遂に彼女らの登場だぜ。
「……来たね」
「き、来ちゃったわね」
「はうう……こ、怖い……」
俺たちは下北沢のど真ん中である、駅前広場を脇道にそれて少し歩いた所にひっそりと入り口を構える、ライブハウスSTARRY。その店の前まで来ていた。
地下に続いている階段に、今日の営業予定と出演するバンドの名前が書かれた簡素な立て看板。そして何より、STARRYと書かれた文字が一つ一つ色鮮やかにネオンで発光している、階段の上に掲げられた看板が印象的だ。
「す、凄え……紛れもなく、ライブハウスだぜ……テンション上がるな……!」
「な、中にはバンドマンの方々がそこかしこに……はわわ、うっかり嫌いなバンドの話とかしちゃったら市中を引き回された挙句、磔獄門の刑に処されちゃうんだあ……!」
「い、いやいや! そんな怖くないわよ! 皆とってもいい人たちなんだから!」
俺の背中に隠れてガクガクと震える後藤さんを、喜多さんが必死に宥める。……後藤さん程ではないが、内心俺もビビっている。バンドマンの方々は気性が荒いとかよく聞くんだよなあ……。
「そ、そういえば喜多さん。バンドの先輩方ってのはどんな人たちなの?」
「あ、えっとね。伊地知虹夏さんと、山田リョウさん! お二人とも女の人で、下北沢高校に通っていらっしゃるんですって!」
「へえ、下高かぁ。凄いな進学校じゃん。つーか、二人とも女性なんだね。てっきりカッコいいなんて言うから男性なのかと」
そう言うと、フッと喜多さんは顔を下げる。いきなりだったもので少し驚く。
「……? き、喜多さん……?」
後藤さんが心配そうに声をかけると、僅かに喜多さんが震えているのに気が付いた。そして!
「そーなのー!!!!!」きたーん!!!!!
「「あっ」」じゅっ。✕2。
突如目の前の女の子から発せられた真夏の太陽光の如き陽のオーラ。身構える間もなく至近距離で俺たちはそれを浴び、見事に蒸発した。
「山田リョウ先輩!! この人がホントーにカッコよくて! 女の人なのにユニセックスで! 基本アンニュイな表情に時折覗かせるフワッとした親しみみたいなものとか! もう、たまらなくて!! 私先輩にだったら何されてもいいっていうかしてほしいっていうかー!! あ、あれ!? 生月くん後藤さん!? どこいったのー!?」
まさかこんなゲームオーバーは想像していなかったよ……。とんでもない陽の気だ……。
超サイ◯人に変身する人の隣にいたらこんな感じなのかなぁ。
「……ふう。何とか戻ってこれた……全く! 喜多さん困るよ! スーパー陽キャ人になるときは警告してください! 俺みたいな陰キャは命がいくつあっても足りません!!」
「ご、ごめんなさい……。え、何で私怒られてるのかしら……」
未だ戻ってこない後藤塵を何とか掻き集めて一箇所にまとめておく。こうしときゃ戻るだろ多分。
「……さて、んじゃ気を取り直して……行くか」
「え、ええ……? まだ後藤さんが戻ってないし……、も少しあとでも……」
「喜多さん、気持ちは分かるけど、後回しにするとさらに辛くなるよ。スパっと謝って、さっさと精算しちまおうぜ」
「うう……は、はい!」
「何を謝るの?」
ピシッと止まる時間。一瞬のブランクと、背後から響いた鈴みたいな声。俺でも喜多さんでも、ましてや後藤さんでもない。息を呑み、それと同時に体を翻して声の主へと振り返った!
「にししっ! 驚いた?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、一人の女の子が立っていた。長い金髪を、纏め上げてサイドに流している。膝丈位の緩いスカートを着こなし、手首に巻かれた赤い水玉模様のリボンが印象的な、これまたとんでもない美少女だ。……ヤバいな俺。モテ期か!?
