テレポート屋から目指す場所は、『ミモザ村』という辺境の村だった。
店内の奥に設置された、何とも怪しげな舞台装置。
円形の床には見慣れない紋様が刻まれ、その周囲には用途の分からない機械や水晶のようなものがいくつも並んでいる。
「これ、本当に大丈夫なんですか?」
「うん。町中の店に罠はないよ」
僕の不安をよそに、Echikoさんはさっさと装置の中央へ乗った。
「ほら、早く」
「……はい」
仕方なく、その隣に立つ。
次の瞬間だった。
視界が白く弾けた。
「――っ!」
浮遊感とも違う、身体そのものが一瞬だけ世界から切り離されたような感覚。
そして。
瞬きをしたときには、もう別の場所に立っていた。
「……もう着いた?」
「テレポートだからね」
あまりにもあっさりと言われてしまい、僕は苦笑するしかなかった。
店を出る。
先ほどまでいたグランの街とは、まるで別世界だった。
石造りの建物や大きな店舗が並ぶグランに対して、こちらは木造の家々が中心だ。
道の脇には草花が生え、ところどころに大きな木が立っている。
人の数も少ない。
辺境という言葉が、そのまま景色になったような村だった。
「ここをホームにしているんですか?」
「そ。ここからもう少し歩いたとこ」
「まだ歩くんですか?」
「ちょっとだけ」
Echikoさんの言葉を信じて、僕はその後を追った。
村を出る。
そこからさらに森の方へ進んでいくと、やがて整備された道はなくなった。
舗装どころか歩道すらない。
草が膝元まで生い茂り、木々の隙間を縫うようにして進んでいく。
形の良いEchikoさんのお尻が目に入り保養にはなるが、見渡す限り大自然に囲まれており、いくらなんでも人気が無さすぎる。
「……あのぉ」
「ん?」
「こんな山奥に住んでいるんですか?」
「まぁね。変な奴らに絡まれたくないから」
「変な奴らって……」
僕の脳裏に、先ほどの襲撃者たちが浮かぶ。
「さっきの襲撃者みたいなプレイヤーとかですか?」
「用心に越したことはないわ」
Echikoさんは前を向いたまま答えた。
「この世界、強い人ほど目立つからね。さっきみたいな闇討ちもあるし、目立たない場所に住むのも悪くないのよ」
「なるほど……」
確かに。
プレイヤー同士が簡単に争えてしまうこの世界では、人目につかないことそのものが防御になるのかもしれない。
「……着いたわよ」
「え?」
顔を上げる。
鬱蒼とした森林を抜けた先に、突然、開けた空間が現れた。
そこは小さな広場になっていた。
中央に建っていたのは、こぢんまりとした一軒の家。
木材を基調とした素朴な造りなのに、玄関先には色とりどりの花や鉢植えが並び、窓辺には小さな飾りまで置かれている。
その脇には果樹が何本も植えられ、手入れされた畑まであった。
殺風景な辺境の森の中に、そこだけ別の世界が切り取られている。
「おお……」
思わず声が漏れた。
「なんか……メルヘンな家ですね」
「まぁ、ちょっと周りの風景とマッチしてないかもね」
Echikoさんは苦笑すると、家の方へ向かって声を張った。
「アサクラちゃーん!いるー?」
……アサクラちゃん?
同居人がいるのだろうか。
「ちゃん」と呼ぶということは、女性……?
嫌な予感がする。
ここに来て、また相対する女性が増えるのか。
僕の身体は持つのだろうか。
最近、女性と会うたびに心臓が忙しすぎる。
そんな僕の葛藤など知る由もなく、家の中から声が返ってきた。
「はーい。今ははいれるよー」
ふんわりとした、柔らかな女性の声だった。
しかも若い。
そして……なんだか可愛らしい。
「…………」
僕は固まった。
「どうしたの?」
「い、いえ……なんでも」
Echikoさんは不思議そうに僕を見ると、家の横にある簡素な門へ向かった。
周囲には柵らしい柵もない。
それなのに、そこにはなぜか立派な門だけがぽつんと立っている。
「よし。じゃあ、そこの門を潜るよ」
「……門を?」
「そ」
Echikoさんが何のためらいもなく門をくぐる。
その瞬間――
「…………え?」
消えた。
「え!?」
慌てて駆け寄る。そして僕も門をくぐった。
次の瞬間。
目の前の光景が、一変した。
「うわぁああ……!」
一面に広がっていたのは、先ほどまでとは比べものにならないほど広大な空間だった。
木々。花畑。整然と並んだ家々。畑。そして小さな川。
「え!?え!?なんですか、これ!?」
あまりの変化に、僕は思わずその場でぐるりと周囲を見回した。
そして振り返った瞬間――
ザッパーン……
「……海?」
波が静かに岸へ打ち寄せている。
さっきまで森の中にいたはずなのに。
しかも、どこからともなく穏やかな音楽まで聞こえてくる。
軽やかで、のんびりとしていて……妙に平和な曲だ。
(いや……本当に聞こえてるよな?)
