ギター三国同盟。
星歌さんと虹夏ちゃんの映画来ましたね!こっからまたぼっちざろっく流行れ流行れ……!
「……う〜ん」
「こら郁代。ご飯食べながらスマホ見ないの。いつも言ってるでしょ?」
「むぐ。はあい。お母さん」
スマホに目を落としながら、朝ご飯を事務的に口に放り込んでいると、お母さんに注意されてしまう。行儀が悪いのは分かっているのだが、どうしても気になる動画があるのだ。
こないだ虹夏先輩に教えてもらった、ギターヒーローってオーチューバーギタリストである。
この人、凄く上手くてテクニックも幅広いし、何より聴いていて心を動かす何かがある。間違いなく只者ではない。
少しばかり概要欄に書いてあることが痛いが。
しかし、私が気にしているのはそこ、ではない。
「……な〜んか、どっかで見た気がするのよね……」
鏡の自分とにらめっこしながら歯を磨いて身だしなみを整える。机の上に昨日から用意していた教科書を鞄に入れて、制服に袖を通す、いつものルーティン。
それでもずっと考えているのは、あの動画のことだった。ローファーのつま先を床で叩き、玄関横の鏡で最終チェック。うん。わたし! 今日も可愛いっ!
「いってきまーす!」
普段の私なら、歩きスマホなんかしない。危険だからだ。でも今はしてしまっている。わ、凄い、Fコードからの指の移し方……、こんな方法もあるのね、勉強になるわ……! で、でもやっぱり、どっかで見たような……。
「おっす! おはよう喜多さん!」
「……あ、生月くんおはよ」
考え込んでいると、後ろから現れたのは生月くんだ。制服のブレザーに軽々とギグバックを背負う彼は、実はかなり着痩せするタイプなのだ。こないだのバイトの時、薄着姿を見たので間違いない。彼は私の顔をじっと覗き込んだ後に一言。
「寝不足?」
「うっ……!? わ、分かっちゃう?」
「うん。いつもの喜多さんに比べて……なんかこう、きたーん! って。覇気がないね!」
「なによう、そのきたーん、って」
んも〜。失礼な、女子高生捕まえて覇気だとか。……でも、寝不足は正解。
「気になる動画を見つけちゃってね。朝方までにらめっこしてたから……ふあ」
「おいおいよくねえな。睡眠不足は全ての天敵だぜ? そんな気になる動画だったのか?」
「うん。これなんだ……」
「あ、お、おはようございます……喜多ちゃん……生月くん……」
「おっはよーう! 後藤さん! 今日もいい朝だねぃ!」
生月くんに動画を見せようとした所で、ひとりちゃんが合流する。……なんか生月くん私とひとりちゃんでテンション違くない?
ああっ……。喉まで出かけているのに正解が分からないこのもどかしさ……! 誰でもいいからスッキリさせてほしいわ……! 越◯製菓さんにお願いしてみようかしら。
「き、喜多ちゃん、どうかしたんですか……?」
「なんか気になる動画があるんだとさ。それで寝不足なんだと」
「ど、動画……?」
「うん? どした後藤さん」
「う、ううん……! な、なんでも……」
「?」
ああ……。今日は一日、この謎に振り回されることになりそうね……。そんなことを思いながら私は、後ろでヒソヒソと話す学友二人に向き直るのだった。
少し時間は移って、今は放課後。最近は、この埃っぽい空き教室か、屋上か。はたまたは、ひとりちゃんが最近見つけてきた階段下の謎のスペースで、三人集まってギターの自主練をするのが慣例になっていた。授業が終わって即、STARRYに行っても、バイト開始の時間まで少し空いてしまうからである。
「あっ……。喜多ちゃん……。すみません、ま、待たせてしまいましたか……?」
「ううん! 今来たとこよひとりちゃん!」
言いながらひとりちゃんはギグバックを降ろして中のギターに手をかけている。私もそれに倣って最近マイニューギアしたばかりのブルーレスポールを構える。弾く曲は決まっていないことが多い。SNSでバズっていた曲やら、ドラマで流れていた曲やら。その日の気分で何でも、だ。
ひとりちゃんはとても滑らかに弾く。指の運びに一切の迷いや無駄がない。鳴る音はとても綺麗で、練習量の差というものを実感する。
聞けばひとりちゃんは、友達が欲しくて毎日六時間練習していたそうだ。だから私は焦らない。敵うはずないもん。
でも、いつかきっと。並び立っても遜色ないくらいには。
「うい〜っす。二人ともやってんね〜」
「あ、き、生月くん……」
「お疲れ! 生月くん!」
ヌルっと生月くんも合流し、本格的に練習開始だ。
「え、えっと……A! D! Aマイナー! F!」
ジャジャジャジャッ! ジャジャーッン!
