「はい! というわけで! やってきましたぁ、再びの下北〜!」
まだ朝も早い小田急線の下北沢駅。水色の看板を背景に、虹夏先輩が気炎を上げ、我々が拍手を送る。結構な声量だというのに街の雑踏はまるで揺らぐことがなく、ただ泰然と流れていた。
「ふむ……。アー写か……。皆、なんかアイディアある?」
相変わらずの全身ダボダボのバンドマンスタイルのリョウ先輩が頭の後ろに両手を組んで、皆に話題を振る。
「え、と……。背景は取り敢えず重要ですよね……」
「街の雑踏とかでもいい気がするけど、定番は公園とかかな〜?」
自信無さげに切り出す後藤さんに、虹夏先輩が自身の意見を快活に述べる。
「ふむ。まずは皆さん。普通に一枚撮ってみましょう」
ここで俺は不自然にならないように狙いを定めて、会話に切り込む。
この提案には狙いがあるのさ……!
くくく……。今日の一発目。写真撮影の係を買って出れば、自然にカメラマンという立ち位置が手に入る!
そうすれば後藤さんのあんな写真やこんな写真も撮り放題よぉ! ああ……俺より冴えてピカピカな脳みそあるのかよ……! 自分の天才ぶりが怖え……! ヒッヒッヒ……。
「……なーんか、生月くんが怖いんですけど」
「計画殺人の犯人しかしないようなほくそ笑み方だね」
「ま、まあまあ皆さん! 生月くんの言う通り、どんなふうに写るのか、まずは一枚撮ってみましょうよ!」
あからさまに態度に出し過ぎたため虹夏先輩に警戒されるが、喜多さんがいい仕事を果たす。グッジョブ流石三国同盟の一角。
「は〜い。んじゃ皆さん、も少し真ん中寄ってくださ〜い。あれこれどこ押すんだ……これか。えい」
全く、スマホってのはいつまで経っても慣れないな。妹に、ガラケーなんか使ってんのおにぃだけだよ! って怒られてから仕方なく買ったこのスマホ。まだ使いこなせそうにない。
「……。ほい、まずはこんな感じ」
撮れた写真を皆でわさわさと集まって鑑賞する。
「……いや、面接?」
誰かがこぼした。喜多さんはいつも通りだ。キラキラした笑顔。可愛さが盛れる所に全盛りである。
リョウ先輩もいつもの仏頂面。問題は虹夏先輩と後藤さんだ。
「あれ〜虹夏先輩は緊張してるんすか〜? 可愛いとこあるじゃないっすか〜」
取り敢えず笑ってはいるものの、ガチガチだし何か仕草がぎこちない。
「ゔっ……! い、いや、これが明日からSTARRYのホームページに載るんだって思ったらつい……」
まあ、最初だから固くなっているだけだろう。時間が解決するか。……問題は、次だ。
「後藤さん!」
「はひぃっ!」
「前髪が顔にかかっちまって表情が全く見えませんよ! 幽霊すか!?」
「あ、ひゅ、ひゅ〜どろどろ〜」
後藤ひとり、何を思ったのか、手を垂らして舌を出し、急に幽霊のモノマネ。
……いきなりの茶目っ気幽霊、んがわいっ。
ばった──ーん!!!!
「き、生月くーん!!!! ま、まるで背中が地面に吸い込まれたかのように!?」
「うわわわわ!? ご、ごめんなさい真似だけのつもりがっ! ホントに魂吸い出しちゃった!?」
「き、生月くん駄目よ死なないでっ!」
結束バンドのメンバープラス、アホ一人のドタバタスッタモンダをとお~い目で見ながら山田リョウは呟く。
「こら長くなるな……。ちぇ、パパっと終わらせて家でネッ◯フリックス見たかったのに……」
「っんああっ!! はあっ! ヤバかった!」
「お、戻ってきた」
「だ、大丈夫!? 生月くん!」
「な、なんか凄くクリアに三途の川が見えたよ……、世にも綺麗な幽霊が手招きして……」
「死ぬ寸前じゃん怖っ」
「全く全く。こんなペースじゃ夕方になっても終わんないよ」
パンパンと柏手を打ちながら珍しくリョウ先輩が音頭を取る。仮にも死にかけた男がここにいるんだからもう少し心配してくれても……。
「ここにいても埒あかないから移動しない? 駅前で撮るアー写もないでしょ」
なんてなことをリョウ先輩が宣うから、今は中々雅なカフェで作戦会議。控えめな音量で流れるクラシックが心に平穏をもたらしてくれる。
