オチも何もない、結束バンドの面々の日常回2です。
こんな回をいっぱい書きたい。
「はい。んじゃ、どーぞお入りください」
「は、はい! 失礼します!」
ガチャ。パタン。スタスタ……。
「ほい。お掛け下さい」
「はい!」
すっ。
「……ま、そんな緊張すんなよ、取って食うわけじゃねえ。改めて、自己紹介だ。このライブハウス、STARRYの創設者であり店長の、伊地知星歌だ。よろしく」
「あ、はい! い、伊地知虹夏さんからお噂はかねがね……!」
「アイツが? どうせろくでもない情報ばかりだろ。……まあいい。一応、面接だ。色々聞かせてもらう。まず、志望動機を教えてください」
「は、はい! 俺! 音楽が好きで! ライブハウスで働くなんて憧れで! 虹夏さんに聞いたところ、人気のバンドのライブとかも間近で見れるって聞いて! す、凄く、やりたいな〜。と……」
……。足は肩幅程度に開いて、手は握って膝の上。相手の目を見てハキハキ喋る。……ふふん。いいね。ちゃんと研究してきたんだな。真面目な奴は嫌いじゃない。
「さて……。と」
あたしは椅子から立ち上がり、茶色の髪が目にかかるくらいの長さの少年に歩み寄る。
「……?」
見上げてくる視線をスルーし、アタシは少年の上腕二頭筋に触れた。
「ほ〜」
「え……!?」
困惑しているがなんのその。続いて胸筋。うむ。申し分ない。
「生月灯くん。合格。是非、一緒に働こう」
「いや判断基準筋肉すか!?」
そうだよ?
「よ、よろしくお願いします! 喜多郁代っていいます!」
「おう」
サングラス必要なくらいに眩しい笑顔。接客向きだな。この子は虹夏のバンドのフロントマンだったはず。見られながら仕事するのに気後れしないはずだ。
「何でバンドなんか組もうと思ったんだ?」
「えっ!? え、えと……憧れの先輩がいたんです。ど、どうしてもその人と一緒にバンド、してみたくて!」
「ふ〜ん」
あんま好きな理由じゃねえなあ。
「む、昔から私、器用貧乏で。広く何でも手を出すけど、深くハマり込んだことはなくて。ひ、一つのものを皆で作り出す! みたいなのに憧れてました! ば、バンドって正にそれだな! って思って!」
でも、その思いは本物ってか。
「おけ。喜多。一緒に頑張ろう」
「え!? あ、はい! や、やった!」
うんうん。明るく社交的で、笑顔が様になってる。ライブハウスとはいえ接客業だ。接客業でこの子とらないのは嘘だよな。
「……まあ。そんな緊張すんなよ」
「はひぃ……。よ、よよよろしくお願いしますすす……」
そんな怖いかアタシ。ちょっと傷付く……。にしてもこの子。なんか既視感があるんだよな……。
「えーと。後藤、ひとりちゃんね。何で音楽始めたの?」
「え、えと……せ、世界平和を伝えたくて……」
「マジかよ意識高えな」
アレじゃん。ビー◯ルズとかマイケ◯・ジャクソンとかの思想じゃん。この子とんでもない大器なのか……?
