「……意気揚々と飛び出したはいいものの……。
うう、ニシキ殿は今どこに……?」
蒼星ニシキの過去を聞き、
彼と再び話さなければならない、と思い立ち駆け出したイズナ。
しかし、よくよく考えればニシキがどこに行ったかなどまるで分からない。
「……あっ!
そうだ、陰陽部のほうに連絡すれば…!!」
先生とニシキに初めて出会ったあの時、『陰陽部の所属だ』と話していたことを思い出す。
つい最近購入したばかりの
『───はい、こちら陰陽部ですが……』
「あ……! あの!
わ、私は、一年の久田というものなのですが!
蒼星ニシキ殿は、そちらにいますでしょうか…!?」
『蒼星くんですか? いえ、まだ帰ってきていませんが……』
「………そう、ですか。失礼いたしました…」
通話を切った。
残念ではあるが、うなだれている場合ではない。
───
手近な建物を見渡し、ちょうど良いものを探す。
置物や廃材、利用しても問題のないものも合わせて。
「───よし」
ふぅ、と小さく息を吐いた。
目標は裏路地、積み上げられた瓶置き用のプラケースと木材たち。
そこに向けて、真っ直ぐに駆け出す。
初めに、プラケースに足をかけた。
底を上に向けて置いてあったそれの、平面な部分に。
次に木材。
多少足を上げる必要があるが、大した問題はない。
裏路地ならば人目につかないし、
木材の頂点に足をかけ、跳ねるように跳び上がった。
無論、それだけでは目的地には届かない。
よって、中継地その三。
眼前の壁を、両足で蹴り……目的地である、建物の屋根に着地した。
両の足で立ち上がり、周囲を見渡す。
目測できる範囲に、ニシキの姿はない。
ならばごく自然に、次の行動は決まる。
屋根を蹴り、駆け抜けながら捜索を開始する。
この俯瞰という状況は、常人ならば身体が止まることだろう。
だが、久田イズナにとってはこの程度、何の問題にもならない。
恐怖心など、できると分かった時から取り払われている。
“不安定な屋根の上を、バランスを保って全力疾走しろ”という無理難題は、久田イズナという少女にとって“できること”の一つでしかない。
それはともかく。
当の
学院指定の
桜花祭という学院を挙げての祭りに集まる人々がそれを阻んでしまっていることは否定できない。
………というか。
何故か、自身の周りに人が集まり始めていることにイズナは気づいた。
「あの子スゲー! 屋根の上走ってるよ!」
「何かのパフォーマンスかな?」
「ママー、あのお姉ちゃん何してるの?」
「うーん、ちょっとママにも分からないわね…」
「───やって、しまいました」
いくら手っ取り早いとはいえ、普通屋根の上に乗り、まして駆け抜けるようなことは普通の手段ではない。
確かに習ったはずの街の常識を、イズナは完全に忘れていたことを思い出し項垂れた。
しかし、落ち込んでいる暇はない。
こうしている間にも野次馬は増え続けている。
流石に屋根の上にまで登っては来ないものの、着地点が確保できなくなるという意味では困りものだ。
「ううん……陰陽部の本部で、待ち伏せでもしてみましょうか?」
出会いの時、彼は『これでも陰陽部』だと言っていた。
ならば十中八九陰陽部の建物に潜んでいれば現れるだろう。
しかしそれにも当然問題はある。
陰陽部とは百鬼夜行における生徒会組織であり、学院における最高権力と言える。
そんな場所に潜入、まして所属生徒を待ち構えたなど、一歩間違えれば危険人物認定は免れないだろう。
流石に一時の人探しの為に、今後数年の学生生活に差し障ることになるのは、イズナとしても………望ましく、ない。
「………やはり、地道に探すしかありませんか」
分かりきっていた答えにため息をこぼしながら、イズナは再び駆け出す。
………何人かの野次馬にしつこく追われていることには、気づかずに。
・ ・ ・ ・ ・ ・
タツキと別れた後。
蒼星ニシキは陰陽部本部へと帰還……してはいなかった。
未だ心の整理がつかず、憂さを晴らすためこうして当てもなく歩き続けている。
当然、本人も内心では無駄な行いだと分かっている。
今のように無駄に思考の余地を与えるような事をするよりも、仕事に思考を一極化させて考えないようにした方が余程良い。
口角が苦く吊り上がる。
