結束バンド初ライブ。後方腕組み主人公。
い、いよいよ。いよいよだ。明日は、後藤さんが所属する、結束バンドの初ライブだ。
なんか俺、何にも関係ないのに物凄いドキドキしてる。 俺ですらこんななんだ。皆はもっと凄いんだろうな。緊張。
「さて皆! 明日は私たちの初ライブなわけだけど! あんまキンチョーしなくていいからね! どうせ私の友達くらいしか来ないから!」
「清々しいほど身内向け」
なんて思っていたのに、先輩方の器を見誤っていた。全くもって普段通りどころか、こちらを気遣う余裕っぷり。流石すぎるわ。
後藤さんなんか白目剥いて言わずもがな。流石の喜多さんも少し、いやかなり緊張してるように見えた。
当たり前だ。明日彼女らが立つ場所は、正真正銘のステージ。全バンドマン憧れの、夢にまで見る聖地。
まるで、そこだけを切り取るかのように当てられるスポットライト。照らされたその場所は一見華やかだが、その実どこにも逃げる場所などない。
万事上手くいって成功したのなら拍手喝采。だがもし下手を打ったなら……。おお、おお。考えたくもねえ。
冷ややかに突き刺さる視線。興味なさげに吐き捨てられるため息。いや。見て、感想貰えるだけまだマシかもな。一番嫌なのはやっぱアレだ。無関心。
でも、彼女らは挑もうとしてる。意味分かってんのかどうかはともかく。
後藤さんなんか、あんな性格なのに。俺以上のはずだ。人見知り度も、ネガティブな反応に対する耐性の低さも。
……カッコいいよ。
後藤さんも喜多さんも帰り、それを見送りに行った先輩方もいない、人もまばらなSTARRYのメインホール。薄っすらと暗がりに浮かび上がるステージを見上げながら、俺はそんな事を考えていた。
……置いてかれたわけじゃないからね。トイレ借りてただけだからね。
誰に言い訳してんだ? 俺。
……。はああああ。全く眠れなかった……。
考えると怖いから、昨日はなるべくライブのことは気にしないようにしてたんだ。でも、いつものルーティンで。ギター触らないと落ち着かなくて。
明日やる曲のフレーズを掻き鳴らしていたらもう朝だよ。眠いはずなのに、全く眠くない、不思議な体調。食欲もないし、ギター弾く以外のことをしたくない。
極度の緊張の奥に、微かにだけ揺れる熱。こんな朧気なものを、今日の私は頼りにしていく。腹を括れ、後藤ひとり。
だ、大丈夫。曲がりなりにも二週間、練習してきたじゃないか。仮にも私はギターヒーロー! ネットじゃ登録者三万人の実力者だ! そのはずだ! (こないだ初めて皆と合わせた日には、思わずオーチューブのマイページ確認しちゃったけど)
い、行くぞ私! 用意はいいか!? この二週間ですっかり通い慣れたはずのSTARRYの扉の前に立ち、肺の中の息を吐きつくす。
……。…………。や、やっぱり、あと十分……。
「お。そこ行くは、後藤さん」
!?!?!?!!!!????
「ご、ごめんイキナリ過ぎた! お、俺だよ俺! 落ち着いてくれ!」
「は、はああああ。き、生月くんか……。お、おどかさないでよ、もう……」
「悪い悪い。……いよいよだね。後藤さん」
「う、うん……」
「……へ〜え」
「な、なに? 生月くん」
「いや、中々どうして。良い顔してるじゃん。今日はやってくれそうだな!」
「へっ……? そう、かな?」
違う! けして良い顔などではない! ただ寝不足のせいで目つきが悪いだけである! ただ事情を知らない人が見ると、覚悟ガンギマリのイケメン度が二割増の顔にも見える! 余談だが生月は後藤に見えない角度で自身の太腿をつねりあげ、かろうじて意識を保っている。
(推しがカッコよすぎる!! どないすんねん生月コラ!? いかんこんなとこで意識を失うわけには痛みに集中しろ後藤さんの顔見んなぁ……!!)ぎりぎりぎりぎり……!!
(い、良い顔……、良い顔か……! な、なんか、や、やれる気がしてきたぞ……!)