耳を疑っていると、Echikoさんが楽しそうに笑った。
「すごいでしょ」
「何ですか……ここ」
「友達のアサクラちゃんが作っている村なのよ」
「村を……作ってる?」
「うん」
Echikoさんは、この不思議な光景を見慣れているようだった。
「気づいた?」
「……もしかして、ここって……」
「そう」
Echikoさんが得意げに笑う。
「『あつ森』よ」
「……あつ森?」
聞いたことがある。
正式名称は『あつまれ どうぶつ達の森』。
プレイヤーが動物たちと暮らす島へ移り住み、家を建てたり、家具を配置したり、魚や虫を捕まえたり、果物や植物を育てたりしながら、自分だけの暮らしを作っていくゲームだ。
戦うことよりも、自由気ままなスローライフそのものを楽しむゲーム。
ゲームとしての勝敗を競うというより、自分の好きなように世界を作り上げていくタイプの作品だったはずだ。
「……確かに」
そして――
「あれ……?」
視界の端を何かが横切った。
振り返る。
「……動物?」
二足歩行の、見たこともない可愛らしい動物が、何事もなかったかのように歩いている。
「本当に、あつ森だ……」
「アサクラちゃんは箱庭系のシミュレーションゲームがベースなの」
Echikoさんが説明する。
「こういう快適な村を作って、そこで暮らしてるの。私もここに住まわせてもらってるってわけ」
「なるほど……」
ゲームの能力によって、建物だけではなく、ひとつの空間そのものを作り出している。
「この空間の一番いいところはね」
彼女は少しだけ声を落とした。
「入ったら、そのゲームの仕様が強制されるの」
「……!」
「だから、中にいる限りは安全」
「他のプレイヤーから襲われることがない?」
「そういうこと」
僕は思わず周囲を見渡した。
武器を持った人間が一人もいない。
さっきまで命の危険を感じながら歩いていたのが、嘘のようだった。
「……すごい」
思わず、そんな言葉が口からこぼれた。
安全地帯。それだけで、身体から力が抜けていくような感覚があった。
「でしょ?しかも、おいしい料理も食べられるから結構貴重なベースタイトルなのよ」
「料理!それは重要ですね」
Echikoさんが満足そうに頷いた。
「とりあえず、家を建てていいかアサクラちゃんに挨拶がてら聞きに行こう」
「え?」
「何?」
「僕ら、家も建てられるんですか?」
「この中にいる限り、そのゲームの仕様とルールになるからね。入ったプレイヤーにも適用されるわ」
「……つまり、僕も?」
「もちろん」
思わず、自分の顔が緩む。安全な場所で食料もある。そして、自分の家まで持てる。
Echikoさんと一つ屋根の下ではないのが残念と思いつつも、この世界に来てから初めて、「ここでなら少し休めるかもしれない」と思えた。
そんなときだった。
「おかえり~」
背後から声がした。
「あら?お隣にいる子は?」
振り返る。
そこに立っていたのは――
柔らかな雰囲気をまとった、一人の女性だった。
穏やかな笑顔。親しみやすい声。
そして、こちらを警戒する様子など微塵もない。
「初心者のピーマン君」
Echikoさんが紹介する。
「はじめまして~。アサクラと言います。よろしくね」
アサクラさん。これもユーザネームだろうか。
「あ……よ、よろすくお願いします……」
――噛んだ。
「あらあら」
アサクラさんが口元に手を当てて、ふふっと笑った。
「噛んじゃって。可愛らしい子ね~」
「…………」
死にたい。恥ずかしすぎる。
Echikoさんが隣でニヤニヤしている。
「アサクラちゃん。空間を誰でもウェルカムモードにしてるのは危険だよ」
「平気よぉ。こんな辺鄙な場所にプレイヤーは来ないし、入ってきてもただの住人じゃない」
「まぁそうなんだけど⋯⋯ちなみにさ」
Echikoさんが話を進める。
「申し訳ないんだけどもう一人分の家を建てて、今日だけ住まわせてもいい?」
「あら、もちろん」
「すぐ出ていくから」
……あ。
僕は心の中で小さく傷ついた。
(すぐ出ていく前提なんだ……)
「枠は余っているしいつまでいてもいいわよ~」
「さんきゅ。助かる」
「Echikoちゃんもついに男の子が欲しくなったのね」
「ちっ……違うよ!」
Echikoさんが即座に否定する。
「ちょっと気になることがあっただけ」
「あらあら。それでお誘いしたのね」
