日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「ヒマちゃん、先週先に逃げてた男の子……ハルキくん、だっけ?あの子に、魔法教えて貰ってるんでしょ?」
「それは……!」
なんで、キラちゃんが知ってるの。
そんな当然の疑問が浮かぶと同時に、彼と一緒にいた猫耳くんのことを思い出す。
「……あの猫耳の子から、聞いたとか?」
「そーだよ」
多分、るっきーと私がいなくなった後、猫耳くんは〝答えてくるまで帰さないよ〟モードのキラちゃんに、根こそぎ事情を吐かされたのだろう。
「でも……それが、どうかしたの?」
しかし、だとしても、ここまでキラちゃんが追い詰まる理由がわからなかった。
──だって、私が個人的に魔法の練習をしているだけだ。たしかにそれを隠そうとはしたけど、そんなのは
そんな私の疑問を口に出すと、キラちゃんは唇を震わせ、小さく呟いた。
「あんな、〝化け物〟に、教わるなんて……」
「……!ばけ、もの……?」
キラちゃんの声の勢いは、弱弱しかった。
思わず聞き返した私をキラちゃんは見つめ返しているけど──どこか視線は合わない。
視線が揺れている。まるで、逃げ場を探すように泳いでいた。
「そうだよ!どうせ下ごこ……」
言い切る前に、キラちゃんは息を大きく吸い込んだ。
言葉を飲み込んで、また吐き出しては、また迷っている。
その振る舞い自体が、やっぱり普段の彼女とはまったく違っていた。
「……そ、そうだ!私がヒマちゃんに魔法教えるからさ!ほら、私の方が──」
強引に話題をねじ曲げる声。
テンションだけはまるでいつもの明るいキラちゃんに戻ったようだが、誰が見ても空元気であることは間違いなかった。
「……ごめん。それは、できない」
「なんで!私の方が、ヒマちゃんのことよく知ってるよ!」
「少なくとも!」
対して私も、感情がぐちゃぐちゃになっていた。
るっきーは、私が初めて出会えた希望だ。魔法に繋がる、〝夢〟へと繋がる道だ。
それを今、否定された。──それも、親友に。
「少なくとも、魔法に関しては──るっきーは、キラちゃんよりもすごい子で!……何より、私の〝夢〟を信じてくれた、優しい子なの!だから、できない!」
その言葉を放った途端、空気がぴたりと止まる。
風も、音も、消えた気がした。
「……ッ!」
キラちゃんの喉がひゅっと鳴る。
空元気で保っていた仮面が、そこで完全に落ちた。
その感情を整理する前に、感情の方が先に溢れ、濁った眼で私を──いや、私を通してるっきーを睨み、今度はハッキリとした声で、彼を否定する。
「ヒマちゃんは、騙されてるよ……!」
吐き捨てではない。
泣き出す寸前の、縋る場所を失った子どもような声だった。
「騙されてるって……なんで、急にそんなこと言うの!」
震える声でそう問うと、キラちゃんは視線を逸らし、肩を震わせる。
「なんでって……普通に考えてそうでしょ!今まで何しても魔法使えなかったヒマちゃんに!ヒマちゃんは、あの子にできる気にさせられてるだけなの!」
「騙されてなんかない!」
「騙されてるってば!ヒマちゃんは優しいから、信じちゃってるだけ!あんな、魔法……〝化け物〟に決まってる!」
言葉の鋭さに、心のざらつきは着々と増えていく。
もはや決めつけだった。ただ、彼女が理性よりも感情が上回っている状態だからこそ、本心で言っていることもわかる。
だけど、その言葉は、やっぱり看過できなかった。
「私は、るっきーのおかげで……魔法が使えるかもしれないって思えたんだよっ!」
声が震える。
「誰よりも勉強して、何百回何千回も色々試して……でも、いつも失敗して、心が折れそうになって!そんなときに、やっと見つけた、最後の希望なの……!」
視線がぶつかり合う。
「私、そんな鈍感じゃないからちょっとは分かるよ……キラちゃんは、るっきーのこと、認めたくないんでしょ!」
目に涙を受かべながらキラちゃんは言葉をひねり出す。
「違う!違うよ!私は……!なんで、なんで私に、相談してくれなかったの……!?」
「……相談しても、意味無いと思ったから!キラちゃんにとって……私は、〝魔法が使えない子〟なんでしょ!?」
「……っ!」
分かっている。キラちゃんが別に悪意を持って私のことを〝魔法が使えない子〟だと認識していたのではないと。
でも、一度口に出してしまった今、抑えていた感情が溢れ出す。
心に溜まっていた悲しみが、
「キラちゃんのことは大好きだよ……!親友だって思ってる!でも、ずっと……キラちゃんは、私の夢を、肯定してくれなかった……!」