自分はこんなにも不真面目だったかとか、
これではタツキに文句を言う資格もないだとか。
そんな内心が、思わず表情に表れる。
───とはいえ、いつまでもこんな事を続けるわけにもいかない。
今度こそ戻ると腹を決め、足を陰陽部の本部へと向ける。
「おいっ、本当にこっちであってんだよな!?」
「いやあ、結構な速さで移動してっから、もうあっちの方まで行ってんじゃね?」
……年頃の少年少女が、妙な騒がしさを携えて駆け抜けていった。
走っていった方向に耳を澄ませば、何やら騒ぎ立てるような声が聞こえてくる。
「………」
よせばいいのに、ニシキの足は喧騒の方へと向いた。
野次馬だとか好奇心だとかではなく、生徒会の一員として放ってはおけないから──などと、誰に聞いてもらうわけでもない言い訳を内心で繰り返しながら。
少し歩けば、離れたところに人混みが移動しながら騒いでいるのが……いや違う。
あれは
視線が上に向いているところを見るに、騒ぎの原因は頭上にあるのだろう。
人々に
「………あ、いつ……!!」
本日何度目かの、見たくなかった少女の姿が目に入った。
常人なら登るだけで悲鳴を上げるであろう建物の屋根の上を、軽やかに当然のように駆け抜けている。
「………!」
「は?」
視線があったような、気がする。
例の少女───久田イズナは、確かにこちらを見て、何かを言った。
そして恐らく……いや、間違いない。
彼女は、
数メートルは離れている建物の間……路地幅の上空を、屋根伝いに軽やかに飛びながら迫ってくる───!
「とうっ!!
よっ…と。
ニシキ殿!やっと見つかりました!!」
「─────」
軽やかに着地し、笑顔でそう言い放つ
一方でニシキは何も言えず、ただただ言葉を失うばかり。
一応、言いたいことはある。
何のつもりでまた自分の前に来たんだとか、あんな非常識な方法でやってくる奴があるかとか、そんな危なっかしい格好で上からやってくるなとか。
ただ、今は情報過多と衝撃で、言葉を発するどころではないということで。
「───? ニシキ殿?どうかしましたか?」
「───はっ。
お前な、『どうかしましたか』って……」
人の気も知らないで呑気に言い放つ少女に、ひとまず反論を試みる。言いたいことは確かにあるのだから、一つ一つ言っていけばいいだけ。
だったの、だが。
「なあ本当にこの辺であってんの!?」
「間違いないって! 姿が見えなくなったのがこの辺だし!」
「いや、もうちょっと先じゃない!?」
「──! やべ…!」
「わわっ!ニシキ殿、何を……!!」
耳に飛び込んで来たのは、先程の野次馬たちの声。
渦中の人と共に居たとあっては、面倒事に巻き込まれるのは確実だろう。
ニシキは思わず、少女の手を掴んで駆け出した。
・ ・ ・ ・ ・ ・
「………もう、追ってきてないよな?」
「うう、申し訳ありません……まさか追いかけられていたなんて……」
イズナは涙目で謝罪する。
それを見てニシキはバツの悪そうな顔になるが、それも直ぐに引っ込み普段通りの表情を整える。
「それで、お前」
「?」
「なんで、あんな事をした?
口ぶりからして俺のこと探してたみたいだが」
「───それも、申し訳ありません。
イズナはニシキ殿の連絡先も知りませんし、陰陽部の方に連絡しても『戻っていない』とのことでしたので…」
「………」
またしても、バツの悪さが顔を出す。
彼女がそういう行動をとったのは己の身勝手のせいではないか───そう、蒼星ニシキは考えた。
かなり、強引な解釈ではあるが。
「イズナは、改めてニシキ殿と話したかったのです!
ですので、とにかく早く見つけなければと……」
「………色々と言いたいことはあるが、まあ後でいい。
で? 話したいことってのは」
尤も、ニシキに大体予想はついている。
イズナに話したこと───『夢を諦めろ』と話した奴から返ってくる言葉など、大概が文句や罵声の
もう慣れたことだと、軽い気持ちで受け止めようとして───
「ニシキ殿の、昔の話を聞きました」
その
「………」
驚きが、言葉を阻む。
しかしニシキは一度目を閉じ、数秒経った後、
「それで?」
そう、言葉を返した。
「それで、お前は何が言いたいんだ?
『自分が似たような経験をしたからって、他人に当たり散らすのはやめろ』とでも?
