日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
17話:魔法オタク、〝夢〟の力を知る。
「たで~まー」
靴を脱ぎ、鞄を置き、ブレザーをハンガーにかける。ネクタイはそのまま椅子に放り投げ、シャツ姿のままベッドに倒れ込む。
バネが軋み、体重を受け止めた反動が背中に返ってきた。
天井を見つめたまま、瞬きの回数だけが増えていく。
──『……なんで、余計なことしたの、って、思っちゃう私も、いるの』
──『君は、何か高尚な理由で魔法を教えようと思ったわけじゃない』
頭の中では、2人の声が何度も再生されている。
綺麗とは言えない動機で、あのとき先輩に手を差し伸べてしまったせいで、喧嘩が起きた。
その事実が、身体を蝕んでいる。
今日喧嘩を止めなければ。少なくとも、先輩にあんな顔をさせずに済んだのではないか。
そんな疑問と後悔、言い訳が頭によぎり、そのまま答えは出ないまま、重たい感情は身体の底に沈殿していく。
「あ~~~~~……」
意味も無く唸った、その直後。
「ハルー、属性魔法士の参考書貸し……なにしてんだお前」
部屋の扉が軋み、聞き慣れた低い声がした。
顔を出したのは兄貴──真戸レンヤ。
「なーんにもー……」
「この時間に魔学やってねぇの、珍しいな」
たしかにいつもなら、放課後からこの時間は魔学理論の勉強か魔法の練習に没頭しているだろう。
でも今日は、そんな気分になれなかった。
「ん?あぁ、そだねぇ……」
「…………」
生返事を返した瞬間、兄貴がそのまま無言で部屋に入ってくる。
やべ、と思った瞬間にはもう遅い。
ベッドから引きずり降ろされ、床に転がされた。
「適当に返事してんじゃねーぞゴラ!」
「んがががががっ!?」
首に回された腕が、容赦なく締まる。
気づけば床に押し倒され、十字固めの体勢でえある。
──その後、1分ほど痛めつけられて、ようやく解放されることになった。
しばらく起き上がる気になれない程度には、ちゃんと痛い。
「いってぇ……」
「床に転がるなよ、汚いぞ?」
「ベッドから引きずり落としたのあんただが!?」
兄貴は足先で僕の肩を軽く蹴る。
「なぁ、本棚まで行くのに邪魔なんだけど」
「避けろよ!」
「たしかに」
そう一言言った兄貴はそのまま一歩踏み出し──
「ぐほっ!」
僕の背中を躊躇なく踏みつけて、部屋の奥の本棚へ向かった。
本棚から参考書を引っこ抜き、そのまま椅子にどかっと腰を下ろす。
「で、なんだ?ついに留年したか」
「してないよ!」
床で伸びたまま、精一杯の抗議をする。
「へぇ?お前魔学以外バカなのに留年しねーの?」
「バカって言うな。……てか、赤点は切ってないが?」
「いつかは切るだろ」
にべも無く言い切られた。
その言葉に、口角がぴくりと引きつり、奥歯を噛みしめる。
しかし、そう言われても仕方ない成績を取っている自覚はある。
結果、唇だけをパクパクと開けたり閉じたりを繰り返すことになってしまう。
「……なにバカみたいな顔してんの?あ、バカか実際」
兄貴が首を傾げる。そのまま自分が持っていた本に目を向けると、「あっこれ二級じゃん」という声を上げて椅子から立ち上がった。
そのまま本棚を漁るも、目的の本が無いのか、やがて視線が床の僕へ落ちてくる。
「一級なくね?」
「あー……属性魔法の一級なら……机かも」
「そっちかよ」
先輩が魔法を使えない原因を探すため、魔法式を先輩用に調整しようとして引っ張り出した記憶がある。
兄貴は手に持っていた本を棚に戻し、椅子に座り直す。そして僕の机から【一級属性魔法士】の参考書を引っ張り出した。
そのままパラパラとページをめくる姿を見て、ふと思い出す。
「……兄貴って、獣医になるのが、〝夢〟なんだっけ」
体を起こしながら質問を投げかける。
「そうだけど。……なんか、悪いか?」
「悪いなんて言ってない。……偏見だけどさ、獣医になるのに【一級属性魔法士】の勉強っているの?」
ペット用の魔獣を診ることはあるだろう。だから魔法の知識が多少なりとも必要なのは分かる。
でも、医療魔法ではない魔法を、一級レベルまでやるのはさすがに過剰じゃないか。
そう思って聞くと、兄貴は少し意外そうな顔をした。組んでいた足の上に参考書を乗せる。
「いや、普通はいらねーな。二級もありゃ十分だ」
「んじゃ、なんで?」
「………………あぁー……」
兄貴は片手で参考書を持ち上げ、その角をコツンとこめかみに当てた。
「……ハル、お前は〝夢〟ってどんな力を持ってると思う?」
「は?」
「何でもいいから、答えてみろ」
珍しく真面目な顔で聞いてくる兄貴を見て、別に冗談で反問してきていないことが分かる。
メガネのブリッジを持ち上げながら、頭の中で思考を回す。
〝夢〟。
非常に抽象的な概念について、先輩の顔を思い浮かべながら、自分なりの回答を口にする。
「その人が行動を起こすための原動力……とか?」
僕の回答を聞いた兄貴は再度参考書の角を2度こめかみに当てた。
「……目には見えねーのに、
「何だよ、聞いてきたのはそっちじゃん」
「別に否定はしてねーよ。原動力っつー意見には、俺も賛成だ」
ただ、という言葉と共に兄貴は太ももの上にある参考書に目を落とした。
そしてすぐに瞬きと共に顔を上げ、身を乗り出して言葉を続ける。
「足りねぇな、〝夢〟の力舐めんなよ?」
「はぁ……」
いまいち実感の湧かない兄貴の言葉に、相槌も比較的雑になってしまった。
そんな僕のことなどお構い無しに熱弁は続く。
「〝夢〟は、その人にとっての
兄貴の目は、やはり冗談を言っている人間のものじゃなかった。
「誰に何を言われても、どんだけ絶望しても、〝夢〟への執念は心の奥底で残り続ける。……『世界に平和を』、って〝夢〟を追い求めて、戦い続けた勇者サマみたいにな」
「勇者って……そんな、ほぼお伽噺のキャラクターみたいな人のことを言われても……」
「
待ってましたと言わんばかりに、右手の人差し指を僕の方に指し、ニヤッと笑う。
「確固たる〝夢〟を持ってるヤツらは全員、勇者サマみたいな物語を描ける、〝主人公〟ってこった」
今度は親指を心臓の辺りに当て、椅子から立ち上がる兄貴。
「──人生って物語で、主人公になれる力……それが、〝夢〟が持つ力なんだよ」