それは、悔しさ。ずっと、分かってもらえなかったことへの悔しさ。
息を呑む音が聞こえた。
「でも、あの子は……るっきーは、私のことを否定しなかった!私の魔法の、〝夢〟の可能性を!」
大きく息を吸う。
矢継ぎ早に言葉が飛び出て、息をするのも忘れていた。
「だから私は……まだ出会ってちょっとでも!男の子でも!唯一道を示してくれたから……誰よりも魔法が好きなあの子だから!魔法を教えて欲しいって、心から思ったの!」
キラちゃんは一瞬俯き、震えながら顔を上げる。
「……だから、信じるって?あんな意味わかんない、〝化け物〟を!」
「〝化け物〟って……言わないで!」
声が、思った以上に大きく飛び出した。
一瞬、キラちゃんがびくっと肩を震わせ、そしてぐっと歯を食いしばる。
そして──
「……ヒマちゃん、そんな賭けみたいなことしてまで……夢追う必要、あるの……?」
「……………………ぇ?」
キラちゃんの一言に、息が止まった。
目の前の景色が、ゆっくり、でも確実に崩れていく感覚に襲われる。
「だってヒマちゃん、今まで何してもぜんっぜん魔法使えなかったじゃん!普通の人よりも魔法の腕がいる、先生に──ヒマちゃんは、向いてないよ……!」
痛みと共に、世界の色が冷めていく。
〝夢〟そのものを否定された痛みじゃない。
私の可能性を、勝手に終わらせたその言葉が、致命的だった。
「向いてないって……なんで、キラちゃんが決めるの……?」
「決めてない!分かるから、分かりきってるから言ってるの!無理なものは無理なの!」
キラちゃんの言葉は、支離滅裂で、論理的でも何でもない、感情の暴力だった。
「だったら……だったら私が、これから魔法を使えるようになったら!どうするの!?」
「そんなわけ、ない!」
ドロドロとした感情が熱く燃え、制御できなくなる。
気づけば、お互いの胸ぐらを掴んでいた。
「キラちゃん、それ以上言うなら──」
「なら、なに?あの〝化け物〟でも連れてくるの?」
「だから、るっきーを〝化け物〟って、言うな!」
キラちゃんが挑発するように再度強く私の服を引っ張った。
「じゃあ使ってみてよ!魔法!」
「……ッ!」
不意に押し出されて体勢を崩し、私は地面に尻もちをついた。
その時になってようやく、周りのクラスメイトが私たちの周りを取り囲んでいることに気づく。
「ちょ、ちょっと姫道さん大丈夫!?」
「キララ落ち着きなって!急にどうしたの!?」
委員長が私の体を起こし、キラちゃんと同じ魔法格闘部に入っているクラスメイトがキラちゃんの肩を抑えていた。
周囲のザワついた声が聞こえる。
でも、今の私にとってそんな音は、雑音でしかない。
視界がわずかに明滅する。
それは、私が目の前に展開した赤色の大きな魔法陣の光だった。
「ヒマちゃん……?」
キラちゃんがほんの少したじろぐ。
無意識に展開していた魔法陣に描かれている式は、三級火属性魔法【
三級故に、きっとそこまでの威力は出ない。でも、込めた魔力の多さからして、もし発動して直撃すれば、目の前にいるキラちゃんが火傷を負ってしまうのは想像に難くない。
指先が熱を帯びている。
魔力が、いつもよりも重く、確かにそこにある気がした。
私自身の魔力と空気中の魔力を混ぜ、魔法陣に収束させる。
〝理論〟は完璧に知っている。あとは〝感覚〟が消えなければ、魔法陣が割れなければ私は魔法を放出できる。キラちゃんに、〝可哀そうな子〟じゃないって、証明できる!
「……ッ!いーじゃん打ってみなよ!使えるなら!」
「ちょ、キララやめろって!」
キラちゃんも肩を抑えられながら、青色の魔法陣を展開した。
魔法陣に最大量の魔力を込めた瞬間は、同時だった。
お互いが怪我しても構わない。そう覚悟を決めた。
『(だめです!)』
──私たちの魔法陣が勝手に割れ、間にさらに巨大な魔法陣が現れた。
その魔法陣から白い暴風が巻き起こった、そう認識した瞬間に、そのまま身体がまるで後ろ側に落ちていくように、私は騒動の中心から引き剥がされる。
「な、に……ッ!?」
風で遮られた視界が段々と晴れていくと、どうやら私とキラちゃんだけが遠くに引っ張られたことがわかる。
「貴方たち、何してるんですか!」
保健室から戻ってきた、先生の声が聞こえる。
───さっきの魔法は先生の?……いや、違う!この規模の魔法を三つ同時展開できる人なんて、
『(邪魔してごめんなさい)』
混乱の中で、頭の中にだけ、静かな声が響く。
『(後で、詳しく聞きます)』
それは、ここで聞こえるはずが無い、るっきーの声だった。