日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
休日の校舎は、平日とは別物のように静まり返っている。
廊下に反響する足音も無く、窓の外から聞こえるのは、風に揺れる木々のざわめきだけだ。
魔学室の中央で、仁志宮先生が私服姿のまま椅子にだらっと座っていた。
教師らしからぬラフな格好はいつも通りだが、休日の学校という状況も相まって、余計に教師感は薄い。
「……んで?」
机に肘をつき、開口一番。
「休日に魔学室使わせてくれ、まではまだ分かる。部活動するなら俺が監督する必要あるからな。……めんどいけど」
先生は小さく鼻で笑い、視線を教室の隅へ向ける。
「──ただ、何をどうしたら娘を連れて来て欲しいって発想になるんだよ」
魔学室の端では、先生の奥さんと娘さんが並んで椅子に座っていた。
娘さんは机の上で折り紙を折りながら、こちらをちらちらと盗み見ている。
視線が合うとびくっと肩を跳ねさせ、慌てたように紙に集中し始めた。
「……非常識なお願いをしてるのは、分かってます」
「その上で連絡してきたんだろ?」
「はい」
即答すると、先生は深く息を吐き、後頭部をがしがしとかいた。
「いやまぁ、連絡先を一生徒に渡してる俺も悪いんだけどな」
「それは……」
「別に禁止はされてねぇけど、一応そこら辺は俺の責任だ。それに」
先生は娘さんを一瞥し、再び僕に視線を戻す。
「お前がここまでやるってことは、ぜっっっっっったいに何かやらかすだろ。校長先生に俺が怒られる前に、ちゃんと見ときたいんだよ」
呆れたような口調。しかしその目には、確かな期待な色が灯っている。
「信用無いですね」
「信用してんだよ。この3年だけでお前どんだけやらかしてると思ってんだ」
「……何も言えねぇ」
「二日間の無断欠席もな」
「…………マジすんません」
しまった。心当たりが多すぎて、反論の言葉が一つも浮かばない。
思わず先生から目を逸らしてしまった。
「それでも、よく来てくれましたよね?僕が言うのもなんですけど……」
「そりゃ来るに決まってんだろ」
先生は当然のように言った。
「俺が人生で会ってきた中でも、随一の魔法バカで、天才な生徒が、『魔法覚えたいので手伝ってください』なんて送ってきたんだぞ?」
言い方は相変わらずだが、声には隠し切れない楽しげな響きがある。
「授業態度とか学校生活についてはめっちゃ口出してるが……お前に魔法を〝教える〟ことは、これまで1回も無かったからな」
少し間を置いて、先生は口角を上げた。
「むしろ教えて貰うこともあった。教師として、それは若干不甲斐ないんだよ。……ま、今回はウチのお姫様が乗り気だったのもあるが」
「ありがとう、ございます」
「気にすんな。……ん?」
頭を下げると、先生は手を軽く上げて応じる。
その直後だった。
「バカってことば、つかっちゃだめ!」
いつの間にか近くまで来ていた娘さんが、先生を指さしていた。
「あぁうん、そうだねアカネちゃん……」
「ごめんなさいは!」
「……はい。ごめんなさい」
「よし!」
「先生……」
珍しく先程まで漂っていた威厳が、音を立てて崩れ落ちた瞬間であった。
先生の言葉に満足したのか、アカネちゃんはくるりと踵を返して奥さんの元へ戻っていく。
奥さんがしきりに頭を下げているのを見て、僕も慌ててペコペコと頭を下げた。
先生は一度「んんっ」と咳払いをしてから、改めてこちらを見る。
「一応聞いとくが、アカネちゃんが危なくなるような代物じゃないだろうな?」
「もちろんですよ。……代わりにネコマルが犠牲になってくれたので」
「ホントに大丈夫なんだよな!?」
先生は反射的に僕の肩を掴んだ。
「怪我はしてないですよ。ちょっと【魔力連結】の練習相手になってもらっただけです」
多少抗議されたものの、何だかんだネコマルは手伝ってくれた。良いヤツだ。
ちなみに、授業中はずっと件の魔法式を調整していたせいで、いつも以上に佐々山先生からの視線がすごいことになっていたが。
「……まぁ、葦谷なら良いか」
「教師が言っちゃダメでしょそれ」
「知るか。今日は休日だ」
ふっと、どちらからともなく口角を上げる。
その瞬間、教師と生徒という立場の壁は、綺麗に消えていた。
こと魔法に関する限り、仁志宮先生との間に立場の差も年齢差も存在しない。
ただ、同じ熱量で魔法を語る、少し年上の悪友がいるだけだ。
「……んじゃ、お前が覚えたい魔法を、教えてくれ」
「わかりました」
***
数時間後、 無事に実験を終えることができた。
深く頭を下げ、先生と奥さん、そしてアカネちゃんにお礼を告げる。
「今日はホントに、ありがとうございました」
「おう。俺も良いモノ見せて貰ったわ。思ってたのとは、ちょっと違ったが」
苦笑いを浮かべ、先生は奥さんと目を合わせる。その表情には、呆れよりも満足の色が濃く滲んでいた。
「……しっかしまぁ、あんな千年以上も前の民族魔法、よく見つけたな」
「めっちゃ昔の海外の魔学論文にありました。……当分は論文見たくないですね」
いやホントに、見つけるのが1番疲れた。
睡眠と食事を肩代わりする魔法を使って、丸々1日と8時間。
その全てを父さんの書斎で引きこもっていたせいで、後から家族全員にめちゃくちゃ怒られた。結局反動で一回ぶっ倒れたし。
「おにーちゃん!」
数日前のことを思い出して目を遠くしていたが、元気な声で現実に戻された。
興奮冷めやらぬ様子で、アカネちゃんは目を輝かせている。
小さな足音が床を叩き、その勢いのまま僕の前で立ち止まった。
「あのねあのね!とっっってもたのしかった!」
「なら良かった。今日はありがとね。アカネちゃん」
「どういたしまして!」
しゃがんで目線を合わせると、自然と笑みが返る。
最終的に、完璧だと確信できたのは、間違いなく目の前にいる少女のおかげだった。
「あのまほー!おーきくなったらひとりでつかえる!?」
「……もちろん。その〝夢〟を忘れずに、お勉強を頑張ったらね」
「がんばる!」
小さな拳をぎゅっと握る姿が、可愛らしく、眩しかった。
先生がアカネちゃんをそっと持ち上げ、柔らかく目を細める。
「……ただ、アレを使いこなすのは、俺でも時間がかかりそうだな。……いや、
「そうですね。〝魔法に慣れてる人〟ほど、癖のせいで純粋な状態で魔力を動かせないと思うので……僕もそこの〝イメージ〟を掴むのに苦労しました」
「たった数日で形にさせたお前が言うなよ」
「いやー天才ですいません」
「……別に間違ってないがムカつくなぁおい」
言葉とは裏腹に、楽しそうな表情で僕の頭を手でつかむ。
「生意気なヤツめ」
「いててててて」
数秒後には手を離し、アカネちゃんを優しく抱き直して再び口を開く。
「……んで、明後日の実技会は、
「はい。ギリギリになって、すいません」
「ホントにな。でもその分、良いの見せれそうじゃねーか」
「あざす!……んじゃ、今日は失礼します」
「おーう。気をつけてなー」
先生と奥さんに一礼したあと、大きく手を振っているアカネちゃんに小さく手を振り返してから、魔学室を後にした。