万華鏡(カレイドスコープ)   作:山崎五郎

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 蒼星ニシキが久田イズナと共に街を駆け抜け数分。

 目的地の廃墟へとたどり着いた。

 

 後はイズナの雇い主の是非を問うのみ……と思いきや。

 何やら様子がおかしい。

 ニシキより少しばかり先に到着していたはずのイズナが、廃墟の前で立ち止まっている。

 

 

「おい、何してるんだ」

 

「ニシキ殿! その、実は…」

 

「?」

 

 

 なにかまずいことでも起こったのか、イズナは俯いてしまう。

 まさか、ここまで来て怖気づいたの言うのか。

 

 何にせよ、ここまで来ておいて立ち止まられてもこちらが迷惑だ。

 

 

「一応聞くが、まさか怖気づいたんじゃないだろうな」

 

「そんな訳ありません!ただ…その」

 

「何だよ」

 

 

「先生が……魑魅(すだま)一座に連れられて、この建物の中に」

 

「─────……

 

はあ!?

 

 

 素っ頓狂な声が出た。

 何がどうしてそうなった。彼の周りにはお祭り運営委員会に加え、それなりに実力のある修行部の面々もいたはず……いや。

 

 そのような事を考えている場合ではない。

 キヴォトスの生物と違い、先生は文字通りのただの人間。

 その肌で銃弾を弾くことも、動体視力で避けることも叶わないだろう。

 

 

「……理由なんて後で問い詰めればいい…か。

 とにかく俺たちも入るぞ」

 

「はい!」

 

 

 

 

   ・   ・   ・   ・   ・   ・   

 

 

 

 

 侵入は容易に成功した。

 見張りすらろくに居ない廃墟など、無人の建物に侵入するのと何ら変わらない。

 少し進めば、先生が囚われている部屋まで到達した。

 

 

「…っ、先生」

 

「久田!ちょっと待て!」

 

「しかし、このままでは先生が…」

 

「だからこそだ。

 ここで下手に俺たちが飛び出してみろ、それこそ先生の身を危険に晒すことになる。先生を助けるのも、奴らを叩くのも……もう少し、様子を見てからだ」

 

 

 後ろ手に端末を操作しながら(・・・・・・・・・)、イズナを阻止するニシキ。

 イズナもその言葉に渋々ながらも納得し、様子を探るため天井裏へと移動する。

 

 

「突撃の合図は俺がする。それまで待ってろ」

 

 

 了解したように頷き、イズナは改めて奥に侵入していく。

 それを確認すると、ニシキは懐から拳銃を取り出す。

 

 弾を込め、いつでも発砲できるよう用意を済ませると、状況把握のため聞き耳を立てる。

 

 

 

「…さて、また会ったな、とでも言うべきか? シャーレの先生」

 

 

 

 ──ニシキの耳に、親玉らしき声が聞こえた。

 それは、イズナとは違う意味で(・・・・・・・・・・)聞き覚えのある声。

 以前商店街に陰陽部として仕事をした際に聞いた声……

 

 

 

「……商店街の、会長の声?」

 

 

 

 影から少しだけ顔を出し、その姿を確認する。

 

 視線の先にいたのは、間違いなく商店街の会長……名前は確かニャン天丸だったか、とにかくその人だった。強いて言うならば、以前は身に着けていなかったはずの眼帯を着けているのが唯一違っているか。

 

 

 

「貴方は確か…商店街の会長の、ニャン天丸?」

 

 

「ふん……それは通り名だ、本名は違う。

儂の名はマサムニェ……路地裏の独眼竜! ニャテ・マサムニェとは儂の事よ!」

 

 

 

 ……………何というか。真っ先に『言いづらい』という言葉が浮かんでくる。

 何なら名乗ってる本人が若干噛んでいた気すらする。コレならいっそニャン天丸の方を本名にした方が良いのではないか。

 

 

 

