リガイデイズ!〜初恋の人がなんだかおかしな人だった〜 作:トマトォォォァァォ!!!!!
図書室での一件の後、僕たちは二手に分かれて情報収集に取り組んでいた
空が夕日に照らされ始め、一帯がオレンジ色に染まりながらも僕たちは学校を駆け回り聞き込みをしていった
同級生、別のクラスの人、先輩方、先生たち、教頭先生、校長先生、理事長、用務員さん……
いろんな人に聞き込みし、僕と御神さんの二人は一つの結論に至った──
「──何の成果も……無かった……!」
「見事に全滅だったね」
そう、なんの成果も得られなかったのである
かれこれ20名ほどに聞き込みを行ったが、誰からもろくな情報が出なかった
あまりのショックで廊下に倒れ込むように項垂れてしまう
「そもそも例の噂話を知らない人がほとんどだったし、知っててもすでに出ていることの上を行かなかった……」
「目撃情報も一つとして無かったね」
あんなにも特徴的な見た目をしているあの人影の目撃情報が無いってことは、学校には現れてはいないのだろう
だとしたら一体どこに……?
「…そろそろ下校時間を過ぎるし、これ以上の聞き込みは難しそうかな」
御神さんの言葉を聞き僕はスマホで時刻を確認する
時刻は午後5時、完全下校時間である午後5時30分を過ぎれば学校に生徒はほとんど居なくなるし、僕たちも帰らないといけないしで続行は出来なさそうだ
「確かにそうだね、これ以上やっても何の進展もなさそうだし」
「うん。サダメちゃん先輩にも終了の連絡を入れておこう」
「先輩か…あっちは何かいい情報はあったかな?」
先ほども言ったが僕たちは二手に分かれている
僕と御神さん、御神さんの分身と名付先輩
僕たちはなんの成果も無かったが、先輩なら僕と違い顔も広いから有益な情報を手にしてるかもしれない
『ダメだ〜~全然いい情報がなかったよぉ〜〜!』
スマホ越しから情けないほどにふにゃふにゃな先輩の声が響く
どうやらあっち側も駄目だったようだ
「今日一日何の進展もなし…本当にこれで大丈夫なのかな…」
思わず不安を口にしてしまう
あれほどの常軌を逸した存在の情報が全く無い、その事実は僕の心を青色に染め上げていく
もしこのまま人影が見つからなかったらどうしよう、僕たちが気づいていないだけで今も知らないところで暴れているんじゃないか、以前までの僕のように影に入り込まれている人がいるかもしれない
考えれば考える程に不安が募っていく
周りの人が傷つくのも嫌で、僕を助けてくれたあの人影が誰かを傷つけるのも嫌なんだ
不安と焦りが脳内を埋め尽くして──
「大丈夫だよ、月下くん」
「えっ?」
「一日で結果が出ることなんてめったにないんだ、わたしだって、何日もかけてあの人影をとらえたんだから」
そんな僕を元気づけようとしているのか、御神さんが話を続ける
「確かに、早く見つけた方が被害も少なくて良いと思う、月下くんが躍起なるのも分かるよ」
「御神さん…」
「でもそれで焦り過ぎては駄目だよ、余計に疲れちゃうだけだから」
淡々と事務報告のように言葉を紡いでいく御神さん
相変わらずの無表情だが、その言葉には感情がこもっているように感じたのは僕の錯覚だろうか
「大丈夫、月下くんの危惧していることはわたしが起こさせはしないよ、月下くんも見たように、わたしは結構強いんだ。もう誰も傷つけさせないよ」
「……人影がどこに居るかも分からないのに?」
「うん。だから頑張って見つけて止める。わたしはそれぐらいしかできない」
「えぇ………」
何か頼りになることを言うのかと思ったら全然違った……この人思ってるより何も考えていないぞ
御神さんって意外と脳筋なのかな、戦い方も殴る蹴るだし
「まあ、こんなじゃ信頼できないよね…どうやったら月下くんの不安を取り除くとこができるんだろう?月下くんは何かいい方法知らない?」
「当の本人に聞くこと?それって?」
なんか……ホント、初めて会った時の印象とは全然違うな、こんなにも愉快な人だったのか
いや、愉快っていうかアホのような……
「むむ……駄目だ、何も思いつかない。やっぱりわたしは戦うことでしか価値を示せない人間なんだ……」
「なんか急に自己肯定感が低くなっていってる!?大丈夫だよ、御神さんにはいい所たくさんあるから……」
「ホント……?」
「本当だよ!御神さんは優しいし、誰かの為にその力を使うことができる所は間違いなく長所だよ!他にも──」
いつの間にか立場が入れ替わっている
ついさっきまで僕が陰鬱な気持ちになっていたはずなのに、今は御神さんがそうなっている、そしてそれを僕が慰めている
そのおかげと言うべきか、さっきまで僕の心を包んでいた不安や焦りは何処かへ消えていた
本当に思ってた以上に愉快な人だな……
「月下くんは優しい人だね……よし、心機一転。立ち直ったよ」
「立ち直るの早いな……」
「結局の所、わたしにできることなんて武力制圧くらいしかないんだ、ウジウジしてても仕方がない。戦うよわたしは」
「いや、というか僕的には御神さんにはあまり戦うとかしてほしくないんだけど……」
「………え?」
僕がそう言うと御神さんは不意を突かれ呆気にとられた顔をする
初めて御神さんの表情が変わったところを見て、僕は思わず内心で歓喜する
御神さんってこんな顔もできるんだ!
