日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
放課後のチャイムが鳴り終わると同時に、教室のざわめきが少しずつほどけていく。
笑い声や椅子の音が遠のいて、窓の外では西日が斜めに差し込んでいた。日の光に照らされた埃が、まるで妖精みたいにふわふわと漂っている。
「ヒマちゃんお待たせ~!帰ろ~」
「おっけ~」
部活帰りのキラちゃんが教室の扉から顔をのぞかせて叫ぶ。
席を立とうとしたその瞬間、ポケットの中で振動を感じた。
ピロン♪
「あ、ごめーんちょっと待って~」
ポケットから携帯を取り出し、画面を開く。
通知欄の一番上に、るっきーからのメッセージが光っていた。
『〈真戸〉調子に乗ってすいませんでした』
短い謝罪の言葉に続いて送られてきたのは、堂々たる〝1点〟が記されたテストの写真。
赤い数字が紙の上部で、やけに堂々と存在感を放っている。
『〈姫道ヒマリ〉その範囲は基礎の基礎しか説明してないから仕方ない』
『〈真戸〉日曜はぜひその範囲を教えていただければ……』
『〈姫道ヒマリ〉もちー』
『〈真戸〉ありがとうございます…』
思わず口の端が緩んでしまった。
昨日は高得点を取って喜んでいた……というか自信満々だったのに、今日この落差だ。極端すぎる。
吹き出しそうになっていると、続けて新しい連絡が入った。
『〈真戸〉先に公園向かってます』
今日は、ほんの少しだけど、初めてちゃんと魔法の練習をする日。
キラちゃんが着替えを終えるのを待っている間に、るっきーの方が先に学校を出たみたいだ。
『〈姫道ヒマリ〉りょかーい』
了承の返事を送って携帯をしまうと、キラちゃんが頬をぷくっと膨らませていた。
「……ヒマちゃん、やっぱり彼氏できた……?」
じとーっとした目。疑惑満々の声色。
「え、できてないよぉ~」
「ほんとかなぁ……?」
キラちゃんの訝し気な視線を受けながら、一旦駅まで向かうことにした。歩き出しても、じっとこちらを探るような視線はしばらく続く。
しかしそんな表情も駅までの道を10分ほど歩けば収まり、駅の改札をくぐる頃には、すっかりいつもの明るい笑顔がキラちゃんには戻っていた。
「ねねヒマちゃん、このカフェ良くない?プリンの上にアイス乗ってんだって!」
「おーかわいい~!」
「週末ヒマ?」
「今週は厳しーかも~」
「ありゃ……来週は私が厳しいからなぁ……じゃ、再来週は!?」
「再来週なら行ける~」
「やた!行こ行こ!」
他愛ない会話と一緒に、笑い声を弾ませながらホームへ続く階段を上り切った。──その、瞬間だった。
「……!」
視界の隅に、見覚えのある黒髪と横顔が飛び込んでくる。
「やっぱ、もうちょい魔力量増やして光も増やそーよ」
「蛇足にゃ。てか、万が一があってもハルキしか制御できなくなる魔法式は却下にゃ」
「板見はできるって言ってたぞ?」
「
背中にドッと冷たい汗が流れる。
───ちょーーーーーっと待って!なんでここで鉢合わせるの!キラちゃんといるときに鉢合わせるのは絶対マズいって!?
彼の隣には、先週も一緒にいた猫耳の男の子もいる。あの時と同じく、少し気の抜けたやり取りが耳に入ってくる。
私たちの存在に気づいたのか、るっきーがチラリとこちらを見て、一瞬視線がぶつかった。
お互いに固まった後、彼は何事もなかったかのように、そろそろと視線を猫耳の子の方へ回す。
心臓が変なリズムを刻み、背中に冷や汗がダラダラと止めどなく流れる。
そのせいで、いつもより歩幅が速くなっていた。そのせいで隣のキラちゃんは違和感に気づいたらしく、ん?と首を傾げている。
「知り合いでもいた?」
「い、いやぁ~何もないよ~」
ちょっと声が裏返った。
彼らの後ろを何事もなかったように進む──が、その瞬間、運悪く猫耳くんが振り向いて、声を上げる。
「にゃ!ギャル先生じゃないですかにゃ!?」
「あ、おいバカお前!」
ホームの喧騒が一瞬止んだように感じた。
チラリと隣を見ると、名前の通りキラキラした笑顔が私に向けられている。
「ヒマちゃ~ん、先生ってなんのことー?」
「……………………タブン、ワタシノコトジャナイヨ~」
「えー!絶対あの子ヒマちゃんのこと見ててたよー!ねぇねぇ教えてよー!」
朝と同じように、肩をグワングワンと揺らすキラちゃん。
〝答えてくるまで帰さないよ〟モードに、なってしまった。
今日ちゃんと帰れるかの不安がよぎりつつ、この状態を引き起こした子たちを確認すると、るっきーが猫耳くんの頬っぺたを伸ばしているのが見えた。