「ふ〜ん。も一つ。何でバンド始めたの? 見る限り人の前に立つのは苦手そうなのに」
「え、えっと、あのそのえっとあのう……」
なにかないか探すように四方八方に伸びる手と彷徨う視線。でも、アタシが聞きたいのはそんな掴んだ藁みたいなその場しのぎの理由じゃない。
「……落ち着いて? ゆっくりでいいから、教えてみてよ」
「は、はいぃ……」
言いながらアタシは一つ思い出す。ああそうか。
この子、昔のアイツに似てるんだ。
「……え、えっと。わ、私。昔からこんな性格だからか、友達できなくて。ずっと一人ぼっちだったんです。……寂しくて。一人は嫌で」
今でも少し外れている視線を、真っ直ぐと見つめ返す。
「な、なら、ギターができるようになったら。ば、バンドで皆にカッコいいとこ見せられれば、ひ、一人じゃなくなるかなって。……と、友達できるかなって。そ、そんな理由ですはい……」
「…………」
「ああすいません不合格ですよねこんな俗っぽい自分勝手な理由舐めんなって話ですよね申し訳ございません不快にさせてしまいました消えますですから命だけは……!」
「悪くないじゃん」
「はへ?」
「理由はどうあれ、頑張って練習してる奴のことを、音楽は裏切らねえ。俗で結構じゃねえか。大事なのはそこに信念があるかどうかだ」
「後藤ひとりちゃん。ようこそ我がSTARRYへ。始まったばかりでまだ何もないライブハウスだが、それは君もおんなじだよな。君の手を、我がライブハウスに貸してほしい」
「へ……え!? あ、は、はい! よ、よろしくお願いします!」
「うむ!」
以上。伊地知星歌による秀華高三人組のバイト面接の様子をお伝えしました。スタジオに、お返ししまーす。
「はっあああああ…………!! き、緊張しました……! て、店長さん怖かったぁ……!」
「も〜、ぼっちちゃん大袈裟すぎだよ〜、お姉ちゃんポーズだけだって。全員取る気だって言ってたよ〜?」
「ほ、ホントですか!? ああ……なら私が緊張してた意味……」
俺たちは伊地知星歌店長に揃って採用の一言を頂いた後、仕事は明日からな旨を伝えられた。そして、目の前にいてシェイクを啜り込んでいる虹夏先輩もリョウ先輩も、今日はオフみたいだ。
今は下北沢の駅前。年に一度か二度のお祭りの時には作り物のお月さまが浮かぶ空き地に集合し、高校生の貴重な時間をすり潰していた。
「店長必要最低限しかオープンの時取らなかったんだって。お陰で慢性的に人不足だし、女ばっかで力仕事大変なんだってさ」
「だからか! 俺が受かった理由!」
「大変だよ灯? 重いもん全部持たされるよ?」
「望むとこですよ! 丁度この二の腕が疼いていたところです!」
「……? どうしたの? ひとりちゃん、キョロキョロしちゃって。何か落としたの?」
「い、いえ喜多ちゃん……、し、下北沢ってお、オシャレで……お、落ち着かなくって……」
「ま、まだ慣れてないのね!?」
その会話を聞いていた虹夏先輩がはた、と眉を少しだけ動かして反応する。
「そっか。ぼっちちゃんはこっちの出身じゃないんだもんね〜、二人は、コッチなんだよね?」
「そうっすね。後藤さんよりかは、余裕で近いかと」
「はいっ! 私もこの辺出身ですっ!」
俺たちの答えを聞くと虹夏先輩はウンウンと頷く。あっ。そういえばだ。
「すっかり忘れてた、そういえば虹夏先輩。相談があって」
「なになに? 聞いてしんぜよ〜う」
「実は喜多さんがギターと間違えてベースを買って……」
「待って待って。一から! 一からお願い!」
こないだ話そう話そうとずっと思っていたが結局忘れていた喜多さんマイニューギアの話だ。先輩たちなら何か良い案出してくれるかも。かくかくしかじか。あらあらうねうね。
「くっくくくくく……え、なに? そしたら郁代は大枚はたいて間違えて多弦ベース買ったってわけだ……!」
「だから笑ったるなってリョウ。初心者にはありがちでしょ! ……あるかな、これ」
「も、もう! いきなり先輩たちに話さないでよ生月くん! 私にも心の準備ってもんが……!」
「いいじゃんか喜多さん。どうせ遅かれ早かれ言うんだし」
顔を赤くした喜多さんにぽかぽかと肩を打たれる俺だったが、虹夏先輩がパシンと柏手を打つと、意識をそちらに引き込まれる。
「よし! そしたら今日は! ぼっちちゃんに下北沢の街を紹介! 兼! 喜多ちゃんのマイニューギアを見繕う会にしよ〜う! 喜多ちゃん! 聞く限りまだそのベース新品同様なんだよね! そしたらまだ結構いい値段で売れるだろうからそのお金を元手にギター探してみるといいよ!」
「は、はい! ありがとうございます虹夏先輩!」
「郁代。これ中々いいベース。もし買い手つかなかったら私に売ってよ。今手持ちで十万あるし」
「いや手持ち十万は凄いな!?」
リョウ先輩が自身の驚きの所持金を暴露する。しかし、やはり売り払う流れになったか。それ以外考えられないもんなあ。
「そしたら、取り敢えず近くのハードオプに持ち込んで査定してもらおう! いい値段で買い取ってくれるかも!」
喜多さんのマイニューギアは先輩方に任せておけば大丈夫そうだ。すなわち、俺が今日やることは唯一つ! どうせ後藤さんは未だに下北沢に尻込みしているだろう! カッコよくそこをお助けすれば!
