日々、才女なギャルと魔法オタクは教え合う 作:宮原ワタル
───あぁ……ホントに、さいあくだ。
1つ年下の男の子は、堂々と真っ直ぐにこちらを射抜いている。
視線は逸らさない。お互いの瞳には、決して相容れない意思が映っていた。
「喧嘩売ってる、って言えば、話してくれますか?」
「……ッ!誰がッ」
敵と、話すことなんてあるもんか。
一瞬怒りの感情が脳を支配しそうになるも、歯を食いしばって耐える。
「君と話すことなんて、もう、無いよ」
「……いいんですか?」
「は?」
「目の前にいるのは、赤枝先輩の〝敵〟ですよ?」
彼の声色は、驚くほど静かだった。
冗談みたいな口調で、的確に私の神経を逆撫でしてくる。
「…………」
──そうだ。この子は私……私たちにとっての敵。
今、こんな状況になっているのは、全部、全部、この
そう思えば思うほど、心が熱くなる。
絶対に認めない。
絶対に許さない。
ヒマちゃんを苦しませるなら、それだけで敵だ。
瞬間、ぐわっ、と。
頭の奥が、大きく揺れた。
嚙み切ってしまうのではないか。そう思えてしまうぐらい、ギュッと歯で唇を食いしばる。
約5秒。
たったそれだけ息を殺しただけで、溜め込んでいたものが全て溢れそうになる。
大きく息を吐いて、私は口を開いた。
「私は、ヒマちゃんの、親友」
「…………」
「誰よりも大好きで、誰よりもヒマちゃんを見てきたの」
言葉の勢いに面食らったのか、後輩の顔が一瞬きょとんとする。
もはやその反応ですら、少し腹立たしい。
「ちっちゃくて、抱き着いたら良い匂いがして、ため息ついてるのに、なんだかんだ笑ってくれるとこととか。普段はのんびり喋るのに、本気なときはキリっとするとことか……」
大好きな親友の姿が、次々と脳裏に浮かぶ。
「眠そうなのに、朝声かけたらちゃんと手を振り返してくれるとことか、魔法格闘の試合があったら、絶対見に来てくれるとことか……」
アルバムに入れた思い出のページが、勝手に捲られていく。
「私が『ちょっと聞きすぎちゃったかな』って思ったときも、『やりすぎ』って笑うだけで、あの子は離れないでくれたの」
胸の内に棲みついた記憶が、なんでもない日々の残響が、心を激しく煽る。
「雨の日に傘忘れて私の後ろにちょこんって入ってきた時とか、熱い飲み物飲むとき両手で抱えてフーフーしてる時とか、初めて私がテストの点数で勝ったときめちゃくちゃ負けず嫌い出してた時とか……」
出会ってから今までのことを、いつだって思い出せる。
「全部全部、大好きで、大切で、放っておけなくて……」
何があっても、重いと言われても、私が守ると誓った、大好きな親友。
「もう、ヒマちゃんが笑ってるだけで一日上手くいく気がして……!」
止まらない。
考えるより先に、心からの言葉が口を突いて飛び出していく。
「何よりも、〝夢〟に向かっていっぱい努力してるヒマちゃんが、大好きで!」
肩が上下する。
ここまで、ほとんど息継ぎもしていなかった。
「……でもッ!」
吐き出すように言葉を叩きつけた瞬間、目頭が焼けるように熱くなる。
「その〝努力〟が、ヒマちゃんを苦しめた!」
大きく、一歩踏み出す。
床を踏みしめる音が鈍く響いた。
「〝夢〟を追いかけて、必死で、努力を続けたせいでっ!」
いつの日からか。部活終わりに教室へ帰ると、ヒマちゃんはいつも教科書と向き合うようになっていた。
窓の外が真っ暗になっても、背中はぴんと張りつめていて。まるで、時間そのものと勝負してるみたいに。
「ヒマちゃんは……日常をいっぱい削った!私以外の友達と全然遊ばなくなった!いつだって、余裕のない顔をするようになった!」
──もう、あんなヒマちゃんは見ていられなかった。
「〝夢〟を追ってヒマちゃんが苦しむなら……私は、ヒマちゃんの〝夢〟を否定する!それが、あの子の幸せに繋がるって思うから!」
分かっている。この思いが私のワガママだということは。
それでも、ヒマちゃんには、幸せになってほしい。
そのためなら、私は何だってやる。たとえ、常軌を逸してでも。
「最近やっと……諦めてくれそうだった!なのに!」
足を踏み鳴らし、距離を詰める。
震える拳をぎゅっと握りしめながら、彼を見下ろす形になった。
「なのになのに!君が……君みたいな、魔法の〝化け物〟が!また、ヒマちゃんが苦しむ道に手を引いた!」
「…………」
彼の背がわずかに反り返るも、視線は逸らされない。
まるで私の訴えなんて意に介さない表情をして、真っ直ぐに私を上目で射抜いていた。
その揺るがない瞳が、かえって私の心を見透かしているみたいで。
「……じゃあ、赤枝先輩は」
私と違って、彼の声は震えていない。
身長は私の方が少し高いはずなのに、目の前にいる後輩は、見た目以上に大きく感じられた。
「姫道先輩が〝これからも魔法を使えない〟とは、思ってないんですね」
「……思ってるわけない!」
4年間、ヒマちゃんが足掻く姿をずっと隣で見てきた。
「私だって、あの子の可能性を終わらせることなんてしたくない……!親友なんだから当然でしょ!……でも!」
できることなら、あの子の夢を純粋に応援したい。助けてあげたい。
それでも。
魔法格闘部として、他の人よりも魔法が得意な自信がある者として。
致命的なまでに、ヒマちゃんが〝魔法を使えない〟という現実が覆らないと分かった。分かってしまった。
「ヒマちゃんがなんで魔法を使えないのか、私も先生も、誰も、何もわかんなくて!そんな状況で、〝いつか使えるようになれるよ〟なんて言葉、身勝手すぎるでしょ……!」
そこまで言って、少しハッとなる。
目の前の後輩なら──魔法の化け物なら、もしかして。
「君は、わかった……の?」
「……いえ。原因そのものは、ハッキリ分かってないまま、です」
「……君が無理なら、もう……お手上げじゃん」
思わず零れた言葉に、彼は意外そうに目をぱちくりさせた。
その表情を見て、頭が少し冷静になり始める。
小さく、息を吐く。
「なんなの、その顔」
「ちょっと、ビックリしました。〝化け物〟なんですよね、僕」
「〝化け物〟でも、魔法のレベルが高いってことくらいは、分かってるつもり。……でも」
一瞬、言葉を選ぶ。
「悪いけど、訂正する気はないよ」
「……言われ慣れてるので、別に良いですよ」
「…………そっ」
そのまま会話は止まってしまう。
彼は一度目を閉じ、ゆっくりと開いた。
「……聞かせてくれて、ありがとうございました」
呼吸が落ち着き、身体の熱がすっと冷えていく。
私はこめかみに人差し指の関節を押し当て、ぐり、と回した。
同時に、彼は視線を落として胸ポケットから取り出した携帯の画面を軽く叩くと、すぐに顔を上げて私を見据える。
「……それと、ごめんなさい」
「……なにが?」
「こういう、ことです」
そう言って、彼は手を横にはらった。