「まあ、アー写のもぐ。方向性なんてさはぐ。バンドマンの化身たる、私の真似をしてればはぐ。いいわけよ。おっ。ここのカレーもうまっ……」
「きゃーっ! 自信たっぷりかっこいいーっ!」
食うか喋るかどっちかにしなさい。てか、コイツぜってぇカレー食いたかっただけだろ……。
「つまり、全員リョウみたいなテンションで……。お通夜みたいにならないそれ?」
「失敬な」
またリョウ先輩と虹夏先輩が夫婦漫才かましてるけど、まずは落ち着こう。いきなりのぎゃんかわ幽霊でとっちらかった心を鎮めるのだ。ああ……。コーヒーの香りが深く染み入り、鼻腔を満たす……! そのまま啜り込んで、苦味で一旦心の中をリセットだ。
「でもさっきの試しに撮った一枚を見る限り、皆さんはカッコいい系より可愛い系のが似合うんだと思います。……どう思う? イソスタ大臣」
こと、喜多さん。
「大臣に就任した覚えはないのだけど……、確かに私たちはそっちの方が向いてる気はするわね! 生月くん!」
「まあ。いっぺん私方面の方向性も試してみようよ。バンドマンなんてカッコつけてなんぼ」
「それからロケーションも大事だよね〜! どっかに雰囲気ある壁とかさ、ツタとか、あとは階段とか! あればいいけどね!」
「あ……。このカシミールカレー、か、辛いですけど美味しいですリョウ先輩……」
「ふふふ。ぼっちは美味しそうに食べるね。褒めて遣わす。皆のものも見習うように」
皆で好き勝手に意見を出すも、それを取り纏める役がいない無軌道な会談。作戦会議なんて大層に言ったが、所詮はただの雑談だ。高校生なんてもんは、貴重な時間をチーズでも削り出すように消費して。そのずっと後になってから、その時間の濃厚さ。クリーミーさに気付くもんなのさ……。
何言ってんだろな。俺。
無軌道な若者たちは当て所なく下北沢の裏道を行く。若者だらけのサブカルチャータウンも間違いなく下北沢の顔の一つだが、こうやって一本、道から逸れた閑静な場所もまた、下北の魅力の一つだろう。
「あ。このレコード屋。潰れちゃったのか。好きだったのに残念」
「ああ、ここレコード屋だったんすか。中々渋い店構えですね……。なんか、なかなかここ良くないすか?」
「……言われてみれば。どう? 虹夏」
「お〜! いいじゃんいいじゃん! んじゃ早速……! 全員リョウスタイルで行ってみるか〜!」
「んじゃ並んでくださ〜い。はい、キメ顔! パシャリ!」
「……」
撮った写真を鑑定するため、皆で俺のスマホの前にわらわらと集まる。毎度思うがこの光景少し間抜けだよな。
退廃的な雰囲気漂う廃店舗の前に、いつもなら似合わない険しい表情をしたメンバーが三人。……相変わらず後藤さんは表情が前髪で隠れちゃって見えないけど。
「……ダウナー系も意外と似合うな皆……」
「ふっ。私を始めとして皆素材はいいからね」
「どっから来るんですかその自信」
計算違いだな、皆人相が悪いのも割と似合う。可愛いにカッコいいが同居していい感じだ。……だが、やはり治安の悪さは否めない。
「うう〜ん! い、意外と悪くないけど、やっぱ明るさが足んないよ! 一応あたしら青春系で売っていきたいわけじゃん!」
「ええ〜? 青春系〜? 暑苦しくない? 私このテイクいいと思うんだけどな……」
……改めて見ると、結束バンドの皆は皆個性的だ。
リョウ先輩はクール系。根本に音楽への熱を隠し持つ、ダウナー系ベーシスト。
虹夏先輩は、逆に天真爛漫。明るい元気系で、それなのに細かい所にもよく気がつくリーダー気質のドラマー。
喜多さんも持ち前の明るさと、新進気鋭のセンスで結束バンドに新たな風を吹き込む、太陽系ギターボーカル。
そして、後藤さん。
後藤さんは可愛くてカッコよくて引っ込み思案ででも肝心なところでは前に踏み出せる芯の強さも持っていて声可愛くて思ったことを素直に表現できなくて、たまに言葉始めにあ、ってつけちゃって、防虫剤の匂い? あのよくタンスから香るあの匂いに紛れて、たまに香る女の子の香りがたまらなく……。
止まれ。長い。キモさをしまえ。
!? 誰だ貴様!?