「ふん……類稀なる指揮能力を持つという『先生』に邪魔をされたと聞いたが…本当にお主だったとは。

これなら先にお主をなんとかするべきだったな…」

 

「こちらこそ驚いたよ。

祭りを邪魔してるのが、よりによって百鬼夜行のお偉いさんだったなんてね」

 

「ふん、澄ました顔でよく言う…」

 

 

 

 ニシキとしても、先生の態度は驚きのものだった。

 敵に囲まれ、退路は断たれ、孤立無援という四文字がこれ以上なく似合うこの状況に、何故あの大人はあんなにも冷静でいられるのか。

 身を守る手段があるわけでもない、銃弾一発が生死に関わるような彼が。自身が同じ立場なら、あんな風には居られないだろうと。

 

 

 

「っと…いかんいかん。これは回収させてもらうぞ」

 

「スマホを……」

 

「念には念を、と言うだろう?

 まあ、そちらの動くんだか分からないタブレットの方は勘弁してやろうじゃないか」

 

 

 

 連絡用の端末を回収し、愉快そうに笑みを浮かべる会長(マサムニェ)。余裕そうな表情を見るに、自身や久田の存在には気づいていないらしい。

 ───好都合だ。

 

 

 

「……少し、聞かせてもらっても良いかな。

 なんでシズコたちの……祭りの邪魔をしてたの? 前に言った通り、伝統のため?

 

「………ああ、そう言えばそんな話もしたか。

だが違うな。全てが口から出任(でまか)せという訳では無いが、本当の理由は至ってシンプル。

 

……金、だよ」

 

 

 ………まあ、予想はついていた。

 陰陽部の役職で話した際にも、あの男は何かにつけて予算や儲けの話ばかりしてウンザリした記憶がある。

 おおかた、今回お祭り運営委員会が大枚をはたいてミレニアムにホログラム花火装置を製作してもらったことに腹を立てたのだろう。

 案の定、『自分に任せていればそんなもので人を集めずとも倍以上の収益を上げられた』などと聞こえてきた。

 

 

「……それで、シズコたちの邪魔をしたってこと?」

 

「その通りだ。今回の桜花祭が失敗に終われば、お祭り運営委員会はその責任を負って運営を降りるしかない。

そうなれば、次の代表に据えられるのは儂だ。これでも“お偉いさん”なんでな、その辺りのコントロールも出来る訳だよ」

 

 

 

 皮肉るように、嫌な笑みを浮かべる会長。

 わざわざ先生の言葉を引用するあたり、“ように”ではなく実際皮肉っているのだろうが。

 

 

 

「───その為に

 

 

その為に、イズナの夢も利用したのか?」

 

 

 

 

   ・   ・   ・   ・   ・   ・   

 

 

 

 

 ───薄々、感づいてはいたし、覚悟もしていた。

 その、筈だったのに。

 

 

「ああ、あの自称忍者の小娘だろう?

確かにそうだな、あいつもよく働いてくれたよ。大して金も払っていないのにな」

 

 

 ……体の芯が冷えていくのを感じる。

 自分が都合よく使われていたという事実にもそうだが、こんな悪人の一助となってしまっていたことが、何より恐ろしかった。

 

 

「ちょっと忍者ごっこ(お遊び)に付き合っただけで、こんなにも活躍してくれるとは思わなかった。

戦力だけで言えば、魑魅一座の数十人分はあったからな」

 

 

 

 お遊び。

 そう言われても、仕方がない。

 

 知らずのうちに悪党の計画に組み込まれ、利用され。裏では嘲笑われる有様。

 夢を叶えるために、何が必要なのか、何をするべきなのか。

 そんな事も分からぬまま、ただ『真似事』が出来た喜びに突き動かされて。その顛末が、これだった。

 

 

 

「あいつの語る『忍者』なんて、現実じゃありえないファンタジーの話だ。

現実の忍者すら今や影も形もないのに、何をどうすればそんなものになれると思うのか……こっちのほうが教えてほしいくらいだよ」

 

「いやあ、まあ良かったんじゃないですか?おかげで簡単に利用できたし!」

 

「ふん……それもそうか。

それを言うなら、あの陰陽部の小僧……蒼星だったか?あいつの方がよほどマトモだな。寧ろイズナの奴もあの小僧に感謝すべきじゃないのか?

