──コキュロス。
俺の、俺たちの住む世界を壊す者。
正体不明の怪物、あるいは現象、有機物、無機物、宇宙的神秘、または
ある日現れ、理不尽に世界を終わらせる。
あらゆる兵器、あらゆる知識、あらゆる予測は意味を成さず、人類は負ける、負けると言う因果を押し付けられる。
絶望の存在だ。
だが、小さく、細く、途方もないほど遠い場所に、希望もあった。
彼女らは魔法少女と名乗り、そう呼ばれている。
コキュロスから何かの拍子に分かたれた存在が、その少女たちに力を貸している。
彼女らが力を合わせ、互いに信頼し、団結し合えればあるいはコキュロスを滅ぼすことができるかもしれない。
だが希望は遠く、水平線の向こうに小さく光るのみ。
彼女らは群れなかった、単にまとまりがないだけなのか、そもそも戦うつもりがあったのか、戦えるのか、それとも終わりを目の当たりにして絶望してしまったのか。
彼女たちがコキュロスに立ち向かう時、もう滅びは確定している。
だから俺は抗う、重ねたループはもう数え切れない。
溢れそうになる記憶、何処までも積み上がる体力、ただ一つの物、ループを持ち越せるものは限られている、だがやるしかない、黙ってい見て居られない。
しかし世界は人知れず終わる。
何度も繰り返す、俺の日常だ。
絶望には、もう慣れた。
こんな俺にも、始まりはあった。
◆ ループ0 ◆
俺の名はギリアム、姓はリンカレット、お察しの通り転生者、と言うやつである。
この世界では、外国人の父と母が日本に惚れて移住した、俺はその時生まれた日本生れ日本育ち魂も日本人、血統だけ外国人と言うよくわからない人間になってしまった。
日本語は魂に染み付いてる、英語は両親との生活で身に付いた。
そんな俺が転生者だって自覚したのは高校三年の春、エイプリルフールにお前は異世界人で俺は前世の親友だなんて、友人に言われたことだった。
ただ前世も今世も同じだ、同じ社会、同じ歴史、同じ文化の世界だった。
ただ、違うこともある。
魔法少女がいた。
そして、魔法少女と敵対する存在もいた。
前世の記憶に魔法少女が現実に存在した記憶がない、始めは自分が現実とよく似た夢を見ているのかと疑っていたが、直ぐにそれは激痛を伴って否定した、痛かった。
それから俺はここが現実だと受け入れて生活している、人生二度目の高校卒業に向けて努力中だ。
と言ってももう卒業式が一ヶ月後なので、進路を決める、準備する、と言うステップは通り過ぎてる、ダラダラしてるのもアレなので適当に進学先を決めて、一ヶ月暇にした、世界が終わらない限り俺は多分こんな感じで生きていく。
前世の記憶とは便利でもあるが厄介なもので、今までこの体が過ごしてきた生活の記憶と習慣とのズレに最初は苦しめられた、記憶を取り戻すまでの俺は前世の俺と大差ない生活をしてくれていたおかげで誤魔化せる範囲で収まったけどな。
ただ、何と言うか、羨ましい違いが一つあった。
とっても可愛い幼馴染と同じクラスで仲良くしてたことだ!
ちょっとこっちの俺のほうがレベルが上だったようだ、いやどっちも同一の俺なんだけども。
「ギーちゃん! おはよ!」
ああ、この声は件の幼馴染だ、ほっておくと煩くてな。
あ、背中にクラス中の視線が……これが辛いんだ。
◀
同じ高校、同じ学年、だけど隣のクラス、私の幼馴染がいる、最近とっても不思議な幼馴染。
「ギーちゃん! おはよ!」
いつものように呼ぶ、幼馴染の名前。
「……おはよう
気怠そうに笑う幼馴染のギーちゃんに私はムッとした。
「もう! シャキッとしてよね!」
私がビシッと言いつけてやれば以前のギーちゃんは背筋を伸ばして返事をしてくれた、でも、最近はそうじゃない。
「わかりましたよ〜っ」
ぬお〜とゆっくり動いて仕方なく背を伸ばして座る、以前に増してダルダルしちやってるし、前はこんな子じゃなかったのに……。
「あの、あまりうるさく言わないでくれ……頼む」
何よ〜っ! それって私がうるさいって事!? それはギーちゃんの態度が悪いからでしょ〜っ!