感情が対向車線ばりにすれ違う、アホ二人なのであった。
「お、おはようございま〜す……」
「おはようございます!」
いつもはステージ前に展開している椅子とテーブルの前で作戦会議と言う名のダベリを展開する結束バンドの面々だが、今日は演者という立場。曲がりなりにも楽屋が与えられていた。ひとりと生月は先に到着していたメンバーに挨拶をする。
「あっおつかれ! ひとりちゃんに生月くん! 来たね!」
「あ、は、はい……虹夏ちゃん……」キッ。
「お、おぉ!?」
(え……? う、嘘。ひとりちゃんがカ、カッコいい……、な、なんか凄く覚悟決まってる、みたいな表情……! き、今日のライブ、大事に思ってくれてるんだ……!!)
だから。
「ご、後藤さん……!」
(か、顔が良いとはずっと思ってたけどまさかここまでなんて……! だ、駄目よ郁代……! あなたにはリョウ先輩が……!)
さっきから言ってるが。
「……ビジュアル方面で売り出すのもあり、か」
「へ? な、なんですかリョウ先輩?」
「なんでもないよひとり」
こいつは寝不足で目つき悪いだけである。
少し目が鋭くなった程度でここまで話題にしてもらえるなんて、顔が良いってのはお得なのだ。
「へ、へへ……み、皆さん……! き、今日は頑張りましょうね……!」
先程まで険しかった顔をくしゃりと崩して、力無い握り拳を顔の前まで持ってきたひとりが顔を傾げる。その仕草を、覗き込むように見上げたリョウが、フッと力を抜いてひと言だけ返した。
「応。ひとり」
「あ、戻った。おし! やろう皆! なんか気合入ったかも!」
虹夏が自身の頬を叩き士気を高める。そして!
ガン! ガン! ガン! ガン!!
「!?!?」
何故かドアに頭を打ち付けている生月を見て、喜多はドン引きしていた!
……さあもうお遊びはおしまいだ。本番だぞ。
お客さんも入り、にわかに騒がしくなってきた店内。俺は何故か割れている額も気にせず、ベースやドラムセット。マイクにギターも立て掛けられた本番仕様のステージを見上げながら一人呟いた。
虹夏先輩は、今日のお客さんは殆どあたしの友達! みたいな事言ってたけど、明らかに学生じゃない人も混じってる。当たり前だ、ここはライブハウス。学芸会の会場じゃないのだ。
俺には、多分出来ない。こんな中でギターを弾くなんて。どんなに練習して指に落とし込んでも。今は暗がりの中で眠るステージだが、ライトが当たり、皆の目がこちらに注目した瞬間。
頭の中など真っ白だ。当たり前だ。俺はずっと、誰にも見られず一人だったのだから。
自分で閉ざした暗い世界で、ただ一人。でも……。
君がどう思うのかは知らない。でも、俺を再び光のもとに連れ出してくれたのは、他ならない君だった。
君ならば、もしかしたら。
祈りにも似た願い。いつの間にか俺はそんなモノを携えていた。
専用の大きな機械の上でモゾモゾと、人影が蠢く。アレは、PAさん。パブリックアドレス。このステージの音響や光。所謂演出の全てを司る、いわばステージのプロデューサーみたいな物だ。すると間もなく、ステージに光が当たる。
それと同時に、皆が飛び出してきた!
「こんにちわ〜! 皆さん! 今日は来てくれてありがとーう!!」
元気に挨拶する虹夏先輩を尻目に、いそいそと前を横切って自分の楽器の場所へと行くリョウ先輩。こんなときでもマイペース。凄いよな、場馴れしてる。
まだ何にもしてないのに、額に珠のような汗が光る喜多さんは、やはり緊張してるのだろう。いつもの明るさは鳴りを潜め、真剣な表情でマイクの高さを調節していた。
そして。ああ。そして。
うっとおしげに光を睨めつけながら小さい歩幅で隠れるように歩いてくる後藤さん。前髪が影となり、いつもは見えない目が照らされて顕になる。それを見た瞬間俺は。
息をするのを、忘れた。
ああ……。やっぱりだ。やっぱり……。
貴女は、美しい。
四つのバチの音の後。ドラムスとベースがリズムの素地を敷き、喜多さんのバッキングが拙いながらも彩りを添える。そして、リードギターである後藤さんの音が合流して、いよいよ喜多さんが歌い出す。練習ならば、そんな流れのはずだ。
意を決したかのように生唾を飲み込み、後藤さんがギターへとピックを振り下ろした!!
