日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
校舎を出ると、空はすでに夕方の色を帯び始めていた。
休日の学校は、昼間に比べて人の気配がさらに薄く、校門を抜けるまでの足音がやけに大きく響く。
改札を抜け、ホームに立つ。
やがて滑り込んできた電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろした。
窓の外を流れていく街並みを、ぼんやりと眺める。
ビルの隙間、電線の上、屋上の縁──あちこちに妖精たちの姿がある。夕暮れの光を受けて、淡く滲むように輝いている。
───先輩と会った日も、こんな感じだったな。
そう思うのに、胸の内で響いている高鳴りはまるで違っていた。
電車の揺れに身を預けながら、無意識に掌を握りしめていることに気づく。
力を抜いても、熱は残り続けていた。
地元の駅に到着し、改札を抜け、公園へと歩き出す。
背中を夕日が照らす。その熱を感じながら歩いていると、心の中にあった緊張が少しだけ溶けていく。
「……ちょっと、早かったかな」
携帯を開いて時間を確認すると、約束の時間になるまで、まだ30分以上はあった。
ベンチに腰を下ろし、眼鏡を外す。そして掌に小さく魔法陣を展開した。
先輩が来てからのことを思うと、何もせずに待つという選択肢は、どうしても落ち着かない。
魔力をなぞり、流れを確認する。
「ストォ~ップ!」
「うぉっ!」
不意に隣から聞こえた声に、心臓が跳ねる。
思わず魔法陣を引っ込めて隣を見ると、先輩が楽しげな表情で立っていた。
「なーんてね。どう?結構ビックリするんだよー?」
「よく、わかりました……」
衝撃を引きずったまま深呼吸をする。
夕暮れの冷たい空気が肺の底まで滑り込み、心臓の高鳴りをゆっくりと鎮めていく。
先輩は自然な動きで僕の隣に腰を下ろした。相変わらず、距離は微妙に空いている。そのまま視線をこちらに向けて、「それにしても」と会話を始めた。
「休みの日に会うと、毎回その服だねぇ……気に入った?」
「そ、そうですね。初めての〝オシャレ〟っぽい服なので……。……それに、他の服だと、また先輩に『ダサい』って言われそうで」
「私のせいだったか~」
あちゃー、と額を手で抑えながら笑う先輩。その笑顔だけを見ていると、以前の姿が、嘘のように思えてくる。
「あの、学校では……大丈夫だったんですか?」
一瞬だけ、先輩の視線が強張った気がした。
「……うん、結果的にはね~。魔法はお互い発動してなかったし、怪我人もゼロ。先生が来た時点ではもう全部終わってた、って扱いになったみたい」
「……そう、なんですか」
「それに私は〝魔法が使えない子〟だから、そもそも危険行為が成立しないって判断。キラちゃん……友達も、感情的に不安定だったって本人が認めたから、厳重注意止まり」
「じゃあ、特に大きなお咎めは、なく?」
「うん。
そう言って、大げさに肩をすくめながら先輩は僕を見た。
「大ごとにすると学校側の管理責任も問われるし、キラちゃんは魔法格闘部のエース候補。将来性も考えると、学校としては大事にしたくない案件だったみたい」
ここ数日、僕の勉強関連で連絡を取り合っても、今回の件について文面上で何かやり取りをすることは無かった。
どうやらこの平日の間に、問題自体は収束を迎えていたようである。──当人たちの関係性は、ともかくとして。
「冷静になって、やっぱり思ったよ。……るっきーが止めてくれて、ホントに良かった」
「……なら、良かったです。……あの、お友達さんとは」
「キラちゃんは明後日の実技会の練習で忙しいから、全然喋れてないよー。ま、今話しても前の二の舞になるとは思うけどねぇ」
先輩は笑う。いつも通りの、軽くて、明るい笑顔で。──でも。