「ふん! 知らないもん!」
私は怒ってギーちゃんのいる教室から早足で出てった、怒ってから気がついたけど、今日はなんか気分が変ね、いつも以上に気が立ってるわ、私が。
ギーちゃんが引き留めようとしてくるけどそれも無視してやった。
……でそれはそれとして、あいつ幼馴染って立場なんだと思ってるのかしら、そんな軽いもんじゃないのに。
ギーちゃんの態度も変わっちゃったし、私もラブレターもらっちゃうし、今年は変な年ね……去年の素直なギーちゃんに戻ってくれないかな、これってアレ? 男子3日会わざればってやつ? おばあちゃんがよく言ってたわね……。
「変わったきっかけは何なんだろ、私にも言えないのかな……」
そんな秘密が? うーんまさか……彼女が出来たとか……ダメね、いるわけ無いわ、私以外に彼のこと気にしてる女子なんて見たことない。
良いやつでも悪いやつでもない、ずっと隣にいた幼馴染ってだけ、これからもそうよ、多分、きっと、私が秘密をバラすまで。
──ゴォォン! ゴゴゴォォォォン!
音と一緒に校舎が大きく揺れて、廊下の展示物が一斉に散乱する、窓が震え、ひとりでに割れていく、私は割れた窓から音のした方角を見る。
「えっ! 嘘……! 『コキュロス』?!」
放課後の私がいつもやっつけてる
丸くてふわりとした毛玉に線で描いた手足をくっつけて、下手くそな顔を描いた変な生き物、見た目の緩さに騙されているとあっさり殺される、あいつは大暴れしないけど確実に人を殺すために動いているってシロは言ってた。
……私のような魔法少女でないと絶対に勝てない常識外れの存在、それが『コキュロス』。
シロってのは、要は魔法少女に必要な力を貸してくれるマスコット枠よ、白くて丸い二頭身のネコキャラよ、以上よ、それ以上の事を私は知らないわ。
「シロ! アームドリーマを!」
「がってんでーい!」
一瞬光に包まれ、制服が魔法少女特有の可愛いフリルのついた黄色いドレスに変わったことを見ると、少しだけやる気を出す、あとはいつものように誰にも観られてないことを確認してから空を飛んだ。
あいつにだけは、知られたくないもの。
◀
「レイミ……」
レイミの飛び立った後を俺は眺めていた。
怒らせたことを謝ろうと探していたら、偶然見てしまった。
「……レイミが魔法少女」
俺は一般市民として魔法少女の恩恵を受ける側、その活躍や活動内容はたびたびニュースで話題になるし、実際この目で見ることもあった。
感謝してる、人を殺す正体不明の怪物を体を張って駆除してくれていることには。
「言わない所がアイツらしいけど……」
若者の青春を使い潰して魔法少女として戦った後、その最後は一体何が残る、何を得て大人になる。
俺は止めてやりたいが、助けられている以上止められない、止める権利がない。
現在世界に5人だけ確認されている魔法少女たち、そのうちの一人が幼馴染、それだけで今日はお腹いっぱいだ。
これ、俺が転生者って言う非常識側だからある程度飲み込めてるけ──
「おい、君は避難しないのか?」
急いで振り向いた。
少女が立っている、それもレイミと同じ衣装をまとって、マスコットを従えている。
「他の、魔法少女……!?」
違うのはピアスをいくつも付けた耳に、パンクな髪型をしていることだろうか、衣装も少しレイミと違ってパンク・ロックを感じる、肩に担いだ鉄パイプがギラリと光っていた。
「世間ではそう言うらしいな、私のことを」
そういう彼女の目は、既に外の敵に向いていた。
「今から激しくなる、校舎が吹き飛ぶかもな」
「にげるぉぅ!」
頭身の低いネコのマスコットが少女の言葉に追従して、下へ降りる階段を指さしていた。
少女は俺を一瞥するとギュルンと言う音がふさわしいくらいに鉄パイプを指の間で回してから飛び立った。
俺は避難するために階段を降りようとして。
「……また魔法少女!?」
階段を少し降りると階段の踊り場に白いドレスの魔法少女が窓の外を眺めて立っていた、やはり隣には従うようにネコのマスコットがいる。
俺が叫んだにも関わらずその魔法少女は無言で外を眺める事をやめず、そしてその目には諦めが浮かんでいた。
俺がテストで平均以下取った時の目と似ているけど、さらに深い悲しみも孕んでいる。
