見た目は仮面ライダーデモンズだけど親愛なる隣人スパイダーマンでやります 作:hachi hachi
朝は、いつもと同じ静けさで始まった。
ユウトは目を覚ますと天井を見た。透明な天井の向こうには相変わらず何もない。身体を起こすと、指先に力が満ちている。蜘蛛の因子が朝の光——いやこの施設に朝はない、ただの点灯——に反応して静かに脈打っていた。
やがて、白い廊下の向こうから足音が近づいてきた。今日は音がある。アンヘルはわざと足音を立てている。ユウトに自分の接近を知らせるために。
アンヘル「おはようございます、ユウト」
アンヘルがガラス室の前に立った。白いシスターの衣装。ヴェール。微笑み。二十年前と何も変わらない。だがユウトの耳には、彼女の胸から心臓の音が聞こえない。昨日気づいた事実が、今日はもっと明確だった。
アンヘル「精密検査の時間です。こちらへ」
ガラス室の扉が開いた。ユウトは立ち上がり、アンヘルの後ろに従った。廊下に出ると空気の質が違うことに気づく。何かが張り詰めている。アンヘルの歩調はいつもよりわずかに速く、肩の線が硬い。
廊下の角を曲がった時、ユウトは見た。
遠くの廊下を、マックスが研究員に連れられて歩いていく。両腕に拘束具。だがその背中は、いつもより真っ直ぐだった。マックスは歩きながら、一瞬だけ左を向いた。その先には別の研究員に連れられたオクタビアスがいた。
二人の視線が、空中で交差する。
ユウトには、その瞬間の意味がわかった。二十年いや五十年以上かけて積み重ねてきた何かが、今この瞬間に実行されようとしている。
マックスは歩きながら、指先を微かに動かした。小さな火花が散る。研究員は気づかない。だがユウトの目には、その火花が廊下の壁の内側——電線の這う空間へと吸い込まれていくのが見えた。
——マックスは、この施設の電線を全部把握している。
二十年、いや五十年の間彼は実験と実験の合間に、この施設の配線を感じ取っていた。電気ウナギの力を持つ彼なら、壁の内側を流れる電流の全てを触れずとも感知できる。
マックスは突然足を止めた。研究員が振り返る。その瞬間、マックスは身体を捻り拘束具ごと廊下の壁に手を叩きつけた。
閃光。
廊下の照明が一斉に点滅し壁の内側から轟音が響く。電線がショートし、電流が暴走を始めた。研究員が悲鳴を上げて吹き飛ぶ。マックスの身体から放たれた電気が、廊下の導線という導線を伝って施設中に広がっていく。
マックス「今だ、オクタビアス!」
マックスの叫びが響いた。
左の廊下で、オクタビアスのガラス室の扉が——電流の暴走で制御を失い——音もなく開いた。オクタビアスは四本の機械腕を広げ、まるで蜘蛛のように廊下へ躍り出る。その動きは五十代の人間のものではなかった。五十年分の怒りと知略が、その細い身体を動かしていた。
オクタビアス「ユウト!」
オクタビアスが叫んだ。だが、その声は届かない。アンヘルがユウトの腕を掴み、走り出していた。
アンヘル「こちらです、早く」
アンヘルの声は初めて焦りを含んでいた。彼女はユウトを引っ張り、別の廊下へと入る。背後で爆発音。マックスの電気が、施設のどこかで何かを破裂させた音だ。
ユウト「待って、マックスさんとオクタビアスさんが——」
アンヘル「彼らは関係ありません。あなたが優先です」
アンヘルはユウトを小さな部屋へ押し込んだ。白い部屋。だがガラス張りではない。四面が壁で、扉が一つ。
アンヘル「ここで待っていてください。すぐに戻ります」
ユウト「待って——」
扉が閉まる。鍵のかかる音。ユウトは一人になった。
外からは遠く、爆発音と警報が聞こえる。だがこの部屋は防音が強いのか、音は水の底のように籠もっている。ユウトは立ち上がり、部屋を見渡した。
白い壁。白い床。白い天井。備品は何もない——はずだった。
だが、部屋の隅に、何かが落ちている。
ユウトは近づいた。それはベルトだった。赤と黒を基調とした、奇妙な形状のベルト。中央には四角の画面に装置が付いており、その周囲に6つの赤い筋繊維がある。見たことがない。だが、ただの装飾品ではない。何かの機械だ。
