ミックスワールド   作:さわやふみ

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5.異常なレベル

 ぼやけた視界の向こうで、銃撃音が鳴り続けていた。乾いた発砲音が、何度も何度も街中に響き渡る。

僕を撃った連中は、まだそこにいる。

そして――Echikoさんにも攻撃を仕掛けているのかもしれない。

身体はもう動かなかった。

指一本さえ、まともに動かせる気がしない。

それでも、頭の中にはひとつの願いだけが浮かんでいた。

 

――Echikoさんだけは、無事に逃げてほしい。

 

彼女は僕を助けてくれた。

右も左も分からない僕に、この世界のことを教えてくれた。服まで選んでくれた。

 ちょっとミステリアスで、何を考えているのか分からないところはあるけれど……それでも、悪い人ではない。

少なくとも、僕にとってはそうだった。

 そんな人が、僕と同じように蜂の巣にされて死んでしまう。

 

――そんな光景だけは、見たくなかった。

 

やがて、銃撃音が途切れた。

 

静寂。

……と思った直後、

 

カチッ。カチッ。

 

乾いた音が聞こえた。弾切れ――だろうか。

全弾を撃ち切ったのか……?

いったい、誰だったんだ。

 薄れゆく意識の中で、そんな疑問を抱いた、そのときだった。

 

「くっ……お前……これだけ撃って無傷かよ!?」

 

男の声が響いた。

 

……無傷?Echikoさんのことか?

 

何を言っているんだ。

僕はこんなにボロボロなのに。

そんなことを考えていると、別の声が聞こえた。

Echikoさんだ。

 しかし、先ほどまでの彼女とは明らかにテンションが違っていた。

 

「あなたたちは……ただの無差別バンディッドプレイヤー、ってことでいいかしら?」

 

冷たい。

ぞっとするほど、感情の温度がない。

だが、その奥には明らかな怒りが滲んでいた。

 

「どうだろう……な!」

 

男が手を掲げながら吐き捨てるように叫んだ。

 

直後――

 

 ズガアアアアン!

 

再び銃声が轟いた。

そして弾いたような音が聞こえる。

 

 ギィィィン!!

 

「⋯⋯っ!なんでだ!!さっきは効いたのに!!」

 

「不意打ちだったからよ」

 

Echikoさんの声は、淡々としていた。

 

「分かっていたら、私には効かない」

 

「う……あ……」

 

男の声から、明らかに余裕が消えていく。

 

「仲間は向こうにいる芋スナだけ?」

 

コツコツと等間隔でブーツの足音が聞こえる。Echikoさんが歩いて近づいているのか?

 

「わ、悪かった!もう、あんたたちには(・・・・・・・)手を出さない!」

 

男が必死に叫ぶ。

 

「だから……見逃してくれ!」

 

少しの沈黙。

そして――Echikoさんが口を開いた。

 

「服装からして⋯⋯FPS勢か。相手が格下だったら楽に狩れる系統ね」

 

静かな声だった。

 

「ただ、自分たちが狩られる覚悟もしておくべきだったわね」

 

「た、助けてくれ……!」

 

男の声が震える。

 

「せっかくここまで溜め込んだのに!全部、失いたくない……!」

 

「略奪は効率的で、手っ取り早く稼げたでしょう」

 

Echikoさんの声に、ためらいはなかった。

 

「――でも、その代償を払うときが来ただけよ」

 

「待――」

 

一発。鈍い音が聞こえてきた。

戦闘が終わったのだろうか。

それきり、声は聞こえなくなったが、内容を聞く限りEchikoさんが勝ったのかもしれない。相当強い人だったんだ。

 

街中に、静寂が戻る。

僕のほうは⋯⋯もう人知れず死ぬのだろう。

……死んだら、生き返るのだろうか。

もし生き返ったとしても――

 せっかくEchikoさんと出会えた、この記憶まで消えてしまうのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、意識が少しずつ遠のいていった。

もう、何も考えられない。

ただ暗闇だけが、ゆっくりと僕を包んでいく。

 

――――。

 

どれくらい時間が経ったのだろう。

気がつけば、街には再び人々の話し声が戻っていた。

誰かが笑っている。

遠くでは店の呼び込みらしき声も聞こえる。

 さっきまで銃声が飛び交っていたとは思えないほど、穏やかな日常だった。

 

……まだか。

僕は、いつ死ぬんだ?

もしかして――もう死んでいるのか?

恐る恐る、目を開こうとした。

そのとき。

 

 コツ……コツ……。

 

誰かが歩いてくる。

足音はゆっくりと近づいてきて――

やがて、僕の目の前で止まった。

 

「ピーマンさん……」

 

聞き覚えのある声。

 

「無理しちゃって……」

 

Echikoさんだ。

先ほどまでの冷たく鋭い声とは違う。

どこか落ち込んでいて、悲しそうな声だった。

 

そして――

 

「君のこと、忘れないよ」

 

……え?

