リガイデイズ!〜初恋の人がなんだかおかしな人だった〜 作:トマトォォォァァォ!!!!!
「ごちそうさまでした」
「……よく食べたねぇ…」
時刻は午後13時
届いたピザを食べ終わり、机の上には空になった宅配ピザの箱が二つ置いてある
箱の中にはLサイズのピザが入っていたはずだが、二つとも欠片も残されず食べ尽くされている
「おいしかったね」
食べ尽くした張本人である御神アマテは何事もなかったように、食後のハーブティーを嗜んでいる
元々の気品溢れる雰囲気も相まってその姿は、切り取ってルーブル美術館に飾られてあっても見劣りしない現実画といえる
本当に見惚れてしまうような美しさだ……
さっきまでWチーズ☆デラックス☆ビックバン☆ピッツァを一枚と5/8切れを飲み物のように食べていたとは思えない程に気品が漂っている
いやホント、信じられない食べっぷりだった
少し思い返してみよう
8切れあったピザの一切れを僕が食べ終わる頃には、彼女は3切れのピザを食べ終わっており
僕が2切れ目を食べ終わる頃には、5切れ目を食べ終わり6切れ目に手を付けようとしていて
僕が3切れ目を食べ終わる頃には、彼女は既に食べ終わっており、まだ足りないのかピザを追加注文しようとしていた
この人マジでやべぇって
正直僕は元からそんなに食べる方ではないし、ピザもWチーズ(以下略という凄く重くお腹に来るものだったので、3切れで満腹だった
これ以上食べれないな、と思い悩んでいたら御神さんが
『どうしたの?なんだか苦しそうだけど……おなか痛くなっちゃった?』
そう心配してきた
そうだった、尋常ではない食べっぷりに霞んでいたが、彼女は人の異変に気づき、すぐに寄り添える人だった
『いやぁ……そろそろお腹いっぱいで、ピザ食べきれないなぁ…って』
『だったらそれわたしが食べていい?』
かなりの勢いで聞いてくる
こんなにも意欲的な御神さんは見たことがない
気のせいだろうか、普段から無表情で何何事にも目の色を変えないそんな彼女の瞳、雪景色のような瞳の奥がキラキラと星のように輝いて見えた
『う、うんいいよ、僕はもう十分だし』
『やったぁ、ありがとう』
そう言いながら、もう既にピザに手を付けている彼女を横目にいつの間にか用意されていたハーブティーを一口飲む
程よい苦味と花畑にいるのかと錯覚する程に自然を含んだ香りが、ピザによってこってりとした口内をリセットしてくれる
そうして数十秒ハーブティーを嗜み、ふと彼女方を見ると
『ごちそうさまでした』
食べ終わっていた。
……おかしい、明らかにおかしい。食べる速度が速すぎる!
僕が目を離したのはせいぜい3.40秒くらいだ
その少なすぎる時間でピザ5切れを食べ終わったというのか
単純計算で一切れ6秒ペースで食べ進めなければ食べ終わらない
明らかに異常だ、物理的に無理なはずだ、そんな事あり得るわけない
そこまで考えて、僕はあることを思い出した
───そうだ、この人は"理外者"だった
常識が通用せず、物理法則に当てはまらず、あり得ないことがあり得る
理から外れた者、理外者
彼女はそういう存在なのだった
彼女がそういった存在なのは理解し、納得していたつもりだったが、実際にその力を発揮しているところを見ると、まだ困惑や驚愕が溢れてしまう
『……よく食べたねぇ…』
彼女の言葉に困惑と驚愕を隠せてない相づちを返しながら、僕はハーブティーをもう一回口に運ぶ
人は心の底から驚いた時、思ったことがそのまま出てきてしまうということを痛感する
『おいしかったね』
"おいしかった"ありきたりだがこれ以上ないほどに分かりやすく素直な称賛だ
美味しいものを食べて舌鼓を打つ、こうして食事を楽しんでいる姿を見ていると、彼女は何一つ普通の人と変わらない存在のように見える、というか少し前までそう思っていた
だけど違った
彼女は理外者で、その中でも一線を越えた者を取り締まう処刑人と呼ばれる存在らしい
こうした彼女の意外な一面を視るたびに、御神アマテのことを理解出来てないことを思い知らされる
きっと、まだまだ知らないことは多いだろう
───知りたい
いつもの、未知に対しての好奇心が暴れる