おおかた木須井の奴から聞いたんだろうが。
……勘違いしないでもらいたいな。
俺が他人の夢に関してどうこう言うのは、他人を
単純に腹が立つんだよ。
その夢を叶えるのにどれだけのものが必要なのか、どんな目にあうのか、そんな事も考えずに『夢は叶うもの』なんて声高に語る奴らが。
俺がやってるのは単なる憂さ晴らし。お前が何を考えていたのか知らないが、それ以上でもそれ以下でもねーよ」
「………」
返答も反論も待とうとせず、蒼星ニシキは己の胸中を吐き尽くす。
久田イズナは、それに何を言うでもなく、ただ黙して彼の言葉に耳を傾けていた。
「失望したか? まあ、それならそれで結構だよ。
これに懲りたら、変な期待なんて持たないでくれ……」
「ニシキ殿」
………自分を真っ直ぐに見据えた、少女の一声。
ただ呼ばれただけのその声に、しかしニシキの言葉は止まる。
「………なんだ」
驚いた自分に、或いは驚かせた少女に腹が立ち、そう一言だけ返す。
「ニシキ殿は、ご自分のことが嫌いなのですか?」
「─────」
またしても、少女の一声が思考を強く穿つ。
「……………」
「……………」
両者共に押し黙る。
片方は『この話は終わりだ』と言わんばかりに、
片方は『話すまで逃さない』と言わんばかりに。
「………『自分のことが嫌いなのか』って?
ああ、そうだな」
少女の視線に根負けし、少年は語り出す。
「子供の頃の間違いをいつまでも引きずって、後悔し続けて。
その結果の行動が、他人も自分も害するような八つ当たり。
そんな奴、好きになれるほうがどうかしてるってもんじゃないか?」
自嘲であり、自虐でもある少年の本心が、他ならぬ少年の口から吐露される。
それを、少女は表情一つ変えず見つめ続けていた。
「それで。
さっきも言ったが、結局お前は何が言いたいんだよ」
「………」
少女はしばし俯き、そして、
「イズナは、ニシキ殿の行いが間違いだとは思いません」
そう言った。
「───は?」
「夢と現実の隔たりに向き合わなければならない時は、夢を追う者ならば誰にでも来ます。その道を進み続けるのか、別の道を選ぶのか選択する時も。
ならば、ニシキ殿の行いは何も間違ったものではないはずです」
「………少なくとも、先生はそう思わなかったみたいだが」
「それは、ただ考え方が違うだけです。
輝かしい夢に向かって、背中を押す人。
夢の前には苦しい現実があると、引き留める人。
きっと、どちらも正しいんです。
ただ、先生とニシキ殿では、根幹とするものが違うというだけなんだと思うんです」
「………」
何を言えばいいのか、わからない。
蒼星ニシキという人間の十数年の時間の間に、自身の行いを『間違いではない』と肯定されたのは初めての経験なのだから。
「……その上で、ニシキ殿に言いたいことがあります」
「………なんだ」
「まず、イズナに忠告していただいたことは、本当にありがとうございます。
ですが……イズナは、それでも夢を諦めたくはありません」
「………」
「ニシキ殿の言う通り、イズナの理想とする姿でも、現実の姿でも忍者という存在はもはやこの世にはあり得ないものなのでしょう。
……それでも、そうだとしても。
イズナを…己をここまで突き動かしてきた
────たとえ、それが。
それを抱くまでの全てを、否定することになったとしても。
「………そうかよ。
なら、好きにすればいいんじゃないのか。
結局、俺がどんなに言おうが最終的に決められるのは本人でしかないんだし」
「……はい!」
返事を返すと、イズナは再び建物の上へと跳び上がった。
「んな、お前な…!」
「ニシキ殿。
イズナはこれから、雇い主のもとに向かいます」
「──!」
「イズナは……結局、何が大事か分かっていなかったのです。
『忍者になりたい』と夢だけ抱いて、形だけ真似ていればそうなれるのだと。
だから雇い主の目的も確かめようとせず、忍者らしいことができた喜びで考えるのをやめていたのです」
悔いるように、イズナは苦笑を浮かべる。
「………だから。
イズナは、今から確かめに行きます!
イズナの夢を叶えるために、正しいのは誰かを見極めるために!!」
瓦屋根を蹴り、イズナは駆け出す。
数秒の後、
「…あの野郎、人の気も知らないで勝手なこと言いやがって…!!」
苛立ちを見せながらも、少女の後を追うように少年もまた駆け出した。
高評価、感想などお待ちしています。