今、なんて?

 

僕の意識が一瞬で覚醒した。

 

「それは……告白ということでしょうか!?」

 

 ガバッ!

 

【挿絵表示】

 

勢いよく身体を起こした。

 

「え!?」

 

Echikoさんが目を丸くする。

 

「な、なんで?死んでないの!?」

 

「いや、僕も死んだかと思いました!」

 

慌てて自分の身体を見回す。

胸。腹。腕。脚。

どこにも銃弾を受けた痕跡がない。

服にすら穴が開いていなかった。

 

「……」

 

Echikoさんの目が細くなる。

 

「……やっぱり、嘘をついていたのね」

 

「いやいやいや!違いますよ!」

 

嫌な汗が背中を伝う。

 

「本当に撃たれたんですって!」

 

「じゃあ、今の本当のレベルはいくつ?」

 

「レベル……?」

 

 メニューを開く。

 

「えーっと……あ」

 

 そこに表示されていた数字を見て、僕自身が固まった。

 

「今は……59になりました」

 

「……は?」

 

「59です」

 

「59!?」

 

Echikoさんの声が跳ね上がった。

 

「嘘でしょ!?」

 

「いや、僕もびっくりしてますよ!」

 

「私が知っている一線級のRPG系統プレイヤーでも、レベル52よ……」

 

「え……」

 

今度は僕が絶句する。

 

「いったい、どこに籠もってたらそんなにレベルが上がるわけ?」

 

「籠もってませんけど……」

 

「ランキングにも載ってないし……」

 

「ランキング?」

 

「とぼけないで。そういうのいいから」

 

Echikoさんの目が鋭くなる。

 

「何が目的なの?私に近づくため?」

 

「違いますって!」

 

「スパイ?」

 

「違います!」

 

「じゃあ何者なのよ、あなた」

 

「それは僕が聞きたいです!」

 

思わず叫んでしまった。

Echikoさんは黙った。そして、じっと僕を見る。

 

「……」

 

「……」

 

まずい。凄まじい殺気だ。

どうすれば、この人に信じてもらえるんだ。

 

「中堅程度のバンディッドプレイヤーと交戦したくらいで、こんなにレベルが上がるわけないわ」

 

「そうなんですか?」

 

「しかも、あなたは撃たれていただけでしょう」

 

「……本来は、どんな感じなんですか?」

 

「白々しい」

 

「いや、本当に知らないんですって!」

 

「スパイしようっていうなら――」

 

Echikoさんが、一歩こちらへ近づく。

 

「今ここで倒す」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

僕は慌てて両手を上げた。

 

「どうすれば分かってもらえるんですか!?」

 

「さあ?」

 

「僕のメニューって、他の人から見られないんですか!?」

 

「見られないわよ」

 

「じゃあ、どうやって証明すれば……」

 

「どうせアイテムもカードホルダーも念入りに空にしてるんでしょう?」

 

「~~~~っ!」

 

完全に詰んでいる。僕は額を押さえた。

 

仮想世界。

ゲーム。

だったら――

 

「……ギルド」

 

「え?」

 

「この世界に、ギルドみたいなシステムはありますか!?」

 

「それが何?」

 

「そこで……その……ランクとか、登録情報とかを確認できたりしませんか?」

 

「……」

 

Echikoさんが考え込む。

 

「確かに」

 

やがて、小さく頷いた。

 

「ギルドの依頼は、RPG系統のプレイヤーがレベルを上げるうえでも必要不可欠ね」

 

「本当ですか!?」

 

希望が見えた。

 

「じゃあ、そこで確認してもらえれば――」

 

「分かった」

 

Echikoさんが踵を返す。

 

「確認するわ」

 

「ありがとうございます!」

 

「前を歩いて」

 

「あ……」

 

なるほど。

確かに、そこまで疑っているのか。

 

「分かりました……」

 

僕は言われるまま歩き始めた。

 

「……ところで」

 

「何?」

 

「この街にギルドがあるんですか?」

 

「……」

 

Echikoさんが黙った。

 

「後ろから案内する」

 

 そんなやり取りをしながら、僕たちは街の中心部へ向かった。しばらく歩いた先に、それらしい建物が見えてきた。

大きな看板。

その下には、いかにもゲームに出てきそうな文字で――

 

冒険者ギルド

 

と書かれていた。

 

「新規様ですかー!?」

 

扉を開けた瞬間、明るい声が飛んできた。

 

「ご登録から始めますね!」

 

【挿絵表示】

 

 緊迫した空気とはあまりにも不釣り合いな、受付嬢の元気な声だった。

 

「えっと……」

 

僕は恐る恐るEchikoさんを見る。

 

「ど、どうですか?」

 

「……」

 