だが、ハーブティーの苦味でそれを紛らわす
今はそれどころではないのだ、今一番知らなくてはいけないことは別にある
しかもそれは僕にも関係のあることらしい
………知らなくては
あの人影について、命の恩人とも言える存在についてもまた、僕は何も知らないのだから
────────
「さてと、質疑応答を再開しようか」
宅配ピザの空箱を片付け、先程と同じ机を挟んで向き合う形になり、質疑応答を再開する
「何か他に聞きたいことはある?」
「人影について」
「即答だね。」
御神さんの正体や理外者についてはある程度理解できたと思う
ただ、知れば知るほどにあの人影が何なのかがよく分からなくなる
あの人影自体は理外者ではないらしいし、誰かに作られた存在らしいし、何故かそれを操っているのが僕だと疑われているらしいし
らしいばかりで何一つ分かっちゃいない
そんな人影について何から聞くか、それはもう決めてある
「あの人影って、誰が操っているの?」
御神さんの話によれば、あの人影は理外者によって操られている存在らしい
あんな化け物みたいな存在を操るとか、何を考えているんだ
「誰から、か。それは気になるだろうね。……でもね」
そんなことを考えていたら、御神さんが答えを返そうとしていた
だけどその声色は少しばかりは陰っていた
これはもしかして──
「───分からない、んだ」
言いづらそうに彼女はそう言う
普段と変わらない無表情で、だけど弱々しい語気だ
分からない、あの人影が誰に操られいるのかのが分からない
彼女は確かにそう言ったのだ
それは一番重要なことだ
それが分からなければ、あの人影をどうすることもできないだろう
御神さんの渾身の一撃を平然と耐えた人影、それをどうにかするには操っている理外者をどうにかする他ない
だというのに、その理外者は分からない
その答えは、その真実は僕にとってはあまりにも──
・・・・
「───やっぱり?」
───あまりにも予想通りの答えだった
「……分かっていたの?」
「いやぁ?ただ何となくそうかなって」
そう、何となくだ
今までの情報から何となくそうなのかなと想像はしていたが、まさか本当にそうだったとは
「いやまあ、分からないってより、分からなくなったって感じでしょ?」
「……さっきから思ってたけど、月下くんって理解力高いね」
先輩にも同じようなこと言われたな……
好きな人に褒められる、本来だったら心躍る出来事なのだろうが。その言葉はあのちゃらんぽらんな先輩のことを想起してしまいイマイチ喜べない
それはそうと、僕の予想は当たってたらしい
「……御神さんがあの森にいた理由は、僕が影を操る理外者だと疑っていたからでしょ?」
「うん。」
「なんで僕を疑っていたかは分からないけど、御神さんは僕を疑い、一週間前からストー……調査をしていた」
「うん。」
「でも実際は僕は全く関係がなかった、それはつまりあの影は別の誰かが操っていることになる、……こんな感じ?」
「うん。そうだね。それで合ってるよ」
良かった、今のところ僕の認識は間違ってないみたいだ
でもそうなると分からないことがどんどんと増えていくな…
とりあえず、気になったことを聞いていくか
「御神さんは僕のことを疑っていた……じゃあなんで僕のことを疑っていたのさ?僕はただの高校生だよ?」
これが一番の謎だ
今でこそこんな珍妙な出来事に巻き込まれているが、僕は四月に高校生になったばかりのただの一般人だ
あんな化け物と言っても過言ではない人影の操縦者だと疑われるようなことは、産まれてこの方した覚えがない
「あっ、その理由なら簡単に答えられるよ」
先程とは違い、声に迷いが無い
よほど自信のある根拠があるらしい
……いやホント、どんな理由なんだ?マジで身に覚えがない
「月下くんを疑った理由、それは───」
御神さんが答えようとする
一切の不安の無い声色だ、思わず固唾を飲んで聞き入る
「それは───
・・・・・・・・・・・
あの人影が、あなたの影に入っていくのが見えたからだよ」
「──────は?
今、彼女はなんていった??
僕の影に、入っていくのが見えた??
────は?