ユウトはそれを拾い上げた。ずっしりと重い。金属の冷たさが手のひらに伝わる。中央の四角の画面部分に触れる。
——なぜ、こんなものがここに。
アンヘルが落としたのか。それとも、最初からこの部屋にあったのか。ユウトにはわからない。だが、彼の内側で蜘蛛の因子が反応していた。このベルトが、自分にとって何か意味を持つものだと本能が告げている。
外の音が大きくなる。爆発。悲鳴。何かが崩れる音。マックスの計画は、順調に進んでいるのか。それとも——
ユウトはベルトを見つめた。
助けに行きたい。マックスとオクタビアスのところへ。だが、この部屋から出る方法がない。扉は閉じている。壁は白い。窓はない。
——いや。
ユウトは壁に手を当てた。蜘蛛の力。壁を登る力。だが、この壁は登れない。扉を破る力はあるか。試す価値はある。だが、その前に。
彼はベルトを腹に当てた。
瞬間、ベルトが意思を持ったようにユウトの腰に巻きついた。中央の四角画面装置が起動し、赤い光が部屋を照らす。
「——なんだ、これは」
ユウトの身体が震えた。蜘蛛の因子が、ベルトの力と共鳴する。何かが嵌まる音。ユウトの意志とは関係なく、ベルトが彼の身体を変え始めた。
装甲が、身体を覆っていく。軍人を思われるデザイン。仮面が顔を覆い、視界が変わる。身体が一回り大きくなり力が漲る。蜘蛛の力と、ベルトの力。二つが混ざり合いユウトは——装着した。
だがユウトの内側には蜘蛛の因子がある。
ユウトは自分の手を見た。装甲に覆われた手。指を動かすと、機械的な音がする。力を込めると壁に亀裂が走った。
——これなら、出られる。
ユウトは扉に向かった。拳を振り上げ叩きつける。扉が歪み、蝶番が悲鳴を上げる。もう一撃。扉が吹き飛んだ。
廊下に出ると警報が耳を劈いた。赤い非常灯が点滅している。遠くで、マックスの電気がまだ暴走している。オクタビアスの機械腕が何かを破壊する音が聞こえる。
ユウトは走り出した。装甲の重さを感じない。蜘蛛の力が、スーツをさらに加速させる。
この白い檻を破り、仲間のところへ。そしていつか——この力で、何かを守るために。
ユウトは廊下を駆け抜けた。赤い光の中を、装甲が走る。その背中に蜘蛛の糸のない蜘蛛の力が、静かに宿っていた。
合流は一瞬だった。
ユウトが廊下を駆け抜けると前方の壁が内側から爆ぜた。機械腕が粉砕したコンクリートの向こうから、オクタビアスが姿を現す。四本の腕はすべてが独立して動き、それぞれが別の方向を警戒していた。その後ろからマックスが走ってくる。全身から青白い放電が走り、廊下の照明が彼の通過に合わせて次々と割れていった。
オクタビアス「ユウト、その姿は——」
ユウト「後で話します。今は出よう」
ユウトの声は装甲の下でくぐもっていた。三人は並んで走り出した。警備員が前方の角から現れる。黒い装甲服、V.T.C.のエンブレム。銃口が上がる。
マックスが指を鳴らした。
空気が震え、警備員たちの装備が一斉に火花を散らす。電流が彼らの身体を貫き、白目を剥いて倒れていく。一人が発砲するが、ユウトは既に壁を蹴って跳んでいた。天井近くまで跳躍し、落下しながら拳を振り下ろす。スーツの装甲に包まれた拳は、警備員の装甲を紙のように凹ませた。
まつ「強いな、そのスーツ。どこで手に入れた」
ユウト「部屋に落ちてた」
マックス「運がいいのか悪いのか」
オクタビアスが廊下の端を指差した。
オクタビアス「非常階段だ」
鉄の扉。赤い非常灯。オクタビアスの機械腕が扉を引き剥がす。階段が上へと続いている。地下の暗がりから一階へ。三人は駆け上がった。足音がコンクリートの壁に反響する。警報がまだ鳴り続けている。
一段、また一段。ユウトの呼吸は乱れていない。蜘蛛の力が身体を支え、スーツの装甲がそれを増幅する。マックスは電気を纏いながら走る。オクタビアスは機械腕を階段の手すりに使い、身体を引き上げるように登っていく。
やがて、扉があった。非常口の緑の標識。オクタビアスが扉を押し開ける。
光が溢れた。
