「イズナ流忍法、躱せ身の術!」
「ああもう、なんで一発も当たらないんだよ!おかしいだろ!?」
「もっと取り囲んで狙うぞ!一発当てさえすれば動きが落ちる……」
それに対する魑魅一座の反応はそれぞれ。
挑発に乗り苛立つもの、冷静に狙いを済まそうとするもの、兎にも角にもイズナの動きを止めようと必死であるのは違いない。
しかしながら、そんな隙を敵は見逃すことはない。
「ぎゃっ!?」
「痛った!?」
イズナとは別方向から2発、弾丸が飛ぶ。先生の前に立っている蒼星ニシキの攻撃によるものである。
威力こそ比較的控えめな
「テメー、邪魔すん……」
「させません!!」
「っがぁああ!!」
ニシキを狙おうとした魑魅一座を、再びイズナが阻む。
彼女の持つ
「邪魔すんじゃねぇぇッ!!」
「とうっ!シュババッ!!」
怒りの矛先が再びイズナに向くも、俊敏な動きの前にはやはり無駄撃ちになるばかり。三対圧倒的多勢という絶望的な状況の中で、戦況はイズナ・ニシキ・先生に有利に運んでいた。
それはイズナとニシキ各々の能力もさることながら、先生の指揮がそれをさらに引き上げていることも理由の一つである。
しかし、そんな状況に魑魅一座の親玉……ニャン天丸が良い顔をするわけもなく。
「ええい、いい加減にしろ貴様ら!いつまで敵の思うツボにハマっている!」
苛立ちを隠す素振りもなく、怒号を飛ばす。
まあ、ニャン天丸からしてみればそれなりに金をかけて雇った用心棒、それも数十はくだらないという人数がたった三人の敵に翻弄されているのだから無理もない。
「イズナやあの小僧が無理なのなら先生を狙え!
それが一番手っ取り早いことくらいはお前たちでも分かるだろう!」
「で、でも……先生を狙おうとするとあいつら二人が邪魔してくるし、かといって退けようとしたらまたやられるし……」
「バカが!なら後ろに回り込むなり取り囲むなりして追い込めばいいだけだろう!何のためにこれだけの人数が揃っていると思っているんだ!?」
「「………!!」」
「『その手があったか』じゃないわ!!」
ニャン天丸の感情は怒りを通り越して呆れまで到達し、口からは大きなため息が。
なぜ自分はよりによってこんな馬鹿者共を雇ってしまったのか。これならばイズナを騙し続けて利用し続けた方が百倍マシだった。
しかし時はすでに遅く、覆水は盆に返ることはない。
(………ん? いや待て。
よくよく考えれば、それほど思い詰めることも無いのではないか?)
が、覆水は頭に落ちたのか、ニャン天丸は冷静さを取り戻す。
まず、この戦況を改めて俯瞰する。
敵は僅か三人、それもうち一人は指揮専門で戦闘能力はナシ。一方で、こちらは明らかな多勢。敵の策で若干の手傷こそ負っているものの、未だ戦闘不能などの被害はナシ。
更に武器だ。
こちらは多人数であり、一人一丁は確実に所持している。
それに比べ敵の銃持ちは二人で二丁。加えて多人数を相手取っている都合上、通常より弾薬の消費数は多い。
…ニャン天丸の表情が、再び余裕に溢れた笑みに変わった。
(……奴らは余裕を持って戦っているように見えて、実際には弾薬を消費し続けるばかりのジリ貧。一方こちらは人員も弾薬も余裕十分。
時間をかければかけるほど、苦しいのは敵方……!
何も焦ることはない、寧ろ存分に時間をかけ、奴らを追い込んでやる……!)
(───と、奴が考えているのは分かっている)
蒼星ニシキは、その目論見を見抜いていた。
当然と言えば当然。この場所は他ならぬ敵の本拠地であり、そんな場所で戦闘になればどうあっても戦況が敵方の有利に運ぶのは止むを得ない話だ。
そんな単純な事実に気づかないほどニシキも馬鹿ではない。
一応手は打っておいたが、念には念を入れておく。
「おい先生」
「ん?」
「少しずつ前線を下げるぞ。出口まで近づいたら、一気に脱出だ」
ひっそりと、先生に耳打ちする。
先生も周りに気づかれぬようそっと頷き、少しずつ後ずさりを始める。
「………! おい!敵が逃げようとしているぞ!
