日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「魔法を教える代わりに勉強を教えてもらう〝契約〟?」
「端的に言うとそうなる」
放課後も変わらず話を聞きに来た(尋問しに来た)クラスメイトの追及からなんとか逃れ、魔学部の部室に避難していた。
後から来たネコマルに、先輩が魔法を使えないことは伏せながら、ひとまずフードコートに先輩といた経緯だけを話すと、腕を組んで首をかしげる。
「
「色々失礼だなお前」
中等部の三年間で、僕が使う魔法の様相を散々見てきたからか、ある意味で信頼度の高い評価である。
「そもそも、ハルキが魔学以外の勉強する光景が見えないにゃ」
「……流石に教えて貰うのにやらない、ってことは無いと思う。……多分」
ネコマルは眉をひそめ、しばらくじっと僕を見つめた。
「『多分』じゃダメにゃ。……どうせにゃら、その先輩を頼りまくるにゃ」
「頼る、ねぇ……」
僕が口ごもると、ネコマルは細い目をさらにじっと細め、真面目っぽく腕を組んだ。
「ハルキ、よく人の気持ちには気づく……ってか魔力見えるから分かるくせに、魔法で何とかなるからって自分から頼るのが下手すぎるにゃ。この機会にその悪い癖、直すにゃ」
言葉に軽い冗談めいた響きはあるが、視線の奥には真剣さが見え隠れする。
少し間を置き、肩をすくめて苦笑するしかなかった。
「そもそも、可愛い女の子がハルキの赤点をどうにかしてくれるなんて普通はありえないにゃ、役得だにゃ」
「……それもそうか」
ネコマルは小さく笑い、肉球の付いた親指をグッと上に向け、八重歯をむき出しにして笑った。
その仕草はいつも通りの軽薄さを装っているが、さっきとは別の意味での信頼を感じることができるモノだった。
「ま、それはそうと、ハルキがあのギャルにいつ惚れるかの方がミーは気になるにゃ」
「そんなんじゃ無いって!さっきまで良いこと言ってただろお前!」
何とも言えない恥ずかしさから若干顔が赤らんだが、それを引っ込めて強めにツッコミを入れる。
「でも、本当に赤点取ったらハルキ留年するから、頑張ってにゃ」
「……うす」
僕がそう言うと、ネコマルは満足げにうなずき、再び親指を立てた。
「ちなみに次会うのはいつにゃ?」
「一応、明日の放課後の予定。部活は休むわ」
「ほーう……付いて行こっかにゃ」
「頼むから勘弁して……」
僕が手を振って抵抗しても、ネコマルは肩を軽く叩いて、ニヤニヤと笑う。
「ま、おみゃーが魔学以外のことに集中できたら点数なんて簡単に上がるにゃ!」
「……謎に評価高くてちょっと気持ちわりーわ」
「にゃはは、これも友情の証にゃ!」
***
「……わかりました。頼ります」
「ん、よろし~い。それに……これも、先生になる練習になりそうだし」
先輩は再びテスト用紙を手に取り、ふと目を細めて見つめる。そのまま、思い返すように口を開いた。
「というか、本当に魔学は満点、なんだねぇ」
「一応、オタクなので……」
小さく苦笑いを浮かべ、肩をすくめる。
先輩は紙の上で指を滑らせ、眉を僅かにひそめ、僕をチラリと見やる。
「……もしかして、いつもは他の勉強サボって、魔学の勉強してる~?」
「高校範囲はもう終わってるので、学校の勉強ではないですけど……まぁ、普段はそうですね」
僕の声は少し弾んでいた。やっぱり、魔学は楽しい。魔法を使うことも、知識を深めることも、僕にとっては特別な時間だった。
先輩は紙を置き、ふぅと息をつく。
「じゃ、次の中間テストは全教科平均以上が目標ってことで~」
「全教科!?」
思わず声が裏返る。今の僕にとって、夢のまた夢のような点数である。
そのとき、店員さんがトレーを手にして現れる。
香ばしい匂いと共にカップが置かれ、僕は一口飲んで、喉の渇きを癒す。ふぅ、と静かに息を吐くと、店内の柔らかい光が少しだけ安心感をくれた。
「私が教える。だから、大丈夫」
「がんばります…」
───すごい自信……。いや、まあ、僕も魔学はそうだから人のことは言えないけど……。
言い切った先輩は自身のスクールバッグの中から一枚の紙を取り出し、僕にスッと手渡してきた。
「これは?」
「見たらわかるよ~」
その紙を開くと──
「わーお」
・国語(現代文…92点/古代文…98点)
・数学(数学α…100点/数学β…100点)
・理科(物理化学…100点/生物…95点)
・社会(自国史…94点/他国史…88点)
・魔学(現代魔学…100点/古代魔学…92点)
・体育(基礎運動…83点/魔法実践…30点)
思わず声が漏れた。
それは、先輩の成績表だった。上部には小さく高等部一年、と書かれているので、去年の結果だろうか。
魔法を使えないことから、やはり魔法実践は赤点にならないギリギリのラインだが、その理論を勉強する魔学教科はもちろん、他教科も軒並み高得点だ。
「……この前、資格で実力を証明してくれたじゃんね?だから私は成績表~。わかりやすいでしょー!」
「なるほど……」
「これでも、平均以上は無理?」
先輩はふふんと胸を張りながら、得意げな顔で僕に尋ねる。
「流石に、心強いですね」
しかし、ふと考えてしまう。
「……意外と、負けず嫌いです?」
「……一言多いなーも~」
少し笑いながら訪ねると、先輩の口元に呆れた笑みが浮かぶ。