「ちょっ、ちょっと待って!御神さん。僕の影の中に入ったってどういう意味!?」
「えっと、文字通りの意味だよ。あの人影が月下くんの影に潜り込むように、溶けていくように入り込んでいったんだ」
「何それマジで……というか、それっていつの話?本当に覚えがないんだけど」
身に覚えがあるはずがない
僕と同じくらいの大きさをしたあの人影が僕の影に入り込んだ?
そんなバカなことがあるか
あったとしても、それに気づかないほど僕は鈍くないはずだ
「いつの話……確か一週間とちょっと前、具体的に言えば8日くらい前かな、その日の放課後の図書室で熱心に恋愛漫画を読んでいた月下くんの影に入り込んでいったんだ」
「え"っ"」
突然、想定してないところからのダメージが僕を襲った
僕を影に入り込んだということも大事だか、今の僕にはそれどころじゃない
───見られてた?
初恋に悩んで、とりあえずで恋愛漫画を読み漁っていたあの場面を??
初恋の人に???
はぁ????
「あの時の月下くんは、何故かは分からないけど恋愛漫画をすごい集中力でに読んでいたからね。影に影が入ってくるのに気づかなくても仕方ないよ」
【速報】月下ヨゾラ、恋愛漫画に集中しすぎて自分の影でヤバい事が起きてることに気付かなかった模様
あまりにもバカすぎる………っ
初恋で迷走しているところを初恋の人に見られ、自分の影に変なのが入り込んでいるのに気付かなかった、だと?
世紀の大バカ野郎だ
間違いなく人生で一番の恥だといえるだろう
穴があったら入りたい…そして穴を埋めてそのまま土葬されたい…
…………いや、今はそんなことはどうでもいい、全然まったくもってどうでもよくないけどどうでもいいってことにする
今重要なのは僕の影に入っていたことだ
9日前、そんなにも前から僕の影に中にあの人影がいたというのか
なんで影に入れるのか、という疑問は意味をなさないだろう
あの人影は理外者が操っているものだ、理外者の前では常識は捨てたほうがいい
御神さんも何もない空中を蹴ったりできるのだから、影が影に入ることはまだ理解できる
それよりも、今の話を聞いて疑問に思ったことがある
・・・・・・・・・・・・・
御神さんは、なんでその場面を見ることができた?
僕の影の中に影が入る、恐らくそれは一瞬の出来事だろう
何分間も僕の影でゴソゴソやってたら流石の僕でも気付くはずだ
……気付くよな?流石の僕でも気付くよな?気付くってことにしよう
ともかく、そんな一瞬の出来事であろう場面を何故御神さんは見ることができた?
たまたま図書室の前を通りかかったときに、たまたま目に入った
そんな奇跡みたいなことがあり得るとは思えない
考えられるとしたらもっと他の可能性───
「……ねぇ御神さん、御神さんってもしかして、その人影を追ってたりしてた?」
「──本当、話の分かる人だね。月下くんは」
どうやら合っていたようだ
偶然にもその場面を視てしまったよりは、人影を追ってたの方が納得がいく
「月下くんはこんな噂を耳にしたことはない?
『放課後の学校に全身真っ黒な幽霊が現れる』って」
その噂は、確かに聞き覚えがあった
というか昨日先輩から聞いた
何気ない会話の流れで聞いた物だから、詳しくは覚えてないけど
「あれって、よくあるホラ話じゃなかったのか…」
「うん。わたしも最初はそう思っていたけど、目撃情報が多かったし、噂が本当なら十中八九理外者が関わっているだろうし、調べて損はないなと思って独自で調べでたんだ」
独自で調べていたのか
あんな怪物を追っているのだから、彼女と同じくらい強い人が何人も協力してると思っていたが、どうやら彼女の独断専行らしい
「それで調べていたら噂は本当だったと」
「うん。放課後の学校中をくまなく探してたら、体育館倉庫で立っているのを見つけたんだ。確か三週間前だったよ」
「へー……ん?三週間前?」
さらっと言ったが、これって凄く重要なことでは?
三週間、三週間も前からあの人影は存在していたのか
しかしなんで体育館倉庫で?
というか、噂が本当だったのに御神さんは何もしなかったのか?