丁度そのタイミングで、運良く電車がやって来る音楽が流れ始める。
「ほ、ほらー電車きたよ!乗ろー!」
「むっ」
揺れが止まり、電車の方に視線を向けても、男の子二人はまだじゃれていた。
目を輝かせたキラちゃんがズンズンと進み、二人の肩に手を置く。
「ちゃんと聞かせてね☆」
「「は、はい(にゃ)……」」
──10数分後、何の偶然か全員が同じ駅で降りていた。
電車の中でもキラちゃんは聞きたそうにソワソワしていたが、騒がしくなる未来しか見えなかったから、「電車降りてからね」と約束しておいた。
案の定、扉が開いてそそくさと帰ろうとする男の子組を、キラちゃんが先回りして阻止する。
改札を抜けた瞬間、彼女の瞳には完全に獲物を見つけた光が宿っていた。
「よし!じゃあさっき言ってたこと教えて!」
こういう感じで好奇心が天元突破したときのキラちゃんの勢いは、なんというか……少々、手を焼く。
「ちょっとお話するだけだからね~……あ、もちろんヒマちゃんもだよ?」
「うえっ」
この状態のキラちゃんの相手をするのは、正直勘弁してほしい。
そんなとき、猫耳くんと一緒に詰め寄られていたるっきーが、私の脳内にそっと【念話】を繋いできた。
『(もしかして、このテンションずっと続く感じですか?)』
『(多分……?この状態になったキラちゃんは、手ごわいよ……)』
『(…………これ、公園行けます?)』
『(意表を突ければ、もしかしたら?って感じ、かな~)』
『(分かりました……先輩、三十秒だけ、そこから動かないで下さい)』
『(え?)』
聞き返すよりも先に、るっきーが猫耳くんの背中を押し出し、キラちゃんに向かって叫んだ。
「こいつが詳しいですよ!」
「にゃあ!?おみゃー何言って」
「ほんと!?」
「おいハルキ!」
キラちゃんの意識が自分から逸れた、そんな刹那の一瞬。
るっきーの足には淡い光の魔法陣が走り、気付けば彼は遥か彼方に走り去っていた。
───この前もだけど、あの子、逃げるのめちゃくちゃ手馴れてない……?
「あいつ一人だけ逃げやがったにゃ!?」
猫耳くんは慌てて追いすがろうとするが、流石は魔法格闘部の強豪校であるウチでエース候補に名を連ねているキラちゃん。
再度目の前の標的を逃すことなく、がっしりと両腕を掴んで離さなかった。
「逃がさないよ~」
「ミーは関係ないにゃ~~~!」
必死に足をばたつかせているが、まるで地面に根を張ったみたいに動けていない。
そのままキラちゃんはこっちを見てニッコリと笑顔を向けた。
「ヒマちゃんも逃げちゃダメだよー?」
「……は~い」
「じゃ~何から聞こっかな~」
そう言いながら、諦めて肩を落とす猫耳くんをずるずる引きずり、キラちゃんはこちらに歩いてくる。
瞳には、獲物を前にした肉食動物のように光り、好奇心と小悪魔的な笑みが混ざっていた。
しかしここで、30秒が経つ。自分の周りに流れている空気が、微かに止まった。ピッタリと、空気が私の身体に張り付く感覚。
何これ、と思った時には既に、私の足元に白色の魔法陣が忽然と浮かび上がっていた。
「え!?」「にゃっ!?」「うぇ!?」
三者三様の驚きの声が交錯するなか、私の全身を眩い白い光が包み、視界は一瞬で真っ白に染まる。
光が収まるのを感じ、ゆっくりと目を開けると──
「だ、だいじょうぶでずが……?」
──見慣れた公園の景色の中に、疲れた顔をしたるっきーが立っていた。
大きく乱れた髪と、深く息を整える仕草、そして外した眼鏡。そのどれもが、彼の魔法でここに飛ばされたことを物語っている。
「えぇぇ……」
恐らく空間魔法の一種なのだろうが、人を瞬間的に移動させるなんてデタラメな魔法、自分の知識には無い。
だからこそ現実感と非現実感がせめぎ合い、思わず声が漏れる。
周囲の空気にはまだ、魔法の余韻がうっすらと漂っており、静けさの中で微かに光も揺れていた。
「せめて、説明はしておいてよ~」
「すすすすいません!焦ってたもので……」
「……んっ。でも、助かったー」
以前あんな感じで〝答えてくるまで帰さないよ〟モードになったときは教室の隅っこに追い詰められて30分以上も質問攻めを喰らったのだ。
だからこうして強制的に転送してくれたのは、正直ありがたい。……置いてきちゃった猫耳くんには、ちょっと申し訳ないけど。
「な、なら良かったです……でも、大丈夫なんですか?」
「ん?」
