トラブルメーカー参上!
唐突に開け放たれた屋上のドア。思わず後藤さんと一緒にそちらを注視する。
乱れた息を整えながらも凛と立つ赤髪の少女。後藤さんに似て、一房だけ髪を横に流したヘアスタイルだが、後は長さも髪質も似てない。肩までの長さの髪がウェイビーにセットされている。どっからどんな角度で見ても間違いない美少女。
「い、いきなりごめんなさい! わ、私喜多! 喜多郁代っていいます! 二人がギター上手いって噂の、生月くんと、後藤さんで間違いない!?」
いきなり現れてなんか聞き覚えのないこと言い出したぞこの美少女。後藤さんより前に出会ってたら危なかったかも……。いや!? あり得ん! 俺は後藤さん一筋!
「え、ええ? どこで噂になってんのそんなこと……」
内心わりと転がっているがここは平静を装う。
「風の噂で! 二組の人たちがまことしやかに言ってたわ!」
……口軽いなうちのクラスの奴ら。
「生月は俺だけど……こっちが後藤さん。あれ? 後藤さん?」
隣りにいたはずの後藤さんを紹介しようとしたがなぜか姿がなく。一瞬目を彷徨わせると、背後に熱。
「ああっ!? ごめんひょっとして怖がらせちゃった!?」
「……かもしれませんな。ほら俺たち人見知りのぼっちだから……」
可哀想なくらいに怯えきった後藤さんがいつの間にか背中に縋り付いていた。この俺ですら初動が見えなかった。この子暗殺者とかにも向いてるかもな。
「ご、ごめんなさい怖がらせるつもりはまったくなくて……! わ、私! あなたたちだけが頼りなの! 話を聞いてくれないかしら!?」
大分切羽詰まった様子に見える目の前の美少女。喜多さん。
「ぴぃぃぃぃ……。こ、今度は紛うことなき陽の方……! お、オーラが眩しいよお……! じ、浄化されりゅぅ……!」
涙目で背中にひっつく後藤さんも永遠に見てられるくらいに可愛いが、お話が先に進まないため名残惜しくもペリペリと後藤さんを引き離す。
「あうっ」(>∆<)
「ほらな後藤さん。忙しくなってきただろ?」
言いながら笑いかける。やれやれ。なかなか愉快そうな、トラブルの予感だ。
「取り敢えず。俺でよければ話を聞くよ。続きをどうぞ喜多さん」
「あ、ありがと……! えっとね! 私、訳あって、二週間でギター上手くなりたいの!」
二週間で。そらまた難儀だな。センスいい人なら基本はできるようになるだろうけど。普通ならば無理筋だ。
「何で時限付きなんだい? 一番最初から話してくれないか?」
「う、うん! わ、私、凄くカッコよくて憧れてた先輩がいて! その人バンドをやっていて! どうしてもその人と一緒にバンドをやってみたくて!」
うんうん。
「……え、えっと! ぎ、ギターできるって嘘ついてバンドに入れてもらったの!」
「ええ!? ば、バンド入れてもらったのにギターできないのか!?」
「そ、そうなのよ……。は、恥ずかしながら……! それで、さっそくギター買っていろいろ勉強したんだけどどうにも上手くいかなくて……! あれよあれよと初ライブは二週間後! ど、どうしようって!」
「す、凄い……行動力の化身……」
縋り付きは引き剥がしたものの今だに俺を盾にしてる後藤女史が呟く。
「なるほどね。それで噂を聞きつけて俺たちのもとに来たってわけか」
「う、うん!」
「事情は分かったよ。俺は協力する」
特に断る理由もない。俺を頼ってくれるのなら、出来るだけ応えてあげたい。
「後藤さんはどうする?」
「えっ……!? いや、あの、そのう……」
「お、お願い後藤さん! わ、私頑張るから! 私の先生になって〜!」
頭を下げて、その上に手を合わせてお願いしてくる押しかけ弟子。
動転して気付けていないのだろう後藤さんに、助け舟を出す。
「……ほら後藤さん。鴨が葱を背負ってきたじゃん。この子と友達になって、その後この子のバンドに入れてもらうように口利いてもらうんだよ」
「はわわわわ……! ……へっ!?」
「バンド、やりたかったんだろ? そんで、友達も欲しいわけじゃん。一挙両得、どう?」
口角を上げて尋ねる。表情がフリーズし、考え込んでいる。フリーズした後藤さんも可愛いなあ。
「えっ、す、凄い……き、生月くんって魔法使いなの……?」
「いんや? 予言者さ」
手を広げて大袈裟なポーズ。後藤さんは控えめに拍手してくれた。恐悦至極。
「後藤さんも協力してくれるってさ、喜多さん」
「ほ、ほんと!? ふ、二人ともありがとう!」
「ん。でもさ、やっぱ嘘ついてんのはよくないよ。一人で言うの怖いなら俺も一緒に行くからさ。その先輩たちに事情話して謝ろう」
「うっ!? や、やっぱそうよね……」
「うん。まあやりたいことばっかり考えて視野が狭くなっちまったんだよな。きっと謝りゃ許してもらえるよ。まだ二週間前だし」
「うう……、わ、わかったわ」
「おし。そしたらさ、善は急げ。先輩さんたちには後日ご挨拶しに行くとして、さっそく喜多さんの今の腕を見せてもらえるかな?」
「は、はい! 先生!」
教員免許いつ取ったっけ? まあさておき。彼女は白のギグバッグを背中から下ろして、中から獲物を取り出す。
うほっ……。いい木目……。高いだろうこれ、よく買えたな。ん、あれ?
