好きな女の子のお宅訪問以上にワクワクするイベントを、私は知らない。
はあ〜あ。つまんね。超つまんね。
今日は学校に後藤さんがいないのだ。なんか風邪をお召しになられたらしい。
正直心配だ。担任にそう言われてから心配で即ロイン送ったけど既読がつかない。
ま〜じでこんなくだらん授業聞いてる場合じゃねえんだよな。家で後藤さんが倒れてたらどうすんだよ担任責任どこかに委任?やっべ思わず韻ふんじまった。
「せっかくの放課後なのに呼び出してスマンな生月。実は後藤に届けてほしいプリントがあるんだが。お前後藤と仲良いだろ?」
全部の前言を撤回させてくれ。
担任の先生。アンタが神か。
「お〜う。生月。後藤さんにプリント届けに行くんだってな?」
「! ……武田くん」
買いたてのコーラを喉奥に流し込みながら窓の外を眺めていると、クラスメートが話しかけてきてくれる。彼は武田くん。一年ながらにバスケ部の次期エースと目される、クラスのムードメーカーにして学級委員だ。
「うん。ちと金沢八景は遠いけど、仕方ないよね」
「金沢八景!? 後藤さんそんなとこから来てんのか! そりゃ大変だな」
言いながら武田くんはしきりに周囲を警戒している。何してるんだろう。ときは放課後。警戒なぞしなくてもここには君と俺の二人しかいない。ひとしきり確認し終えたのか、彼は俺に向き直り、こともなげにこう宣った。
「生月。お前後藤さんのこと好きだろ」
リアルに口の中のモン全部吹き出した。
「は、はあっ!? な、ななななななな」
「あ〜い〜い〜! 皆まで言うな。そのリアクションで大体分かったから」
な、ななななななな何故!? 何故ひた隠しにしていたはずの俺のトップシークレットが当たり前のようにバレてんの!? え、エスパー……?
「げほっごほっ! た、武田くん……そのこと他の人には……?」
「言ってねえよ? ただ多分よほど鈍感な奴じゃねえ限り気付いてると思うぞ?」
その言葉を聞いた俺は、力なく床にしゃがみ込む。マジかよそんなに分かりやすいのか俺は。誤魔化そうにも、目の前の人は俺の演技力では到底騙せそうにない。ど、どうしよう。
「………………はあ〜………………」
「い〜じゃんか。俺は応援してるぜ?」
「……え?」
「いや、なんかお前ら二人は似てるから。浮世離れしてるっつーか。人付き合いが次元が違うレベルで苦手とか」
「正直心配だったんだよ。二人とも孤立しそうでさ。たった一年の付き合いかも知んないけど、良いクラスだったって同窓会とかで言い合いたいじゃんか」
「生月。後藤さんを頼んだぜ? 手を引いて、輪っかの中に引っ張り込んでやってくれ。なんかあるなら俺も協力するからよ」
「た、武田くん……」
何というか。ホントに中学までの俺は、愚かもんだな。
俯いてないで目を開けて、ちゃんと前を見ていれば、こういう人が手を差し伸べてくれてたのかもしれない。
いや。きっといたんだ。こういう人は。手を掴まなかったのは、俺だ。
全部自分一人でやろうとして空回って。勝手に絶望して。ほんのりと上手くいかない世界を憎んでた。
「……ありがとな。武田くん」
「あ、そうそう。けして他言はしないから安心してくれ。んじゃ、気を付けてな!」
バッシュの袋を背中に引っ提げ手をひらひら振りながら武田くんは去っていく。その背中を眺めながら俺は。
「……今消しちまえば皆に知れ渡る脅威はなくなるか……?」
半分冗談だがこんなことを考えていた。
「……。う〜ん。残念っ」
「? 虹夏どうしたの?」
場面は変わる。ここは下北沢のライブハウスSTARRY。記念すべき秀華高一年組の初バイトの日だったのだが、虹夏のロインにひとりからの風邪による欠席の連絡と、生月がひとりにプリントを届けに行くため、同じく欠席の連絡が届いていた。
「ぼっちめ。逃げたな」
「こら!流石に失礼だよリョウ。生月くんについでに様子を見てきてもらおう。よろしくっ……と」
「え〜! ひとりちゃん風邪なんですか!? もう少し早く聞いてたら私も行ったのに〜」
「き、喜多ちゃんまでいなくなったら流石にキツいからやめて!」
「おら〜! お前ら! 口ばっか動かしてねえで手動かせ! まず掃除から頼むわ!」
「は〜い! お姉ちゃん!」
「ここでは店長と呼べ! 公私混同すんな虹夏!」
「うぐ。はあい店長。よし皆! ぼっちちゃんは生月くんに任せて、私たちは私たちでやることやっちゃおう!」
「ぼっち……。生月オオカミにかじられないといいけど。ぷぷ」
「……弱ってる女の子にそんなことする奴は私がギグバックの型に嵌めちゃうから大丈夫だよ〜」
ゾワッ!