「……そ、それはどうして?」
「だって、あの人影と戦うなんて危ないじゃないか。いくら御神さんが強いと言っても、あんな怪物と争って無傷でいられる筈がない」
「それなら大丈夫だよ。わたしは理外者、分身したり空中を蹴ったり出来るんだから、傷を早く治すことくらい出来るよ」
「そういうことしゃない!……そういうこと、じゃないんだ…」
思わず声を荒げてしまった、だがそれも仕方がないことだろう
「え?」
「……これはさ、僕のわがままなんだけどさ」
一呼吸置き、想いを綴る
「───僕は、御神さんには健やかで平和に生きて欲しいんだ。戦うとか処刑とか、そんな危険な事をせずに幸せに生きて欲しい」
それは、紛れもなく僕の
好きな人に危ない事をして欲しくない、それは全人類が思っていることと言っても過言ではないだろう
下校時間前のせいか、僕たち以外誰もいない廊下の真ん中で僕は確かに、御神さんへの愛を伝えた
「御神さんの戦闘能力に助けられたことがあるから、あんまり強く言えないけどね」
「……どうして」
「ん?」
御神さんの声色には困惑の色が聞き取れた
理解不能なことに直面したかのような、手探るような声
その声がだんだんと強くなっていく
「どうして…どうして、そんなに月下くんはわたしのことを想ってくれるの?わたしと月下くんに、そこまでの関係性はなかったと思うけど…?」
「───」
それは当然の疑問だろう
御神さんからして見れば、つい数週間前まで面識がほとんど無かった同級生が、自分に対して愛とも言える重い想いを抱いているのだ
怖いに決まっている
「理由、か……」
理由なんて、さっきも思った様に彼女のことが好きだからだ
好きな人に幸せでいて欲しい、ただそれだけだ
もちろん、それを言えるわけがないのだが、何故なら恥ずかしいからだ
あなたが好きだから幸せでいてほしい、なんてほぼ告白みたいな事を言えるわけないだろう?
だからそれ以外の、だけど確かにある理由で今は過ごそう
「───御神さんは、以前、僕にこう言ったのを覚えている?
『困っている人がいれば助ける、そこに理由なんていらない』って」
「そう、だね。そんなことも言った気がするよ」
「それと同じだよ」
僕は一歩御神さんに近づき、御神さんと同じ目線になるようにその瞳を見る
雪景色のように綺麗な瞳には、僕の顔が反射して映っているのが見て取れた
その状態のまま、僕は言葉を続ける
「──誰かの幸せを願うこと、それに確かな理由なんて要らない。僕はそう思うけどね」
これも間違いなく僕自身の気持ちだ
誰かの不幸を願うのには、確かな理由があるだろう
だけど幸せを願うのには、確かな理由なんてものは必要ないはずだ
自分以外の人を思いやるのに対価や責務が発生してしまえば、それは思いやりの心ではなく報酬を求める労働になってしまうからだ
僕は御神さんの幸せを願う
でもそれには、御神さんに振り向いてほしいとか、よく思われるためだとか、そんな欲望は一切ない
御神さんが好きだから幸せでいてほしい
それだけが僕が御神さんを想う理由だ
例え御神さんに気味悪く思われても、一方通行な片思いだとしても、僕が御神さんの幸せを願うのをやめないだろう
「……そう、なんだね。。月下くんはすごいね」
「すごい?何が?」
「その心持ちだよ。誰かの幸せを理由なく願えるなんて、普通はできないことだよ」
それはこっちのセリフだ。思わずそう言いかけてしまいそうになる
理由なく誰かを助けることが出来る人にそれを言われても、納得感はない
自分のことを棚に上げて、いや、この場合は棚に下げてか?
