翌日18時。
2月に冷え冷えする寒くて暗いスーパーからの帰り道。私は、実家近くにある夕暮れの街を歩いていた。
「よし、小野寺ちゃんからの情報だとまだ進展なしだし、今週末あたりにちょっと優くんを『お茶でも行かない?』って誘ってみて、ミコちゃんに強烈なプレッシャーをかけてあげよっかな。悪女つばめ、いよいよ始動しちゃうよ~?」
なんて、ちょっとドキドキしながらも、「悲劇の悪役」を演じる自分を楽しんでいた。
【ピコンッ! と鳴るスマートフォン】
右手の画面を見ると、メッセージはまさかの伊井野ミコちゃんから。
「お、さっそく牽制の連絡かな? 覚悟を決めた女の子は早いねぇ」なんて微笑みながら画面を開くと、そこに書かれていたのは――。
【子安先輩。お忙しいところ何度も申し訳ありません。昨日の今日で大変恐縮なのですが、大切なご報告がありメッセージを送らせていただきました。本日、放課後の生徒会室にて石上優に気持ちを伝えたところ、交際する運びとなりました。先輩が準備をする時間すら与えず、同級生のアドバンテージを盾にかっ攫うような卑怯な真似をしてしまい、本当に、本当に申し訳ありませんでした。直接謝りたいので、またお時間をいただけますか?】
画面越しにも、正座して文字を打ち込んでいるかのようなミコちゃんの生真面目さが伝わってくる。
それは、私の想像の斜め上を音速でぶち抜いていく驚愕の内容だった。
「ぶっ!!」
ミコちゃんからの連絡に思わず上機嫌になって、炭酸水が入っているのに左手のエコバッグを軽く振りながら歩いていた私は、危うくバッグを放り投げて、盛大に吹き出しそうになった。慌ててスマホを持った右手の腕を顔に引き寄せ、その袖で必死に口元を押さえながら、人気の少ない場所に移動して画面を二度見する。
「ちょっとミコちゃん、展開早すぎじゃない!?」
昨日、あれほどの業火のような覚悟で「私が勝ちます」と啖呵を切ってきたとはいえ、不器用にしか思えないミコちゃんが相手だ。多少の小競り合いはあるだろうと思っていた。だが、まさかその翌日の放課後に即、勝負を決めて恋人を勝ち取ってくるとは、いくらなんでも荒技が過ぎる。
しかも、その報告の第一声が、勝利の自慢ではなく「卑怯なことをしてすみません」という大真面目な謝罪なのだ。
普通、恋のバトルで出し抜いたなら、気まずくて連絡を絶つか、マウンティングを取るかの二択だろうに。
ミコちゃんは、自分が「卑怯な戦術」「スピード違反の特攻」を使ったことが、生粋の風紀委員気質として、そして一人の女性として私に申し訳なくてたまらないらしい。
「あはははは!! 本当……何なの、この子可愛すぎるんだけど……!」
私は涙が出るほどお腹を抱えて笑った。
かつて自分が何ヶ月も悩み、傷つき、優くんの心を「友達以上恋人未満」という灰色の檻に閉じ込めてしまっていた、あの長すぎた停滞の期間。
それを、この小さくて不器用な後輩は、自分のプライドをすべて投げ打って、わずか一日で、跡形もなく力任せに粉砕してしまったのだ。
ひとしきり笑うと、胸の奥のモヤモヤは、完全に消え去っていた。
あるのは、心地よい敗北感と、この子たちの未来への、濁りのない特大の祝福だけだ。
私は、まだ画面の向こうで真っ青な顔をしてガタガタ震えながら返信を待っているであろう可愛い後輩に向けて、悪戯っぽく親指を立てた自撮りのスタンプとともに、心からの言葉を打ち込んだ。
【おめでとうミコちゃん! 謝ることなんて一ミリもないよ!! でも話はしたいから、明日ここに来てくれる?】