「い、伊地知先輩!? な、なんでここにぃ!?」
焦りながらそう叫ぶ喜多さんを、口を上品に抑えてクスクスと笑う美少女。この人が、伊地知先輩。件の先輩か。
「私が私んちの周りにいちゃいけな〜い? リョウと一緒に買い出し出てたんだよ! 備品とか色々!」
そう言いながら、伊地知先輩は喜多さんに視線をやった後、俺に視線を移して、上から下までじっくりと見られる。
「友達? 初めまして! あたし、伊地知虹夏! 下北沢高校の二年ですっ!」
快活な、弾けるような笑み。またも蒸発しかけるが、話が進まなくなるため既の所で耐える。
「ご、御丁寧に。俺は秀華高校一年生、生月灯と申します……」
「お堅いな〜、もっとフランクでい〜よ! 生月くん!」
堅すぎず、かといって相手に無駄な距離感を感じさせない…。 凄えな流石一年先輩……! 精神的な余裕が違うよ。
「は! そうだ。こ、この人も、紹介しますよ」
「へ? まだ誰かいるの?」
危ない忘れていた。小首を傾げる伊地知先輩に答えるために、集めておいた後藤塵を、手でモニュモニュと揉み込みながら、引き伸ばしていく。やがて後藤さんの形を作ったので、気付けにバシッと背中を叩いた。
「な、なになに!? 今のなに!? マジック!?」
「そ、そういうことにしといて下さい……。ほら、後藤さん起きて。先輩にご挨拶しないと」
「ひ、ひかりが……光が見えました……」
「早く戻ってこい。気持ちは分かるが」
流石に粉から錬成された人間を見て、伊地知先輩も少しは面食らったみたいだが、流石は一年先輩。すぐに調子を取り戻す。
「す、凄い……。ピンク色の塵が、可愛い女の子になっちゃった……! わ、私は、伊地知虹夏! ピンクの君! お名前は?」
「はへえっ!? あっ! 眩しい!!」
「ほらほら後藤さん。何とか耐えて。俺も頑張ったんだから。喜多さんのお話の先輩さんだよ」
喜多さんとはまた違う、月明かりみたいな柔らかい明るさ。どっちも毒とはな……。後藤さんの業は深い。
「あ、そ、そうなんですか……。わ、私、後藤ひとりと申します……、し、秀華高校一年です……」
後藤さんの自己紹介を聞いた伊地知先輩は、俺の自己紹介を聞いた時のように唇を尖らせる。
「むー。また堅い……。まあいいか。よろしくね! ひとりちゃん!」
だがそれも一瞬。ニカッと笑う先輩。その姿に後藤さんはまたもや目を覆っていた。サングラスが必要かもなあ。
「虹夏〜。早い。も少しゆっくり……おっ?」
伊地知先輩とお話ししていると、またも背後から声。高さからして女性だろうが、静かで落ち着いた、伊地知先輩と比べると低い声だ。
振り返ると、またもやそこには絶世の美人がいた。
アシンメトリーな青髪のボブカット。片方にだけ髪留めをつけた、ともすればジト目に見えなくもないほど感情が乗っていない表情。トップスも、パンツもどちらもふわりと余裕があるシックな色で纏められたファッションは、正にバンドマン然としていた。
そして、とにかく顔が良い。
青髪の麗人は、俺の顔をふっと一瞥した後、喜多さんに視線を移して。
「郁代。久し振り。なんで合わせの練習来ないのさ?」
向こうからすれば当然であろう疑問を投げている。すると喜多さんの目は、一気に涙で満タンになる。その様子に青髪の麗人は、目を見開いていた。
「いじちぜんばい……! りょうぜんばいぃ……!!」
「待った。郁代、私が悪かったから落ち」
言い切る前に喜多さんの涙ながらの叫びが響く。
「何でもいたしますから私の不義理をお許しください!! どうぞ私を滅茶苦茶にして下さい〜!!」
「わ、わーっ!! 喜多ちゃん駄目!! 女子高生が往来で土下座しちゃ駄目!! ああもう!! 膝が!! 膝がアスファルトに直に!! わーっ! わーっ!!」
あ〜あ。もうめちゃくちゃだよ。
「ええ!? き、喜多ちゃんギター弾けないんだ!?」
「あ、あう……。ほ、ホントにごめんなさい……お、怒ってます……よね……?」
黒を基調とする静かな空間。テーブルに腰を下ろして、伊地知先輩は喜多さんの懺悔を聞いている。
そう。あの後俺たちは先輩たちのご厚意で、営業前のライブハウスに入れてもらったのだ。ライブハウスに来るのも初めてなのに営業前に入れるとは……。なかなかないぞこんな事。
もちろん一緒に謝ると言ったからには、喜多さんの顛末を気にしておかねばならない。重々分かってはいるが……! ライブハウス! 少しでも音楽齧った男の子なら憧れなんですよ!