ユウトは目を細めた。二十年前と同じ白い蛍光灯の光。広いロビー。受付カウンター。エレベーターの列。そして——床に描かれた企業ロゴ。
ユウトの足が止まった。
「ここは——」
記憶が奔流のように蘇る。学校の行事。引率の教師。クラスメイトたちのざわめき。大きなビルの前に並び、受付の前で案内役の女性に連れられて研究所の見学へ。そして——
あの蜘蛛。
ユウト「僕がクモに噛まれた場所だ」
オクタビアス「つまり、ここがすべての始まりか、V.T.C.は、このビルを拠点にしていたんだな。表向きはただの企業。地下に研究施設」
ユウト「二十年、気づかなかった」
自分が囚われていた場所が、あの日訪れた場所と同じだったなんて。
マックス「感傷は後だ。出口を——」
その時、ロビーの奥、正面玄関の前に人影が現れた。
アンヘルだった。
静かな微笑み。彼女の背後には、十数人の警備兵が整列している。全員が銃を構え、ユウトたちに向けていた。
アンヘル「ユウト」
アンヘルの声は、二十年前と同じだった。鈴を転がすように澄んでいて、慈悲深くそして少しも揺れない。
アンヘル「戻ってきてください。あなたはまだ、私たちの元にいるべきです」
ユウト「なぜ。僕は二十年、あなたの標本だった。それのどこが『大切』?」
アンヘルは首を傾げた。本当に理解できない、という仕草だった。
アンヘル「あなたを大切にしているからです。あなたの力は危険です。外の世界では、あなたは傷つく。誰かを傷つける。ここにいれば安全です。私たちがあなたを守ります」
ユウト「守る、じゃない…閉じ込めるだ」
アンヘル「同じことです。あなたが生き延びるために必要なこと。私はあなたを愛しています。だから、ここにいてほしい」
その言葉は、ユウトの胸の奥深くに刺さった。愛。この女は本気でそう言っている。だがその愛は、鳥かごに鳥を閉じ込める愛だ。外の世界を知らせないための愛だ。
ユウトは拳を握った。迷いがあった。この女を倒すべきか。だが、彼女は自分の心臓の音がない。人間ではない。倒せるのか。倒した先に、何があるのか。
オクタビアス「ユウト」
オクタビアスの声が、隣から聞こえた。
オクタビアス「迷うな。あれは人間じゃない。あれに情けをかけるな。我々が五十年かけて見つけた唯一の答えだ」
ユウト「——うん」
ユウトは頷いた。
だが、アンヘルが先に動いた。彼女が右手を上げると、警備兵たちが一斉に発砲した。
その瞬間、オクタビアスが動いた。
四本の機械腕が、ロビーの柱に叩きつけられる。コンクリートの柱が根元から折れ、天井が軋む。二本目三本目。次々と柱が破壊され、建物の構造が悲鳴を上げた。
オクタビアス「マックス!」
オクタビアスの叫びに、マックスが応える。全身から放電が走りロビーの電線という電線を焼き切る。照明が割れ、エレベーターが停止しスプリンクラーが誤作動して水が降り注ぐ。
警備兵たちが悲鳴を上げる。だがアンヘルは動じなかった。彼女はただ、ユウトを見つめていた。
アンヘル「ユウト。あなたは、外では生きられない」
建物が崩れ始める。天井から瓦礫が降る。ユウトは走り出そうとした。だがその瞬間、オクタビアスの機械腕がユウトの身体を掴んだ。
ユウト「オクタビアスさん、何を——」
オクタビアス「ユウト」
オクタビアスの声は静かだった。五十年分の疲れと、五十年分の決意がその一言に込められていた。
オクタビアス「我々の代わりに、生きてくれ」
ユウト「何を言って——」
オクタビアス「私は五十年、ここで考え続けた。この檻の外に出る方法を。だが、その答えは一つだった。我々はもう外の世界には戻れない。五十年の間に、我々はここに根を張ってしまった。だがお前は違う。お前はまだ、外に出られる」
ユウト「そんな——」
オクタビアス「行け」
オクタビアスの機械腕が、ユウトの身体を持ち上げた。その力は五十年分の想いが込められていた。ユウトは抵抗しようとした。だが、蜘蛛の力をもってしてもオクタビアスの決意は揺るがなかった。
オクタビアス「マックス!」
マックス「ああ」