 

『バカな自分の目を覚まさせてくれてありがとう』とな!」

 

 

 

 ………奥歯がぎり、と音を立てた。

 何を、偉そうに。

 

 お前たちが、彼の何を知っているというのか。

 彼がどんな思いを抱えていたか、何も知らないくせに。

 

 

 

「………あのさ」

 

「ん?何だ? 命乞いでもする気になったか?」

 

「一つ聞きたいんだけど」

 

 

 

 

 

「忍者に……『あり得ないもの』になろうとすることって、そんなに悪いことかな」

 

 

 

 

 

   ・   ・   ・   ・   ・   ・   

 

 

 

 

「───はぁ?」

 

 

 

 嘲笑するように……いや、実際嘲笑しているのだから“ように”と言うのは正しくないのだろうが、とにかくそんなふうにニャン天丸が笑う。

 魑魅一座の面々も、同じように笑っていた。

 

 

 

「これは驚いた。まさか1組織のトップに据えられた人間がこんなにも馬鹿だとは……いや、よくよく考えればそうでもないか。

 何せ敵側の娘と話すために味方のもとから離れるような奴だもんなぁ、お前は。

 

 あー、それで? 『あり得ないものを目指すのは悪いことじゃない』だと?まったく、お前さんはそれでも教育者か?」

 

 

 半ば呆れ気味にニャン天丸は言葉を続ける。

 

 

「なら聞くがな。何をどうひっくり返せばイズナの言う『忍者』なんてものになれると思う?

 さっきも言ったが、あんなものは現実的に成り立つはずのないファンタジーだ。お前だって大人なら(・・・・)そのくらい分かるだろう?

 

 なら、子供に必要以上に夢なんて見せるんじゃあない。

 堅実的に、現実的に、あり得ることを徹底させるのが……」

 

「少なくとも。

 ───私は、このキヴォトスでさんざん“あり得ないもの”を見てきたよ」

 

 

 

 持論を語り続けるニャン天丸を、先生は一言で切り捨てた。

 

 

 

「銃弾が当然のように購入出来ることも、銃が携帯品なことも、弾丸を受けても『痛い』で済むことも。……それ以外にも、たくさんの『あり得ないもの』をこの目で見てきた。

 

『あり得ない』なんてことの方が『あり得ない』って……改めて思ったよ。私もまだまだ勉強不足だね」

 

「………くだらんな。だからイズナの荒唐無稽な夢も叶うとでも?」

 

「そうとは言わないよ。何も考えずに、ただ闇雲に進み続けても夢にはたどり着けないだろう」

 

「フン、ならば……」

 

「だけど。なろうと思わないとなれないモノでもあるはずだ。

 

 どんなことだって、挑むところから始まるんだよ。

 その先で現実に打ちひしがれることだってあるかもしれない。だけどそれでも挑み続けて、進み続けた先に……夢は叶うモノなんだよ。

 

 だから私は、夢に挑むことを否定したくない。

 だから私は───」

 

 

 

 

イズナの夢を笑った貴方を許さない。

 

 

 

 

「─────ふ、フン!!囚われの身で何を偉そうに!