「え、え────ーい!!!!!!」
バチーン!!!!!!
キラキラキラキラ…………。
は?
なんだ。何が起きた。振り下ろされた後藤さんのピックがギターの弦に弾き返され、ライトの光を反射させながら、彼方へとすっ飛んでいったのだ。やけに鮮明に、目に焼きついた。
イヤおいおい嘘だろ!?
隣で見てたリーマンが顔を逸らして肩揺らしてる。
虹夏先輩!? 口が顔半分くらい開いてるよ!? 女子高生がしたらイカン顔!
リョウ先輩が涙目だ。欲張りなハムスターみたいに頬が膨らんでる!
位置的に喜多さんには見えちゃいないんだろう。いつまでも入ってこないギターに違和感を感じながらも、自分の演奏に精一杯といった感じだ。うん! 君はそれでいい!
ステージに照らされたライトのおかげで、ピックの位置は把握できてる。人ってホントに世界がスローモーションに見えることあるんだな。後藤さん。貴重な体験ありがとう。
言うとる場合かアホタレ!!
「ちょっすんません!!」
人混みを掻き分けて俺はピックのもとへと向かう! 確かあの女子学生さんたちの足元あたりに落ちたはずだ……!
「きゃっ……!」
「す、すみませんごめんなさい!」
謝罪と共にピックを拾い上げ、ステージを見上げる! ここがアングラライブハウスで良かった……! 武道館ならステージ遠いからこうはいかないよな! ギターが一本行方不明だが喜多さんが声を張り上げ、リョウ先輩と虹夏先輩が必死に繋いでる。演奏はギリギリ崩壊してない!
「あ、あっ……! あっ……!!」
「後藤さん!!!!!」
ステージの上で涙目で右往左往の後藤さんにも届くよう、今日イチ声を張り上げる。
「き、つきく……」
「まだ追いつける!! 冷静にリズムを追って!! 頑張ってきただろ今日まで!!」
腕を伸ばして、後藤さんの右手にピックを握らせながら言葉をかける。少し呆けた後、右手を力強く握った後藤さんの目は。
一瞬前と、全く違っていたように、俺には見えた。
それからの演奏は、なんとか後藤さんも合流でき、大したトラブルもなく終わった。や、やれやれ。心臓が持たんわ。
「あ、ありがと〜ございました〜! け、結束バンドでしたー。ち、ちょ〜っとトラブルもあっちゃったかな〜?」
苦笑いしながら頬を掻く虹夏先輩。その言葉を受けてリョウ先輩がついに口に含んでいたものを盛大に吹き出していた。あの人はヒトデナシだ。パフォーマンスをつつがなく終え、汗を滴らせていた喜多さんは、そのリョウ先輩を見て、はてなマークを浮かべていた。
「よくやったぞ〜!」
「虹夏〜!」
ホームなことがなんとありがたいことか。お世辞にも上手い演奏じゃなかったのに、歓声はとても温かだった。
ライブハウスSTARRYの、ステージと客席はとても近い。声もよく演者に届く。良い雰囲気のまま捌けようとした結束バンドの面々に。いや。
「ピンクの君」
後藤さんに、声を掛ける一人の観客。見れば先程のピックぶっ飛ばし事件を見て吹き出していた、お堅そうなリーマンだ。眼鏡をクイと上げ、鋭い視線で後藤さんを見上げる。
「も、申し訳ありませんクソみたいな腕前で、わ、私の首をお渡ししますからどうか皆さんだけは勘弁してください私が全部悪いんです私が私が私が私……!!!」
反射的に振り返り頭を下げてそう捲し立てる後藤さん。何故か他の観客も静まり返り、一拍の無音の後。
ぱち。ぱち、ぱち、ぱち。
「…………へ?」
「良かったよ。人は一度コケた所で終わりではない。諦めない姿勢というものを見せて貰えた。グッドマインド」
そう言って踵を返し、俺の隣を横切る。
「ああそういえば君も。グッドマインド」
り、リーマンさん……!!