「三週間も前から見つけてたんだ、じゃあなんでその時に人影を捕まえたりしなかったのさ」
「だってその時は特に悪いことしてなかったからね、悪いことしてないのに処刑するのは、それこそ独裁って言う悪だよ」
なるほど、そりゃそうか
彼女は処刑人
悪行をした理外者に対して刑罰を与えるのであって、無差別に行動するバーザーカーではないのだ
「それに、あの人影には自意識が無さそうだったんだよね」
「自意識が無い?」
「うん。わたしが見つけた時も何もせずただぼーっとしていただけだったし、別の日では動いてはいたけど、何というか操り人形みたいに、誰かに動かされるように歩いていたんだ」
操り人形みたいに動いていた
おそらくそれが彼女があの人影は操られていると考えた要因だろう
……ただ、彼女が言っている人影と、僕が出会った人影とでは、受ける印象が大きく違うように感じた
僕が見た人影は自分から動いていたし、明確な目的を持っていたようにも見えたし、挙句の果てには喋りもした
「だからこそ分からないんだ、8日前、なんで人影は急に月下くんの影に入っていったのか」
どうやらそれは彼女も同じようで、人影の不可解な行動に予測が立てられない様子だ
彼女の当初の予想通り、僕があの人影を操る理外者だったら一連の行動に辻褄が合うだろう
だが違った、その事実が人影の不可解さに拍車をかけている
「逆に質問するけど、月下くんはあの人影に覚えはないの?」
「覚え、か…それはなぁ…ちょっとなぁ…」
あの人影を見た覚えは無いかと聞かれれば、ない──
──と言えば、嘘になる
いや実際ないはずなのだ、昨日までの人生であのような存在に会ったことなど一度だってない
確かにそのはずなんだ、……だけどあの時、初めてあの人影と出会った時、僕は確かに既視感を感じたんだ
その時は、一週間前からのストーカーの犯人だったからと納得していたが、実際は御神さんだった
だったら、あの時感じた既視感は何だったのか
僕はあの人影を知らない、知らないはずなのに知っている
───いつだ?いつから僕は知っている?
一週間前、二週間前、三週間前、もしくはもっと前?一ヶ月前、三か月前、半年前、一年前、五年前、十年前…………
駄目だ、いくら考えても思い当たる節がない
明らかに何かピースが足りない
多分だけど、このことについて考え続けても結論は出ないだろう
「ごめん御神さん、多分、僕はあの人影を知っているんだ、だけどなんで知っているのかは、自分でも分からない…」
「そっか、そうなんだね。答えてくれてありがとう」
ろくな答えも返せない僕に対し、彼女は優しく接する
……やっぱり、御神さんは優しい人だ
こんな知っているのか知らないのか不明瞭な、曖昧でよく分からない返事をされても、僕が答えを絞り出したことに感謝している
そういう人だからこそ、僕は御神さんのことを好きになったんだ
「……でもそうなると、このまま月下くんを日常に返すことはできなくなるね」
「日常に返す?」
「うん。月下くんがただ巻き込まれただけの一般人だったら、記憶を消して日常生活に戻らせるけど、月下くんは今回の騒動に深く関わっているみたいだからね
少なくともあの人影をなんとかできるまで、月下くんを一人にするわけにはいかないよ」
「なるほど、またあの人影が接触してくるかもしれないからね」
真っ当な判断だろう
僕自身も、また知らない内に自分の影に変なのが入り込んでいる可能性があるなど気が気でない
それに彼女の口ぶり的に、あの人影をどうにかできれば日常生活に戻れるらしい
だったら大丈夫だろう。彼女は強く聡明だ、すぐにあの人影を追い詰めてこの騒動を解決するだろう
そうなればあとは簡単、彼女の言う通り記憶を消して日常生活に戻れば万事良しで────
───記憶を消して?
「…………あの、御神さん?さっき記憶を消してとかなんとか言ってたけど、それって………?」
「?言葉通りの意味だよ、今回起きたこと全部の記憶を消して日常生活に戻る。おかしなことではないでしょ?」
「おかしなことしかないけどぉ!!!???!!」
聞き間違いじゃなかった!?
彼女は確かに記憶を消すと言った!
記憶を消すということは記憶を消すということだ(?)