イマジナリー後藤「はわわわわ……! 下北沢怖い! 現実怖い!」
イマジナリー俺「ん大丈夫かあい? 後藤さぁん?」
「はっ! 生月くん! 洗練された下北沢の街が怖くて!」
「何も怖いことなんかないさ〜。ただのサブカルとカレーと演劇の街だよ〜。俺と君。二人の舞台にしてしまえばいいのさ……」
「き、生月くん……!」ぽっ。
「後藤さん……!」
へ、へへへへへへ……。
「……。相変わらずイケメンにあるまじき顔芸だよね。あれなに? オランウータン?」
「は、腹が……つる……! あはははは……!」
鼻の下が嘘ついたときのピノキオくらい伸びてゴリラ顔になっているのを虹夏に揶揄されているが、浮かれ阿呆が聞いていることはない。
「……はい。そしたら査定に少しお時間を頂きます」
「あ、そしたらその間外出しててもいいですか?」
「構いませんよ。では先程頂いた電話番号に査定が終わりましたら連絡させて頂きます」
「よろしくお願いします」
ここは下北沢のハードオプ。買取センターで喜多さんの多弦ベースを査定してもらっているところだ。
「おっ? 喜多ちゃん! ここにもギター売ってるよ! 気に入ったのあったら決めちゃってもいいんじゃない?」
「ほ、ホントですね虹夏先輩! わ、わあ! 可愛いデザイン……!」
「あ、す、凄い……。ギブソンレスポールこんなに安く……」
「ホントだ。くくっ……、これだから休日のハードオプ巡りはやめられんのぉ……!」
「便利ですよねハードオプ」
黒い微笑みを携えるリョウ先輩に同意しつつ、俺は消耗品を中心に値踏みしていた。くそっ。駄目だ買えねえ。ギターに張ってある弦が切れたら暫くギター練習出来ないな。
「う、うー? め、目移りしちゃうわ……! どれも可愛い……。あ、あの青いのいいわね……」
「そしたら喜多ちゃん! 焦ることないよ! まだ予算も分かんないんだしね! 先にぼっちちゃんに下北のよさを知ってもらおう!」
「は、えっ!? わたし!?」
「よし。そしたらぼっちにはめくるめく、下北沢の魅力を堪能してもらうか。皆。千円札を持て。まずはカレーの魅力から紹介してやる」
「それはおめーが腹減ってるだけだろうが!」
査定は取り敢えずハードオプの店員さんに任せ、我々は先ずは腹を満たすため下北沢の街に繰り出すこととなった。
「は、はうう……! 下北沢……! 道行く人たち皆オシャレで怖い……! わ、私、場違い……」
「ちょ、ちょっとひとりちゃん! 背中にピッタリくっつかないでよ歩きづらいわ!?」
……赤髪の美少女にピッタリと張り付く、陰キャな桃髪美少女。この映像だけ切り取ったら多くの人は尊いと言うだろうし、何もなければ俺もそう言ったろう。でも、あれ? 今は景色が真っ赤だしそんな考え、かけらも出てこないぞ?
「すんすん……。あ、喜多ちゃんいい匂い……。本来あるべき女子高生の香りぃ……」
「はひゃあ!? や、やめて匂い嗅がないでひとりちゃん!」
ギリギリギリギリ…………!!!!
き、た、いく、よ〜!!!!! ず、ずるういずるうい!! 後藤さんに抱きつかれた挙句匂いを嗅がれるだとう!? 幾ら払えばそれできるんだよ教えてくれよ!
「う〜わ〜。生月くんの顔が凄いことに……。血涙流してるし……」
「は、離れて後藤さん!? 何やら凄く謂れのない怒りを受けている気がするわ!?」
「い、嫌です怖い〜!」ぎゅっ。
ギリギリギリギリ……!!