ともかく、、御神さんに言われてもあまりすごいという実感は出てこないぞ
「いや、それを言うなら御神さんもそうでしょ。御神さんだって同じようなことを言ってるじゃん」
「よそはよそ、うちはうちだよ。わたしのような常識から外れた変な人と、月下くんのような常識人では、発言力が違うよ」
「その言葉を誰かを褒める為に使われているの初めて見たな……ていうか、やっぱり御神さんって自己肯定感が低くない?何か悩みがあるなら聞くよ?」
さらっと低い自己肯定感を見せてくる御神さん
できることならあまり見たくないものだ、好きな人が自分を卑下しているのを見るのは気分のいいものではない
──キーンコーンカーンコーン
そんなことを話していたら、不意にチャイムが鳴り響く
いつの間にか完全下校時間になっていたらしい
「……もう帰る時間だね。月下くん、一緒に帰ろうか」
「そうだね、一緒に帰……え?一緒に?」
「うん。昨日もそうだけど、月下くんを一人にするわけにはいかないからね、今日もずっと一緒に居てもらうよ」
薄々察してはいたが、やっぱりこうなるのか
何度も言うが、僕は初恋の人と一つ屋根の下で平然としていられる程つよい人間ではないのだ
これがあるから早めに人影をなんとかしたかったのに……
「あっ、もちろん月下くんの両親にはちゃんと連絡を入れておくから、安心してね」
そこじゃないんだよなぁ、それも大事だけど僕が心配してるのはそれじゃないんだよ
「……あー、御神さん、帰る前にちょっとお手洗いに行って来てもいい……?」
急な尿意を感じ、御神さんを確認を取る
少し恥ずかしい状況のように感じるが、まあ漏らすよりは全然いい
そう思いながら僕はトイレの前へと歩を進めて──
「うん。良いよ。わたしも付いていくね」
「え、いやなんで?」
御神さんも付いてきた
RPGの仲間キャラからのように後ろにぺったりと、一緒に歩んで来る
「なんでって、トイレ行っている時に人影と出くわしたら危険だから……」
「いや大丈夫だって、流石にそんな所で出てくるわけないって」
いくらなんでも過保護すぎるぞ御神さん
トイレでばったりあの人影と出くわすなんて、そんな馬鹿みたいなことそうそう起こらないはずだ
「でも心配だよ、月下くんがトイレの中で襲われるのを想像するだけで不安がこみ上げて来て……やっぱりわたしも付いていく」
「いやもう本当やめてください…!大丈夫だから、そんなことあり得ないから…!」
御神さんが付いてこようとするのを全力で阻止する
はたから見ればトイレ前で男女が取っ組み合いをしているように見えるだろう、明らかにただ事ではない
誰かに見られる前に何とかしないと……
「ああもう!一人で大丈夫だからぁ!」
「ああ……」
なんとか御神さんを振り切りトイレの中に入り込む
入る直前、後ろで心配そうな目を僕に向けている御神さんの姿が目に入る
……前提として、悪いことではないのだ
怪物と言ってもいいあの人影と何か関係がある僕は、優しい彼女からして見れば特大の不安の種だろう
……まあ、それでも彼女の羞恥極まる過保護を受け入れるわけにはいかないのだが……
────────────
「はぁ…疲れた…」
御神さんとの取っ組み合いを制し、なんとかトイレを済ませることができ 今は手を洗っている最中だ
ハンドソープを指から手の平、手首に絡ませて水に流していく、手汗や汚れが泡と共に排水口に吸い込まれていく
この後御神さんと一緒に帰るのだ、いつもより丁寧に洗っておこう
「優しいのはいいことだけど、流石に過保護すぎるよ……トイレまでついてくる必要ないでしょ」
手を洗いながらも、過剰とも言える御神さんの厚意に思わず愚痴をこぼす
何度も言うが、流石にあれば度が過ぎている
まるで幼稚園児に対する扱いだ。御神さんは僕をなんだと思っているのか
「……まあ、その優しさで御神さんの事を好きになったんだけどさ……」
何が厄介って、その異常な優しさから僕の恋は始まってしまったことだ
あれほどの過保護を受けたのにも関わらず、僕の御神さんに対する恋心は全く擦り減っていない
恋は盲目というべきか、嫌よ嫌よも好きのうちというべきか、つまりは僕は彼女のことを好きなままなのだ
「……厄介だなぁ、
自分でも自分の気持ちがよく分からなくなる
僕はこんなに甘くなれるような人間だったろうか?
