ガチャリ。実家の、重厚な玄関の開閉音が響く。
この家の長女、すなわち私の名前は、子安つばめ。絶賛里帰り中。
2時間ほど前、母校の生徒会室で伊井野ミコちゃんから猛烈な宣戦布告を受けての帰宅である。今日はもちろん、東京の実家へと真っ直ぐに戻ってきた。手には、最近本格的に打ち込み始めたカクテル作りのための素材が入った袋がぶら下がっている。間接照明だけが照らす、少し広すぎる実家のキッチンへ向かいながら、私はぽつりと独り言を呟いていた。
「さて、今日の気分もやっぱりオレンジベースかなぁ。……あ、オレンジって、ミコちゃんって感じする」
すでに暖房が効いていた実家は快適すぎて、外の寒さも、先程の生徒会室での余韻も消し去るような暖かさだった。
それはまるで、私自身の心に新たな陽が灯ったように象徴的な快感だった。まだ挑戦を受けただけ。だけど、久しぶりに会ったミコちゃんがあんまりにも真っ直ぐで、燃えるような志を見せてくれたから――なんだか私まで、簡単に負けられないって闘志が湧いてきちゃっている。
今夜は、オレンジジュースに、青春のほろ苦さにマッチする、鮮やかな赤色のカンパリを合わせてみよう。そうして出来上がったカンパリ・オレンジを、彼女への気合いと、可愛い後輩とガチンコでぶつかり合うそのほろ苦さごと飲み干す。……うん、そんな験担ぎってことにしよっかな。
「その前に……ちょっと情報収集、ね」
正直、あの二人がまだ付き合っていないっていうのも軽い驚きだった。あんなにお互い視線を交わし合っていたのに、どうしてそんなことになっているのかな。
二人のことなら、一番近くで見守っている麗ちゃんに聞くのが確実じゃん。
【麗ちゃんおっつー!! 久しぶりー★ 突然だけど、優くんとミコちゃんは最近どう? 進展あった?】
少しドキドキしながら返信を待つ。二人が付き合っていないことはミコちゃんの行動からも分かっているんだけど、リアルな様子は知っておきたい。実はちょっとギクシャクしているのか、それともかぐやちゃんたちみたいに、ただじれったいだけなのか……。
ピコンッ!! あっという間に返信が届く。
【つばめ先輩、お久しぶりです! 急にどうしたんですか? あの二人は……正直、見ててじれったいっていうか、早く付き合えよって周りはみんなイライラしてます。……つばめ先輩、もしかして今さら石上に何か用があるんですか?】
あはは、やっぱり怒らせちゃったか。でも、嬉しいな。
ぶっきらぼうで、ちょっとツンツンしている麗ちゃんだけど、本当に面倒見がいいもんね。今はミコちゃんのためにこんなに真っ直ぐ怒って、「私は味方だ」って言い切れる。本当にいい子しかいないな、秀知院。
なんて、感動している場合じゃないね。
【うん。実は今日ミコちゃんと会って、優くんをかけて争うことになったんだ。成り行きだよ? でも、状況だけは把握しておかないとって思ってね】
【そういうことですか……。ミコちゃん、つばめ先輩のところに直談判しに行ったんですね。先輩がわざわざ相手になってくれるなら、あの子にとってもう引き下がれない本番です。状況は分かりました。今回のやり取りはミコちゃんには黙っておきます。体育祭の時からつばめ先輩のことは大好きですけど……今回だけは、私はミコちゃんの味方ですからね】
【ありがと。じゃあね】
うーん、麗ちゃんには今度しっかりフォローを入れておこう。
進展なしってことは、やっぱりあの二人は、お互いに気持ちを何となく知りながら、どっちかが傷つくのが怖くて足踏みしている状態なんだろうなぁ。だったら、優くんをちょっと私の方へ連れ出したりして、外から揺さぶりをかけてあげなきゃ。
ミコちゃんは今、私のことを「手加減なしで優くんを奪いにくる最強の敵」だと思い込んでいる。
だったら……その期待に、全力で応えてあげなきゃね。
ほんの少し、胸が痛むけれど。あの子が私という高い壁を乗り越えて、「愛の弾丸」をちゃんと撃ち放ち、優くんの強固なガードを完全にぶち破るその日まで。
「よし、悪女つばめ、いっちょ演じきってみせますか」
グラスの中の、夕陽のような鮮やかな赤橙色のカクテルを一口煽る。喉を焼くアルコールの熱さが、私の張り詰めた覚悟に、カチリと静かな火をつけた気がした。
「勝負は週末から。今日はもう休みますかね」