「わ、私……虹夏先輩だけは怒らせないようにしますぅ……」
「そ、そうしたほうがいいよ……。何度ドラムのバチ代わりにされそうになったか分かんないから……」
「んなこと一度もやったことねえだろ山田コラ」
借りてきた猫のように縮こまる喜多に同意を示すリョウをしばき上げようとする虹夏。再び星歌の怒号が飛ぶまで、あと十秒。
真新しい駅舎。すぐ近くには海があり、潮風なのかは分からないが、少し湿った風が頬をかすめる。ここは金沢八景駅。後藤さんの最寄り駅だ。
先生からもらった住所をマップアプリに入力してナビしてもらう。全く便利な時代になったものだ。
駅前は結構何でも揃っている。ファストフードに、コンビニに、銀行。行き交う人たちは多いが、広く整地され、充分なスペースが確保されているため押し合うことはない。
少し遠くの開けた方向には海があるみたいだが、生憎今日はそちら方面には用はない。ナビが示す通りに歩を進めていると、やがて閑静な住宅街が姿を現す。
いいところだな。静かでキレイで。流石後藤さんが住んでいる街。まるで後藤さんの人柄を表しているようではないか……。マップに時たま目を落としつつ、人にぶつからないように注意を払いながら歩いていると、十分程度で目的地だ。
「……表札。後藤。住所も相違なし。おし。ここだな」
辿り着いたのは何の変哲もない一軒家。二階建てで凄く綺麗で新しい。流石だ後藤さん。良い家に住んでいらっしゃる。
……ヤバいな。予想してなかったわけじゃないけど、ちょっと。いやかなり緊張してきたぞ。
私服の後藤さん……。どんなだろう。意外と可愛らしいヒラヒラの服だったり……? もしくは学校と変わらないジャージスタイルだったり……。邪な考えが頭をよぎるが、コネコネと丸くまとめ上げて心のダストシュートにジャンプシュートしておく。
どうせお母さんかお父さんか。家族の方が出て、渡しておくよ〜的な流れになるのだ。二人きり! とか舞い上がったが、冷静に考えたらそうなのだ。
軽い気持ちでインターフォンを押しちまえ。おりゃ!
う、うう……。こ、今回ばかりは、自分の愚かしさに心底腹が立つ。
あまりにも初めての接客業が怖かったから風邪引いてまで休もうとして、氷風呂に入った挙句、下着姿で扇風機に向かいながらギター掻き鳴らしてたら、ホントに風邪引いた……! ば、バカすぎる……! し、しかもこんな愚か者に、皆さん心配のロインまで……! 罪悪感がえげつない……!
熱に浮かされて寝返りを打つと、見慣れた天井。首筋に汗は滲み、朦朧とする視界。風邪ってこんなに辛かったっけ。朝おかーさんが用意してくれたリンゴとお吸い物、薬を飲んで以来、何にも口にしてない。体がダルい……! 動く気力が沸かない。
……私。あんまり変わっていないなあ。皆に会えて、バンド始めて、ライブして。少しは前に進めたかと思ってた。でも結局は、怖くなって逃げ出して。逃げることにばっかり努力して。皆に嘘までついて。
ああ……。熱で弱ってるからか、普段から悪い方に考えがちな思考が更にダウナーに……。も、もう勘弁して! 私が悪かったからぁ……!
寝ちゃおう。それしかない。寝ちゃえば、少しは楽になるかも。夕方になったらお母さんも帰ってくるし。そう考えて再び布団を被ろうとした時にインターフォンが鳴った。
? 何だろ。宅急便? お母さん何も言ってなかったけどな。体のダルさを理由に居留守をしてしまおうかとも考えたが、これ以上嘘を重ねたくはなかったため、渋々重い体に鞭を打って立ち上がり、インターフォンに応答する。
「あ、すいません! 後藤、ひとりさんのお宅で間違いないですか? 自分、生月灯と申します。後藤さんのクラスメートで、担任の先生から後藤さんに渡してほしいとプリントを預かってきました!」
……。は、はれ? き、生月くん。生月くんの声だ。えっ嘘!? 何で!?
余りに予想外な声に思わず自分の耳を疑う。な、なんでこんなところまで!? え、ま、待って待って!
働かない頭を無理やり叩き起こして先ほどの生月くんの言葉を再生する。ぷ、プリント持ってきてくれたって言ってたぞ。
もー! バカ!! 生月くんにまで迷惑かけて! 私のバカ! ダンゴムシ! 考えなし!
