日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
「さよならー」
「おーう、気ぃ付けて帰れよー」
先生に帰りの挨拶を済ませ、昇降口で靴を履き替える。校門を出る頃には、空はすっかり夕焼けに染まっていた。
春の風が街路樹の葉をさらりと揺らし、制服の袖をかすめていく。
遠くからは、運動部の掛け声や鳥の鳴き声がぼんやりと耳に届く。いつもと変わらない、放課後の風景。
電車に揺られながら、何となく窓の外を眺めた。
ビルの屋上で羽を休める妖精たちが、夕陽に淡い光を滲ませながら、空へと溶けていく。
電車を降りても、妖精たちがふわふわと目の前を飛んでいくのが視界に入る。
───今日は、こっちから帰るかー。
その足は自然と妖精が飛んで行った方向に向いた。別に目的があるわけじゃない。ただ、何となくこっちに行きたい気分になった。
導かれるように春風がそっと僕の背中を押す。
──駅から出て大体10分後、見覚えのある公園へと辿り着いた。
「おぉ、懐かしいなぁここ」
そこは、まだ小学生にもなっていなかった頃、近所の友達とよく遊んでいた場所だった。遊具らしい遊具は無いから、公園というよりは広場という方が正しいかもしれないが。
10数年前、僕は勝手に強化魔法を使ってこの公園でかけっこの覇者となったのである。
当時の記憶は、断片的にしか残っていない。だからか、どこか違って見えた。
「思ってたよりちっさいなぁ~」
あの頃は、もっと広くて、冒険の舞台みたいに感じていた気がする。
今見ると、ほんのひと回りの空き地に芝生が敷かれているだけの、普通の公園だった。
記憶の中にある景色と、現実の光景とが、少しずつズレている。
そんなことを思いながら、僕は歩みを進める。
「ん……?」
思わず、声を出してしまった。
視界の端、街角の空気にほんのりと滲むような、魔力のゆらめき。
眼鏡を外して確認してみると、まるで小さな渦のように、一定の場所で
───魔力の、乱れ?にしてもこれは……。
魔法を使うとき、自分が持っている魔力は空気中に放出されてから魔法陣に収束していく。
ただ、それは基本的に穏やかな吸収が行われるだけで、空気の流れに波が立つ程度。
それなのに、目の前に広がっている光景は、そんなレベルじゃなかった。
通常、魔法を失敗していても、大気中の魔力がこんな風に暴れることはまず無い。
大抵は吸収されずに自然消滅するか、 あるいは反発して術者にダメージを与える程度で終わる。
だからこそ、今の状況はおかしい。
こんな風に、大気の魔力があからさまに〝うねる〟なんて、まずあり得ない。
あまりにも歪で、あまりにも不安定。まるで、膨張しきった水風船が弾ける直前のような緊張感が、空気そのものに染みついている。
これは、明らかに異常だ。
眼鏡を胸ポケットにしまい、乱れの中心へと駆け出した。
公園の奥。1人の女の子がベンチに腰掛け、掌に魔力を集めていた。
「─……?──あ───なん────……?」
女の子は何かを呟いている。しかしその声は風に散らされ、断片的にしか聞こえない。
だが、
火属性特有の赤橙色の魔力が、少女の掌に見覚えのある形で渦を巻いていた。……それだけなら、ただの初歩的な火属性魔法だろう。魔力量も大した規模ではない。
しかしその魔力は、魔法として形になるのを拒むかのように、魔法式の回路から逸れ続けていた。行き場のない力が、空気中を
───これは……暴発の前兆、か?