すぐに取り囲め!出口を塞げ!!」
「チッ…!」
しかし、流石のニャン天丸もそれに気づけない馬鹿ではなかった。馬鹿正直に横並びだった魑魅一座が、ニシキたちを取り囲まんと動き始めた。
「させません!イズナ流忍法……」
「うっさい!もう構ってられるかよ!」
「うぎゃあ!?」
その上、遂に
そもそもニシキたちの策は、イズナとニシキがそれぞれに動いて次々に標的を切り替えさせることで成り立っているもの。逆に言えば、どちらかに狙いが偏れば作戦は瓦解してしまう。
───いや、この状況に置いてその考えは正しくはない。何せ今、魑魅一座……正確には、その親玉のニャン天丸が狙っているのは……。
「いいぞ!そのまま先生を捕らえろ!」
しかし、それが分かっていてむざむざと私でやるほど、蒼星ニシキという男は甘くはない。
「久田!いったん下がるぞ!」
「は、はい! ですがその、主殿は?」
「……俺が担いでやる!とにかく出口を目指すぞ!」
「了解です!
イズナ流忍法、もくもくの術!」
先生の呼び方は結局それになったのか、と困惑しつつも指示を飛ばす。
イズナもそれに応え、煙玉で撹乱。その間に先生を担ぎ上げ、出口に向けて走り出した。
「………まあ、流石に対策はしてるよな」
回り込まれたのか、はたまた初めから備えていたのかは定かではないが。たどり着いた出口には、魑魅一座が何名か立っていた。
「フン、やっと追い詰めたぞ……まったく、手こずらせてくれたものだな!」
勝利を確信したのか、卑しい笑みを浮かべて歩いてくるニャン天丸。わざわざ緩やかに歩いてくるあたりも、妙な腹立たしさがある。
「さて……イズナ。この状況で、まだ儂に敵対するか?
お前の動きなら、一人だけで逃げられるかもしれんぞ?」
「……!」
「悪いことは言わん、今なら先程の妄言も水に流してやる。そいつらを切り捨て、儂のもとに戻ってくるがいい!
少なくとも、お前の腕だけは買ってるんだ。どちらに付くのが賢い選択か、お前にも分かるだろう?」
「………分かりました」
「おい、久田──!」
「ふははっ、そうかそうか!
お前もようやく……」
「そんなものが賢い選択だというのなら……イズナは愚か者で結構です!」
「な……!」
「───」
驚きで間の抜けた声が溢れるニャン天丸に、そもそも声が出ないニシキ。ただ一人先生だけが、喜ばしげに笑みを浮かべていた。
「イズナはもう……目先の幸せや見せかけの肯定には惑わされません。
どんなに辛くても、苦しくても、否定されても……イズナの夢を真に信じてくれた人、真正面から向き合ってくれた人のために戦うと誓ったのです!!」
「………ああ、そうか」
呆れたような、哀れむような声色でニャン天丸が呟いた。
そんな彼が右手を挙げれば、魑魅一座が銃を構える。円型に囲まれたこの状況、逃げ場は無かった。
「ならば……その信じるべき者と共に、潔く散るがいいさ。
───やれ!!」
「主殿、イズナの後ろに……!」
「く───!」
ニシキは苦い声を漏らす。
残念ながら、幾ら二人が盾になろうとも360°の包囲銃撃から人ひとりを守りきれるとは思えない。
もはや、なりふり構っている余地はない。後のことは文字通り後回し、懐に収めた愛銃に手を伸ばし───
「がはっ!?」
「へっ、なに゛っ」
「はぎゃっ!?」
『!?』
突然、出口方面から悲鳴が飛ぶ。
倒されていく魑魅一座の者たちの後方から、何人かの少年少女たちがニシキたちのもとに駆け寄ってきた。
「先生!大丈夫ですか!?」
「よっす、蒼星。無事……でいいんだよな?」
「シズコ、フィーナ、サスケ……修行部の皆も!」
「おせーよ木須井。位置情報送ってからどんだけ経ったと思ってんだ」
「なっ……い、位置情報だと!?」
「当たり前だろ。先生の端末だけ回収して図に乗ってたのか?
そもそも俺と久田が潜んでた時点で、情報を回されてるって考えるべきだと思うけどな」
「ぬ、ぐぐ……!!」
更にまして顔が紅潮していくニャン天丸。
ニシキの指摘が図星だったのか、自身の計画が狂ったことによる怒りからなのかは言及しないでおく。
「まあ、本当は先生が先んじて連絡してくれたから早めに駆けつけられたんだけど…」
「しー。シズコ、それは言わないでおこう?」
「ええい、どいつもこいつも馬鹿にしおって!!
助けが来たからなんだ、数の利が未だこちらにあるのは変わっておらんわ!!」
ニャン天丸が荒っぽく指を鳴らす。
魑魅一座がさながら
「まさしく『飛んで火に入る夏の虫』!罠に掛かったのは貴様らの方だと理解したか!