天の声です。
ちっ……! まあいい。要はだ。
「思うに、皆、右向けー右! でおんなじ方向向く必要はないと思うんですよ」
「ほう? 灯。というと?」
問い返してくるリョウ先輩。
俺は一瞬考えた後、先ほど考えていた私見を述べる。
「……皆がみんな、性格も生い立ちも奏でる楽器もまるで違う。バラバラの個性を一つに纏め上げるのがバンドでしょう。ならば、アー写もおんなじ方向に纏まることはない。皆の個性を、らしさを活かしていきましょうよ!」
その言葉を聞いたリョウ先輩の目が大きく見開かれる。その表情はいつも飄々としているリョウ先輩を見慣れている俺からすると、とても珍しいものだった。
「……個性を捨てたら、死んでるのと一緒?」
「そうとまでは言いませんけど。せっかく皆、違うところを持っているんです。活かさなきゃ、損でしょう? ロックなんてのは、前へならえ! を根本から否定するもんだと俺は思っていますからね」
そう言って、リョウ先輩に笑い返す。暫く見つめ合った後、リョウ先輩は探るような視線を和らげ、口角を上げた。
「……やっぱり、面白い男。あの日お前を引き留めてよかったよ」
「お褒め、ですかね。謹んで受けさせていただきます」
握った右拳を俺の前に突き出されたので、俺も右拳を軽く合わせて応じる。するとその拳を手で分けるように、虹夏先輩が、文字通り割って入ってきた。
「こら〜! 私たちを無視して二人で分かりあうな〜!」
「ず、ずるういずるうい! 私もリョウ先輩と拳合わせた後笑い合いたい! いくら払ったのよ生月くん!」
な、なんか、このテンションどこかで見た。何故か身につまされる思いだな。
「やいコラ能面ベーシストに猿顔ギタリスト! この虹夏ちゃんを蚊帳の外とは良い度胸だ! 何を笑いあってんだよ教えなさい〜!!」
「右に同じよ生月くん! ズルいわよ一人だけリョウ先輩と通じ合った感出して! 私にもやり方教えてよ!」
「あっ……! あっ……! わ、私も……!」
「ええいうるせー! ノーコメントだ灯に聞け!」
「んなっ!? ず、ずっこいっすよリョウ先輩!!」
リョウ先輩の言葉に視線が一斉にこちらを向く。たまらず俺はそれに背を向けて走り出した。
昼下がりの下北沢の路地の裏。元気な若者五人の声が響き渡る。追われる男女に、追う女子三人。見ている人など誰もいなかったが、もし見ていた人に感想を求めたなら、きっとこう言ったに違いない。
楽しそう、と。
「し、しまった……! なんか訳分からん感じになって結局アー写撮れてない……!」ぜーっ。ぜーっ。
「あ、あほ虹夏……! わ、私たち追っかけ回すより……ぜーっ。やること、あんだろ……ぜーっ」
「だ、大丈夫ですかお二人とも!?」
「喜多さんはあんま疲れてないね」
「まあね。……そっちもね、生月くん」
「あたぼうよ。鍛えてますから」
「んじゃ。やることは一つね生月くん。一時休戦よ」
「応よ喜多さん」
「大丈夫か後藤さん!?」
「ひとりちゃん大丈夫!?」
「み、こひゅーっ! 皆さん……! あ、こひゅーっ! 足早すぎ……! こひゅーっ。こひゅーっ」
「ぜーっ。ぜーっ。い、一旦落ち着こう……! あ、アー写どうしよう……?」
「はあ……はあ……。は、走ったね……。せ、青春系目指したいんでしょ虹夏……。走ってるとこ撮ってみたら……?」
「ふつつかながら虹夏先輩」
「後藤さんがもう限界です」
肩で息をしながら今後を話し合う先輩二人に、喜多さんと一緒に現実を突きつける。
やめなよ。こんな微かに息を繋ぐのがやっとの哀れな生ものに一体これ以上何を求めるのか。
「わああ! ご、ごめんぼっちちゃん大丈夫!? つ、つい……!」
「全く……。ぼっちがこの状態じゃ皆で走れない。ぼっちの体力を考慮しつつ、青春系が連想できる動きを考える必要があるよ……」
「……ジャンプ、なんかはどうですか!?」きたーん!
じ、ジャンプ!? 少年漫画の覇権!?
「そ、そのジャンプじゃないわ生月くん! 走るのが体力的に駄目なら、私たち全員でタイミング合わせてジャンプして! その瞬間を写真に収めたら、青春っぽくないですか!?」
「お、おお……! な、なるほど喜多ちゃん! 継続的に走る体力は残されていなくても、皆とタイミング合わせて一緒に飛ぶくらいなら……! ど、どう!? ぼっちちゃん!」
す、凄え……! ホームランだよ喜多さん! まさに逆転の発想だ!
「そ、その、くらいなら……ぜーっ。ぜーっ」
最早後藤さんに体力は残されていない。成功しようがしまいが。今日のトライは、これが最後となろう。
場所こそ先ほどの廃店舗だが、少し後ろに見晴らしがいい場所を選んだ。青い空に、白い雲。青春を演出するには、これ以上ない舞台。
「よ、よし……。い、行くよ皆! 準備はいい!?」
カメラマンを仰せつかったのは俺。……ホントは後藤さん単体を撮りたいが、もうしょうがない。今日の目的である、アー写をバチッと決めて、後藤さん撮影会はまた次回だ!