アレがステージ! 最早全バンドマンの憧れ。練習しすぎて喉を枯らすのも。指を切って爪が欠けても掻き鳴らすのも。全てはあの光の中に立つためだ。
かっっっっけええ……………………!!!!!!
見回してみても使われている小物やら、行き交っている人たちの雰囲気やら。おおよそ未成年には早いような店構えだが、何故か両先輩はこのお店に馴染んでいるように見えた。
俺も、もう一年歳をとれば、この二人みたいにカッコよくなれるのだろうか。
「う〜ん。でもさぁ。リョウ、怒ってる?」
「いや? 全然」
喜多さんの言葉を受けて、二人の先輩方は、あっけらかんと返す。
「え、ええ!? あ、あの、わ、私、嘘ついたんですよ? ほ、ホントはギター、全く出来ないのに……、嘘ついてバンドに入ったんですよ……? お、怒らないんですか……?」
念を入れて確認するように、喜多さんはお二人に問いかける。すると、伊地知先輩は顎に指を当てて考え込んだ後。
「う〜ん。これが当日とかだったら怒ったかもだけどさ。まだ二週間も前だしね。ギターは音源使うとかサポート頼むとかいくらでも取る手段はあるし!」
「何より私さ。動機が何であれ、喜多ちゃんが自分の意思で私たちと一緒にバンドしたいって言ってくれた! それが何より嬉しいんだよ! ほら、今日びバンドやりたい! なんて言ってくれる女の子いないしね〜」
言いながら伊地知先輩は照れ臭そうに頬をコリコリと掻く。
「い、伊地知先輩……」
「喜多ちゃんも堅いね! 虹夏でいいよ! ……。リョウは、どうなの?」
呆気にとられる喜多さんに明るく返しつつ、もう一人の、いまいち感情が読めない、山田リョウ先輩へと話を振る。伊地知先輩がリョウ先輩に視線を送ると、不安げに喜多さんも、それに追従した。
「……私も、大体虹夏と一緒かな。嬉しかった。一緒にやろうって言ってくれたこと」
「り、リョウ先輩……!」
感極待ってまたも泣き出してしまいそうな喜多さんを、苦笑い気味に見ながら山田先輩は続ける。
「まあ、嘘はよくないけど。要は初心者ってことでしょ? 歓迎だよ。ギターなら私、教えられるし。ただ、……私は高いよ?」
不敵に笑って告げる山田先輩。喜多さんといえば少しはたじろぐのかと思いきや。
「うそ……? これは、夢……? ば、バンド仲間に入れて貰えるどころか推しに貢げるなんて……わ、私に良いことしかない……!?」
「喜多さんってさ。頭のネジ一本外れてるよね?」
「なっ……!? し、失礼じゃないかしら生月くん!」
自覚ないのか。正しくはネジをつける場所が間違ってるって感じだが。まあなにはともあれ。
「ごめんごめん。よかったじゃん喜多さん。いい人たちで」
笑いかけると、床に視線を落としながら喜多さんが呟く。
「き、生月くん、ありがと……。背中押してくれて。私一人じゃ逃げちゃってたかもだから……」
少し顔を赤らめながらもお礼を言う姿に、俺はひらひらと手を振って答えた。
「ダイジョブだよ喜多ちゃん! もしライブまで来なかったら秀華高まで拉致りに行ってたし!」
「数少ない初心者。逃すほど私たちも愚鈍ではない。手段は選ばない」
「冗談っすよね?」
少し引き気味に問う。いや。言い方こそ冗談めかしてるけど目が笑ってない。本気だな。そんなに今初心者いないのか、バンド界隈。
これは、いけるか?