駄目だちょっと脳が処理できてない
「……き、記憶を消すって、なんで?」
「だって必要ないでしょ?日常生活において理外者とか処刑人とか知っている必要はない、むしろ邪魔だよ」
……確かにそうかもしれない
僕もつい昨日まで理外者や処刑人については認知すらしていなかったが、それでも損をした覚えはない
理解はできる……できるが、許容はしづらい
「……あっ、もしかして記憶を消して体に悪影響がないか心配してるの?安心して、今まで何万人もの記憶を消してきたらしいけど、一人だって後遺症が残った人はいないよ」
そこじゃないんだよなぁ……そうじゃないんだよ
というか何万人も記憶消された人いるの??
大丈夫かよこの世界
「昨日月下くんに悪いことしてた2人も、今頃記憶を消されていると思うよ」
既に被害者がいた……
でもまあ、あのチンピラ2人ならどうでもいいか
記憶は消されても犯した罪は消えないだろうし、せいぜい牢屋で今までの人生を後悔していてほしい
「…そもそも、記憶を消すってどうするの?どうやったら記憶が消えるのさ」
「さぁ?分からない。国家機密らしいし」
「国家関わってるのコレ???」
いやまあ何もおかしくはないか
理外者なんていう存在、国が野放しにしておく理由なんてない
例えばの話だが、御神が国に反旗を翻し好き勝手暴れるだけで、国としては甚大な被害を受けるだろう
国家存続において、不確定要素の塊である理外者に対して何の対策も考えないはずがない
「……どうしたの?記憶を消されるのってそんなに嫌?」
「そりゃあ嫌だよ、記憶が消えるのは」
記憶が消される。そう聞いてすぐに許容できる人はそうそういないだろう
例えそれが無くてもいい記憶、むしろ忘れてしまって方がいい記憶だとしてもだ
────それに、今回あった出来事全部が、僕にとって不都合な記録だとは思えない
確かに、殺されかけた恐怖も、常軌を逸した存在に対する好奇心も、理から外れた者に対する知識も僕の今後の人生には何一つ必要ないかもしれない
だけど、今日一日の生活、初恋の人と過ごしたこの記憶だけは何事にも代えがたいのだ
御神さんは思っていたよりも俗っぽくて、一食にピザを何枚も食べれてしまうほどに食いしん坊で、それでもその優しさが色褪せることはなくて
日記にすれば1ページで書き終わってしまうようなこと
その短くも愛おしい記憶を、僕は忘れたくないのだ
もちろん、御神さんにそれを言うことはできない
恥ずかしくってとても言えたもんじゃない
この想いは簡単に伝えてたまるものか
「……まあ、だったら仕方がない。記憶を消すって急に言われてすぐ納得できるわけないもんね。
できる限り、月下くんの記憶が消されないように頑張るよ」
「!ありがとう、御神さん」
思わず声が大きくなる
良かった。御神さんとの記憶が消されずに済みそうだ
「さて、まだ時間はあるし質疑応答を続けようか。何か質問はある?月下くん」
「うーん、そうだね…」
聞きたいことか……意外ともうそんなにないかもしれない
御神さんが何者なのかは分かったし、人影の件もある程度分かったし
強いて言うなら、理外者はどうやって生まれてくるのか、とかだろうか……
『〜〜♪』
「うん?…あっ、電話だ」
ポケットに入れておいたスマホから着信音が鳴る
取り出して相手が誰かを見れば、画面には『名付先輩』と映し出されている
「うわ、先輩だ」
「先輩?」
「うん、学校の先輩、なんでこんな時間に電話なんて……」
「まあ、今日は普通に平日だしね。学校に来なかった月下くんを心配してるんじゃないかな」
平日、その言葉を効いた瞬間、体が固まる
今日は水曜日で今の時刻は午後4時半を過ぎている
御神さんの言うとおり、今日一日学校に来なかった僕を心配して電話して来たのだろう
……そう、心配しているのだ、だからこそヤバい
何故?後輩想いのいい先輩じゃないか
誰もがそう思うだろう
実際その通りだ、名付先輩は後輩想いのいい先輩だ
ただ、ガサツで猪突猛進で思い込みが激しく好奇心旺盛すぎるし刹那的な人で諦めが悪すぎるし妙なところで鋭くお節介すぎるところがたまにキズだが………
そんな先輩にも少し厄介なところがある、それは──
──後輩想い"すぎる"ところだ
先輩は昨日の恋愛相談の時のように、後輩を想いすぎるがあまり暴走してしまうことがあるのだ
例としては、僕が紙で指を切った際、先輩はパニックになりながらも僕を保健室へ連れ込み、指の切り傷程度に対し絆創膏とガーゼと包帯で三重保護しようとしたのが分かりやすいだろう