「……。マトモなの私たちだけって凄くない?」
「頭痛くなってきたよ……。この三人が一度に暴走すると厄介そうだね……」
先輩二人は前を歩く後輩たちを道から外れそうになるたび軌道修正しつつ、カレー屋へと向かうのだった。
ダンシング♪ ダンシング♪ ダンシングフラワア〜♪
「ひいい……。な、なんか花が踊ってますぅ……! こ、怖い……!」
「もはや何でもありだねぼっちちゃん」
「それはフラワーロックって言って、音楽に合わせて踊る、当時の若者に大流行した昭和の遺物……いや、カレー食えや」
「お、美味しい……! 凄い美味しいですリョウ先輩!」
「でしょう、郁代。私が長年通い詰めたこの喫茶店に、ハズレメニューはない」
「む、むむっ……、悔しいが、ホントに美味い……」
アンティークかつお洒落な小物が立ち並ぶ店内。テーブルにはシューティングゲームの礎を築いたあのゲームがプレイできるようになっており、落ち着いた客層とコーヒーの香りが、時が経つのを忘れさせてくれそうな、素敵な佇まい。……なんだけど。
ダンシングフラワア〜♪ くねくね
「ぴいい……」
「ほ、ほらあ後藤さん、怖くないですよ。なんですかちょっとサングラス掛けたお花が音楽に合わせて踊ってるくらいで〜」
「全く。ぼっちはカレーに対するリスペクトが足りてない」
「そういえばさ。何で今日は私たちと来たの? リョウってこういう場所は一人で来たがるじゃない?」
「え? あ〜、こんだけ人数いたら誰か奢ってくれるかなって」
「おいコラ山田」
「み、貢ぎます!」
「させねえよ!?」
「ぴいい〜!」
「ご、後藤さ〜ん!」
なんだコレ。
カレー屋さん、いや喫茶店を後にして、我々は下北沢の街を当てもなく歩く。
「目、目が回るぅ……わ、私にはまだ早い街です……」
「全く。あの程度の雰囲気でテンパるとは修行が足りないなぼっち。せっかくの美味しいカレーを……」
「あ、か、カレーは大変美味しゅうございました……」
「お。あの一瞬で食べたのか。褒めて遣わす。ぼっちにはマイフェイバリットカレー屋を次も食す権利を与えよう」
「あ、は、はい。ありがとう、ございます……?」
「ぼっちちゃん気を付けて〜? こいつ隙あらば奢らそうとしてくるから〜」
流れてくる独特な香り。香水なんだろうかよく分からないが、普段日本で生活しているなら嗅がないような匂いだ。行き交う人々は皆オシャレで、後藤さん程ではないが気後れする。やはり下北。日本屈指のサブカルオシャレタウン。同じ下北でも、俺の住んでる場所とはまるで雰囲気が違う。
「はあ〜。劇場多いなあ。流石は下北」
「うん。演劇の街でもあるからね。劇、音楽。かつて芸能で一花咲かせようとした若者たちの夢と挫折が降り積もる、素敵タウンだよ」
いつの間に手にしたのやら。クレープを頬張りながら語るリョウ先輩は、何処か自慢げだ。
「リョウ先輩はやっぱり下北好きなんですね」
「うん。まあ地元だし」
そう返すリョウ先輩はいつもの無表情。でもよく見てみたら、少し誇らしげな表情にも、見えるような、見えないような?
「おっ? はい。……はい。……はい。皆! 喜多ちゃんベースの査定結果出たからハードオプ戻ろっか!」
リョウ先輩の表情をつぶさに観察していると、虹夏先輩から声を掛けられる。どうやら査定が完了した様子。お店に戻りましょうか。
「えっす、凄い……じ、十五万円で売れたわ……!」
「ちっ。流石の私でもその額以上は提示できない……。譲らざるを得ない」
「す、凄いね……! 喜多ちゃん、元は幾らだったの?」
「元は二十万円だったから少し安くなりましたけど、それでも殆ど戻ってきましたよ……! きゃーっ! 選び放題よー!」
す、凄え……。喜多さんが持っている現生が収められた茶封筒。はっきりと厚さが視認できるものな。あれ全部万札かよ。
「それで……。どうする? 喜多ちゃん。ここで買っちゃう? それともほかの楽器屋さんも覗いてみる?」
「あ、それでしたら! 私気になってるヤツがあって!」
虹夏先輩からの問いに快活に答える喜多さん。どうやら既に意中の獲物があるようだ。背中を翻して我々を先行する。
「これです! 虹夏先輩!」
「ほ〜う。レスポールだ」
やがて喜多さんは、ガラスケースの中の一つを指し示す。青のボディカラーが特徴的な、レスポールのギター。
「ふふっ。レスポールを選んだのは、ぼっちと灯の影響?」
無表情を少しだけ崩したリョウ先輩が、微笑ましそうに問いかける。
「はいっ! 私の師匠たちを真似しました! いつか、あれぐらい上手くなるために! 生月くん! ひとりちゃん! 私っ! 頑張るわねっ!」
眩い笑顔に目を細める。師匠ってのはくすぐったいが、中々どうして悪くはない。
「俺も頑張って教えるよ。喜多さん。いつかギター上手くなって、後藤さんに友達になってって言うんだよな!」
「うんっ!」
「まあ、俺から見たら二人はとっくに仲のいい友達同士だけどな!」
「ほ、ホント!? う、嬉しいわ!」
「き、喜多ちゃんと仲良し……! へ、へへへ……!」
「うんうんホントホント……。たまに仲良すぎて嫉妬するくらい」ギリッ。
「感情の反復横跳びだね生月くん……」
「一人百面相」
くっ。おのれ喜多郁代。今日は一歩譲ったが、後藤さんと一番の仲良し(自称)はこの俺! 次はこうはいかんからな!