「貴方……ご覧なさい……これが世界の終わり」
少女が示すその先に俺は目線を移す。
100、1000、10000……もっと多い、空を埋め尽くす奴らの集団、一体一体がこれまで見たものよりも大きく、不気味な気配が漂っている。
そしてだが、太陽が輝くはずの位置に、黒く光るのっぺりとした球体が浮かんでいる、その大きさは考えたくない、天体クラスだ、意味がわからない部分の更に意味がわからない存在が何かしようとしているとしか思えない。
結局俺ではふわふわとしたまとまりの無い考えしか思いつかなった。
目の前の少女はドレスを揺らし俺へと振り向く。
「何処へ行っても無駄よ……アレは、アレは私たちにはどうにも出来ない」
「にゃ……」
少女の言葉に呼応して、ネコのマスコットも低く悲しげに鳴いた、少女は戦いに行くでもなく窓の外を眺めに戻った、雪のように舞い降りる怪物たちの姿を何処か他人事のように。
「卒業式……」
俺はあえて否定も肯定も言わなかった、言ってしまえば彼女は自暴自棄になる、それだけギリギリのメンタルだ、精神鑑定のプロじゃなくても分かる程度には。
「何処へでも逃げなさい、そこに救いがあると信じるなら」
それっきり少女は口を閉ざし黙る、避難の途中だったことを思い出して足早に立ち去った。
魔法少女なのだから、俺が心配することもないだろうと。
階段を降りきると一階廊下へ出る、職員室や保健室の小さい看板が戦いの衝撃でゆらゆら揺れている、それとひどい有様だ、なりふり構わず逃げたのかカバンやら水筒やらゴミが散らばっている。
そういう物に足を取られないよう玄関へと走り靴に履き替え外へ出ると、やはりというか何と言うか。
「化け物ばっかだな……」
街中で暴れる化け物と、逃げ惑う人々の悲鳴、壊れたクラクション、サイレン、何処へ逃げればいいのか分からない狂乱の渦。
俺が冷静で居られたのはここに魔法少女が三人いることを把握しているから、それと死に対する忌避感が……恐らく他者より希薄だ。
「心の何処かで次があるって思ってるのかもな」
二度あることは三度ある、次は平和な世界に生まれたいと場違いなことを考えて、今は逃げることに思考を切り替え走る。
化け物から守ってくれるシェルターなんてものはない、意味がない、『分解する』のが奴らの攻撃方法だ、同時に守りでもある。
だから軍隊のあらゆる兵器は効かないし、攻撃は無力化される、効果があったのは……国家心中覚悟の人類の叡智の結晶、アレも『効果があった』止まりで、化け物の体表をわずかに焼いて汚染を撒き散らすことなく分解された。
そのニュースが世界中に走った時は、いよいよ世界は終わるのではないか、昔社会を賑わせたノストラダムスの予言だ、地球外へ脱出をなどなど、連日騒がれた。
だからこそ、魔法少女は一層期待され神格化されいてった。
目的地へ到着した頃には、悲鳴や騒音は聞こえてこなかった、恐らくもう全て『分解』されたあとだ。
「ここなら」
脅威を防ぐではなく、隠れる、なら身近にここ以上の場所を知らない。
高校近くの地下駐車場、周辺の住人が避難してきていると思ったが誰も居なかった。
「俺の運が良かったか……それとも」
「誰かに守られてる、とかね」
俺のつぶやきに返すように凛とした声が聞こえてる、確かな自信と謙虚さが感じられる頼れるお姉さん言う感じの。
電気の通ってない地下駐車場の薄暗がりから少女が現れる、声のイメージから想像できないくらいには、見た目は幼かった。
緑のドレスにネコのキャラクターイラストが散りばめられた、自分で選ぶより親が選ぶようなお子様向けの……やめておこう。彼女もまた魔法少女、衣服くらい何でもいいじゃないか。
例のごとくネコのマスコットがいた、虎柄だった。
「君はレイミちゃんのボーイフレンドでしょ?」
何をいきなり!?
「なんてね、冗談よ冗談……実はレイミちゃんから『いざという時幼馴染を助けてほしい』って言われててね、お姉さん頑張りました」
おちゃらけた彼女の目は俺を見ない、揺れている、焦点が定まっていない、激しく動揺したい所を必死に抑え込んでいるように見える。
と言うか……いざという時ってなんだ?
