日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「ここまで魔法が使える兆しが見えないとなると……いくら姫道さんの成績でも、教育学部は難しいと思うわ……」
進級してすぐの進路面談で、先生にそう言われた瞬間、目の前が真っ暗になった。その日は、どうやって地元まで帰ったのかも記憶に無い。
私の名前は姫道ヒマリ。
他の人が私のことを表すとき、大抵の場合2つの言葉で呼んでいると思う。
1つは見た目そのまんま、『ギャル』。
別にギャルになりたくてこうしてるわけじゃない。
制服をちょっと着崩したり、髪を金色に染めたり、自分が思う〝可愛い〟を追求したら、いつの間にかこうなってただけ。
それに、この学校はそこそこお嬢様校だけど、校則は結構ゆるい。
だから先生たちも、一部の人を除いて、よっぽどのことがない限りは見逃してくれる。
「姫道さん!シャツが出てますよ!」
「はぁ~いごめんなさーい」
もっとも、その一部である
──そして、もう一つの呼び名は、『魔法が使えない天才』。
魔力の制御はできる。魔法陣だって問題なく展開できる。
だけどなぜか、昔から魔法を放つということだけができなかった。決まって最後の瞬間に、魔法陣が急に割れてしまうのだ。
先生になるために、どうにか魔法を使いたいと足掻いた。
魔学も科学も関係なく、知識という知識を片っ端から詰め込んだ。
だから、魔法実践以外の成績はいつだってトップクラスでいられる。
──ただ、理論だけが完璧でも魔法は使えない。
実際に高い水準で魔法を扱えなければ、先生どころか、教育学部に進むことさえ許されないのだ。
でも。
「ふふっ……」
今は、少しだけ希望が見えている。
あの日、ぼんやりとしたまま立ち寄ったあの公園で、私の〝夢〟へと繋がる、細いけれど、確かな道と出会ったのだ。
携帯の電源を入れ、メッセージアプリを確認すると、つい先日連絡先を交換したばかりのアカウントが目に入る。
履歴を少し遡ると、そこには丸印が沢山ついたテストの答案用紙と、『高得点取れちゃいました』というメッセージ。
───教えたことはできてるし……うん、やっぱり地頭は悪くなさそー。
あそこまで高いレベルで魔法を使いこなす子だ。恐らく、本当に魔学の勉強ばかりしてきただけで、〝学習する〟下地は十分にあるのだろう。
『先輩に教えて貰ったとこなら完璧に解けます』なんて、若干浮かれすぎているようにも思えるけど、まぁ仕方無いか。
窓際の席で頬杖をつきながら、彼のことを思い出して笑みがこぼれた。
そんな私の様子が気になったのか、1人の友達……いや、親友が、机に身を乗り出してきた。
「およー?ヒマちゃん、なんか機嫌良いじゃーん」
「あ、キラちゃんおは~」
「おは~!」
人懐っこい笑顔で挨拶を返してくれた彼女の名前は、
どちらかと言うと小柄な私と違って、魔法格闘部のエース候補に名を連ねるスポーツ女子で、スタイルも抜群だ。
「なになに、朝の占いで一位だった?」
「ざんね~ん、今日は五位~」
「びみょーだ!」
キラちゃんはケラケラと笑いながら、私を持ち上げて自分が座り直し、膝の上に私を乗せてきた。
「……だから、はなせ~」
「やっだねー!うん、相変わらずヒマちゃんは抱き心地最高!」
ぎゅうっと抱きついてくるキラちゃん。
甘い香りが鼻をかすめるなか、ジタバタと暴れて抜け出そうと頑張る──いつものやり取りだ。
一通り抱きついて満足したらしく腕の力をふっと緩めた瞬間、その隙に拘束を抜けてキラちゃんの頭にチョップをお見舞いした。
「あたっ!」
彼女は小さくうめきながら肩肘を机について、じっと私を見つめる。
その目は、好奇心に煌めいていた。
「それで、結局なんで機嫌良いのん?」
「ん~それはねぇ……」
期待が込もった視線が私を貫く。が、ふと思う。
───ここで本当のこと話したら、全部答えるまで帰してくれないんだろーな~……。
目の前にいる彼女の、知りたがりな性格──いや悪癖と言うべきか、それを思い出して本当の理由は胸の奥に仕舞うことにした。
「ひみつ~」
「えぇー!そりゃないよー!」
椅子から立ち上がったキラちゃんが、両手で私の肩をぐわんぐわんと揺らす。
後ろの机にぶつかった椅子がガタンと音を立て、周囲のクラスメイトがちらりとこちらを見た。
それでも彼女はお構いなしに私を揺さぶり続ける。
「やめーい」
笑いながら、私はその手をぺしっと払いのけた。
「む~……ハッ!」
私が何を言っても口を開かないと悟って少しむくれていたキラちゃんだが、突然、何かをひらめいたように目を見開いた。
次の瞬間には、にやりと唇の端をつり上げ、わざとらしい声を出す。
「まさかヒマちゃん……彼氏できた!?」
「できてなーい」
「ズコー!」
思い切りのけぞって再度椅子に座り直すキラちゃん。
ギシッと鳴る音と同時に、何人かのクラスメイトがクスクスと笑うのが聞こえた。
何を言い出すのだろうかこの子は。
「……そもそも、今は彼氏どころじゃないし~」
「んぉ?じゃあ、もしかして……」
キラちゃんが、さっきまでの冗談めいた声を少しだけ落とす。
その目がきらりと光って、私をのぞき込んだ。
「──魔法の練習でも、上手くいった?」
心臓が小さく跳ねた。
机に置いた手の指先が、思わずぎゅっと力をこめる。
「……うん。まぁ、そんな感じかな~」
その一言に、また教室の空気がぴたりと止まった気がした。
近くの席の子まで驚いた表情になり、ペンの動きを止めてこちらを見ている。
「え!?マジ!?」
キラちゃんが身を乗り出して、目をまんまるにして叫ぶ。
私は苦笑いを浮かべて、両手をひらひらと振った。
「いや~……一応、失敗らしいから……いつも通りね」
一拍の間を置いて、クラスのあちこちから「あ~」「やっぱりか~」と小さな声が漏れる。空気が、ゆるやかに安堵と笑いへと変わっていく。
「なーんだ~びっくりしたー!」
キラちゃんもどこか安心したように笑って、胸を撫で下ろした。
「でもやっぱりすごいよ、ずっと挑戦してるんだし!流石はヒマちゃん!」
「うん、ありがと……」
笑って答えるけど、心にほんの少しだけ重みが残る。
その笑顔の裏側で、大きなため息を吐きたくなった。
だって──今の空気に、どこか〝当たり前〟の響きを持っていたから。
皆の中で私はもう〝魔法が使えない子〟として定着しているのだということを、否応なく意識してしまう。
「ま、でも!」
キラちゃんはすぐに明るく言葉を切り替える。
「もし魔法が使えなくても、ヒマちゃんは天才だし!将来どうにでもなるって!」
「……そうだと、いいねぇ」
励ましの言葉のはずなのに、そこに〝魔法を使える私〟はいない。
なんとか笑ってみせたけど、窓の外では、朝の光がゆるやかに揺れている。
その眩しさが、心に生まれた影を静かに照らしてくれることを願った。