皆が手を繋いで横一線に並び、準備完了。後は、俺の合図と、俺の腕次第。
「な、なんか緊張してきたな……」
スマホを構えながらそう漏らす俺に、虹夏先輩が声を張り上げる。
「た、頼むよ生月くん! もう私たち体力残ってないからね!」
「誰のせいだ誰の」
「おめーのせいだおめーのー!」
いつもの夫婦漫才。それを見届けながら俺は、なんとなくだがこのアー写撮影も、いつも通り終われる。根拠もクソもないけれども、そんな希望を抱いた。
「おし! じゃあ、いきますよ! 皆さん上手いことタイミング合わせてください!」
気合を入れて、連写機能に切り替えたスマホのカメラを構える。
「う、うん!」
「あ、はいっ!」
「善きに計らえ灯」
「き、生月くん! お願いねっ!」
四者四様。それぞれの決意を聞き届けた俺は、すうっと息を吸い込む。
「で、では……! いっ、せーの……せっ!!」
合図とともに、飛ぶ結束バンド。俺は被写体にレンズを合わせて、連写モードのスイッチを、必死に切った。
さあどうだ! どうなった!?
「ど、どう!? 撮れた!?」
「わ、分かんないっす! 皆さん確認してください!」
今このときこそは、先ほどまでの間抜けなスピードではない。まるでその時のために訓練されていたかのように、皆の移動はスムーズだった。皆で連写で撮れた写真を一枚一枚確認していく。
「……。お、おお〜! い、いいんじゃない!?」
虹夏先輩が指を止めた、そこに写されていたのは、紛れもなく仲が良さそうな飛んでいる四人の女子。青春系バンドのアー写としては文句のない出来の、今日の頑張りが報われるようなそんな一枚だった。
「や、やれやれ……やっと終わったか」
「う、上手いじゃない生月くん! 私にも個人的にこれ送って!」
「あ、き、生月くん、わ、私にも……!」
「あ、ああ。もちろんだよ後藤さん、喜多さん……。いやまあ送り方が分かんないんだけど……」
そう言いながら虹夏先輩にスマホを返してもらおうと歩み寄る。虹夏先輩は、スイスイとスマホを操作し、完成形以外の写真を見ているようだった。
なんとなく。本当に、なんとなくだったのだ。虹夏先輩越しに俺のスマホの画面を、覗き込む。
「あ。ありゃりゃ。これはとんでもないのが写ったよ〜」ニヤニヤ。
表情そのままに、俺に画面を見せてくる虹夏先輩。
目に写る。意識に落ちる。認識する。
鼻が、爆発する。
どっぱああああああああ………………あん。
ざああああああ…………。
「っきゃ────ー!?!? な、なに!?!? 何なの一体ー!?」
「な、なんだ!? き、今日は雨の予報はないはずだぞ!?」
「うわわわわっ!? ご、ごめん!? ぼ、ぼっちちゃんのパンツが写ってた写真を生月くんに見せたら……! ま、まさかこんなことになるなんてぇ!?」
ああ……。
おかしいね。後藤さん。
下北沢に、雨が降る。
なんて温かくて、赤い雨……。
「ええええ!? な、何してるんですか虹夏ちゃんもーっ! むーっ! むううーっ!!」ぽかぽか。
「あ、あれ……!? な、なんだろう、悪いことしたんだから反省しないといけないのにぼっちちゃんが珍しく普通に怒ってるの見てたらそんな気がなくなってきたぞ……!? か、可愛い!」
「ほ、ホントですね虹夏先輩! ひ、ひとりちゃん、珍しい顔ね!」
「あああああ……! わ、忘れて……! 生月くん忘れてください……! お、お願いぃ……」
「ぼっち。お願いよりも、お祈りを。灯。短い付き合いだったな……」
「えっうそ!? いやぁ! 生月くん駄目よ死なないでぇ! (二回目)」
薄れゆく意識の中、俺の脳に一つの言葉が浮かんだ。誰に聞かせるわけにもいかないので、……天の声さん。聞いてくれますか。
えっ。俺? お前って反則技でも平気で使うのな。まあいいや。なんだ?
ぱ、パンツは……白かった……。
黙れや最低ガガー◯ン。
彼が蘇生できるかは五分と五分。
人は五分だ五分だと言うが、ホントは七三くらいが丁度いい。
高評価、感想、ここすき。毎度毎度、皆さん本当にありがとうございます!自分の作品に対する感想こそが書く原動力です!