「あの」
「ん~?」
「無理に笑わなくて、大丈夫です。……視えてる、ので」
先輩の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。
「……あー。そっかぁ……。るっきーは魔力で、分かるんだもんねぇ」
魔力は、嘘をつかない。僕の視界には、変わらず先輩に暗い感情が溶け込んでいるのが映っていた。
沈黙が、僕たちの間に落ちた。
夕日は既に半分以上沈み、空はゆっくりと、夜の帳を下ろし始めている。
落ち着かない。この静けさで言葉を置いても、話は進まない気さえした。
──でも、だからこそ。今しかない、とも思った。
息を吸い込む。
「僕って、〝夢〟が無いんですよ」
「……?前も、言ってたね」
突然自語りを始めた僕を不思議そうに見る先輩。
「だから、先輩はすごいって、ずっと思ってるんですよ」
「……!」
先輩は小さく目を見開く。……が、すぐに伏せてしまった。
「ぜんぜん、すごくないよ~……。言うだけなら、誰でもできるから……」
違う。
脳裏に、〝夢〟を初めて教えてくれた日の光景を思い出す。僕に対して「希望が見えた」と、言ってくれたことは、まだ記憶に新しい。
〝諦めた方がいい〟なんて言われても、〝無理かもしれない〟と折れかけても、それを全部飲み込んで、それでも前を進む姿。
何度失敗しても、諦めず魔法の練習を繰り返していた姿。
誰よりも努力して、誰よりも前を向いていた人が、今、自分を否定している。
──その姿に、僕の中で何かが沸々と沸き上がり、言葉となって飛び出した。
「そんなこと、ないです!」
「……!?」
家族やネコマル以外には出したことが無いぐらい、大きな声量だった。
「先輩はすごいんです!僕は魔法オタクかつ魔法の天才なのでわかりますが!」
「ちょ、るっきー落ち着いて……」
「落ち着きません!」
勢いのまま、伝えたいことが溢れ出る。
「いいですか!?
「い、いいからそんなの……」
「よくありません!もちろん、それを得るために積み上げてきた継続力もです!〝夢〟のためとはいえ、そこまで努力できる人を僕は知りません!」
そのままベンチから立ち上がり、息継ぎも忘れたまま言葉を続ける。
「だからもう一度言いますが!僕は!先輩を!尊敬してるんですよ!だから自分を否定なんてしないでください!いいですね!?」
「ひゃ、ひゃい……」
もはや、自分が何を言ってるのかも分からなくなっていた。
何だか先輩が慌てている気がするが、こんなものでは言い足りない。
先輩の肩を掴み、正面から視線を合わせる。
「そんな先輩には、心から、笑顔でいて欲しいんです!その方がほら、可愛いですし!」
「……わかった!わかったからもう止めて~!」
「ムフッ!」
立ち上がった先輩に両手で頬っぺたを挟まれ、強制的に現実へ引き戻された。
「…………」
「…………」
再び、沈黙。
街灯に照らされた先輩の顔は、目尻に涙を溜め、耳まで真っ赤に染まっていた。
急に頭が冷静になる。
魔法を使わないまま、あんなことを口走ってしまった恥ずかしさはもちろん。それ以上に、これは、どう考えても──
「すいませんでしたぁ!」
──土下座案件だ。
「あぁも~!ペース乱れるなぁ~!」
「ひぇ!ほんと!ほんとすいません!」
「怒ってなーい!てか土下座もやめて!」
「いえいえそういう訳には!」
そこから数分間は押し問答を繰り返していたが、お互いの息が切れてきた頃に自然に再度ベンチに座り直していた。
「はぁ……まったく~……で、さっきのを言うために、今日は呼んだのー?」
「あ、いえ……あぁいや違っては無いんですけど……さっきのは事故です。本題は、別です」
「別?」
僕の言葉を反芻した先輩が、首をかしげる。
「先輩、明後日の魔法実技会に……出ませんか?」
「……え?」