でもその笑顔には、自信と、少しの楽しみが混ざっていた。
「そう言えばなんですけど」
先輩がゆったりと視線を向けてくる。
「……?」
「逆に先輩は、まずは何を目標にしてるんですか?」
そう聞くと、えーと、という声と共に思案顔になる。
魔法を使えるようになる、と言っても、教員になれるレベルの魔法を極めるまでに、色々と段階があるはずだ。
しかしここまで優秀な先輩である。きっと何か、ちゃんと考えているに違いない。
「…………何も、決めて無かった」
「ありゃ」
ガクッと肩の力が抜けてしまった。
「とりあえず魔法使いたい!としか考えて無かったからねー……。うーん、何にしよ~」
そう言ってコテンと首を傾げる。
意外ではあったが、そんな時にふと再来週に行われるイベントのことを思い出す。
「あ、ウチの学校とやる魔法実技会とかはどうですか?日程はかなり近いですけど……」
先輩は「あー」と言いながら少し間を置き、僕の顔をちらりと見た。
その目には、考え込むだけでなく、ちょっと困ったような、でも優しく受け止めようとする色が混じっていた。
「アレねぇ……友達が出るから見には行くけど、流石に私の実力だと、出させて貰えないんだよねー……」
「あ、すす、すいません!気が回らず……!」
「んーん。こっちこそ、考えてくれたのにごめんねぇ」
申し訳なさそうな顔をする先輩を見て、何か言葉を返さなきゃという焦りが湧く。
「じゃ、じゃあ僕と同じくテストで平均点とかにしますか……?」
「う~ん……ま、一旦そこでいいか~」
その言葉に少し肩の力が抜け、心の中でほっと息をつく。
先輩は肩をすくめ、机の上のテストをちらりと見た。
「とりあえず、今日はテストの復習しよっか」
「え、えっと……はい」
少し緊張しながら僕がうなずくと、満足そうな顔で解説を始めた。
──結果として、先輩の指導の効果は翌日すぐに表れた。
「真戸くん、どうしたんですか」
「はい?」
「復習テストとは言え、数学でこんなに良い点数取ってるのは初めて見ましたよ」
夕方のホームルーム、佐々山先生はそう言って今日の授業中に行われた数学の小テストを返却してくれた。顔にはハッキリとした驚きと、ほんの少しの喜びが浮かんでいる。
「職員室でも少し話題になってましたよ。何があったんです?」
「まぁ、色々ありまして……」
「……また葦屋くんと勝負でもしたんですか?」
「そういうわけじゃ、ないんですけど……」
「はぁ……。ま、やっぱりやればできるんじゃないですか。今後もこの調子で頑張ってくださいね」
「うす、あざます」
お礼を言い、そそくさと自分の席へ戻る。
どうやら会話は周囲にも聞こえていたらしく、ネコマルがわざわざ席まで来る。
「ハルキ、何点だったのにゃ~?」
「ふっ……これを見よ!」
答案用紙を突き出すと、ネコマルは一瞬きょとんとし──次の瞬間、目を見開いた。
「にゃ?……にゃあ!?」
・数学β小テスト:30点中27点
決して完璧にできたわけではない。だが、今まで5点以下が当たり前だった自分にとって、この点数は夢のようだった。
ネコマルは僕のテストを見たまま、ぷるぷると震えている。
「バレずにカンニングする魔法、ついに完成させたのかにゃ……!?」
「作ってないよ!……全部、先輩に教えて貰ったとこだったんだよ」
後半は声を潜めて事情を説明する。
ネコマルは「にゃはぁ~」と、妙に納得した声を出した。
「……やっぱり、魔学以外でもちゃんと勉強したら、ハルキは点数上がるんにゃねぇ」
「それな。ネコマルが言ってた通りだわ」
「にゃあ……でも、これは……」
まだ信じられないといった表情のネコマルに、今度はそっちの点数を聞こうとしたところで、先生の号令がかかる。ネコマルは何か言いたそうにしながら、自分の席へ戻っていった。
椅子に深く腰掛け直し、机の上にある紙を改めて見つめる。
「……27点、か」
じわじわと実感が湧いてくる。
点数を見つめるうちに、頬がにやけてしまうのを止められなかった。
「数学って、解けるもんなんだなぁ」
ぽつりと呟く声が、少しだけ誇らしげに響く。
───もしかして、これと同じ感じで先輩に教えて貰ったとこなら点数上がるのでは?え、先輩って天才か?
そんな考えまで浮かび、思わず背筋を伸ばす。
指先まで軽やかだ。明日の数学小テストもこの前教えて貰った範囲だし、いける気がする。いや、いける。
根拠のない自信が僕を満たしていた。
──が、しかし、やはり調子に乗るとロクなことがないのは、次の日に身をもって知ることになる。
「………………」
夕方の教室。窓から射す西日が、赤点の文字をこれでもかと照らしていた。
・数学小テスト:20点中:1点。
紙面の端っこに書かれた点数が、以前よりもずっと心に刺さる。
前回あんなに褒められたもんだから、ちょっと有頂天になってテストに臨んだ結果がこれだ。
テストを両手で握ったまま固まっていると、横からひょいとネコマルが覗き込んできた。一瞬で点数を確認し、ふっと小さく息を吐く。
「……なんとなく、そうなると思ってたにゃ」
呆れたような顔で、ネコマルは僕の肩にぽん、と手を置いた。
「……これはアレです。問題が悪かったんです」
「むしろいつもより平均点は高かったらしいですよ。真戸くんが悪いです」
「ぐぅ……」
即答された。ぐうの音は出た。