くしくし。何故かは分からないが手が勝手に前髪を整える。みそっかす程度の女子高生のプライドは残っていたみたい。
「あ、ありがとう生月くん……わざわざこんなところまで。すぐ行くから待ってて……」
「へ!? ご、後藤さん!? だ、大丈夫なのかい!?」
ああ。自分にかけられた手間や面倒より、先ず誰かの心配だ。……、反省しました神様。もう二度と逃げ出しません。こんな優しい人に迷惑かけるなら、多少無理したほうがずっとマシ。鍵を回して扉を開ける。
「ご、後藤さん!」
「と、遠いとこありがと……ごめんね……」
そう言って生月くんに歩み寄ろうとすると、不意に足がもつれた。あ、ヤバい。朦朧とした頭では受け身すら取れそうにない。転ぶ寸前特有の嫌な浮遊感に目を瞑る。
……視界が暗く閉ざされて何秒くらい経っただろうか。
いつまで経っても来ない衝撃を疑問に思いつつ目を開けると。
右手にカバンとプリントを抱えた生月くんが、私の体を左手一本で支えていた。
は、はれ────────────ー!!!???
な、なん!? 何があったの!? はわわわわ私! 男の人に抱かれてる! 重くないかな汗拭いてないから臭いかもいや何言ってんだ私!?
「あわわわわ!! ご、後藤さんごめん! 咄嗟に手を出しちまった! 直ぐ離すから!」
私の腰に回った手に力が入り、私の体勢を立て直すと、そのまま生月くんは離れる。
「か、重ね重ねごめんね……。つ、躓いちゃった」
誤魔化すように生月くんにそう言うと、生月くんは私の顔を見たままジッと押し黙る。な、なんだろ。
「……後藤さん。スマン」
「へっ!?」
言うが早いか、生月くんの左手が私のおでこに添えられた。ヒンヤリとした感触に一瞬意識を奪われる。
「……。ヤベえな。後藤さん。凄い熱だよ! こんな事してる場合じゃねえ!」
そう生月くんが叫ぶと、体に浮遊感。背中と足の膝裏に差し込まれた腕を支点に、生月くんに持ち上げられたのだと気付くのは少し後だ。(所謂お姫様抱っこと言うやつである)
「うええええ!? ちょっ生月くん!? な、なななななな!?」
「ごめん!! 後でお叱りはいくらでも受ける! 後藤さんの部屋どこ!?」
「に、二階……!」
「おし、舌噛むなよ!」
まるで綿毛でも持つようにそのまま階段を駆け上がり、あっという間に私の部屋だ。生月くんは襖を開け、先ほどまで私が寝ていた布団に私を着陸させる。割れ物でも扱うかのごとく優しく。
「悪い! 手荒な真似して! さっき後藤さんを支えた時凄く体が熱かったからさ!」
「ええ!? う、嘘!」
「後藤さん、薬は? 飲んだ?」
「あ、朝食べた時に飲んだきり……」
「ずいぶん時間が経ってんな……。よし! 後藤さん! 台所貸してくれ! お粥作ったる!」
「え、ええ!? いやいいよ大丈夫だよ!」
「体が怠くて何も食べる気が起きないんだろ? そんな後藤さんにも食べられるやつを仕上げてくるから! おとなしく寝ていなさい!」
竹を破りそうな勢いで立ち上がり、襖を閉めて出ていく生月くん。私はその背中を見送るしか出来なかった。ま、全く話を聞いてくれない……。
で、でも。優しいな……。
視界がくるくる回るこの感覚。割と元気な様でいて、限界が近いのかも。こんな感じで歩き回ったら、それこそ本気で生月くんに怒られちゃうかも。
私は布団を被り、言い付け通りに彼のお粥を待つことにした。
いや〜。いかん。体が勝手に動いちった。
何か熱を出してフラフラの後藤さんの姿が、一昔前の妹と重なって。
あいつも昔よく熱を出した。色々と変化していく周りの状況に多感な時期に放り込まれて。ストレスとかあったんだろうな。そのたんびに俺は看病して。お陰で俺の介護レベルはマックスだぜ。
勝手に冷蔵庫を開けて食材を物色。良いものが色々とあったのでピックアップしていく。
長ネギ。冷凍の白飯。卵。各種の調味料。
レンジに冷凍白飯を入れてスイッチオン。その間にお椀一杯分の水を鍋に張って火にかける。
長ネギもみじん切りにして入れる。ほんだしと醤油で香りを付け、塩で味を調える。長ネギは、風邪によく効くはずだ。
もう一つのお鍋に解凍したご飯を入れ、浸るくらいの水を張って火にかける。ほんだしと塩で味を入れて、沸騰してご飯が水を吸い、充分に柔らかくなったら卵を回しかけ、微塵切りにした長ネギをトッピング。
「待たせた! 生きてるか後藤さん!」
「は、はや!」
「まだ元気そうだな関心関心! 生月灯特製! 卵粥に長ネギスープだ! 食べてみてくれ!」
「……あ。お、美味しそう……」くう〜。
思わず鳴った可愛らしい音。お腹を抑えて元々赤い顔を更に赤くして涙目になる後藤さん。
普段の俺なら爆散している。多分三回くらい。だが今の俺は、看護モード。所謂シリアスモードだ。まだだ。まだ耐えられるぞ!