「ち、ちょっと喜多さん……、それ、よく見せてもらっても……」
「うん! いいわよ!」
喜多さんから慎重にそのギター? を受け取ると、肩に下げて構える。……ギターより明らかに太い六弦、そして何より。
べんっ! ばべきばぼんぼぼぼぼぼぼぼぼぼんっ!
「えっすごっ……! ぷ、プロみたい……!」
「す、凄い……! き、生月くんベースも弾けるんですか……?」
「このワンフレーズだけだよ。ジャズフュージョンのバンドのベースの高速スラップがカッコよくてさ! ……じゃなくて」
「き、喜多さん。これギターじゃないよベースだよ……?」
「……へっ? い、いやいやそんなまさか。ベースってあの弦が四本のやつでしょ? 初心者だからってそれくらい知ってるわよ〜……」
ベースをケースに戻しながら喜多さんに、気付いていなかった残酷な事実を告げる。焦りながらも認めない喜多さん。しかし、もしかしたらと思っているのだろう。後半に向けて、声が小さくなってきていた。そこへ。
「あ、げ、弦が多いベースもあります……、こ、これは多弦ベースですね……、か、カッコいい木目……」
あ、後藤さんと価値観一緒だ嬉しい……。じゃない! 後藤さんが悪気なしに微かな希望にとどめを刺すと、喜多さんは、がっ!? とうめき声を上げて膝から崩れ落ちる。
「う、嘘でしょ……!? お、お父さんからお小遣い前借りしまくってようやく買えたのにぃ……」
大変だ暫く喜多さんがすかんぴんだな。食べられる草とか教えてあげようか。貧乏すぎた時、妹とよく食べた。
「やっちゃったね喜多さん。ダメだよちゃんと店員さんに確認しないと」
「あうううう……! ギターできないだけじゃなく楽器もないなんて〜! もう駄目よぉ〜! 誰か、私を滅茶苦茶にして……」
「いや誤解生むから」
不穏な事言うなよノリノリで聞き返してくる奴いるぞ。しかし、参ったな楽器がないとどうしようも……。
……はあ。しょうがないなもお。
「仕方ない。喜多さん。これ使え」
そう言って俺は自身のギグバッグを下ろし、中のレスポールを取り出す。
「わ、わあっ……! か、かっこいい……!」
「大切に扱ってくれよ? 一時期愛し過ぎて抱き枕にしてたくらいの、俺の相棒だ」
「……だ、抱き枕に……」
硬くて眠りにくい上に妹には心底キモがられたけどな。
「さあ! じゃあ早速で悪いけど、構えて! 二週間しかないんだ! ビシビシいくぜ!!」
「……え、えと! び、ビシビシいきます!」
「は、はい! よろしくお願いします先生方!」
「はあ〜! つ、疲れたわ〜!」
「お疲れさん、喜多さん」
「あ、お疲れ様です……!」
沈みかけの太陽が、街を真っ赤に染め上げる。俺たちは屋上でのギター練習を終え、一緒に帰宅していた。初日から三時間はやり過ぎたかな……。
しかし、喜多さん。かなり筋が良い。まず、リズム感が完璧だ。基本の指の形を覚えるのも早いし、案外ちゃんとギターを買えてさえいれば、二週間である程度弾けてしまうのかもしれない。
所謂、天才ってやつか。
「覚えるの早いから教えてて楽しいよ。センスいいよね喜多さん」
「ほ、ほんと!?」
「あ、はい……! す、凄いですよ喜多さん……! わ、私コード覚えるの一週間くらいかかったのにたった一日で……!」
「あ、ありがと! 二人の教えがいいからよ!」
喜多さんに連絡してもらって、件の先輩たちに会いに行くのは明日だ。上手いこと喜多さんに口利いてもらえば、後藤さんの願いが一気に二つ叶う。……ふふふ。流石俺。
こんな感じでいいトコ見せまくって、俺にホの字にしちまえば!
イマジナリー後藤「あはははは! 楽しいね生月くん!」
イマジナリー俺「あはははは! 楽しいからってコーヒーカップ回しすぎだぞ〜? ちょっホンマ回しすぎ……うぷっおえっ」
みたいな妄想遊園地に現実で手が届くかも! でゅふふっ!
