日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
翌日、朝の通学路を一人で歩きながら、携帯を取り出す。
るっきーと解散した後、キラちゃん宛に『ごめんね』と『絶対また今度詳しく話す』とメッセージを送った。
夜になっても返信は無かったけど、今朝になってようやく届いていた。
『〈キラちゃん〉返信遅れてごめん!ちゃんと聞かせてね!』
その一言で、少しの安心と、そこそこの不安が湧き上がった。
───怒ってはない……のかな?
朝になってから返信が返ってくること自体は初めてというわけではない。でも、それは大会前や体調を崩したときなど、特別な理由がある場合に限られていた。
普段なら、部活中でもなければ三十分以内に返事が返ってくる。そして今回は、そういった理由はない……はず。だから、今朝まで届かなかったという事実が、心をざわつかせる。
「……はぁ」
校門が近づくにつれ、緊張と不安が頭の中でぐるぐると渦を巻く。溜息と共に、足取りも若干重たくなる。
朝の空気は冷たいのに、心だけがやけに熱く、もやもやしていた。
「おはよ、ヒマちゃん!」
教室へ向かう廊下で、背後から元気そうに聞こえるキラちゃんの声。
「おは、よ~?」
少し間の抜けた声で返しながら振り向くと、ちょうど逆光の位置にキラちゃんは立っている。
朝日を背にしてるせいで、顔の表情はよく見えない。
「……じゃ、またあとでね!」
たった一言だけを落とし、キラちゃんはそのまま会話を続けるでもなく、抱き着いてくるでもなく、そのまま教室に向かってしまった。
遠ざかる後ろ姿をぼんやり見送りながら、心の内に小さな棘のような違和感が刺さる感覚がした。
───何も、聞いてこなかった……?
昨日のことを問い詰められる覚悟までしていたのに、あっさりした対応のせいで、落ち着かない感情だけがぽつんと残っている。
あの子の性格的に、こんなに美味しい〝ネタ〟は見逃さないはず。
私が昨日無理に逃げたことを気にしてる?いや、そんなので機嫌を悪くするようなタイプの子じゃない。
じゃあ、どうして?
その疑問は言葉には出せず、内心燻るだけ。
それでも、教室の中や校舎の空気は何事もなかったかのように流れ、日常はいつも通りに流れていく。
──キラちゃんも、それは変わらない。
「ヒマちゃん!帰ろ~」
「はーい!今行く~」
いつも通りの笑顔。いつも通りの明るい声。
でも、その〝いつも通り〟が、どうしても、引っかかったままだった。
***
結局、何も聞かれることの無いまま、週末を迎えた。
今日は、るっきーと午前中に勉強をして、午後から魔法の練習をする約束をしている。
場所はもちろん、いつもの公園。
パリィィン!
「む~……だーめかぁ」
割れる音とともに、魔法陣が砕け散った。
宙に散った欠片はそのまま、霧のように消えていく。その一つひとつに残る、自分の魔力の余韻を感じ取りながら、私は小さく肩を落とす。
「初期段階までは、先輩一人でも少しずつ成功してきてるんですけどね……」
腕を組んで「マジでなんであそこで魔力が反発するんだ……?」なんて呟きながらウンウンと頭を捻るるっきー。
真剣な顔で色んな魔法の理論を思い返している(らしい)彼の横顔を見つめながら、自分の体内にある魔力を、もう一度ゆっくりと流してみる。
最後までは、まだ届いていない。でも、魔法陣はすぐに割れず、僅かだが正常に働いている。魔法が発動する〝兆し〟も、ちゃんと見えている。
るっきーと出会う前と比べると、間違いなく前に進んでいた。
それなのに、心に溜まっていくのは、目標に近づいている達成感より、じわじわと広がる焦り。
──『もし魔法が使えなくても、ヒマちゃんは天才だし!将来どうにでもなるって!』
3日前にキラちゃんが口にした、
もちろん、あの子に悪意なんて絶対ない。
普段から「ヒマちゃんは私が守る!」なんて言ってるぐらいだ。私を下に見ているわけでもない。ただ現実を受け入れて、その上で一緒にいようとしてくれているだけ。
でも、だからこそ、それに甘えたくは無かった。
───今日こそ。
「魔法、使いたいなぁ」
「え?」
ポロっと零れてしまった言葉。それは、これまで、何度も呟いてきた言葉。
あっ、と思ってるっきーの方を見ると──少し驚いたように目を瞬かせていた。
「意外、って顔だねぇ」
「あ、いえ、その……す、すいません!」
「別に謝ることじゃないって。……ちな、何に驚いたの?」
視線を逸らしたまま、るっきーが答える。
「先輩は、弱音吐く暇あるなら、まずは努力!ってタイプの人かと思ってたので……ちょっと、意外で」
「……私も繊細な女・子・高・生!なんですけど~?」
「ひぇ!すいません!」
縮こまる姿に、思わず苦笑いをしてしまう。
──反応が良いから、ついからかいたくなっちゃうんだよなこの子。
「別に間違っては「で、でも」……?」
縮こまったまま、少し間を置いて、るっきーは顔を上げた。
「えっと、使うだけなら……その……すぐできると思います。というか、使える様に、してみせます」
少し言い淀んだけど、視線は真っすぐ私に向けている。その言い方からは、魔法に対する絶対的な自信と、プライドが感じられた。
───やっぱり、るっきーは、本気で……。
私が〝魔法を使える〟未来を、最初から疑っていない。
それは、学校で感じる孤独と、あまりにも対照的で、劇薬だった。
「そ、その代わり他教科の勉強はなにとぞなにとぞ……」
前のテストは調子のっちゃったので……なんて呟きながら手を合わせる彼を見ていると、思わず吹き出しそうになってしまう。
そしてやっぱり、さっきの言葉は同情や理想論などではないことが分かる。本気で、私が魔法を使えるようになる前提で、話している。
「……もちろんだよ~。契約、だからね」
「助かりますぅ……」
出会って、まだ一週間とちょっと。
他人──それも男の子を信用するには、事実も時間も足りていないかもしれない。
でも、るっきーの言葉に、私は縋りたかった。
私にとって、魔法が使えるようになること、教師になる〝夢〟を肯定してくれることは、それだけで信頼したいと思えるぐらい、大事なことだ。
改めてそれを理解して、身体が弛緩してじんわりと温かくなる。
──でも、それと同時に。
一番の親友がそうじゃないことに、痛みを感じてしまうのは、私の我儘なのだろうか。
その痛みは、見ないふりをしようとしても、意識から追い出そうとしても、消えてくれる代物では無かった。
「…………」
「……あ、あの……姫道先輩?」
「……っ!ご、ごめん……もっかい!れんしゅー!」
「は、はい!」
感情が乱れると、魔力を動かす際にも乱れが出てしまう。つまり、ただでさえ極限に低い成功率が、完全にゼロになってしまうのだ。
「ふぅ……」
息を整えながら、私はもう一度、掌に意識を集めた。
「ヒマちゃん、ホントに、あの子から……」