「……ふぅ、ここまで来れば良いかな?」
「あ、あの!先生、これはいったい…」
「ああ、ごめんねイズナ。さっきも言ったけど、いくつか話しておきたいことがあったんだ」
「話したいこと……」
「うん。色々あるけど……一番言いたいのは、ニシキのことかな」
「────」
イズナの身体が僅かに強張った。
当然と言えば当然、あれほどにきつい言葉を投げかけられれば、嫌でも覚える。
まして、己の掲げた夢について言われれば尚更だ。
「……ごめんね、辛いことを思い出させて。
でも…イズナには知っておいてほしいんだよ」
「? 何を、ですか?」
「まあ……ニシキが何でああいうことを言ったのか、かな。
どうして……人の“夢”を否定するような物言いをしたのか」
そして、大人は語り始める。
・ ・ ・ ・ ・ ・
時は少し遡り、百夜堂。
先生とシズコが、陰陽部に助けを求めるために出発しようとしていた時。
『先生、社長。ちょい待ってもらってもいい?』
『ん?』
『何よ、サスケ。
今は非常事態なんだから、早くしてよ』
『………先生には聞いておいてほしいんだよ。
少なくともアイツ、自分からこの話はしたがらないだろうしさ』
『アイツ、って……』
『蒼星のこと。さっきあの狐耳の子のこと、散々な言い方したじゃん? で、先生もそれにお怒りだったし。
だからまあ、理由を言っとこうと思ってさ。 個人的にも、顔見知りが勘違いされっぱってのも気分悪いし』
『……シズコ、出発はちょっと待ってもらってもいいかな?』
『……………分かりました』
先生とシズコは再び席に着く。
『まあ、なんて言うか……蒼星のやつ、ちょっとしたトラウマがあんだよ。
アイツがまだ小学生だった頃にね、雨の日に弱ってた子犬達を助けようとして……まあ、蒼星が通りがかった時にはとっくに弱りきってて、結局助けられませんでしたって話なんだけど』
『………それは、でも…』
『先生の言いたいことも、なんとなく分かるよ。
助けようとした気持ちは間違いじゃないんだろうし、この話を知ってる奴なら大概の奴はそう考えると思う。
──でもアイツは違った。
自分のやったことはむしろ、希望を見せて突き落とすような最低な行為だった、って本気で思ってる』
『………』
『で、そこから更に蒼星はこう思った。
そもそも、子犬達を助けようとしなければ。
そもそも、箱なんか見つけなければ。
そもそも、道端のことなんか見向きせず家に帰っていれば。
こんな後悔を抱えることもなかったのに、ってね』
『………』
『だから蒼星は、人の夢とか目標とか……そういったものを
夢がどんだけ厳しいか、それを徹底的に語りかけて、出来る余地が半分を超過してるなら“好きにしろ”と背中を押すし、半分未満なら“やめろ”って言う。
そいつが夢に対して本気であればあるほど、
『………』
『アイツが陰陽部に
何でも安請け合いせずに、出来る出来ないをハッキリ言い切れるような奴はなかなか居ないし。あいつの天職なんじゃない?』
『………』
『──ゴメン、話が逸れたかな。
まあ結局、何が言いたいかっていうと。
蒼星が他人の夢に対してどうこう言うのは、
ずっと過去の後悔とかに囚われ続けてるのって、他人事にしても酷じゃん? それが自分のことってんなら尚更さ』
『────』
・ ・ ・ ・ ・ ・
「ニシキ殿に、そんな過去が……」
そう一言つぶやき、イズナはいくつかの出来事を回想する。
彼との出会い。
初めて夢を語ったこと。
彼との再会。
理想と現実の相違を語られたこと。
イズナは今まで、蒼星ニシキという人物が分からなかった。
しかし今の話で、いくつか合点が入った。
何故、初めの出会いの際に語った『夢』は軽く流しながら、二度目の出会いでは『夢』を手放すよう語ったのか。
やはり出会い……一度目の時点ではニシキはイズナの夢について本気で受け取っていなかったのだろう。
彼はその時、『夢見ることは自由だ』と言った。
だが、
“そうなれればいい”と夢想することと、
“そうなりたい”と夢を実現しようとするのでは、まるでわけが違う。
二度目の出会い……
だから、彼女に向き合い、夢の厳しさを説いた。
───それは、恐らく。
イズナがこの先、傷つくことのないように。
もし、この先夢破れて、
だから、彼は強い言葉でイズナを阻もうとしたのか。
イズナ自身ではなく、憎しみや怒りが自分へと向くように。
どこまで行こうとも、所詮は予測でしかないが。
それでも、久田イズナは、
蒼星ニシキの言動に、歪んだ
「……話していただき、ありがとうございます、先生。
イズナは…ニシキ殿を探しに行きます!」
返事を聞くこともなく、少女は駆け出す。
あるいは、その必要もないと思ったのか。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……………」
壁にもたれ、無言で空を見上げる。俗に言うたそがれる、とはまさにこのこと。
先程も似たような事をしていた気がするが、そんなモノを気にする余裕は、今のニシキにはない。
「………はぁ」
口を開けば、
───今更そんな事を悔やんで何になるというのか。
こんな事はもう
もう後ろめたさにも慣れた、と割り切ればいいだけの話だろう。
……もっとも、蒼星ニシキという人間がそのようなことができない人間であることは、現在のこの有り様を見れば分かりきったことである。
「……またやってるのかい、ニシキ。
本当に君は、
……デジャヴ、というやつか。
またしても、されど先程とは違う
顔を上げれば、そこに立っていたのは獣人の少年。
柄を入れるなど無粋と言わんばかりの白色の着物を纏い、整えられた尾や耳の先端部までもが白一色。
唯一瞳だけを黒く染めた、ニシキのよく知る少年がそこには居た。
「ほっとけよタツキ。
お前はこんなとこで何してんだ。万年引きこもりのくせに」
「いきなり随分なご挨拶だね。
僕だって目的さえあれば外出の一つもするよ」
「ご挨拶はお互い様だろ。
目的って、いったい何が───」
そこまでで、ニシキの口が止まる。
答えはタツキの手元、腕にかけられたビニール袋……の中にある、耐油製の紙袋。
まあ、言ってしまえば、それは屋台グルメというやつで。
「……成る程」
「………言っておくけど。
これ、全部僕のだから」
「知ってるよ」
そう一言だけ返し、ニシキは立ち上がった。
「どこに行くの?」
「本部に戻る。
よくよく考えたら、仕事の途中だったんだよ」
「へえ。その割には呑気に落ち込んでいる暇があるんだね」
「……………」
ほんとうに、こいつは。
「………じゃあな。また家で」
「一応言うけど、ニシキの分は買わないよ」
「それも分かってるよ。
今日の晩飯になりそうなもんは適当に買っとく」
「…ねえ」
「何だよ」
「やっぱり、
「──先輩方には“蒼星くんが居てくれて助かる〜”って好評なんだが」
「『仕事ができるかどうか』と『本人が向いているか』は別物だと思うけど。
役割的な話というより、性質的な話でね」
「………」
ニシキは黙って立ち去った。
タツキはその背中が見えなくなると、
「難儀な生き方だね。他人が深く傷つかない為に、自分も人も傷つけないといられないなんて」
そう言葉と溜息を吐いて、ベビーカステラを一つ口に放り込んだ。
タツキくんのCVは宮◯真守氏をイメージしてます。
高評価、感想お待ちしています。