さっと周囲を見回して後藤さんを探す。すると、三人の喧騒から少し離れた所で、俯いていた。
時折視線を上げては、輪の中心で焦ったり笑ったりしてる喜多さんを、俺がよく知っている目で見つめたりして。
……喜多さんや、俺が手を取り導いてあげるのは簡単だ。でも、それじゃ意味がないんだ。後藤さんは、生きたい道を自分で選ばなければならない。ならば。
パチリと後藤さんと視線が合う。焦りと恐れを包帯みたいに巻き付けた奥に感じる、ランプみたいな確かな熱。暫く俺は後藤さんを見つめた後に、唇だけでこう伝えた。
頑張れ。
ハッと顔を上げる。暫く咀嚼した後に、目には確かに光が宿った。ほら、もう大丈夫だ。
俺の横を、確かな足取りで過ぎ去っていくのを見送った後。俺は。
やっべ、視線上げた後藤さん可愛すぎるいや違うな解釈違いだカッコいい。カッコよすぎるあんな顔もすんのかよ俺の最推しはヤバい今の瞬間だけ海馬切り取って保存しときたいふとした時に自在に再生したいぃ……!!!!
両手を自分に巻きつけてくねくねと身悶えていた。
「み、皆さん!!」
ギターを教える条件として、ご飯をタカろうとしていた山田先輩を必死に諌める伊地知先輩。苦笑いしながらそれを見守る喜多さんに、後藤さんが声をかける。
「ほよ? 君は確か……後藤、ひとりちゃん?」
「そうだ虹夏。気になってた。この子誰?」
「っ……!」
後藤さんの足が半歩下がる。お二人にはきっと悪意はない。でも、後ろで引きながら見てるからこそ分かる。少し前の後藤さんなら、言葉を引っ込めてしまっていただろう。
「あ、そ、そうだったわ! あ、あの! 先輩!」
「ま、まって喜多さん……! じ、自分で言います……!」
喜多さんを左手で制して顔を上げる。右手には頼りなさそうに。しかしけして離さぬように、ギグバッグの肩紐を握りしめて。
「わ、私……! わ、私、も。ば、バンド、や、やりたい……! な、仲間に、い、入れて……」
俯きながら、胸を抑えて涙目の上目遣い。か細く、小さく、雑踏に紛れてしまいそうな儚い呟き。しかしながら、クリアに鮮明に、俺の耳にはしっかりと届いた。
思わず視線を外す。
あっぶね。なんか込み上げてきたわ。
少し引き気味な喜多さんの視線を感じるが、君はアレだ。まだ後藤さんと会ってそんなに経ってないからそんなドライな反応できるんだ。
凄いよ。後藤さん。進んでるよ。少しずつだけど確かに。
さぁ、どうだ。先輩方!
「今言ったことに二言はないか? えっと、後藤、ひとりだっけ?」
「あ、は、はい……、わ、私、ずっとバンドやってみたくて……、ば、バンドやってずだだぼぼーんジャーン! な、なんてやったらカッコよくて! と、友達できるかなって……」
ジッと。いつの間にか後藤さんの目の前に移動していた山田先輩が、まるで裏側まで覗き込むように目を合わせる。
「……俗な理由だね」
「は、はひぃ……も、申し訳ありましぇん……」
尚も後藤さんを射抜くミステリアスな視線。目を逸らし気味だが、あれは仕方ない。俺ですら多分逸らすもん。だが、後藤さんは後ろには引かなかった。十秒ほどだろうか、値踏みするような視線の後。
「俗で結構。ロックなんて俗の王様さ。口下手で自分から喋らんくせに自分の声だけは聴いて欲しくて、楽器に手を伸ばして掻き鳴らす。そんな低俗な連中の集まりがバンド。気に入った。歓迎するよ。ひとり」
フッと。いつもの無表情を少しだけ崩して、山田先輩は踵を返した。何故かその背中には吹いてないはずの風が吹いてるように見えたよ。か、かっこいい……!