たかだか指の切り傷だけでパニックになる先輩だ
昨日悩み相談を約束した後輩が今日一日学校に来なかった
その事実は先輩にどれほどの心痛を与えてるか、想像するだけでも体が震える
それでも出ないわけにはいかない
今電話に出なかったら、明日学校で先輩に心配殺されるだろう
「………つ!」
意を決し、電話に出る
せめての抵抗で、電話の音量を最小に下げておく
……まあ、意味はないだろうけど
「─もしも『月"下" 後"輩"ぃ"ぃ"ぃ"ぃ"ーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!生"き"て"た"ぁ"ァ"ぁ"ぁ'』ーーーーー!!!!!よ"がっ"た"ぁ"ぁ"ぁ'ーーーーーーー!!!!!!!』」
とてもうるさい
声量だけで家が揺れた気がした
御神さんの方を見れば、耳を押さえて縮こまっている
正しい判断だ、こんなのまともに聞いてたら耳が潰れる
『月下後輩今どこにいるんだい!?!!?今からそこに殴り込みに行くから!、!!!それとも無事なのかい!!?!!!?!無事だったのならなんで言わなきのさぁ!!!?!??私達がどんなに!!?どんなに!!!心配したことかぁ!!、!?』
「……………あー、はい」
『そもそも君は自分の命を軽く見すぎてるんだよぉ!、!!!?!君がいなくなっちゃうと悲しむ人がたくさんいるんだよぉ!??????!!!??!!?私や光跡後輩だってそうだよぉ!!!!!??!君が居ないと寂し"い"ぃ"ぃ"ぁ"ぁ"ぁ"!!!!!!!』
「……はい。そうなんですね」
『うぁぁぁあん!!!!会いたい会いたい会いたいよぉぉぉ!!!!!!明日は学校に来るのかい??!??!!だったら何があったのか教えてよぉ!!!?!!私は君の先輩なんだからぁ"ぁ"ぁ"!!!!!!!』
「………はい。ありがとうございます。はい」
その後も数時間も電話は続いた
中学からの付き合いである僕だからこの先輩に慣れているが、普通の人がこの状態の先輩と関わると数分と持たずに鼓膜が消えるだろう
『う"ぁ"ぁ"ぁ'ぁ"ぁ"ん"ん"!!!!!!大好きだよぉ"ぉ"ぉ"!!!!!!月下ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"』
「あーはいはい、僕も好きですよ、名付先輩」
お互いに好意を伝え合う
だがそこに友情以上の想いは込められてない
少なくとも僕はそうだ
そうして、空が黒色に染まるまで電話は続いた
─────────
「お疲れ様、月下くん」
「……えっ?ごめん何か言った?今ちょっと耳が聞こえなくて……」
時刻は午後7時
窓から見える空は月が淡く光り輝いていて、妙に神秘的な印象を受ける
大声量の長電話をしていたせいか、耳の感覚がないという新種のダメージを負いながら僕はソファに倒れ込んでいる
「月下くんの先輩さんって、とても後輩想いのいい人なんだね」
「うん…そうだね…そうなんだけどね……」
それは否定しない
いい人ではあるのだ名付先輩は
まあ度が過ぎるほどに後輩想いなんだが…
「……もう帰る時間だな…」
もう夜も遅い
昨日も色々あったせいで母親を心配させてしまったのだ
何度もそんな目に合わせたくない
昨日は御神さんがどうにか誤魔化したらしいけど、そう何度もさせるわけにはいかないし、そろそろ帰るか
「…うん?どうしたの月下くん、荷物をまとめて何する気?」
「いや帰るんだよ?そう何度も母さんを心配さたくないし、暗くなる前に帰ろうかなって」
制服を鞄の中に入れ、帰る準備を整える
御神さんに借りたジャージも洗って返さないとな
そういえば御神さんの家からの帰り道分からないな、まあスマホのマップを使えば帰れるか
結局、理外者ってどうやって生まれるのか聞けなかったな
そんなことを考えながら僕は玄関に向かって──
「───何言っているの?」
「──えっ?」
肩を摑まれる
その細身の身体からは想像もできないような力が込められる
肩だけを掴まれているはずなのに、身体全体に重りが乗せられたかのように動かなくなる
「言ったよね、月下くんを一人にするわけにはいけないって」
確かに言っていた
人影と何らかの関係がある僕は一人にするには危険すぎると
「えっ、じゃあどうすれば──」
「泊まって」
「えっ」
「わたしと一つ屋根の下で過ごせばいい」
「えっ」
「そうすれば何時でも月下くんを守ることができるよ」
「えっ」
本気で言っているのか?