さあ、揃って命乞いを……」
ニャン天丸の言葉が終わるより先。
魑魅一座の何名かが、横薙ぎの蹴りで吹き飛ばされた。
「な!?」
「え!?」
ニャン天丸と先生の驚きの声が揃う。
イズナや駆けつけた
ツバキは相変わらず寝ぼけていた。
……ならば、皆を仰天させた蹴りを放った者は誰なのか。
そんな者は、この場にひとりしかいなかった。
「に……ニシキ?」
「な、なっ、なん………なんだ、貴様!?
い、今何をした!?」
「───なんだよ会長。たかが数名蹴り飛ばされてなんでそんなに焦ってんだ? 数の利はまだまだ変わってないんだろ?」
思わず何かを確かめるように名前を呼ぶ先生、
あまりの衝撃で半端な言葉を漏らすニャン天丸。
そんな二人を置き去り、ニシキは笑いながら語る。
「あ………」
「ど、どうした?」
「何があったのか?」
「お、お……思い出したあっ!!」
魑魅一座のひとりが声をあげる。普通ではない狼狽えように、敵側に動揺が広がっていく。
「あ、あいつ……あの喫茶店で、呼ばれてた、“赤染蒼星”って……!!」
「それがどうしたんだよ!?」
「あの時は、何のことか分かんなかったけど、でも……思い出したんだ!!
あれは、2年前……」
・ ・ ・ ・ ・ ・
『2年前、百鬼夜行で何人も男を侍らせてた女生徒が高等部に居たんだよ。そいつは当時の百鬼夜行でも有名な奴でさ……良い意味でも悪い意味でも。んで、そいつがある時目星をつけたのが当時中等部だった蒼星ニシキだったんだ。
でも……蒼星ニシキは、女生徒からの“誘い”を突っぱねた。「自分はそういうの興味ない」とか、それっぽいこと言ったらしいんだけど……女生徒の方はそれが気に食わなかったみたいでさ。男なら誰でも自分に惚れて当然とか思ってたらしくて。
それで、蒼星ニシキに侍らせてた男たちを送り込んだんだよ。気に食わないからボコってこいって……』
『それで、その翌日。
女生徒の家の前に、送り込んだんだ男たちが血塗れで倒れてたんだよ。
やったのが誰かなんて明らかだった。
たまたまその現場を見たやつが、男どもの返り血で真っ赤になった蒼星ニシキの姿を見たって……』
・ ・ ・ ・ ・ ・
「それから、あいつは“赤染蒼星”って呼ばれるようになったんだって………」
話していた者も、聞いていた者も、揃って顔を青く染めた魑魅一座。先程までの話とは正反対である。
「……で、でもさ!
そんなの、結局噂でしかないんだろ?」
「そーそー!雇い主も言ってたじゃん、数はこっちの方が多いんだし余裕……」
ごきり。
と、蒼星の拳が鳴る。
『………』
言葉による誤魔化しなど通用せず。
その噂が現実であり事実であるという答えは、先程示されたばかりである。
「………降参です」
「はっ!?」
魑魅一座の一人ががしゃん、と
気がつけば。
数の利の天秤は、完全に逆側へと傾いていた。
「な、なに……あり得ない、こんな……
この馬鹿共が!!なにが赤染蒼星だ、数人やられた程度でくだらん!!なんのために高い金を払ってやったと思って……」
騒ぎ立てるニャン天丸の近くの壁がばん、と跳ねる。
言わずもがな、ニシキの撃った弾丸によるものであり、それはニャン天丸の勢いを止めるには十分に過ぎた。
「ひっ!?」
情けない声とともに尻餅をつく。
先程までの上っ面だけの自身も威厳も、既にニャン天丸にはない。そのまま銃を向けられ取り囲まれた。
「観念してください、会長。もう終わりです」
シズコが諭すように言い放つ。
しかし、
「ふ、ふふふ……終わり?終わりだと?
───ふざけるなッ!!」
ニャン天丸は、納得などしなかった。
「今回の計画の為に、儂がどれだけの計画と資金を費やしたと思っている!? それが、たかが数人の小僧小娘どもと、指揮役の大人が一人……たった一人の子供の噂なんぞに、儂の計画が台無しにされてたまるものか!!」
激情のままに、男は叫ぶ。
そして、懐に手を突っ込み───
「ぐっ!?がっ!?ぎゃあっ!!」
無慈悲に弾丸を撃ち込まれ、そのまま倒れた。
「……蒼星、お前容赦ないな」
「必要あるか?そんなもん」
またしてもあっけらかんとした態度で、蒼星ニシキは答えた。
これには流石に味方のシズコや先生もドン引きだった───
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