「ねえ生月くん!」
「なんだい喜多さん」キリッ。
あっぶね、不意に話しかけられたから変顔晒すとこだったぜ。俺が妄想してる時の顔は、妹曰くキモいらしいからな。
「? 生月くんと後藤さんは、どうしてギターを始めたの?」
「おれ? 俺はあれだよ。憧れのアーティストの曲をどうしても弾きたくてさ。けしてモテたくて初めた訳じゃないよ?」
「あははっ! 聞いてないわよ! 後藤さんは?」
「あ、えっとその……世界平和を伝えたくて……」
「意識高いのね!?」
まだ擦るのかそのネタ。
「ほら。嘘つかないの後藤さん」
「今の嘘なの!?」
「あうう……。ほ、ホントは友達欲しくて……。ギター出来たら声かけてもらって、チヤホヤとかもされるかなって……すみません低俗で……」
人さし指をつんつんとしながら消え入りそうな声。
「理由はどうあれ、後藤さん凄く上手じゃない! そんなになるまで努力できるなんて素敵なことよ! 恥じることなんかじゃないわ!」
振り返りながら、手を広げて笑う喜多さん。満開の、華みたいな笑顔だな。
「……!」
「ほら〜。後藤さん。褒めてもらってますよぅ?」
「あ、ありがと……喜多さん……」
「? どういたしまして! あっ! 私こっちだから!」
「あっ! え、えとそのあのう……」
なんか俺も後藤さんの吃り方で感情が読めるようになってきたな。後藤さんを理解できるようになる歓び……! さておき、これは何か言いたいことがあるのに言い出せないときの吃り。帰り際の喜多さんを思わず呼び止めた格好の後藤さん。
「…………?」
喜多さんは振り返り、顔には笑みを浮かべて静かに後藤さんの次の言葉を待っていた。けして急かそうとかそんなこともなく。……この子、いい子だな。
「き、喜多さん……、お、お願い……わ、私と友達になって下さい……!」
おお! 凄え。勇気出したな後藤さん。前に進んでいるよこの子。歩みこそ遅いけど、一歩ずつ。
「えっ? 何を言ってるの?」
だからこそ、俺は驚いた。喜多さんの顔から笑顔が消えて、一瞬真顔になる。
「あっごめ……!」
反射的に謝ろうとしていた後藤さんの言葉を遮って。
「私たち、もうとっくに友達じゃない!」
再び、笑顔の大輪が目の前に咲いた。
「あ、でも今は先生と生徒かしら……教えてもらってる立場なわけだし……」
一人で喜多さんがブツブツ言う。そしてまた笑顔を携えて。
「じゃあ、早く私ギター出来るようになって! 今度は私から言うわね! 友達になってって!」
一本取られたなこれは。流石陽キャ女子。後藤さんの一世一代の儀式は、彼女の中ではとうに超えた後だったらしい。
「じゃあ! 今度こそバイバイ!」
「あっ……! はい、ば、バイバイ……!」
「お疲れ、喜多さん」
後藤さんと一緒に手を振って、小さくなっていく背中を見送る。いいところで踵を返し、駅へと向かおうとすると、背中から声。
「生月くーん! 後藤さーん!」
「また、明日!」
ぶんぶんと大きく手を振って、今度こそ喜多さんは見えなくなった。やれやれ。元気だね。
「……また明日……」
「き、生月くん……ま、また明日だって……わ、私、夢だった……友達と、ま、また明日って言って……別れるの……」
「そら大変だ。最近いろいろ夢が叶うね?」
「わ、私にこんなに、す、素敵なことが起きていいのかなあ……! な、なんか夢の中にいるみたい……」
「ぜ、全部、生月くんが声をかけてきてくれてからだよ……ほ、ホントにありがとう……」
その言葉に俺は頭を振る。その謝辞は受け取るわけにはいかない。
「違う。全部君が成し得たこと。君は友達が欲しくてギターを手を抜かずに練習したから、成し得たんだ。俺は何もしていないよ」
「そ、そうなのかな……」
「そうさ」
そんな会話を交わしながら、目的地である下北沢駅に辿り着く。無事後藤さんを送り届けた俺は、踵を返した。
「……じゃ。気を付けて帰ってね。後藤さん」
「あ、はい……ありがとう、生月くん、送ってくれて……」
「後藤さん」
「? は、はい」
「また、明日」
「……っ! う、うん!! ま、また明日! 生月くん! さよなら!」
改札の前までその手を千切れんばかりに振る、愛しい存在。クスリと息を漏らしながら振り返し、今度こそ俺は踵を返した。
ふふふ……。順調だぞ! このまま俺という名の沼に後藤ひとりを飲み込んで!! 告らせれば未来は薔薇色、いや桜色だっぜ!
そんな事を考えながら、また俺は頭を振った。
…違うな。これは最早ついでだな。
俺、あの子に笑って欲しいんだ。
喜多さんが一瞬真顔になった時、後藤さんが見せた表情。
俺は絶対に、もう二度と、見たくないし、させたくない。そう思った。
……沼にハマっているのは、俺だ。間違いなく。
誰にも届けられない胸の内。頬に感じる熱。ズボンのポケットに手をしまい込み、俺は駅前を一人行くのだった。
これは僕の勘ですが、ぼざろ二期は来年には来ると思います。また皆さんで盛り上がりましょう!