日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
1話:魔法オタク、叱られる。
小学生時代、強化魔法の【物体加速】を使ってボールをぶん投げたら、校舎のガラスが盛大に吹き飛んだ。
「魔法には責任を持ちなさい」と、先生にはこっぴどく怒られたけど、正直ちょっとだけ……いや、かなり誇らしかった。
だって、誰よりも魔法を〝上手く〟使えるって思ったから。
そもそも、僕にとって魔法は、息をするぐらい、当たり前に
この魔法をもっと上手く、もっと正確に、もっと綺麗に扱いたい。
そんな風に思い始めたのは、いつからだっただろうか。
──ただ当然、魔法ばかりやっていた代償は大きい。
教科書は全部新品同様。プリントは配られたその日に行方不明。
ノートを開いても、気づけば魔法式の調整メモを書いてしまう。真面目に取り組もうと思い直しても、直近で覚えた魔法が浮かんでくる。
決してサボってるわけじゃない。多分、脳の構造がそういう仕様になっていた。
今日もまた、授業時間にこっそり魔学論文を読んでいた僕は。
当然のように、何一つ記憶に残らないまま、放課後を迎えることになる。
「……なぁ、
「はい、
放課後、魔学室。
僕は魔学部顧問である仁志宮ケイジ先生と机を挟んで向き合っていた。
仁志宮先生はテーブルに広げた1枚の紙に目を落として、いつもの調子で口を開く。
「お前さぁ……魔学以外の成績、本気でどうにかなんない?」
その紙は、僕が中等部に入学してから今に至るまでの成績がずらっと並んだ一覧表だった。
自然と目が行くのは1番右──最新の成績だ。
・国語(現代文…42点/古代文…59点)
・数学(数学α…31点/数学β…34点)
・理科(物理化学…30点/生物…63点)
・社会(自国史…32点/他国史…30点)
・魔学(現代魔学…100点/古代魔学…100点)
・体育(基礎運動…47点/魔法実践…100点)
ほとんどの科目が赤点ギリギリである。と言っても、これらは課題提出の点数でどうにか帳尻を合わせただけで、テストの素点は良くても100点中20点とか。
──そんななか、見事に満点を取っているのが、〝魔学〟という学問分野。
魔力という特殊なエネルギーを理論化し、何らかの現象を引き起こす技術、魔法。その魔法を〝理論〟として体系化したのが、魔学だ。
昔から魔法を誰よりも〝感覚〟で使いこなせていた僕は、やはり魔学の〝理論〟も飽きることもなく独学で学び続けている。
だからこそ、魔学は満点以外を取ったことなんてほとんど無いし、一部に魔学が関係している古代文や生物も、決して高い訳ではないが大体平均点近くは取れていた。
「一応聞くが、何か弁明はあるか?」
「…………赤点じゃないから、セーフです!」
「それはそうだがそうじゃない……!」
仁志宮先生は片手で頭を抱え深く溜息を吐いた。
「まーた
「奇遇ですね。僕も昨日ホームルームで佐々山先生に『いつまでその成績でやっていく気ですか?』って言われました」
「お前は週一で言われてるだろ……」
頭を抱えていた仁志宮先生は諦めたように上半身を机に伏せ、完全に脱力する。
ちなみに話題に出た佐々山先生とは、僕が所属する高等部1年1組の担任をしている国語教師のこと。4年連続で担任を受け持ってくれてもいる。
赤点さえ取らなければ他の先生はそんなに細かく言ってこないが、中等部に入学して以来、この2人の先生からは何度も何度も説教を貰ってきた。
1番身近に僕の魔法オタクぶりをよく知っている仁志宮先生と佐々山先生は、本気で僕を叱ってくれるただ2人の先生である。
ありがたいことに、この2人の先生だけは点数の低さだけでなく、その向こうにある進路とか将来とか、そういう面までちゃんと見て心配してくれている。
──とはいえ、僕としては変わらず「赤点さえ取らなきゃ別に良くない?」というスタンスに変わりはないのだが。
先生は再度顔を上げ、頬杖を突きながら口を開く。
「お前が魔法バカなのはわかってる。でもな、世の中は魔学だけで回ってねーんだよ」
「わかってますよ、一応」
「いや、わかってたらこの点数にはならねぇよ……魔学だけで上手くいくのは、ファンタジーの中だけだぞ」
テンションを変えず、淡々とそう述べる。
上下ネイビーブルーのジャージという、深夜にお菓子を買いに行くような、おおよそ教師とは思えない恰好をする仁志宮先生。こんな格好なのに言うことだけは妙に説得力があるから、違和感がすごい。
───こんな格好してる人が、学校の先生とかいうエリート……しかもちゃんと既婚者で子持ちっていう事実が、1番のファンタジーでは?
