日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
本日より再開です!
主人公に、なれる力。
──『私、夢を諦めたくないの』
先輩の声が、脳裏に走る。
たしかに、あの時そう言った先輩は、まさしく勇者みたいだった。
自分の〝夢〟を誰に否定されても、それでも諦めたくないと口にした。
怖くないわけじゃない。苦しくないわけでもない。
それでも、自分の望む未来へ手を伸ばし続けていた。
兄貴の言葉を借りるなら──あの姿こそが、〝主人公〟なのだろう。
「つーか、何で急に俺の〝夢〟について聞いてきたんだよ」
兄貴の声に、ハッと今の状況を思い出す。
そういえば、まだ兄貴と話している途中だった。
「……別に?一級属性魔法士の参考書を借りてきたのが、気になっただけ」
「ほーん」
流石に先輩のことを言う勇気は無かったため、それっぽい理由で回答を誤魔化す。
兄貴は納得する言葉を発しはしたが、どこか腑に落ちない顔をして再び椅子に腰を降ろした。
参考書を膝の上に置き、数ページほどパラパラとめくりながら、肘掛けに肘をつき、手の甲に頬を預ける。
「……んじゃ逆に聞くが、お前は〝夢〟、無いのか?」
「え?」
不意打ち気味に聞かれた質問に、一瞬答えに窮するも、以前先生から似たようなことを聞かれたことを思い出す。
「……今は魔法極めたい、としか……」
「相変わらず魔法バカだなおめーは」
呆れたように言いながらも、兄貴はそれ以上笑わなかった。
「今の時代、やりたいことが無いのは別に珍しい話じゃねーが……」
兄貴は参考書を閉じる。
そして、僕の目をまっすぐ見た。
「お前は、人生の
「…………」
〝主人公〟。
さっきまで兄貴が熱弁していた話が、頭の中でぐるぐると回る。
僕に、〝夢〟はない。
魔法を知りたい、もっと魔法を極めたいとは思っても、それを〝夢〟と呼んでいいのかは、分からなかった。
「いつか、俺は〝世界一の獣医〟になる」
兄貴が、唐突に宣言した。
──世界一の、獣医。
壮大な未来予想図に、少しだけ目を見開く。
兄貴は手元の参考書を軽く持ち上げながら、言葉を続ける。
「それを叶えるためには、めちゃくちゃ危険な魔獣を診察することだって、あるかもしれない」
「だから、対抗手段としての一級属性魔法……」
「そゆこと」
指を鳴らし、人差し指を僕に向ける兄貴。
「ま、
「父さんの?」
「獣医学部に進みたいって父さんに相談したとき、言われたんだけど」
兄貴は指先で参考書の端をなぞりながら、少しだけ考えるように間を置いた。
それから、どこか面白がるように口の端を上げる。
「『その〝夢〟を見続けろ。そうしなければ自分の人生の主人公にはなれない』、だってさ」
不覚にも、割とカッコイイと思ってしまった。
「……父さん、カッコつけすぎじゃない?」
「俺もそう思う」
くつくつと笑いながら、兄貴は肩を揺らす。
そして、笑みを残したまま僕を見る。
「でも、好きだろ?こういう考え方」
「……まぁ」
素直に認めるのは、なんとなく癪だったが……たしかに、悪くない。
それに──。
「うん。そうだ」
僕はゆっくりと立ち上がった。
「僕は主人公じゃなくていいよ」
「…………」
兄貴が黙る。
その視線を受けながら、僕は自分の中にある熱を確かめるように、言葉を続けた。
「僕には、叶えたい〝夢〟なんてない」
魔法を知りたい、魔法を極めたい。
この思いは、広義的に見れば〝夢〟かもしれない。
でも、この程度の〝夢〟が、先輩や兄貴のそれと同じものだとは、どうしても思えなかった。
先輩には、叶えたい未来がある。
兄貴にも、目指す未来がある。
それに比べて、僕はただ魔法を知りたいだけだ。主人公なんかじゃ、ない。
でも、誰かの〝夢〟を叶えるために力を使うことくらいなら、できるんじゃないか。
僕に夢は、無いけれど。主人公には、なれないけれど。
先輩の人生の
「脇役も、物語には必要でしょ?」
「…………ま、たしかにな?」
口にした途端、ゾワゾワとした感覚が身体を支配し、口角が大きく吊り上がる。
今すぐ、胸中に湧いた熱を形にしたくて仕方がなかった。
……とは言え。その前に。
「てかさっきからバカバカ言いすぎなんだよお前さぁ!」
少し言い返すぐらいはしておかないと、気が済まなかった。
「なーにがお前だ!お兄様と呼べ!」
「呼ぶか!」
お互いに蹴り合おうとした瞬間。
「あんたたちうっさい!」
廊下から母さんの声が飛んできた。
扉が開き、冷たい視線が二人に突き刺さる。
「「う~い……」」
一瞬で沈静化する僕たち兄弟。
そのままジッ……とした目で僕たちを見て、母さんは兄貴を手招きする。
「レン、晩御飯作るの手伝いなさい。今日の肉、魔獣のだから、炎の魔法使って頂戴」
「え~、魔法ならハルでいーじゃん」
「この子に任せたら無駄に凝った魔法使って焦がすからダメ」
「ひどい偏見だ」
「実績よ」
即答だった。
我が家における、絶対的権力者の一言に、兄貴は渋々立ち上がる。
「……はいはい」
文句を垂れながらも、兄貴は部屋を出ていった。
再び静かになった部屋で、僕は大きく息を吐く。少しムカつくも、さっきの兄貴の言葉が、頭の中で反芻される。──やっぱり結構ムカつくな?
いや待て待て、そんなこと考えてる暇なんてない。
「バカはバカでも、僕は魔法バカだ」
今まで、どれだけコレを言われてきたか。
でも、僕はこれまでこの評価を疎んだことはない。むしろその逆。
再度床で仰向けになり、目を閉じる。
思い出すのは、あの時一瞬だけ先輩の背中に見えた、一筋の魔力。
目を開けて携帯の電源を入れ、そのままメッセージアプリを開く。送信する相手はもちろん、姫道ヒマリと表示されたアカウント。
文字入力欄に、ゆっくりと指を落とす。
──『今週土曜の夜、空いてますか?』
一瞬だけ、指が止まる。
それでも、恐れを振り払うように、そのまま送信した。
画面が切り替わった瞬間、大きく深呼吸をする。
しかし数秒後。すぐに画面に表示された〝既読〟の文字を見て、結局心臓が跳ねる。
ほとんど間を置かず、返信が続いた。
──『空いてるよ』
「っ!……ふぅ……」
自分で思っていた以上に、緊張していたらしい。ゆっくりと詰まっていた空気を肺から吐き出す。
後戻りは、もうできない。
それでも、迷わない。先輩には、全力でこの魔法バカを踏み台にして貰うことに決めた。
伝えたいことは、既に決まっている。あとは、それをどうやって伝えるか、その方法だけだ。
身体を起こして父さんの書斎に向かい、片っ端から分厚い本を開いていく。
「絶対に、見つけてやる……!」
次の日とそのまた次の日、僕は学校を休んだ。