日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う   作:宮原ワタル

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20話:魔法オタク、ギャルを説得する。

 

 校舎を出ると、空はすでに夕方の色を帯び始めていた。

 休日の学校は、昼間に比べて人の気配がさらに薄く、校門を抜けるまでの足音がやけに大きく響く。

 

 改札を抜け、ホームに立つ。

 やがて滑り込んできた電車に乗り込み、空いている座席に腰を下ろした。

 窓の外を流れていく街並みを、ぼんやりと眺める。

 ビルの隙間、電線の上、屋上の縁──あちこちに妖精たちの姿がある。夕暮れの光を受けて、淡く滲むように輝いている。

 

 

───先輩と会った日も、こんな感じだったな。

 

 

 そう思うのに、胸の内で響いている高鳴りはまるで違っていた。

 電車の揺れに身を預けながら、無意識に掌を握りしめていることに気づく。

 力を抜いても、熱は残り続けていた。

 

 

 地元の駅に到着し、改札を抜け、公園へと歩き出す。

 背中を夕日が照らす。その熱を感じながら歩いていると、心の中にあった緊張が少しだけ溶けていく。

 

 

「……ちょっと、早かったかな」

 

 携帯を開いて時間を確認すると、約束の時間になるまで、まだ30分以上はあった。

 

 ベンチに腰を下ろし、眼鏡を外す。そして掌に小さく魔法陣を展開した。

 先輩が来てからのことを思うと、何もせずに待つという選択肢は、どうしても落ち着かない。

 魔力をなぞり、流れを確認する。

 

 

 

 

「ストォ~ップ!」

「うぉっ!」

 

 

 不意に隣から聞こえた声に、心臓が跳ねる。

 思わず魔法陣を引っ込めて隣を見ると、先輩が楽しげな表情で立っていた。

 

「なーんてね。どう?結構ビックリするんだよー?」

「よく、わかりました……」

 

 衝撃を引きずったまま深呼吸をする。

 夕暮れの冷たい空気が肺の底まで滑り込み、心臓の高鳴りをゆっくりと鎮めていく。

 

 先輩は自然な動きで僕の隣に腰を下ろした。相変わらず、距離は微妙に空いている。そのまま視線をこちらに向けて、「それにしても」と会話を始めた。

 

「休みの日に会うと、毎回その服だねぇ……気に入った?」

「そ、そうですね。初めての〝オシャレ〟っぽい服なので……。……それに、他の服だと、また先輩に『ダサい』って言われそうで」

「私のせいだったか~」

 

 あちゃー、と額を手で抑えながら笑う先輩。その笑顔だけを見ていると、以前の姿が、嘘のように思えてくる。

 

 

「あの、学校では……大丈夫だったんですか?」

 

 一瞬だけ、先輩の視線が強張った気がした。

 

「……うん、結果的にはね~。魔法はお互い発動してなかったし、怪我人もゼロ。先生が来た時点ではもう全部終わってた、って扱いになったみたい」

「……そう、なんですか」

「それに私は〝魔法が使えない子〟だから、そもそも危険行為が成立しないって判断。キラちゃん……友達も、感情的に不安定だったって本人が認めたから、厳重注意止まり」

「じゃあ、特に大きなお咎めは、なく?」

「うん。誰(・)か(・)の魔法が間に入ったって証言も揃ってたしね~」

 

 そう言って、大げさに肩をすくめながら先輩は僕を見た。

 

「大ごとにすると学校側の管理責任も問われるし、キラちゃんは魔法格闘部のエース候補。将来性も考えると、学校としては大事にしたくない案件だったみたい」

 

 ここ数日、僕の勉強関連で連絡を取り合っても、今回の件について文面上で何かやり取りをすることは無かった。

 どうやらこの平日の間に、問題自体は収束を迎えていたようである。──当人たちの関係性は、ともかくとして。

 

「冷静になって、やっぱり思ったよ。……るっきーが止めてくれて、ホントに良かった」

「……なら、良かったです。……あの、お友達さんとは」

「キラちゃんは明後日の実技会の練習で忙しいから、全然喋れてないよー。ま、今話しても前の二の舞になるとは思うけどねぇ」

 

 先輩は笑う。いつも通りの、軽くて、明るい笑顔で。──でも。

 

「あの」

「ん~?」

 

 

「無理に笑わなくて、大丈夫です。……視えてる、ので」

 

 