僕が甘い対応をしていると自覚しているのは、長年連れ添っていた親友のテオくらいなものだ
長年の親友と関わってまだ数週間の初恋、この二つはそう簡単に同列になっていいものなのか
「……というか、一人にしないってことは今日も一緒に寝るってこと…?マジかぁ…」
御神さんについて考えていたら重大な事実に気づく
まだ寝不足になってしまうのか、流石に二日連続は嫌だな…
「まあ大丈夫だろ、寝不足になったらまたテオに助けてもらお」
そんな不安を楽観的に捉える、寝不足になってもテオなら「また?しょうがないなぁ」とか言って手伝ってくれるよ
断言できる、彼も彼でとても優しい人間なのだ
まあ、そういうところが"良い"んだけどね!
「さて、そろそろ行くか」
手も洗い切り、トイレの出口に向かう
出口の扉に付いている小窓からは、僕が出てくるのを待っている御神さんの後ろ姿が見える、僕が出てきたらそのまま帰るつもりだろう
結局あの人影の消息や、明日への不安など、問題は山積みのままだが、何とかなるのを祈るしかない
そう思いながら出口に歩を進めて──
「──わっ」
──何かに、
おかしい、ここには段差とか物は置いてなかったはずだ
何かに足を取られるなんてことはあり得ないのに
そんな事を考えながら、僕の体は床へと転んでいく
……トイレの床かぁ、嫌だな…汚いな…
悠長にそんな事を思いながら、僕は床に倒れ伏す──
───はずだった
「───え?」
何かに躓き転んだというのに、一向に体が床に倒れない
──止まっているのだ、体が、空中で、倒れ込む状態で
………は?
何だ?何が起きている!?なんで僕の体が止まっている!?
……慌てるな、状況を俯瞰しろ、今自分はどういう状態だ?
僕は今転んだ、何かに躓いてだ、転んで床に倒れるはずが空中で身体が静止している
床との角度は45度くらいで、受け身を取るために手を前に突き出している
指や目、口は動かすことが出来る、だけど胴体や腕、足は何故か動かすことは出来ない
……待てよ、目は動かせる?
だったら見えるはずだ、鏡越しに僕の全体像が
手洗い場に付いている鏡から、見えるはず
「………つ!」
何とか目線を動かし、鏡越しに僕の全体像を視界に入れる
……不格好な状態だ、上から糸で吊るされているような、下から支えられているかの如く、僕の体が空中で静止している
──だが、まず目を奪われるのはそれじゃないだろつ
そんな姿勢よりも、もっと注目すべきものがある
・・
───影だ
僕の体を、黒い影のようなものが、複数の糸のように纏わりついている
足に、胴体に、腕に、そして手にまで、その影は伸びて纏わりついてくる
「な、んで……!?」
空中で止まっているのではない、持ち上げられているのだ
全身を握るように、まるで影を手指のようにして、絡めて持ち上げている
では、一体何処からその影は出てきている?