後藤さんが素早くコードをランダムに言うと、生月くんはそのコードを正確無比に押さえる。その所作は美しさまでを孕んでいた。
「す、すっごーい……。早いし綺麗……。生月くんはどんだけ練習してるの?」
「ん? え〜っと中学の頃なら三〜四時間くらいかな。最近はサボりがちだ」
ふわ〜。やっぱり上手くなるには時間の犠牲は付き物なのねぇ。私もいよいよとなったらイソスタや遊びの時間を諦めなきゃかも。
「うううっ……! Fコード難しすぎる……! 指のカタチがそもそも難しい……」
「……ふふっ」
「あ〜! ひとりちゃん今笑ったでしょ!」
「い、いえけして邪な感情では笑ってません! ……難しいですよね、Fコード。私も苦戦したなあ……」
「えっ? そうなの?」
「き、喜多ちゃん……そこの、Fからの指の動きは、こうするとやりやすいですよ……」
そう言ってひとりちゃんがコードの押さえ方の手本を見せてくれる。淀みなく動く指先。まるで教本かのような押さえ方だが、私はその動きを見た時、思い出すものがあった。
「ひ、ひとりちゃん!! 今のも一回やって!」
「え!? あ、はい!」じゃ、じゃーん。
……。似てる。ていうか同じだ。ギターヒーローさんのコードの押さえ方と。偶然? それとも……。
「ねえ、ひとりちゃん。ギターヒーローって人。知ってる?」
聞いた瞬間、ひとりちゃんの顔から血の気が引いた。
「なになに? 喜多さん。なに、ギターヒーローって」
「この間虹夏先輩に教えてもらったのよ。ほら、気になる動画があるって言ってたでしょ? これ」
私は言いながら動画を開いて生月くんに見せる。興味アリ気にスマホの画面を覗き込む生月くん。何故か後藤さんは青い顔をしていた。
「おお……! 凄え。超上手いじゃんこの人。後藤さんと同等かそれ以上だな……。つうか」
そう言って顔を上げ、後藤さんとスマホの中の人物を見比べる。私もほぼ確信してるけど、ダメ押しが欲しかった。
「つうか……。これ、後藤さんじゃね?」
「や、やっぱり!? 生月くんもそう思う!? えっひとりちゃん! オーチューバーだったの!?」
私たちと自分の顔の間に手の平を立てて遮り、目を固く閉じて明後日の方を向いたひとりちゃんは、やがて観念したように口を開いた。
「は、はいぃ……、わ、私が犯人ですぅ……」
「いやひとりちゃん何にも悪いことしてないでしょ!?」
机を持ち寄ってきてその上に座り、私のスマホでギターヒーローの動画を見ながら、おお〜、と感嘆の声を上げる生月くん。私はその隣で普通に立っていた。ひとりちゃんは、何処から持ってきたのか。犯人は私です。と書かれたフリップを首から提げて、正座をして俯いていた。なんか悪いことしたみたいねぇ……。
「まさかひとりちゃんがギターヒーローさんだったなんて……。えっなんで黙ってたの? 虹夏先輩が憧れてるって言ってたわよ?」
おずおずと視線を彷徨わせて、あう……。と呟くひとりちゃん。言いにくいのかしら……。
「喜多さん喜多さん。この登録者三万人ってのは凄いの?」
「凄いわよ。収益化したら結構イイ線いくんじゃない? 私も色々見せてもらったけど、ひとりちゃんの動画は、ギター弾くだけで、前振りやトークとか楽しい音楽とかは何もなし。つまりギターの腕だけで三万人ってことよ。並大抵のことじゃないわ」
「え、えへへへへへ……」
今度は汗を飛ばしながら照れているわ。感情の振り幅が大きいわねぇ。
「じゃなくて。なんで黙ってたのよ〜ひとりちゃん。私なら自慢しちゃうな〜♪ 虹夏先輩とかに見せたら褒めてくれそうじゃないっ!」
「意外と喜多さんも自己顕示欲突っ張ってるね」ぷぷ。
「なによう、いけない?」
「あ、あの、えっと……。申し訳、なくてですね……」
要らないことを突っ込んでくる生月くんに反目しようとすると、ひとりちゃんが余りにも予想外なことを言い出すため、一瞬意識が停滞する。
「? 何がだい、後藤さん」
「……わ、私如きがギターヒーローだって知ったら、み、皆……。虹夏ちゃん。がっかりしちゃうかなって。ほ、ほら私って、一人では確かに少しは弾けるんですよ。か、仮にも三年間努力してきましたし……」
「で、でも、バンドではまだまだで。皆さんに迷惑掛けてばかりで……。こんな下手っぴがギターヒーローだなんて言っても、信じてもらえないかなって……へへ……」
何か言葉を掛けようとして言い淀む。ひとりちゃんの言い分にも一理あると、底の方で思ってしまったからかもしれない。