見たことが無い現象を前に、ただ推測することしかできなかった。
しかしその間にも、魔力は消えるどころか、空気ごと巻き込んで歪み続けている。
それなのに、彼女自身は異常にまったく気づいていないようだった。
周囲を見渡しても、公園の風景はあまりに穏やかだ。
カフェのテラス席で飲み物を飲んでいる人、木陰で本を読む人、ランニングをしている人。誰一人、この空気のうねりに反応していない。
こんな不安定な揺らぎ、普通の魔法の失敗とは、明らかに質が違う。
放っておいたら、どうなるかわからない。魔法という分野において、〝何も分からない〟という状態から沸き起こる焦燥が、足を無意識的に動かした。
改めて女の子の魔力の流れを視ることでポイントを特定、自らの魔力を身体と空気に巡らせ、飛ばす。
『(そ、その魔法ちょっとストップ!)』
「……!?な、に~……!?」
発動した魔法は、他者の頭の中に直接語りかける【念話】。
距離はそこまで無いとはいえ、声を張るよりも確実に、正確に伝わる。
あの魔力の渦の中に念話が届くか若干心配だったが──反応はすぐに現れてくれた。
思わず手を引っ込めた女の子の掌から、集まっていた魔力がふっと霧のように散る。すると空気のうねりも、嘘みたいに静まった。
「き、消えた……」
あまりにもアッサリと焦燥の原因が消え、今度は困惑が胸中を支配する。
そんななか、視線の先にいる女の子はきょろきょろと周囲を見回し、そしてすぐに、肩で息をする僕の存在に気づいたようだった。
ベンチから軽やかに飛び降りてこっちに小走りで近づいてくる。
「さっきの、【念話】……きみのー?」
「あ、はい、そうデス……」
近づいてきたその女の子は、有り体に言えば〝ギャル〟であった。
見覚えのある制服の上から薄黄色のカーディガンを羽織り、ふわっと巻いた明るめの金髪に、くるんと上向いた長いまつ毛。
目元は柔らかなたれ目気味で、ばっちり決まったメイク。
──めちゃくちゃ、可愛い。正直に言えば、ドタイプでもあった。
脳内の思考が完全に止まり、口すら動かない。
そもそも、女の子とまともに話すのなんて、小学校以来だ。今この瞬間、誰よりも魔力が不安定なのは僕だと断定できるぐらいには、心中の動悸は激しかった。
そんな僕を少し不思議そうに見ていた女の子は、「んー」と唸ってから、何か思いついたように首をかしげる。
「もしかしてー……ナンパ?」
「ち、違います!」
「ふ~ん……でも、慌てすぎじゃない?」
女の子は首をちょこんと傾げながら、少し後ずさる。
何度か深呼吸をしてようやく息を整えた僕は、先程彼女が座っていたベンチをチラリに視線を向け、少し間を置いて口を開いた。
「さっき、火属性の魔法使おうとしてましたよね?【
「……………………え?」
女の子が目をぱちくりとさせる。少しして、驚いたように目を見開く。
「ちょっと、待って。私、魔法、発動できてない……よ?」
ひと呼吸おいて、眉をひそめながら僕を見つめる。
「魔法陣が見えるよーな距離でも無かったし……なんで、【灯火】って分かったの?」
その口調は相変わらずのんびりとしている。でも、目はまったく笑っていなかった。真っ直ぐな視線が僕を射抜く。
誤魔化させないと、無言の圧が伝わってくる。
───やっっっっべいつもの調子で言っちゃった……。てか、触れちゃダメなやつに突っ込んだか……?
「どうなの~?それとも……ホントにナンパ?」
身を乗り出すように詰め寄る声。声のトーンはあくまで柔らかいのに、感じる重さだけはずしりと重い。
「あ、いやその…………魔力が、【灯火】の動きをしてたので……」
しどろもどろになりながらも、どうにか言葉を絞り出す。
その返答を聞いた彼女は、片眉をぴくりと跳ねさせた。
「魔力ぅ~?……あ、もしかして私、嘘付かれてる?」
まあ、そうなるよなぁ──と心の中でつぶやく。彼女からすれば、意味のわからないことを言われてるのだから。
社会常識からして、僕の言ってることは常識外なのだ。素直に受け入れろという方が無理な話。
「……ま、い~や。じゃあその、〝魔力が見える〟ってやつ……詳しく、聞きたいな~」
ぽわんとした声。
でも、その奥に隠れてるものが、妙に怖かった。
この距離、この目の圧。逃げ場も余裕も、どんどん削られていく。
普通に会話してるだけのはずなのに、生きた心地がしない。
女の子とまともに喋るのも緊張するのに、ギャルに問い詰められてるとか、なんだかもう、無理だった。
心臓がうるさく鳴っている。呼吸も上手くできてない。
全身から汗がじんわりにじんでくる。
このままでは、マズい。ヤられる。メンタルが死ぬ……!
「すみません!ほんとに、なんか色々ヤバいんで!」
口から飛び出したのは、ほぼ悲鳴だった。
僕は勢いよく踵を返すと、即座に魔法を展開。
地面に素早く【軌道計算】の魔法陣を描き、同時に【身体強化】を二重に発動。
女の子の視界を遮るため、水属性と風属性の魔法も合わせて撃つ。
「えっ」
声が届いたかどうかも分からない。
全力で地面を蹴り、公園の舗装を跳ね飛ぶ勢いで踏みつけ──そのまま一直線に街灯の上を飛び越えて走り去った。
「ごめんなさ~~い!!」
最後に振り返って叫ぶ頃には、もう彼女の姿は視界から消えていた。
── 一方その頃、公園 ──
「えぇ……」
ギャルは、ぽつんと立ち尽くしていた。
「あんなに必死に逃げなくても~……」
そう呟きながらも、目はすでに分析モードに入っている。
ギャルは顎に手を当て、先ほどの魔法を思い返していた。
「んー……アレはたしか、【
しゃがんで地面に視線を落とす。魔法陣の痕跡は一切残っていなかった。
「残留魔力も無し。……あの一瞬で、痕跡処理も完璧か~……すっご」
ギャルはベンチに置きっぱなしにしていた鞄を拾い、公園の出口へと足を運ぶ。
そして歩きながら、そっと呟く。
「魔力が見える、か」
2026/09/07 11:22投稿