日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
週は明け、今日の4時間目は魔法実践。
私たちのクラスは、魔力に対して強い耐性を持つ素材で作られた専用の体操服に着替え、運動場へ集合していた。
「はい、じゃあ今日からは二級の属性魔法を本格的にやっていきます」
先生が一言告げると、掌に淡い水色の光が集まり、魔法陣が展開される。
「これが二級の水属性魔法、【
全体を軽く見渡しながら、先生は体を横に向けて魔法を放出する。
魔法陣から飛び出した水の塊は、空中で螺旋を描きながら的へ一直線に向かい、そのまま着弾。
二級属性魔法ともなれば、生身の人に当たれば大怪我じゃ済まない威力。しかし、魔法で耐性を付与された的はビクともせず、水と魔力は霧散していった。
「……と、こんな感じの魔法です。じゃあ最初は、7列に分かれて実際に打ってみましょう。2回ずつ打ったら交代ね!あ、もちろん初回なので成功しなくても大丈夫ですよ!」
初めて二級クラスの魔法を大々的に使える授業ということもあり、その魔法を見た私たちの間には若干の高揚感と緊張感が漂っていた。
そんな空気感の中始まった実践の授業。
私は同級生からも先生からも魔法を使えないと思われているが、授業内で何か特別扱いをされることはなく、いつも通り淡々と列に並ぶしかない。
「ヒマリちゃん次どうぞー」
「ん、ありがと~」
しかし、今までの私とは違うのだ。先週、公園でるっきーが【魔力連結】しながら教えてくれたことを思い出す。
*
「──先輩が魔法を使うためには、〝イメージ〟を身に着けるのが手っ取り早いのかなと、考えています。本来は、大学の魔学研究室で教えて貰うような技術なんですが……」
「……もしかして結構難しい技術なんじゃないのそれ。……てか、〝イメージ〟って、〝感覚〟と何が違うの?」
「究極的には一緒です。えっと……そもそも〝感覚〟は、魔法を使えば使うほど最適化されていく、魔力を動かすための意識のこと……これはご存知ですよね?」
「ん!現代魔学の基礎だもんね~」
「ですです。対して〝イメージ〟は、魔法陣に向かって魔力を動かす際の道、それを正確に想像することです」
「魔力を動かす、道?」
「はい。その道から大きく逸れたり、無理やり魔力を動かしたりすると……大体の場合、魔法が弱くなるか失敗するか。まぁ良いことは起きないんですよね」
「なるほど……?てことは、るっきーはいつも〝イメージ〟で魔法を使ってるの?」
「一応〝理論〟を勉強して、魔法式もちゃんと調整してからからですけどね。一回使えたら大体の〝イメージ〟は掴める……と言うか【魔換症】のせいで視えるので……」
「……うーん……なんか、ズルいって思っちゃうよ~」
「よく言われます」
*
るっきー曰く、道を正確に想像できれば、〝理論〟と〝感覚〟だけの魔法よりも、再現性と完成度が格段に高くなる〝イメージ〟で創り上げる魔法。
───【突波】のイメージは……〝バケツいっぱいの水を、目の前だけにぶっかける〟感じ、だったよね。
高校の教科書には書いていない、魔法を使うコツ。学校で誰かに言っても、誰も信じないであろうコツ。そもそも、私自身が少しまだ半信半疑。
「バケツ、バケツ……」
口に出しながら、掌に形成した魔法陣に自身の魔力を込める。
まずは的ではなく、目の前を意識して水をイメージする。
すると、掌の魔法陣の表面に僅かに、本当に小さいけど水滴が数個浮かぶのが見えた。
「……!」
前の練習でも、この水滴を浮かび上がらせることはできた。
今回こそは、今日こそは魔法を完成させるんだと、額に汗を滲ませながら呼吸を整えつつ、集中を続ける。
しかし、そんな折に──
「きゃ!」
真隣からクラスメイトの大きな悲鳴が聞こえて、集中が途切れてしまった。
同時に魔力運用も止めてしまい、魔法陣が消えてしまう。
小さく息を吐きながら悲鳴が聞こえた方に振り向くと、恐らく魔法を失敗して転倒したクラスメイトが「やっちゃったわ~」なんて笑いながら、砂埃に巻かれていた。