【挿絵表示】

 

「これ、登録しちゃっていいですか?」

 

「うん」

 

Echikoさんは腕を組んだまま頷いた。

 

「取りあえず」

 

受付で手続きを済ませる。

そして発行されたギルドカードに表示された情報は――

 

 ギルドランク:F

 登録日:本日

 依頼達成数:0

 討伐数:0

 

見事なまでに、何もない。

僕からすれば当然の結果だった。

 

「こ、これで……」

 

カードをEchikoさん見せる。

 

「証明できましたかね……?」

 

「……」

 

彼女はカードをじっと眺めた。

 

「完全に、とはいかないわ」

 

「ええ……」

 

やっぱりか。

 

「裏技を使って、ギルドを利用せずに活動してきたプレイヤーかもしれない」

 

「そんな疑い方あります?」

 

「この世界では何でも出来るのよ」

 

Echikoさんはカードを返した。

 

「でも……」

 

彼女の視線が、僕の顔へ移る。

 

「少なくとも、あなたが言っていることが全部嘘ってわけではなさそうね」

 

「じゃあ……」

 

「まだ、レベル59の説明がついてない」

 

「……ですよね」

 

僕は頭を掻いた。

そこで、ふと気づく。

 

「あー……」

 

「何?」

 

「もしかして……」

 

頭の中に、あのタイトルが浮かんだ。

僕のベースタイトル。

 

『マンピース ―風俗王に俺はなるー』

 

 あのゲームには、とにかくレベルだけは異常な速度で上がっていく仕様があった。

 

「僕のベースタイトルのゲームって……すごい速さでレベルが上がっていくんですよ。最初のドラゴンでレベル56に上がりました」

 

「……」

 

「しかも、ゲームオーバーになりにくい設定で……」

 

「それが?」

 

「だから、この世界でも同じ仕様が適用されてるんじゃないかなって」

 

Echikoさんの表情が少し変わった。

 

「……なんていうゲーム?」

 

「え?」

 

「ゲームの名前よ」

 

「あー……」

 

言いにくい。

めちゃくちゃ言いにくい。

でも、ここで誤魔化したら本当に殺されかねない。

 

「……マンピース、っていう名前です」

 

「……知らないわね」

 

即答だった。

 

「設定を聞く限り、あまり売れてなさそうなゲームだけど」

 

「ですよね……」

 

一般的に知れ渡っているようなタイトルではない。

むしろ、知られていないほうが僕としてはありがたかった。

しかしEchikoさんは、しばらく考え込むと――

 

「ただ……」

 

「?」

 

「それが本当なら……」

 

彼女の目が、ほんの少しだけ鋭くなった。

 

「――アイツ(・・・)にも、勝てるかもしれない」

 

「あいつ?」

 

「……なんでもない」

 

「いや、今の気になりますけど」

 

「気にしなくていい」

 

Echikoさんは僕を見た。

 

「君、やっぱりマスターに会ってもらうわ」

 

「分かりました」

 

 マスターが『マンピース』を知っていれば、僕の説明を信じてもらえるかもしれない。

 

 何より――

 

 この世界について、もっと詳しいことを知っている人物なら。

 僕がなぜここにいるのか、その手がかりが見つかる可能性もある。

 そんなことを考えていると、Echikoさんが小さく息を吐いた。

 

「……ごめんね」

 

「はい?」

 

「君は私を助けようとした」

 

突然の謝罪に、僕は戸惑った。

 

「それに、レベルのことも正直に答えた。動きも初心者級に悪いし……」

 

少しだけ口元を緩める。

 

「本当に初心者なんだろうとは思えるのだけど」

 

「は……はは」

 

苦笑するしかない。

 

「気にしないでください」

 

「この世界じゃ、裏切りも詐欺も横行してる」

 

Echikoさんは静かに言った。

 

「これくらい疑ってかからないと、生きていけないのよ」

 

「……そうなんですか」

 

少しだけ、彼女のことが分かった気がした。

冷たい人なのではない。

 この世界で生き残るために、冷たくならざるを得なかったのかもしれない。

 

「でも――」

 

Echikoさんが、ふっと表情を和らげた。

 

【挿絵表示】

 

「良かったー……」

 

「……」

 

笑顔。

さっきまでの鋭さが嘘みたいに消えている。

その表情を見た瞬間――

心臓が、ドクンと大きく跳ねた。

 

……か、かわいい。

こんな一面があるのか。

まずい。

こんなことをされたら――

ゲロを吐いてしまいそうだ。

 

「うぷ⋯⋯きゅ、急にどうしたんですか?」

 

僕が尋ねると、Echikoさんはにこりと笑った。

 

「もう少しで、本当に殺してしまうところだったのよ」

 

「…………」

 

笑顔のまま言うことじゃない

と僕は心の中で思った。

 

 

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