そんな変なことを考えていることが顔に出ていたのか、指の隙間から呆れた目でこちらを睨んでいる。
何も言葉にしていないけれど、その目が全てを語っていた。僕の内面を見抜かれている……が、それはいつものことだ。
「しっかもお前、さらに成績下がってんじゃねーか」
成績表を持ったまま、先生は再びため息を吐いた。紙を軽く揺らしながら、目ざとく数字を睨む。
「去年は【一級属性魔法士】の勉強があって……」
上手く言い訳できたつもりが、先生の反応は即座だった。
「まずは学校の勉強しろっつーの」
「おかげで資格は取れましたよ?」
「……それ、俺が大学の後半でやっと取れたやつだぞ……。相変わらず魔学に関してはすげーなお前」
ぼやき混じりに言いながら、先生は成績表を机に戻す。その動きはどこか呆れつつも、なぜか誇らしげでもある。
「まぁ……やっぱり、
手癖のように、かけている眼鏡のブリッジをクイッと人差し指で持ち上げる。
「……悪い、あんま
先生の口調がばつの悪いものとなる。
その言葉に僕は軽く首を振る。
「いえいえ、ご存じかと思いますが、僕のは基本的にメリットだけなんで」
本当の意味で
ただ僕の場合は、他の誰にも見えないものが視界に映る。それだけの話。
もちろん人が多すぎる場所だと、ちょっと酔うけど。それさえも、慣れた今はどうってことはない。
「んじゃ、進路はどうすんだ?まぁ、お前レベルで魔法が使えるなら、どうにかはなると思うが」
「進路……ですか」
「おう、夢でも目標でも。何かあれば聞いとこうと思ってな」
先ほどまでと違い、軽い調子で先生はそう聞いてくる。
たしかに僕も今年度から高校生。
一般的にはもうすぐ進路を決める時期ではある──が、魔法を今よりも極めたい、という以外にやりたいことは無い。
「正直、なーんにも無いですね」
そんな答えに先生はジッ……と僕を見つめてくるが、やがて大きなため息と共に立ち上がる。
「……ま、今はそれでいいか。よし、一先ず今回の説教はここまでな」
「お疲れさまでした」
「反省してないなこいつ……」
先生は軽く頭をかきながら、手元の成績表をくしゃっと丸めて、魔学室の隅にあるゴミ箱にぽいっと放り投げる。
ふわりと宙を舞った紙くずは、妖精の飛行を思わせるような若干不安定ながらも優雅な軌道を描いたあと、ギリギリのところでゴミ箱のふちに当たり──無情にも転がって床に落ちた。
「入ってないですよ」
「うるせ。お前がもっとマシな点数なら入ってたんだよ」
「僕の点数ってそんなとこにまで連動してるんですか?……てか、【軌道計算】使いましょうよ」
「使ってこれだよ。強化魔法苦手なんだ……って言わせんな」
「先生が勝手に言ったんじゃないですか!」
などと軽口を交わしながらも、先生は紙くずを入れ直して教壇にあるちょっとお高めの椅子にもたれ直すと、完全に説教モードから日常運転に切り替わる。
僕も同じく、肩の力を抜いて深く息を吐く。
少し空気が緩んだ部室に、窓の外から入り込んだ春めいた風がカーテンを揺らし、淡い陽光が魔学室の魔石製の机にやわらかく反射していた。
「んで、今日は何するんです?やっぱり今度の?」
僕も椅子から立ち、背伸びをしながら仁志宮先生に尋ねる。
「おう、
先生は座りながら椅子のキャスターを転がして移動し、魔紋認証をパスして個人用のロッカーの鍵を開ける。
そのまま中から紫色をした立方体の石を取り出すと、再度勢いを付けて僕の目の前まで転がってきた。
「そういや、今日
「はい、
そう答えると、先生は「あー」と少しだけ気だるそうな声を漏らしつつ、教壇の収納に入れてあった紙束も取り出し、先程の石と共に机の上にガサッと置いた。
「魔力供給よろしく」
「了解です」
紫色の石に軽く触れると、ほんのりと熱を帯びるような感触が指先に伝わった。次の瞬間、石の中心に淡い光が灯る。
ふわり、と空気が揺れ、天井に光が這うように走り、部屋の隅々にまで広がる。すると、一転して昼間の明るさは静かに消えていった。
仄暗い紫の光が天井を覆い、その内側に疑似的な星々が浮かび上がる。
まるで教室全体が夜空に変わったかのような光景だった。
「……うし。背景用の夜空は、こんなもんでいいだろ」
魔石に刻まれた魔法式の調整を終えた先生が椅子の背にもたれて、天井を仰ぎながらぼそっと言う。
「【
「一応。もうちょっと、詰めようとは思ってるんですが」
「来週末までには仕上げてくれよー」
僕も同じように天井を見上げる。静かな夜の
この夜空に、僕は光の波を描く担当だ。
──でも、ただの光の波だけじゃ、きっと物足りない。
見上げた誰かの心に、引っかかるような景色を見せたい。
それは、魔法オタクである僕なりの、魔法に対する
そのこだわりは誰にも気づかれないかもしれない。そもそも、失敗する可能性だってグンと上がる。
けれどもし、誰かの視線がそれを捉え、意味を見出してくれたなら──。
「……帰ったらまた、論文漁りかな」
一先ず演出が決まっている所までは練習しようと思い、息を小さく吐きながら、掌に小さな魔法陣を展開した。
2026/09/07 10:17 投稿