「さあ! 熱いうちに、お上がりよ!」
「う、うん、生月くん……! ふ、ふーっ。ふーっ……」
息で熱々を冷まし、お粥を一口。
「あ、お、美味しい……!」
「よかったぜ……! そっちのスープも飲んでくれ! 長ネギは風邪によく効くはずだぜ! 民間療法だけどな」
「う、うん……」こくこく……。
「それを食べたら、薬を飲んで寝ちゃいな。塩分とって水分とってよく寝れば、風邪なんか一発さ」
言った通りにお粥を食べ、額に汗を滲ませながらスープを飲む後藤さん。青白かった顔には少しずつ赤みが差してきている。良い傾向だな。薬を飲み、布団にくるまり横になると、後藤さんはぽつりぽつりと話し始める。
「き、生月くん……。ほ、ほんとにゴメンね……た、助かっちゃった……」
「いいってことよ。次は俺が困ってるとき、助けてよ。それが仲間ってやつさ」
「あ、ありがと……。け、結束バンドの皆……心配してるかな……」
「ああ。多分な。様子見てきてって虹夏先輩に言われたし。まあ、その分なら大丈夫そうだな」
「は、早く治さなきゃ……」
「おいおい。どんな病気でも焦りは禁物だぜ? 病気は仕方ない。少しずつ治せばいいさ」
「はうう……。ち、違くてぇ……」
? なんだ? 妙に焦るなあ。骨休めだと思ってゆっくり休めばいいのにさ。
「……あ、な、なんか眠くなってきた……かも……」
「子守唄でも歌おうか?」
「……へ、へへ……。さ、流石に……こど……も……扱いし過ぎ……き、生月くん……。一階のタンスに家の鍵が入ってるから……。ぽ、ポストに入れといてくれれば、お母さんが後は何とかしてくれる……と、おも……う……から……」
瞼がだんだんと重そうに閉じていき、言葉も途切れがちになる。
……しーっ。こらトラック。静かに走れ起きちまうだろうが。
やがて漏れてくる寝息。……寝たか。……ふふ、寝顔までうちの妹そっくりだ。年頃の女の子は皆似てくるのかな。
はっきり言って寝顔もヤバいくらいに可愛いが、長居は無用だな。後藤さんが寝てしまった今。家族の皆さんに自分の存在を上手く説明する自信がない。
扉を開けて外に出る。言われた通りに鍵はポストに返し、すっかり赤く染まった空を見上げた。……今日は役得だな。色んな表情の後藤さんを見れた。情けは人のためならず。後藤さんは申し訳なさそうにしていたが、俺は今日後藤さんに色々なものを貰った。それでいい。沈みゆく西日に目を細めながら、俺は金沢八景の住宅街を後にするのだった。
私は夢を見た。いつもの私より、視界が大分低い。まるで小さい動物にでもなったかのよう。
初めに会ったのは、喜多ちゃん。そして、虹夏ちゃんに、リョウ先輩。大きくなったかのように錯覚する皆に、抱き上げられて撫でられたり顎をくすぐられたり。それがとっても気持ちよくて。まるで天にも登るような気持ちで。ああそうだ。生月くんもいたよ。私を、私たちを少し遠巻きに眺めてた。陽だまりみたいな笑顔で。
余り覚めたくなかった夢から覚めた後、熱はすっかり平熱に戻っていた。ロインには生月くんの帰る旨と、安静にするようにとのメッセージ。
結束バンドの皆からのメッセージも溜まっていた。一つ一つに目を通して返信していく。
……。
は────────────ー!!
なんて夢見てんだよ私! こないだ出会ったばっかの人たちに依存しすぎじゃない!? 怖い! 自分が怖い!
ごめん生月くん! ごめん皆ぁ……! も、もう絶対嘘ついてまで逃げ出そうとしません! だ、だからこんな情けない私を見捨てないでぇ……! 私多分もう皆がいないと生きていけないよぉ……!
誰に届くわけでもない胸の内。懺悔をしながら後藤ひとりは、STARRYの方向に土下座を敢行するのだった。
書き溜めていたネタが尽きました!少し更新のペースが落ちるかもです。
読んで頂きありがとうございます!感想、評価いつもありがたく拝見しとります。
皆様からの反応を糧に、これからも頑張ります。