「いやその、お友達さんのこと、置いてきちゃいましたけど……」
「あ~……」
どちらかと言えば、大丈夫ではない。明日学校に着いてからどんな尋問をされるのか、考えただけで身震いしてしまう。
私が遠い目をしていたせいか、どこか気まずそうにるっきーが口を開く。
「と、とりあえず魔法の練習します……?」
「……うん、そうしよ」
鞄を木の下に置き、ブレザーを脱いでシャツの裾を少しだけ捲る。
掌を開いたり閉じたりしながら、体内の魔力の流れを確認する。
「ん……?」
「どうしました?」
いつもより、魔力の動きが硬い。
こういう時は、大抵は何かしらの悩みとか迷いがあるときって相場は決まっている。
意識していなくても、明日のキラちゃんからの追及を心のどこかでビビッているのかもしれない。
「……や。大丈夫だと思う」
「そうですか……?まぁ、一応魔力の流れとかはずっと視とくので……そこら辺はあんまり気にしないで大丈夫ですよ」
るっきーは不思議そうに首を傾げる。
その姿を見て、私は少しだけ肩の力を抜いた。
「ありがと!……よし、それじゃ、お願いしま~」
「はい、それではまず──」
*****
──数秒前まで、確かにヒマリはその場所に立っていた。
白い光が彼女の身体を包み込み、キララは反射的に目を細める。ネコマルは猫の獣人族特有の反射で、瞬時に瞳孔をスリット状に絞っていた。
1秒と経たないうちに光は散る。それと同時に、そこにあったはずのヒマリの姿も、音もなく消え去っていた。
「ちょ、ちょっと……ヒマちゃんは?」
理解が追いつかないまま、キララの声だけが駅前に響く。
そんなキララを横目に、ネコマルは大きく息を吐く。呆れたようでいて、またどこか諦めきったような目で──しかし、口元には愉快そうな笑みが浮かんでいた。
「あ~~……多分、てか絶対。ハルキ……さっきの男の仕業ですにゃ」
「……あの子の?」
キララは喉の奥がひりつく感覚を覚える。
そのまま半ば確認するように問い返すと、ネコマルは軽く肩をすくめた。
「詳しい魔法式とかはミーにも分かんにゃいですけど……先に自分が逃げて、後からあのギャル先輩を空間魔法で呼び寄せたんだと思いますにゃ」
あっさりとした口調。〝よくあること〟だと、言外に告げていた。
──あいつならこれぐらい、やらかす。
疑いよりも先に、そんな確信が胸に落ちてくる。あの親友は、魔法に関しては本当にとんでもない奴だということを、嫌というほど知っている。
なにせ、一般的に数年かけてようやく取れるような一級魔法の資格をそれぞれたった一年で、しかも中学生の間に二つも取得するような、理不尽な男だ。
だから、驚かない。呆れ半分で尊敬半分、彼の
「空間魔法……?」
一方のキララは、先程の光景を思い浮かべるだけで思考が追いつかず、息が詰まる気分だった。
「まさか、そんな!人を飛ばすなんて、私たちの技術じゃ……」
思考が、そこで引っかかる。
空間魔法。存在は当然知っている。それどころか、四級や三級程度の簡単な魔法であれば、自分だって使える。
ただ、もし先ほどの魔法が空間魔法だと言うなら──精度、距離、質量。どれを取っても、要求される制御は桁違いだ。それは間違いなく、〝一級〟の領域。
どれだけ優秀でも、高校生が使う水準を大きく逸脱している。
キララは、自分の魔法の実力にはそれなりの自負を持っていた。それでも、知識も経験も、すべてが彼女の常識を軽々と踏み越えられた感覚があった。
理解できないという事実が、ざわつく焦燥となって唇を震わせた。
「冗談、でしょ……?」
キララの背筋を、冷たいものが這い上がる。
〝凄い〟とか、〝尊敬〟とか、そんな前向きな感情は湧かなかった。今、キララの内心を占めるのは、理解不能という事実から生まれる、〝恐怖〟だけだった。
「ハルキは、そういう人間にゃので」
誇らしげな声色で、ネコマルは肩を竦めながら再度笑みを浮かべる。
だがその言葉は、キララの不安を和らげるどころか、むしろ決定的な一押しになった。
───そんな子が……ヒマちゃんと、一緒に……?
つい先ほどまで胸を占めていた好奇心は、跡形もなく消えていた。
残ったのは、得体の知れない存在が、親友と行動を共にしているという事実への、拭いきれない違和感。
「…………とにかく」
キララは意識的に声を落とし、笑顔を作る。
「君の知ってることは、ぜーんぶ吐いてもらおっかなぁ」
「にゃ?……にゃあああああああ!?」
ネコマルの笑みは一転して、再度絶望の顔に染まることとなった。