「……ま、まあ? 今のリョウのセリフには大分思うところあるけど、私も歓迎だよひとりちゃん! ちょうどリードギター欲しいと思ってたんだよね〜! その提げてるの、ギターだよね?」
「あ、は、はい……! い、いいんですか……!?」
「こっちからお願いしたいよ! 今日はいい日だ! 初心者が二人もバンドに来てくれるなんて!」
「ホント。メンバー探しに難儀してたのが嘘みたい。ラッキー」
おめでとう。後藤さん。頑張ったな。
「虹夏虹夏。も一つ質問。あそこの白くなりながら拍手してる、妙な圧がある男は何?」
「割と生月くん面白いよね。ずっと一人百面相してる。生月灯くん。喜多ちゃんと後藤さんの友達だってさ」
萌え尽きたぜ。真っ白にな……。俺は今日、このシーンを見れただけで満足さ……。坂◯九さんは良いこと言うよな。上を向けば涙は溢れない。そうしていると、袖を小さく引く感覚。
「き、生月くん……あ、ありがと……、ほ、ホントに、ありがとね……!」
視線を下げると、後藤さんが俺の袖を引きながら潤んだ瞳で謝意を述べていた。
「なんもしてないじゃん俺。後藤さんが全部自分でやったんだよ?」
「う、ううん……。ま、迷ってたとき、が、頑張れって、い、言ってくれたでしょ……? あ、あれがなかったら私……言えなかったかも……」
「……。そっか。ならその言葉、丁寧にラッピングして、心の中にしまっとくよ」
「う、うん……!!」
いつも前髪のせいなのか薄く影がついている後藤さんの目の周りが今は明るい。君は本当は、そんな顔で笑うんだな。後藤さんに気付かれないように、さりげなーく。ホントさりげなーく顔を背けると。後藤さんには到底見せられない変顔を解禁。あーかわいーい!!!!!
「あ、あかん……。何だあいつ面白すぎだろ……プクククク……!」
「灯くん、ひとりちゃんの前だとギリギリイケメン保ってるけど、違う角度にいる私たちには変顔が丸見えなんだよね……」
「ふふっ! 生月くんって本当に面白いわねっ!」
邪魔な中学時代の黒い思い出を地鳴らしして脳内後藤笑顔銅像を施工していると、伊地知先輩の鈴のような声に現実に引き戻される。
なんだよいいところだったのにぃ。
「ひとりちゃんに、喜多ちゃん! 私に、リョウ! よっし! バンドメンバー揃っちゃったね! そしたら! 初陣の二週間後の初ライブに向けて! 練習だー!」
「お、おー!」
「うええっ!? い、いきなりライブ!? ち、ちょっとお腹の調子が……!」
「くくく……。まだまだだなひとり……。諦めて練習沼にハマるがいい……」
「ううう……は、はい! も、もう逃げないぞ……!!」
「その意気」
パシッと山田先輩が後藤さんの背中を軽く叩く。……どうやら、俺の出番はここまでか。
「それじゃ皆! 今日はそろそろお店始まっちゃうし、練習は明日からにしよう!」
「お、もうそんな時間。皆。バイバイ」
「あ、はい! お疲れ様でした!」
「よ、よかった……! あ、お、お疲れ様です……」
さて明日からどうしよう。後藤さんがバンドに入れたのはめでたいけど、そっちに行っちゃうと俺が話す機会が少なくなるよな……。などと考えながら、出口に先行した二人の背中を追っていると、背後から声をかけられる。
「生月くん! 君も、明日来てよ!」
「は、はい? 何故ですか? 俺は別にメンバーじゃありませんよね?」
理由を問うと、足を開いて椅子に反対に座った伊地知先輩は顎に手を当て少し考えた後。
「なんか君、面白そうだから!」
「私も同感。灯。今度は灯の話も聞きたい」
面白そう、か。なんとも適当な理由。でもラッキー。これでまた後藤さんといられるぞ!
「わ、分かりました。山田先輩。伊地知先輩。また、明日です」
「堅いよ。リョウでいい。私も灯って呼ぶし」
「右に同じ〜! 虹夏でいいよー! またね! 生月くん!」
手を振り、頭を下げてから階段を上がっていく背を見送り、バンドの先輩組は言葉を交わした。
「楽しくなってきたね! リョウ!!」
「うん。ここにきて新人二人をゲットとは。流れ来てるね。虹夏」
そう言って二人はまだ人もまばらな店内、拳を突合すのだった。
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