「いんや? 喜ぶと思うよ虹夏先輩。だってあの虹夏先輩だぜ? ギター弾けるって鳴り物入りで入ってきた後輩がまるでギター弾けなくてもあのあっけらかん振りなんだから、間違いなく喜んでくれるよ。んな小さいこと気にしないって」
だからこそ、この人のこういう物言いに憧れる。欲しい言葉を欲しいときにくれるから。まあ内容には少し言いたいこともあるけど。
「う……、そ、そう、かな……」
「そうだよ。気にせず言っちゃいな。ギターなんちゃらのことはよく分かんないけど、後輩が凄いことしてるなら喜ぶ。あの人の行動原理なんて単純だろうからさ」
生月くんの言葉を聞いたひとりちゃんは、しかしまだ迷ってるように見えた。
「……。言いたくない理由。も一つあって。わ、私ね。烏滸がましいかもだけど、ふ、相応しい存在になりたいんだ」
「うん? と言うと?」
キョトンとした生月くんは先を促す。私も後藤さんの言葉の真意を読みあぐね、先を求めている。
「い、今の私じゃ申し訳ない。ち、ちゃんと、虹夏ちゃんが憧れてくれたギターヒーローくらい……い、いや。もっともっと……後藤ひとり自体が凄くなって、は、恥ずかしい存在じゃなくなった時に、い、言いたいなって……。ギターの練習頑張って……もっともっと経験を積んで……だ、だから……」
「……ふふ。流石だね。カッコいいよ後藤さん。分かった。そんだけ考えてるなら俺から何も言うことはない。後藤さんのタイミングで好きに言いな」
「! う、うん……」
憧れるに足る、相応しい自分に、か。
ホントね。カッコいいわよひとりちゃん。
それこそ、ヒーローみたい。
「どうせ言うならカッコよくね! 私も黙っておくわひとりちゃん! 私も一緒に頑張るから、いつか虹夏先輩に胸張って言えるといいわね!」
「は、はい! ば、バレたのがお二人でよかった……! あ、ありがとうございます!」
「……ここに、同盟の誕生だな。一人はヒーローに。一人は一端のギターボーカルに。俺はその過程を見守る。ギター三国同盟だ!」
「きゃーっ! なんかカッコいいわね!」
「あ、はい……! よ、よろしくお願いしますお二人とも……!」
人気のない空き教室。カーテンから漏れる光に照らされた埃が舞う中、私たちは右手を合わせて決意を新たにするのだった。
「おーっし。灯、お疲れ。今日はもう上がっていいぞ」
「あ、うす。店長、PAさんお疲れ様です」
「ふふ。お疲れ様生月くん。毎日助かるわ」
一筋垂れる汗を拭いながら一息つく。やれやれ今日も何とか終わったか。
「おっけーい! 皆お疲れ! 今日はオシマイだ!」
「あ、はい。虹夏ちゃん……」
「お疲れ皆」
「は〜っ。き、今日も疲れた……」
俺たちの他のSTARRYスタッフの皆さんも帰り支度を始めたため、俺たちもそれに倣おうとする。
「あ〜。待て待て虹夏」
「おっ? なになにお姉ちゃん」
「ここでは店長と呼べと……」
「仕事終わったんだしい〜じゃ〜ん!」
「ちっ。まあいいや。お前らアー写撮りに行け」
すると、ノートパソコンを小脇に提げて、店長が話しかけてきた。アー写?
「へっ? こないだ撮りに行ったよ?」
「あんな酷えアー写見たことねえよ。オラこれ」
そう言うと店長はノートパソコンを開いて画像を見せてくれる。どうやら写真だ。
いつもの元気のいい笑顔でピースサインの虹夏先輩。相変わらず仏頂面で視線を何処かに放り投げているリョウ先輩。ここまでは良い。ギリギリ成立している。
左上に明らかに別撮りの喜多さん。何か修学旅行風邪で欠席したみたいになっている。
「ああっ! そんなっ!」
「ほら〜。喜多もこの扱いには不服だろ?」
「あ、そうか。喜多ちゃんと連絡取れない時に取り敢えずって撮っといたやつか〜」
「ご、ごめんなさいっ!」
「あはは、も〜い〜よ〜! 喜多ちゃん! うん! 確かに、今度はひとりちゃんも加わったわけだし、新しく撮り直す必要があるね!」
「だろ? 明日お前ら全員オフじゃん。マシなアー写撮ってこい」
「……そしたら、明日の結束バンドの活動内容が決まったね! 皆! 明日は下北沢にアー写撮りに行くよ!」
「お、お〜!」
な、なんかアーティストっぽい……! 今までで一番アーティストっぽいことだなアー写撮り! 俺は胸の内で人知れずテンションを上げつつ、虹夏先輩が突き上げた右腕に取り敢えず追従するのだった。
評価、感想、ここすき等ありがとうございます。全て楽しく拝見しております。
高評価付けてくれた方、ありがとうございます。これからも頑張ります!