 先輩の表情が、ほんの一瞬だけ固まる。

 

「……あー。そっかぁ……。るっきーは魔力で、分かるんだもんねぇ」

 

 魔力は、嘘をつかない。僕の視界には、変わらず先輩に暗い感情が溶け込んでいるのが映っていた。

 沈黙が、僕たちの間に落ちた。

 夕日は既に半分以上沈み、空はゆっくりと、夜の帳を下ろし始めている。

 落ち着かない。この静けさで言葉を置いても、話は進まない気さえした。

 

 ──でも、だからこそ。今しかない、とも思った。

 息を吸い込む。

 

「僕って、〝夢〟が無いんですよ」

「……?前も、言ってたね」

 

 突然自語りを始めた僕を不思議そうに見る先輩。

 

「だから、先輩はすごいって、ずっと思ってるんですよ」

「……!」

 

 先輩は小さく目を見開く。……が、すぐに伏せてしまった。

 

「ぜんぜん、すごくないよ~……。言うだけなら、誰でもできるから……」

 

 違う。

 脳裏に、〝夢〟を初めて教えてくれた日の光景を思い出す。僕に対して「希望が見えた」と、言ってくれたことは、まだ記憶に新しい。

 〝諦めた方がいい〟なんて言われても、〝無理かもしれない〟と折れかけても、それを全部飲み込んで、それでも前を進む姿。

 何度失敗しても、諦めず魔法の練習を繰り返していた姿。

 誰よりも努力して、誰よりも前を向いていた人が、今、自分を否定している。

 

 

 ──その姿に、僕の中で何かが沸々と沸き上がり、言葉となって飛び出した。

 

「そんなこと、ないです!」

「……!?」

 

 家族やネコマル以外には出したことが無いぐらい、大きな声量だった。

 

「先輩はすごいんです!僕は魔法オタクかつ魔法の天才なのでわかりますが!」

「ちょ、るっきー落ち着いて……」

「落ち着きません!」

 

 勢いのまま、伝えたいことが溢れ出る。

 

「いいですか!?視(・)え(・)もしないのに、何の魔法かすぐに分かる洞察力!膨大な魔法を覚えてる知識量!自分で言うのもアレですが、これらは魔法の天才である僕でも難しいことなんですよ!?」

「い、いいからそんなの……」

「よくありません!もちろん、それを得るために積み上げてきた継続力もです!〝夢〟のためとはいえ、そこまで努力できる人を僕は知りません!」

 

 そのままベンチから立ち上がり、息継ぎも忘れたまま言葉を続ける。

 

 

「だからもう一度言いますが!僕は!先輩を!尊敬してるんですよ!だから自分を否定なんてしないでください!いいですね!?」

「ひゃ、ひゃい……」

 

 もはや、自分が何を言ってるのかも分からなくなっていた。

 何だか先輩が慌てている気がするが、こんなものでは言い足りない。

 先輩の肩を掴み、正面から視線を合わせる。

 

 

 

「そんな先輩には、心から、笑顔でいて欲しいんです!その方がほら、可愛いですし!」

 

 

 

「……わかった!わかったからもう止めて~!」 

「ムフッ!」

 

 立ち上がった先輩に両手で頬っぺたを挟まれ、強制的に現実へ引き戻された。

 

「…………」

「…………」

 

 再び、沈黙。

 街灯に照らされた先輩の顔は、目尻に涙を溜め、耳まで真っ赤に染まっていた。

 急に頭が冷静になる。

 魔法を使わないまま、あんなことを口走ってしまった恥ずかしさはもちろん。それ以上に、これは、どう考えても──

 

「すいませんでしたぁ!」

 

 ──土下座案件だ。

 

「あぁも~!ペース乱れるなぁ~!」

「ひぇ!ほんと!ほんとすいません!」

「怒ってなーい!てか土下座もやめて!」

「いえいえそういう訳には!」

 

 そこから数分間は押し問答を繰り返していたが、お互いの息が切れてきた頃に自然に再度ベンチに座り直していた。

 

 

「はぁ……まったく~……で、さっきのを言うために、今日は呼んだのー?」

「あ、いえ……あぁいや違っては無いんですけど……さっきのは事故です。本題は、別です」

「別?」

 

 僕の言葉を反芻した先輩が、首をかしげる。

 

 

「先輩、明後日の魔法実技会に……出ませんか?」

「……え?」

 

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