慌てて先生が駆け寄ってくるのと同じタイミングで、隣にいた私も近づく。
「怪我はないですか?」
「多分大丈夫でーす……あ、ヤバいやっぱ頭痛いかも」
「じゃあ、保健室に行きましょうか。先生が連れていくので、皆さんは一旦待機しておいてください」
そう言うと先生は転倒したクラスメイトを魔法で浮かし、早足で校舎に向かって走っていった。
魔法実践の授業中に魔法の失敗で怪我することは珍しい話ではない。保健室まで行く必要があるのは、やや大事になった方だと思うけど。
さて、先生がいないなら、私たちは魔法実践の授業中に魔法の練習をすることはできない。いざという時に危ないから。
だから近くにいるクラスメイトと雑談していたのだが、ふいに委員長が私の肩を叩いた。
「ん、なーにー?」
「ごめんね姫道さん……あの子、止めてきてくれない?」
私たちは高校生。先生がいないからこそ、少し羽目を外して勝手に魔法を使っちゃうなんてこともよくある。
実際、魔法を使って騒いでいる人たちの声と水の音が、その証拠のように響いていた。
「………………え?」
でも、委員長が指さした方向に振り向いた私は、自分の目を疑った。──だって、無断で魔法を打ち続けていたのが、キラちゃんだったから。
「赤枝さん、注意しても、失敗しないから大丈夫って全然聞いてくれなくて……。姫道さんの言う事なら、聞いてくれるかなって」
「う、うん……」
キラちゃんは見た目やテンションから誤解されやすいが、その実かなり優等生だ。
成績こそ平均より少し上ぐらいだけど、魔法格闘部のエース候補になれるほどの努力家で、真面目な所の方が多い。
そんな彼女が、無表情で的に向かって【突波】を休むことなく放ち続けている。
放たれる魔法の一発一発には鋭さがあった。その反動で水の飛沫が彼女の焦げ茶色の髪を湿らせている。
「キララがこゆとき魔法で遊んでんの、意外じゃない?」
「たしかに~……てか、なんか顔怖くない?」
なんて、周囲の子たちも、明らかに戸惑って距離を取っている。
誰も近づこうとしない。と言うよりも、近づけない、が正しいのか。
先週の一件が脳裏で疼く。
キラちゃんの追及から逃げちゃったこと、いつもと違って返信がなかったこと、言葉に表せば、こんな割と小さな事案だ。
一つひとつは小さな不安。それでも、積み重なれば大きな不安となる。
クラスどころか、学校でキラちゃんと一番仲が良いのは私だ。だから委員長が私を頼る気持ちもわかる。先生に見つかれば説教だし、止めるべきなのも間違いない。
「…………」
一歩一歩ゆっくりと近づく。
遠目で見る以上に、キラちゃんの顔には鬼気迫る感情が乗っており、いつもの華やがな笑顔はどこにもなかった。
頬の筋肉が固まり、唇は硬く結ばれている。目は、まるで何かに追われているみたいにギラついていた。
───あんな表情、初めて見た……。
魔法格闘の試合に出ている時だってめったに笑顔を絶やさないあの子が、こんな表情をしていることに、ぎゅっと身体を掴まれる感覚が走る。
だけど、止まってはいけない。ここで引いたら、もっと悪い方向に転がる気がした。
「キラちゃん」
「……なに?」
「今、待機時間だよー」
「……わかってる、よ……!」
他の子とは違い、声をかけると会話はしてくれるみたいだが、魔法を止める素振りは一切見えない。
「ねぇ、ダメだって」
「……やだ」
「なんで……?」
疑問というより、溢れた息のような声が飛び出た。
「なんで、そんなに?」
しかし、その言葉を私が放った瞬間、キラちゃんの目の光はすっと薄くなり、その代わりに濃くて重たい何かが、まるで影の様に顔にじわりと浮かぶ。
「…………ヒマちゃんが、それ言うんだ」
「え……?」
睨むというわけじゃない。でも、刺すような視線が私に突き刺さる。
呼吸を飲み込むだけで心が波立つほど、キラちゃんらしからぬ冷たさだった。
彼女は魔法を止め、私に向かってズンズンと歩み寄る。
「ヒマちゃん、先週先に逃げてた男の子……ハルキくん、だっけ?あの子に、魔法教えて貰ってるんでしょ?」