かくして、喜多さんの愛機が決まった。大量の万札を受け取ったそばからお支払いしている姿は、端から見てても迫力があった。当の喜多さんもお札を持つ手が震えていたし。
「はわわ……! 私の給料、何ヶ月分かしら……!」
「郁代。楽器買うときは日常茶飯時。すぐ慣れるよ」
「慣れちゃ駄目だよ喜多ちゃ〜ん。コイツ金遣い荒くて常に金欠だから〜」
「えっ? そうなんですか虹夏先輩。でもさっきリョウ先輩十万あるって」
「昨日楽器売っ払ったばっかだから」
Vサインとドヤ顔で答えてくれる金欠先輩。今の会話のどこにドヤる要素があったというのか。
「わ、わあっ……!」
「ストラップはこちらで付け替えておきました。どうぞ提げてみて下さい」
「は、はい! ん、しょっと……」
店員さんに促され、ストラップを肩へと通し、ブルーレスポールを構える喜多さん。さりげなく大きめの姿見を既に用意しているあたり、流石に向こうさんはプロだ。
「へえ〜! 可愛い! 喜多ちゃん! サマになってるよ!」
「……うん。イイね郁代」
「ほ、ホントですかお二人とも!」
「うん。あ、ちょっと待った郁代。そのままストップ」
「えっ……!?」
その言葉の意味を、喜多さんが理解するより早く、リョウ先輩は喜多さんの背後に回る。
「ひゃっ……!? あっ……!」
喜多さんの背中から触れるか触れないかの距離感で、リョウ先輩は後ろから、ギターのペグやスイッチ。指板の触り心地などを確かめる。
「……うん。問題なし。メタリックの部分もよく磨き込まれてるし、可動も問題なさそう。中古品には思えないね。いい買い物だよ、郁代」
「き……き……!」ぷるぷる……。
「きたーん!! せ、先輩! 式はいつにしますか!?」
「は!? 式!?」
「だって後ろから抱きしめられて結婚前の乙女に耳元に囁くだなんて!? これもう責任取って娶ってもらうしか! きゃーっ! 私、リョウ先輩の娘になるわー!!」
舞い上がりまくってとんちきなことを宣う赤髪の少女。侮蔑の視線を送る虹夏。
「りょ〜う〜!?」ズモモモモ……!
「な、何言ってるの郁代!? ぼ、ぼっち! 灯! 助けて!」
「き、喜多ちゃんストップ! 店の中ですぅ!?」
「どうした喜多さん! 何の発作だ!?」
「どいてひとりちゃん生月くん! リョウ先輩に包まれたいの! 今完璧な供給と需要がそこにあるのよ! 邪魔はさせないわよーっ!」
「ヤバい侮ってた! に、虹夏助けて!」
「……ふんっ。知らないもんリョウなんか。喜多ちゃんにかじられちゃえ」
「に、にじかぁ!?」
結局この後ぼっちと生月の拘束を振り切り、喜多はリョウを、小一時間ギターを提げたまま追いかけ回すこととなる。一部始終目撃した下北沢の住人や結束バンド関係者の三人などは大分白けた目で見ていたが、当の山田リョウと喜多郁代には気にする暇などなかったに違いない。
ね?オチなんかないでしょ?
評価や感想、いつもありがとうございます。一つ残らず目を通しております。
UA2700突破してました。ひとえに皆様のおかげです。いつもありがとうございます。