僕は年頃の男子高校生だぞ、身の危険とか感じないのか!?
いやまあ、安全面を考えるならそれが一番良くて効率が良いのだろうけど、それにしたってだ
「わたしは処刑人として月下くんを守る義務があるよ、それに月下くんもそっちの方が安心できるでしょ?」
「……た、確かにそうだけど、何度も御神さんに助けられるのは申し訳ないかなって、それに母さんも心配させたくないし……」
五割くらい嘘だ
実際は僕が好きな人と一つ屋根の下に耐えきれるわけないからだ
絶対に一睡も出来ない自信がある
「分かった」
「えっ」
そう一言呟き、スマホを取り出し誰かに電話をかける
数回コール音が響き、電話がかかる
……なんとなくだけど、凄く嫌な予感がする
『──もしもし、月下です』
「ヨゾラくんのお母さまですか?昨日も連絡した御神です」
『あら!御神ちゃんじゃない、どうしたの?』
「えっ」
電話相手は僕の母親だ。普段の母さんとは違い心底楽しそうな様子で御神さんと話している
……いつの間にそんな仲良くなったんだ…?
その後、数分間話し込んだと思ったら御神さんは繋がったままのスマホを差し出してくる
……変われ、と言っているのだろうか
スマホを受け取り、恐る恐る耳に当てる
「……も、もしもし?」
『ああ、ヨゾラ?あんた本当に仕方のない子ね〜』
「えっ、何 どういうこと?」
『何って、あんた御神ちゃんに泊まり込みで勉強を教えてもらうんでしょ?』
どうやら母さんの認識ではそうなっているらしい
その声色には全くと言っていいほど心配をする雰囲気は感じられない
昨日の心配はどこへ行ってしまったのか
『まったく、御神ちゃんに感謝しなさいよ。あんたのために泊まり込みで勉強を教えてくれるなんて、とっても優しい子ね』
「そ、そうだね……えっと、母さんはそれでいいの?」
『?いいわよ、だって御神ちゃんでしょ?あんたと違って真面目でいい子なんだから』
いつの間にか尋常じゃないくらいの信頼感が出来ている…!?
昨日まで面識がなかった筈だろ…?
どんなきっかけがあればそんなに仲良くなれるんだ
僕も御神さんと仲良くなりたいのに
『まあやるからには真剣に勉強しなさいよ』
「あー、うん」
『何その曖昧な返事……あー、あと一応言っておくけど
───御神ちゃんに手ぇ出したら、ぶっ殺すから』
「しないよそんなこと!!!」
スマホ越しからでも分かるほどの殺気を向けられる
控えめに言って親が子に向けていいものではない
『じゃ、頑張んなさいよ』
「……うん。頑張る」
そうして電話が切られる
辺りに静寂に満ちる
「お母さんからの許可は取ったよ。月下くん」
静寂を切り裂くように御神さんが声をかけてくる
……もはや、御神さんの提案を断れる要素はない
「いらっしゃい、月下くん」
「………お世話になります。御神さん」
初恋の人と一つ屋根の下
初心な僕にとってはあまりにも刺激が強すぎる
「とりあえず夜ご飯にしよっか、今度はハンバーガーでいい?」
「えっ、夜中にハンバーガー?流石に重くない?」
どうやら胃にも刺激が強すぎるみたいだ