翻して去っていく背中に、俺はオトナというものの何たるかを、見た気がした。
「な、なんとか終わったね〜初ライブ〜、ミスりまくっちった〜」
「私はノーミス。どうだ褒めろ」
「きゃーっ! 流石リョウ先輩!!」
「イイぞ郁代。もっと頂戴」
「あっ、な、何とかなりましたね……」
楽屋で先のライブの感想を話し合う結束バンドの面々。良かったこと悪かったこと。ピックアップして次の肥やしにしようとしていた。
「ひとりちゃん危なかったね〜、生月君いなかったらどうなってたか……」
「ううう……。す、すみません勢い余りました……」
「えっ? 何かあったんですか?」
「郁代は角度的に見えなかったのか。爆笑のヤツがあったのに……」ぷぷぷ……。
「笑ったるなよヒトデナシ」
口を抑えてまたも吹き出しそうになるリョウを嗜める虹夏。それを見てはてなマークを浮かべる喜多という構図のところ、楽屋のドアがノックされる。返事をすると、先程話題に上がった男、生月灯が立っていた。
「お? 生月く〜ん! どうだった? 私たちのえんそ……」
「凄かった」
「はえ?」
目を先程のステージのスポットライトのように輝かせて生月が虹夏の言葉を遮る。
「メッチャクチャカッコよかったよ皆!! 喜多さん!! 君はホントにギター初めて二週間なのかい!?」
「えっえっ!? そ、そうよ!? 生月くんが一番よく知ってるでしょ!?」
「凄すぎるよリズム取れてたし拙いながらもギターも出来てたし声も出てた!! 君は自分の役割を完っ璧に全うしてたよ!!」
「えっ? えっえへへ〜」
自身の髪色と同じように頬を赤く染めて、喜多が頭を掻く。
「先輩方も! アクシデントあったのに動揺することなく走りきった! 先輩方が崩れなかったから今日のライブなんとかなったんだよ!」
「えへへ〜! ありがとっ!」
「フフン。分かってんじゃんか灯」
虹夏は立ち上がってサムズアップ。リョウは椅子に腰掛けたまま腕を組んで息を吐いた。
「そんで……。後藤さん」
「あ、あう。き、生月くん……」
「光の向こうの君の姿。目が焼けちまうくらいに輝いていたよ。今日の君は、間違いなく、アーティストだった!!」
「へぇ……? そ、そ、そうかな……わ、私、アーティスト……?」
「ああ! メッチャクチャカッコよかったぜ!」
「えへへへへぇ〜!」
「ちょっと〜! 生月くん、何かひとりちゃんとあたしたちで温度差な〜い!?」
「い、いやいやそんな事ないっすよ虹夏先輩!」
生月以外誰も知り得ぬことだが、ここで虹夏は無自覚に核心を突く。少し頬を染めた生月は、何とかそれを誤魔化すように。
「本当に。ステージに上がって、自分たちの音楽を全力でやっている皆は、もう何か! 違う世界の人みたいで!! カッコよかったです凄く!」
その言葉を受けた虹夏は、ニマ〜っと顔を歪ませて。
「嘘だよ〜! ありがとね生月くん! それとさ! 違う世界の人! なんて言い方はやめてよ! 生月くんも、私たちの仲間なんだからね!」
指を突き立ててそう宣言する。生月はそれを見て少し面食らった後。
「押忍! ありがとうございます虹夏先輩!」
何故か空手のポーズを取りながらそう返した。
そんなやり取りがあった楽屋のドア。……少しだけ開いて中が覗ける。その近くに音もなく佇む、長い金髪を携えた女性。
「……虹夏のバンドの……あいつ。中々良い体してんな……」
「高校生覗き見ながらその発言はヤバくないですか? て〜んちょ?」
「バカそういう意味じゃねーよ! あたしたちスタッフ結構女ばかりだから、重いもんとか大変じゃん。……スカウトしよかな」
「ふふふ。確かに。あの子いたら、仕事も楽になりそう……」
そんな話を交わしながら、金髪の女と黒髪のピアスバリバリの女は、その場を後にするのだった。
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