「なぁレイミはなんでそんな事頼んだんだ、その……いざという時ってやつ」
「……レイミちゃんが、何処まで話してるか知らないけど……彼女も魔法少女よ、それも強い魔法少女、だから無理をしてるの、それでも皆を守ることが出来ないって分かってた……だから絶対の絶対、守りたい人だけは私を頼ったってこと」
レイミ……
「ここにいて、君だけは絶対守る、それが約束だから」
「でも……今回の戦いは」
「勘がいいね、そう……この戦いは終わりに向かってる……今まで以上に『コキュロス』が多い、多すぎる」
コキュロス? それが化け物の名前だろうか、不思議は響きだ、頭から離れそうにない。
「君は」
小さいお姉さんが何かを言いかける。
「やっぱやめとく」
言わなかった。
地下駐車場が揺れる、地上の戦いの余波が伝わってくる、だんだんと大きくなる、不安が大きくなる、レイミが無事であることを祈った。
「実はね、もう1人やられてるの、魔法少女」
「えっ?」
当たり前に化け物、コキュロスに勝つ魔法少女が既に……?
考えてみれば当然だが、魔法少女だけがコキュロスに対処できるからといって、絶対無敵と言うわけでもない、戦えるというだけだ。
「彼女は孤高だったけど、魔法少女の中で一番と言っていいほど強かった、だから負けたのが信じられない……それだけ今回のコキュロスはおかしいの」
「終わりへ向かってるてそういう」
「あの、空に浮かぶ黒い太陽みたいなのも……今まで一度も現れていない、誰も見たことがない、けど滅びであることはハッキリしてる」
だけど、残りの4人が力を合わせれば何とかなるんじゃないか……全部とは言わない、世界全部を救えるとは思わないけど……学校一つくらいなら……。
「キラちゃん……? ましろちゃん……? あぁ……そうね」
「ど、どうしたんですか……?」
「魔法少女にはお互いつながりがあるの……それで『さよなら』って、言われた……もう繋がらない」
彼女は、微笑みながら泣いていた、感情がぐちゃぐちゃになってどうすれば外へ出せるのか、分からないような……。
俺に気の利いた言葉なんて伝えられない、そもそも気遣う言葉も今は意味がない。
「あの……レイミは、レイミはまだ生きているんですか?」
「生きている……多分、すごく……弱まってる」
「あの……助けてあげられませんかっ!」
「……あの子がそうしてほしいなら私は今すぐ行く、でもあの子はそうは言わない……全部一人でやっつけて、今……あの黒い太陽に行こうとしている……死は覚悟の上よ」
そんな事……そんな……レイミ……!
「……やっぱり、やっぱり君しか居ない」
彼女は俺に剣を突きつけた、先端が鋭く、そのまま突けば俺の胸を簡単に突きけるような輝きがある。
いきなりのことに思考が追いつかない、さっきまで泣いていた彼女のどのスイッチが入ったのかさえも、理解できない。
彼女から、抱えきれなくなったものがあふれてくる。
「11809回」
「な、なにが……」
「私が時間をループしてきた回数」
息を呑んだ、受け入れられるが、信じられない。
時間を戻すことじゃない、その回数、何度も同じ事を繰り返せば人の精神は簡単に病む、途方もない時間を彼女は過ごしてきたんだ。
「私はやり直したかった……世界を終わらせたくなかった……今ではその執念だけが生きがい……だけどもう、もう無理……私は……失い過ぎた、何度死んで何度同じ死なせ方をしたのか分からない、私の手は何にも届かない」
彼女はもう、疲れ切っていた、いつの間にか降ろした剣は、今度は自分の首筋にあてがった。
「このあと、レイミちゃんは死ぬ……そして君はそんなレイミちゃんを見て、精神を壊す、コキュロスを恨みながら死ぬ……だけど今回の君は……何かが違った」
まさか……俺はループしてる世界に来たのか、転生者としての俺が、何らかの変数になったのか。
「この力を貴方に……そして私の記憶はゼロに、ごめんなさい、でも信じています……」
「ま、待てっ!」
彼女は自分の首を引き裂いた。
「あ……、ああっ……わ……」
血は出なかった、代わりに糸がキレた人形のように倒れ、生気を失った目だけがおれを見つめ続ける。
虎柄のネコマスコットが俺のそばに寄ってくる、まるで主人の意思を伝えるように。
「にゃ」
ドクン、ドクン、ドクン、心臓が高鳴った。
それで、終わった。
「何をした……何を……!」
──ガオン!
突然空が現れる。
いや、この地下までの階層が分解された、薄暗がりから一転して黒い太陽が輝く真昼の空へと変わる。
俺は空に睨む、数え切れないほどのコキュロスと、地下まで分解して進んできた大きな個体を。
間抜けな顔からは想像つかないような凶悪さを持つコキュロスは、その枝のような手を上げ、焦点なんて合ってないような目で俺を見る。
「くそったれ」
遺言は、これで良かった。