の匂いをよく知っている、ということにならないかな。まあ、深くは追及しないでおこう。
気が付けばアロマは俺の洗濯物を手に取っていた。洗剤を持ってきてもらったうえに洗濯までさせてもらうわけにはいかない。
「いいよ、俺がやるよ」
アロマは洗濯物を片手に固まっていた。もう片方の手は、何かをつまんで持っているように見えた。細くて見えづらいが、髪の毛か何かか?
「これは……誰の毛? この毛色は私じゃない……誰の?」
「何だろうな、訓練の時にでもついたかな」
「誰の?」
やけに低いトーンの声。アロマはこんな声を出すような子だったか。
「誰のって言われてもなあ、髪の毛じゃわからないなあ」
「少し縮れてるよね、この毛。髪の毛じゃないよ。わかるよね? 私、聞いたんだ。あなたが他の女性オペレーターとずいぶん仲が良いって」
背中を嫌な汗がつたう。物的証拠が相手の手の中にある以上、言い訳なんてできるはずもなく。
誰だ、俺の服に下の毛をくっつけたのは。薄桃色ならパゼオンカ、紫ならジュナー。ちなみにレッドとヴァーミルは生えていないから除外だ。
いやちょっと待て、そもそも俺の服についていたなら俺の毛である可能性が一番高いじゃないか。
「アロマ、ちょっと落ち着いて考えてみてくれ」
「なあに?」
「俺の服に毛がついているとしたら……その、俺のものって可能性が一番高いと思うんだけど」
年下の少女に、自分の下の毛を握られている。何なんだこの状況。恥ずかしさを通り越してもはや何も考えられなくなってくる。
「……それじゃあ、お洗濯しようか!」
何事もなかったかのような笑顔で、アロマは洗濯物を洗濯機に放り込んだ。さっき持っていた謎の毛をどうしたのかは、あまり気にしないでおくことにした。
洗濯機が回っている間、アロマと昼食をとる。電気ケトルでお湯を沸かしてお茶を淹れ、彼女の持ってきてくれたサンドイッチを頬張った。生ハムとトマト、それとこのチーズは……モッツァレラチーズだろうか。
「美味いな、このサンドイッチ」
「でしょ? 厨房の人にお願いして手伝わせてもらったの。シラクーザ風のサンドイッチなんだよっ」
えへへ、と花がほころぶような笑顔。さっきまで洗濯物についていた毛を片手に闇堕ちしていたとは思えない。
そういえばアロマはシラクーザで産まれ、まだ幼いうちにクルビアに移ったと聞いている。きっと家庭の味はシラクーザものが多かったのだろう。今は感染者となってしまいロドスで治療中の身だ。陸上艦であるロドスにいる以上、家族のもとに帰るのはそう簡単なことではないはず。
「家族のみんなは元気かい?」
ぴたり、とアロマのサンドイッチを持つ手が固まる。しまった、もしかして地雷な質問だったか。
「……うん、少し前に手紙が届いたの。みんな元気にしてる。……うん、元気にしてる」
アロマの声がしぼんでいく。今、ロドスはクルビアからかなり離れた位置を運行している。アロマが家族と会えるのは、きっとまだまだ先の話になるだろう。
「また、手紙を出さないとな」
「クルビアはもうすぐ暑くなる時期かなあ。最近はかなり猛暑になるらしいから、おばあちゃんが体調を崩さないか心配だよ」
「それも手紙に書いた方がいい。きっと喜ぶよ」
けれども、アロマの返事はなかった。唇をぎゅっと結んだまま、こらえるように黙ったまま。
言いたいことがあるけれど、言い出せずにいる。そんな風に見えた。こんな時は何も言わず待った方がいい。話したくなるまで、じっとそばにいてあげる方がいい。
「……手紙よりも」
ぽつり、としぼり出した声は涙で湿っていた。
「手紙よりも、会いたいよっ。おばあちゃんだって、私だっていつまで元気でいられるかわからないのに!」
アロマは感染者だ。症状は落ち着いているとのことだが、右手首には原石結晶がはっきりと見て取れる。不安でたまらないに違いない。たとえ一年に一度は家族に会えたとしても――あと何回、彼女は愛する家族に会えるのだろうか。
「せっかくロドスのいち職員になって、社会人として自立できたと思ったのに……ダメだね、これじゃあ」
ティッシュの箱を渡す。本当は直接涙をぬぐってあげたいところだけれど。俺みたいな薄汚れたヤツには、彼女の涙をぬぐう資格なんてないから。
「……前に、ホームシックになってどうしようもなくなった時があったの。鉱石病の治療もあきらめて、クルビアに帰ろうかなって思ってた。そんな時だったんだよ、あなたと初めて出会ったのは」
泣きはらしてうっすら充血した目で、アロマは俺を見据えた。
「激しい戦闘が終わって、帰還したあなたとすれ違ったの。ほんの一瞬だったけれど、あの時の感覚が忘れられなくて」
俺ははっきり覚えていない。でもきっと、アーツを使わざるを得ない厳しい任務だったはず。たぶんアロマが覚えていたのは、アーツを使った後の俺の匂いなのだろう。
「あの瞬間、何だか……今まで感じたことがない感覚だった。身体が疼いた。あの時の感覚が何かわからなかったけれど、気が付いたら寂しさはそれほど感じなくなってたの。それよりも、あなたのことが頭から離れなかった。その少し後だったんだよ。あなたが『なるべく匂いの残らない洗剤がほしい』って、私のところに来たのは」
俺も覚えている。洗剤のことで初めてアロマのところへ行ったとき、やたら驚いた顔をしていたから。まさか匂いで覚えられていたとは。