 もういい、構えろ!」

 

 

 ニャン天丸の言葉に、魑魅一座の数名が銃を構える。

 銃口は真っ直ぐ、先生を見据えている。

 

 

「安心しろ、ゴム弾に替えてあるから死にはしない。

 まあ……せいぜい全治数ヶ月ぐらいにはなってもらおうか」

 

 

 再びその表情が悪辣な笑みに変わり、右手を掲げる。

 

 

 

「撃───」

 

 て、の二言目が出る直前。掲げられた右手が下ろされるより前に。

 天井が、吹き飛んだ。

 

 

 

 

   ・   ・   ・   ・   ・   ・   

 

 

 

 

「ごわっ!?」

 

「こ、こいつどこから…ぎゃっ!?」

 

「な、何も見えない…!」

 

 

 

 ………魑魅一座が先生に銃を向け、さすがに出ていかなければならないかと思った、その時。

 天井が吹き飛び、部屋が砂煙に包まれた。

 聞こえてくる声は、恐らく魑魅一座のもの。そして、声を上げる原因となっているのは、この状況を作り出したと思しき者。

 

 

 

「………あのバカ、先走ったな…!!

 

 ………と言いたいとこだが……」

 

 

 

 この状況では仕方がない、とニシキは己を納得させる。

 どのみち彼女(イズナ)がやらなければ自分がやっていただけだろう。

 

 物陰から飛び出し、先生と魑魅一座の間に立つ。

 その間に何発か、敵に向けて銃弾を撃ち込んでおくのも忘れない。

 

 

「───ニシキ!」

 

「……おう」

 

「あ、ニシキ殿……!

 そ、その、申し訳ありません! 『待っていろ』と言われていたのに……」

 

「…まあ、こればっかりはいい。

 どの道、あの状況で出てかなかったらヤバかったろうしな。お前がやらなきゃ俺がやってたよ」

 

 

 

「お前は、イズナ……! それに、蒼星ニシキ……だったか」

 

「なんだよ会長、無事だったのか。

 さっきの爆発で吹っ飛べばよかったのに」

 

「んがッ!!」

 

「ニシキ、さすがにそれは……」

 

 

 ニシキのあんまりな発言に、流石の先生もちょっと引いた。

 本人は素で言っているあたり、これが本来の彼の性格らしい。

 

 

「フン……まあいい。

 それよりイズナ、これは裏切りととって構わんのだな?」

 

「──ええ、そうです。

 イズナはついに出会えたのです、本当の意味で、仕えるべき主君に……そして、己を曲げることなく真っ直ぐであり続けさせてくれる、真の友に!」

 

「………ええと、まさかと思うけどその主君と友っていうのは……」

 

「はい! 主殿(先生)とニシキ殿のことです!」

 

 

 迷いなく答えを放つイズナに、先生は照れくさそうに頭を掻き、ニシキはやれやれと言わんばかりに頭を抑えた。

 

 

「……先生はともかくとして、俺が友ってのは無いだろ。

 俺がお前に何言ったか忘れたか?」

 

「いいえ!一言一句覚えています!」

 

「……………」

 

 

 またしても迷いのない答えが。

 

 

「なら……」

 

「ですが、そのお陰でイズナは己に向き合えたのです。

 先生…主殿のように先に立ち導くのではなく、隣に立ち同じ先を…されど違う目で見てくれる。

 そんな存在も、間違いなく必要なのだと今なら言えます!」

 

「………」

 

「良かったね、ニシキ」

 

「………へいへい」

 

 

 

「ええい、貴様ら!さっきから儂を置き去りにしおって!

 青春ごっこはそこまでだ!」

 

「ああ、会長…そういや居たんだったな」

 

「こ、いつ……!!

 

 ええい!出ろ、魑魅一座!!」

 

 

 堪忍ならぬと言わんばかりに声を上げるニャン天丸。

 そしてその声に応えるように、背後から魑魅一座が更に現れた。

 

 

「この場にいる者が全員だとでも思ったか!

 こいつらは万が一に備えていた予備兵力だったが……もはや容赦などせん!三人まとめてひねり潰してくれる!」

 

「久田、やれるか?」

 

「はい! 主殿、指揮をお願いできますか?」

 

「もちろん。……行くよ、二人とも!」

 

 

 圧倒的多勢を前にして、ニシキ達はまるで怯む様子を見せない。

 それがニャン天丸の神経を更に逆撫で、歯を軋ませる。

 

 

「おのれ……生かして帰さん!!」

 

 






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