マックスが笑った。二十年前ユウトが初めて会った時と同じ、乾いた笑いだった。
マックス「ユウト。あの女に、負けるなよ」
マックスの全身から、最大出力の放電が放たれた。青白い光がロビーを埋め尽くし、建物の芯を焼く。天井が落ち壁が崩れ、地面が裂ける。
オクタビアスは、その光の中でユウトを正面玄関のガラスへと投げ飛ばした。
オクタビアス「——行け!」
ユウトの身体が宙を舞う。ガラスを突き破り、外の空気に触れる。夜だった。冷たい風。街の灯り。二十年ぶりの外の世界。
背後で、ビルが崩壊した。
轟音が地面を伝わりユウトは路上に叩きつけられる。スーツの装甲が衝撃を吸収するが、全身が軋む。ユウトは顔を上げた。
ビルは、崩れていた。上層階から順に内側へと沈み込むように。オクタビアスが壊した柱。マックスが焼いた芯。五十年分の力が、建物を支えるすべてを奪った。
ユウト「マックスさん! オクタビアスさん!」
ユウトの叫びは、崩落の音に消えた。
瓦礫の山。土煙。かすかに見える、四本の機械腕の残骸。そして——青白い放電が、最後の光を散らして消えた。
ユウトは立ち上がろうとした。だが、足が震える。身体が動かない。蜘蛛の力が限界を訴えている。
その時、瓦礫の向こうから白い影が現れた。
アンヘルだった。
彼女の衣装は汚れ一つなくヴェールも乱れていない。彼女は瓦礫の上に立ち、ユウトを見下ろしていた。その背後に複数の人影が現れる。白いシスターの衣装。同じヴェール。同じ微笑み。アンヘルと同じ姿をした者たちが、五人、六人と現れる。
ユウト「——D.E.E.P.」
ユウトの口から、自然とその言葉が漏れた。スーツの装甲が、その名を記憶していた。深淵。V.T.C.の切り札。アンヘルは一人ではなかった。彼女は、その一人に過ぎなかった。
アンヘル「ユウト、戻りましょう。あなたはまだ、私たちのものです」
ユウトは拳を握った。身体が悲鳴を上げている。蜘蛛の力も、スーツの力も限界に近い。だが——
——生きろ。
オクタビアスの声が、頭の中で響いた。
——我々の代わりに。
マックスの笑いが、蘇る。
ユウトの身体に力が漲った。生存本能。二十年の檻の中で眠っていた、野生の力。蜘蛛の因子が最後の一滴まで燃え上がる。
ユウトは跳んだ。
アンヘルの頭上を越え瓦礫の山を駆け上がり、夜の街へと飛び出した。背後でアンヘルが何かを叫んだが、ユウトは振り返らなかった。
路地を走る。街の灯りを縫うように。二十年前、自分が歩いた道を。叔父さんと叔母さんと買い物に行った道を。
やがて、ユウトは立ち止まった。
息が切れている。装甲が音を立てて解除された。ベルトが地面に落ちる。ユウトは元の姿に戻り、冷たい夜風に晒された。
見上げると、星があった。
二十年ぶりの、本物の空だった。
ユウト「——叔父さん」
ユウトは呟いた。
ユウト「僕、まだ生きてる」
夜風が、少年のままの頬を撫でた。ユウトは拳を握り、前を向いた。白い檻は壊れた。隣人は逝った。だが、その想いは残った。
大いなる力には、大いなる責任が伴う。
今度こそ、その責任を果たすために。ユウトは夜の街へ、一歩を踏み出した。
ちょっと長かったけど脱出したユウトです!
次回は多分短めになります(汗)
ヒロインするなら?
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シンデレラ
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レヴィアタン
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レッドフード
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ドロシー
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スノーホワイト
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全員