と言っても、少し目線を動かせば出所は掴める
──僕自身の、人影からだ
蛍光灯から照らされた僕の影から、ソレは湧き出ている
何本も、何十本も、どんどんと這い出て来ては僕の体に巻き付いてくる
……ああ、 そうか、そういうことか、だんだん理解できてきた
僕が最初に躓いたのはこの影だ
歩こうとした瞬間にこの影が足を掴み、転んだ僕の体に瞬く間に
纏わりついて来たのだ
「う、ぐっ…!御神、さっ───んぐっ!!」
扉の前にいる御神さんに助けを求め……ようとして、口を影に禦がれる
口の中に影が入り込み、舌に巻き付き、歯に纏まりつき、好き放題に蹂躙される
これではもう助けを呼ぶことは不可能だろう
「────」
目線を下に向ければ、、僕の影の中に何かが見える
───あの人影だ、人影が僕の影の中に入っている
あいも変わらず目も鼻も口も何もない、黒一色の人体模型のような影が僕の影の中に、水に浮かぶように溶け込んでいる
───これか、これが御神さんの言っていた『影の中に入っていた』というやつか
不思議な感覚だ。自分の影が自分の物でないような、名状し難い感覚
そんな事を感じていれば、気づけば身体中に影が纏わりついていた、手は影によって黒く染まり、もはや指一本も動かせることはできない
喋ることも、動くことも出来ない、今僕に出来ることは、考えることと視線を動かすことしか……
「────ぁ」
その次の瞬間、視界が黒く染まる
遂に目も影に覆われてじったのだろう。もう何も見えない
後はもう、考えることしか出来ない
………結果的に言えば、御神さんが全部正しかった
たかが数分のトイレ、その間に人影が出てくるはずがない
そんな常識に囚われた油断がこの結果を生んだ
ああクソ、どうしてこうなったんだ
そもそもなんで人影が僕の影の中にいる?
森での一件の後、僕から離れたんじゃなかったのか?
例え再度入り込んだとして、ずっと近くにいた御神さんが気付かないはずがない
……いや、というかなんで人影は纏わりついて来るんだ?
この人影は僕をどうしたいんだ?今も何も出来ないでいるけど、死にかけているとかではない、口を禦がれたが呼吸は何故か出来るし、傷つけられたとかもない
てか、逆に森で助けられたこともある。コイツは僕に敵意を持っているとかではないのか?
……駄目だ、情報が足りない
この人影に関することの何もかもが足りない
「─────だい、……」
そんな思考の最中、何かが聞こえる。聞き覚えのある声だ
「………だい、じょ…………ぶ…よ」
初めて人影と出会った時にも聞いた声、人影自身の声
以前と同じように、人影が僕に何かを言っている
「………大丈、夫だ、よ」
だけどあの時とは違う、駄目だ駄目だと言ってた時とは声色が違う
「───大丈夫だよ」
優しく、包み込むかのような声
・・・・・・ ・・・
何度も聞いた、あの声
「大丈夫だよ────ヨゾラ君」
「────は?」
その声を、僕は知っている
何年も前から、知っている
何があったって聞き間違えるはずがない、でもあり得る訳がない、だってその声は、僕の親友の───
「───月下くんを、離せ──!!」
直後、視界が爆発するように拓ける
同時に身体中に纏わりついていた影も吹き飛ばされる
影によって空中で静止していた体は、影の支えを失い床に落ちそうになるが、その前に別の誰かによって抱き抱えられる
「──大丈夫?月下くん」
──御神さんが、僕を助けてくれた
唐突な急展開で理解が追いついていない僕を尻目に、御神さんは僕の状態を確認する
「……大丈夫そうだね、良かった」
そう言うと、御神さんは僕に向けていた視線を前へと向ける
その視線を辿れば、吹き飛ばされて僕の影から分離したのか、ぐちゃぐちゃと黒い不定形の"影"が形を成そうと変形を繰り返していた
「……安心して、月下くん」
「え?」
僕を抱き抱える腕に、一段と力が込められる
影を吹き飛ばし、自分の体格よりも大きい僕を腕一本で抱え切ってる御神さん
もう既に安心感が限界突破している彼女に、これ以上何を安心すればいいのだろうか
「──もう、あなたを離さないから」
……一瞬、呼吸を忘れた
心臓の高鳴りがうるさい、顔が赤くなっていくのが止められない
本来だったらあの影に注意を向けなければいけないのに、彼女の横顔から目が離せない
抱き抱えてる腕の温かさ、彼女の呼吸、御神さんが発する全てに意識が持っていかれる
「────はぃ」
そんな彼女に対して、僕は弱々しく生返事をすることしかできなかった
もっと言うべきことはあるはずなのに、彼女を前にすると何も言えなくなる
──全く、厄介なものだ。
彼女に見惚れながら、僕は厄介で、だけど手放したくない感情が心を染めていくのを理解していた