「もう!」
Echikoさんは僕の腕を引っ張った。
「許可とれたし、住民登録しに行くよ!」
「え、あ、はい」
こうして僕は、突然この不思議な島の住民になることになった。
この空間は、ひとつの島として成立しているらしい。
周囲はすべて海に囲まれ、島へ入るには島主であるアサクラさんの許可が必要。
そして、島から出るときも港から船に乗るという行為が必要になる。
つまり、一度中に入れば、この島そのものがひとつのゲーム空間として成立する。
島のルールは絶対。
その代わり――
「あつ森」として外の世界とは切り離された、安全な暮らしが保証される。(例外があるみたいだが)
中央にある役所で住民登録を済ませ、書類にサインする。そして家を建てる場所を決める。
「ここですかね」
島主であるアサクラさんの顔を伺うと彼女はにっこりと微笑みながら応えてくれる。
「本当にここでいいの?1マスズレてたりしない?」
「え!?うーん⋯⋯。そう言われると釣りができる川の近くのほうが⋯⋯」
中々決まらない様子を見てEchikoさんがツッコミを入れる。
「もう。あつ森を進めに来たわけじゃないのよ。早く決めて」
「お家の位置替えは中の家具の配置もリセットになるのだから十分迷ったほうがいいわ。Echikoちゃんもウチから遠いとこ建てちゃったし」
「家が近すぎると気を使うでしょ。って、それはどうでもいい!」
「遠いとおすそ分けしにいくのも大変なのよ?」
「住まわせて頂いているだけで助かってます!ピーマン!決まった?」
2人の言い合いを見てたら唐突に呼び捨てされた。
普通は距離が縮まった、と思うかもしれないけどこの場合は微妙な感じだ。
「はい。ここにします」
「じゃあ、資材を持ってくるね~」
アサクラさんが持ってきてくれた木材や資材を使い、家を建てる。
すると――
「……え?」
目の前で家が完成した。
「一瞬!?」
あまりにも早い。
「すごいですね!ありがとうございます!」
「いえいえ~。長いこと、あつ森だけやってきましたから材料はたくさんあるの」
アサクラさんは、まるで料理を出すかのような気軽さで言った。
「食材は私もあるから、分けるよ。自分で作れるでしょ」
Echikoさんが事務的に口を挟むとアサクラさんが嬉しそうに手を叩いた。
「あら。せっかくいらしたお客様なんだから、今日は私がご馳走いたしますわ」
「え?」
「Echikoちゃんも、ぜひ私の家にいらして」
「ほんと?やった!」
Echikoさんの顔が一気に明るくなる。
「アサクラちゃんの料理、マジで上手いんだよね」
「ピーマンさんも、もちろんよろしくて?」
「……!」
突然こちらへ話を振られた。
「あ、いや……」
僕は少し考えた。
女性2人とお食事会。これは由々しき事態だ。
「ちょっと具合が悪いかも……」
「え?」
Echikoさんが振り返る。
「あれ、あつ森って“風邪”あったっけ?」
「うーん……」
アサクラさんが首を傾げる。
「住民の動物さんたちなら風邪をひくことはあるけれど、プレイヤーさんは風邪をひかないかも」
「毒をもらったとかでもなさそうだし……」
Echikoさんが僕の顔を覗き込む。
「本当に体調悪いの?」
「……」
2人に見つめられる。
やはり無理だった。
「……ちょっと、一回休んでみます」
「あら、そう?疲れが溜まっているのかもしれないわね」
アサクラさんは心配そうに微笑んだ。
「ベッドは配置してあるから、休んでらして。晩ご飯は一時間後だから」
これにEchikoさんが上機嫌で返事を返す。
「了解でーす。じゃ、お風呂入っちゃお」
僕の体調よりも、これからの食事と風呂を楽しみにしているらしい。
「じゃあね、ピーマン」
「……はい」
Echikoさんは自分の家へ向かって歩いていく。
その足取りは、妙に軽かった。
「では、ピーマンさん。また後ほど」
アサクラさんも軽く会釈をすると、自分の家へ戻っていった。
広場に、僕だけが残される。
静かな波の音。穏やかな音楽。色とりどりの花。
遠くで動物たちが楽しそうに歩いている。
……平和だ。
あまりにも平和すぎる。
僕は新しく建った自分の家を見上げた。
「……とりあえず」
深く息を吐く。
「休もう」
今は何も考えず、休みたかった。
この世界に来てから初めて出来た、安心して眠れる場所なのだから。