「でもね、匂いを消すなんてとんでもないよね。あなたの匂いを嗅いでいる間、私は寂しさを感じずにいられるんだよ。もちろん、洗浄力を高めた洗剤なんて作ろうと思えば簡単に作れる。でもそうしたらあなたの匂いを感じられなくなっちゃう。
気づいてた? 私、ちゃんと匂いが落ちてたか確かめるフリをしてあなたの服の匂いを嗅いでた。そんな驚かなくてもいいのに。てっきり気づいているとばかり思ってたんだけどな。
ごめんね、私ってなんか変態みたいだよね。お願い、どうか私のことを嫌いにならないで。あなたに嫌われたら、私はもうロドスにはいられなくなる。心の支えがなくなったら、ここで働くことも、鉱石病の治療をすることだってもうできないもの。それくらいあなたは私にとって欠かせない存在なんだよ。
私、謝らないといけないことがあるの。あなたが望んでいたのは完璧に匂いの消える洗剤だったよね。でもね、私はそうしなかった。むしろ、あなたの匂いをかすかに残すような洗剤を作ったの。決して香りすぎないくらいで、間近でなら嗅ぎ取れるくらい。
配合を試した回数は数えきれないんだよ。何度も、何十回も、何百回も。香料も、洗浄液も、ちょっと言えない添加物も試した。でもやっぱり何かが足りない。洗い終わった洗濯物の匂いを嗅いで、かすかに残ったあなたの匂いも感じ取っても、やっぱり何かが足りない。
足りないものはなんだろうってずっと考えてた。どんな香料なら私の気持ちを満たせるんだろうって。そんな時だった。たまたま見ちゃったんだ。あなたが、他の女性オペレーターにぎゅっと抱きつかれているところ。
たまたまそう見えただけ? ううん、あれは事故なんかじゃない。だって、その女はあなたのことをじっと見つめていたから。あれは絶対にトクベツな気持ちがこもってた。
本当に、裏切られたような気分だったんだよ。あなたは私にとって心の支えだったのに。なのにどうして、あなたの腕の中に他の女がいるんだろうって。おかしいよ、そんなの。あなたが私のそばからいなくなったら、私はどうやってこれから生きていったらいいの?」
アロマは重たい言葉を並べながら、ずいっと俺に顔を近づけた。どちらかといえば大人しめな彼女が、まさかこんな行動に出るとは。
胸元に顔をうずめるように、ぐりぐりと鼻を押し付けてくる。両手を背中に回されて抱きつかれているから、簡単には逃げられそうになかった。
「どうして我慢してたんだろう、私。せっかくあなたが目の前にいるのに。初めからこうすればよかったのにね」
ぎりぎりと身体を締め付けられる。これが後方支援のオペレーターの腕力か? こちとら前線で剣を振るっているっていうのに、まったく振りほどけない。
「ごめんね……あなたの匂いを感じている間は、不安を忘れられるから」
不安げなか細い声。さっきまでの勢いはどこへ行ってしまったんだろうか。相変わらずしっかりと抱きつかれてはいるけれど、俺はもう抵抗はしなかった。
彼女はまだひとり立ちできるかどうか、という年齢だというのに。不幸な事故で鉱石病に感染して、治療のために家族と離れ離れになって。
「いいんだ。アロマは悪くない」
悪いのはこの子じゃない。悪いのは
「……どうしてそんなに優しいの。私、あなたに依存するかもだよ」
涙まじりの湿った声。何もできない自分が悔しくてしょうがない。
「頼ってくれていい。減るもんじゃないし」
こんな女の子に背負わせるには、ちょっと荷が重すぎる。誰か大人が代わりに背負ってやらねば。
俺はただの下っ端の前衛オペレーターだ。鉱石病の治療なんてできるはずもない。せめてできることいえば、苦しむ誰かの不安をやわらげてあげることくらい。
ぽんぽんと優しくアロマの頭をなでてやる。アロマは俺の胸元に顔をうずめたまま。なんだか少し鼻息が荒いような気がするけれど、気のせいだろうか。
「ふふ……やっぱりあなたって、ほんとうにいい匂いがするね。なんだか、とても……身体が火照ってきちゃった」
「き、気のせいじゃないかな」
あ、これはマズいかも。アロマはフレグランスや洗剤を作る仕事をしているから、鼻がかなりいいんだろう。常人なら感じないような匂いでも嗅ぎ取ることができるのかもしれない。
「も、もしかしたら風邪気味なんじゃないかっ。今日はもう帰って休んだ方がいいと思う、うんそうした方がいい」
そっとアロマの身体を離そうとしたが、まったく動く気配がない。また甘えるように鼻をぐりぐりと擦り付けてくる。
「頼ってもいいって言ったよ。あの言葉はウソ? それとも……感染者の女とするのはイヤ、かな」
「……ああもう、わかったよ」
アロマの細い身体をぎゅっと優しく抱きしめ返す。フルーツのようないい香りに混じって、ほんの少し彼女自身の匂いがした。
もう少しだけ――いや、もう数時間だけ。身勝手な願望が自分の中でどんどん膨らんでいく。
また部屋に女を連れ込んだのか、なんてケルシーから小言を言われるかもしれないけれど、かまうもんか。せめて今だけは、腕の中のぬくもりに溺れていたかった。
犬が鼻をこすりつけてくるのは所有権のアピールや、寂しさを紛らわすためだとか。犬に近い狼(ループス)にも似たような習性があるかも、と想像してみました。
次はブレイズの予定です